episode:04-6
6月ですね……。
こう言った、お忍び旅で何かが起こるのは決まりきったことなのだろうか。停車するはずの駅に停車しなかった国際列車は、すでに三国の国境付近に迫っていた。
「……どうしたんだろう」
エイミーが外を確認しようと窓に近寄る。彼女に、リリアンから鋭い声が飛んだ。
「開けるなよ。何があるかわからないからな」
「っ。わかった」
エイミーはガラスに頬を押し付けるようにして外を確認した。
「何があったと思う?」
アレックがリリアンに意見を求めた。今日の彼女はブラウスにネイビーのフレアスカートと言う、いつもよりやや落ち着いた格好だ。腕組んでるけど。
「何らかの脅しがあったと考えるのが自然だが……」
「こちらの存在がばれたと言うことはないのか?」
クライドが尋ねると、リリアンは「ありえなくはないけど」と肩をすくめる。
「さすがに情報が少なすぎる。……少し、魔法的に違和感があるのは確かだが……」
この場には女王が一人、調整官が一人、ナイツ・オブ・ラウンドが三人と、バランス的にはいいように見えるが、その実情を見てみると、討伐師が四人いるのに、魔導師がリリアン一人しかいない。彼女に頼りきりになっている。まあ、アーサーも魔法は使えるのだが。
「ちょっと静かに」
何かに気付いたらしいクライドが人差し指を立てた。アレックも耳を澄ませる。これは。
「切符の確認に来るぞ」
クライドが言った。顔を確認しに来るのだ。リリアンがアーサーの手を握った。
「いいか。何があっても平然としていろ」
「わ、わかった」
真剣なリリアンの面持ちに押されたか、アーサーはおとなしくうなずいた。リリアンが進行方向窓際の席に座り直す。アーサーは進行方向と逆向き、クライドの隣に座った。リリアンの隣にはエイミー。アレックはアーサーの向かいで、入口側に座っていた。
「失礼します」
ノックがあり、声がかかった。アーサーが「はい」と返事をすると、この寝台車両の車掌が入ってきた。
「切符の確認をいたします」
アレックが全員分の切符を差し出す。ブルターニュ内を移動したときと同じである。車掌は切符をすべて確認し、それから個室の中の五人を見た。
「クライド様とアレック様はお隣の部屋なのですね」
「はい。ここの三人は友人なので」
車掌の確認に、アレックはしれっと答えた。車掌は「そうですか」と言うと、もう一度客たちを確認した。正確には、女性陣の顔だ。
明るい茶髪のアーサー、金髪のエイミーとリリアン。実はエイミーも金髪なのである。どちらかと言うと、エイミーよりリリアンの方がアーサーに近いので、リリアンばかりが注目されるが。
今回も同じで平然とヘルウェティアの旅行誌を読んでいる(ふりをした)リリアンに声がかかった。
「お嬢さん……エリザベス様、すみません」
リリアンが顔をあげた。何度も言うが、エリザベス、と言う名は一般的だ。なので、偽名として使われることが多い。そのための警戒だろう。ついでに言えば、ブルターニュ王族の女性に『エリザベス』という名の女性は多かった。
「……失礼しました」
「いえ」
リリアンが反則級の笑顔を浮かべた。中身を知っていてもどきっとするレベルの魅力的な笑みだった。最近は写真、と言うものがあるから、リリアンの顔を見て『ブルターニュ女王』ではない、とわかったのだろう。何となく雰囲気は似せているが、アーサーよりリリアンの方が中性的で、怜悧な面差しをしている。
車掌が出て行くと、すぐさまリリアンが立ち上がった。そして、その勢いのまま着ていたスカートを脱いだ。
「!? 何してるんだ!」
「リリアン!?」
クライドとエイミーから驚きの声が飛んだが、リリアンはなんと、スカートの下にスラックスを履いていた。
「リリアン……重ね着しても、そんなに細いんだ」
エイミーが呆れたような、うらやましそうな、そんな微妙な声音で言った。リリアンはそれには反応せず、きれいに結ってあった髪もほどいた。
「今から運転室に行ってくる。アレック、同行してくれ」
「わかった」
髪を一つに束ね直し、キャメル色のロングコートを着ながら言うリリアンに、アレックは了承を示した。リリアンはコートの下に拳銃を仕込んでいる。
「アーサーたちはここで待機。もしも捕まりそうになったのなら、遠慮はいらん。叩きのめせ。もう少し行けば、川を越えることになる。何かあったら飛び込め」
リリアンの指示に、エイミーが「あたし泳げないのに」とつぶやいたが、無視された。彼女の運動能力があれば、泳げなくても死にはしないだろう。
アレックはリリアンと共に個室を出た。車掌がほかの個室で切符の確認をしているのを横目に、先頭車両、運転室の方へ向かう。
もちろん、普通の乗客では運転室には入れない。そのあたりはちょっとずるをして、リリアンが精神干渉魔法で認識をゆがめて運転室に入ることになった。そこには、運転手が二人いた。
「誰だ?」
「お客さん?」
運転手が二人、リリアンとアレックを見て不思議そうにする。まあ、普通に不審者だし。
「お聞きしたいのですが。何故、先ほど停車予定の駅に停まらなかったのですか」
愛想よくリリアンが尋ねた。運転手二人は顔を見合わせている。
「何故って……」
一方の運転手が困惑するが、もう一方の運転手に睨まれると黙り込んだ。愛想がよかったリリアンの目が細められる。
「……なるほど。お二人も知らないのですね」
リリアンが納得したように言った。運転手がドキッとしたのがわかったので、おそらく、彼女の推察は当たっているのだろう。
「……おい」
アレックは汽車の屋根の上を歩く者がいることに気付き、リリアンに声をかけた。リリアンがアレックを見て一つうなずく。
「このまま汽車を走り続けさせろ」
素の口調でリリアンはそう言うと、アレックに屋根を示して見せた。アレックはうなずくと、運転室の外に続く扉を開けた。
「あ! ちょっと、お客様!」
走っているから当たり前だが、風が吹き込んでくる。アレックは扉の上部をつかむと、一気に屋根に上った。風が強く、足を踏ん張った。後方車両に人影が見えた。
「うわぁっ」
背後から悲鳴が聞こえて、アレックは振り返った。前向きにつんのめったリリアンを支える。背丈はアレックと同じくらいだが、彼女は縦に大きいが体重は軽い。つまり、空気を受ける面が大きいのに、重さが足りずにつんのめってしまうのだ。ロングコートもそれに拍車をかけていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。すまない」
さすがに自分が飛びそうになって怖かったのか、リリアンがアレックにしがみつくようにしてバランスを保った。とりあえず彼女をしゃがませてアレックはもう一人、自分たち以外の屋根に立つ人物に向き直った。
「……誰だろうな」
「さあ? 捕まえて聞けばいい」
さすがリリアン。発言が不穏だ。わからないことを予測するよりも、本人の口を割らせた方が早い。
「確かにな」
先手必勝とばかりに、先に動いたのはアレックだった。武装はないが、相手が一般の戦闘員なら素手でも大丈夫だろう。と思ったのだが。
「魔法……!?」
体の動きが強制的に止められた。精神系に干渉されている感じはしないので、念動力だろうか。ウィルもいくらか念動力を持つが、それよりも強力である気がする。真正面から見えない壁に押されているような感じだ。
と、アレックの側を弾丸が貫いた。リリアンが背後から発砲したのだ。不安定な汽車の屋根の上、しかも風上とはいえ空気抵抗を受けながらも魔法をぶち破る腕はさすがだ。念動力は魔法と言うより超能力に近いけど。
アレックは見えない壁を押し破ると、その三十前後に見える男に殴りかかった。不安定な場所であるが、男は軽く避ける。足場が悪いので、蹴り技はあまり使えない。それは相手も同じであるが、相手は魔導師である。アレックの方がやや分が悪いか。
アレックの白兵戦はえぐい、と言われる。もともと、彼が訓練を受けた研究所は、正規の戦闘訓練所ではなかったので、自分の戦い方が、マフィアとか、それに近い系なのは理解している。正規の戦い方は、クライドやウィルがしてくれているので、アレックはこれでいいのだ、と言ったのはリリアンだ。彼女としては、いろんな戦い方をする人物がいたほうが好都合だ、と言うことなのかもしれないが、アレックは自分を肯定されたようでうれしかった。
力が拮抗しているところで、視界の端を見覚えのあるコートがとおりすぎた。リリアンが着ていた茶色のコート。思わず背後を確認すると、リリアンがもう一人と交戦に入っていた。リリアンは女性にしては長身、男性と見まがうほどの背丈があるが、彼女を襲う男はクライドすら上回ると思われる巨漢だった。
「よそ見!」
アレックが相手をしている男の拳がアレックの頬にヒットした。その衝撃で屋根から落ちそうになり、あわててたたらを踏む。
「アレック!」
鋭く名を呼ばれた。軽い足音が迫ってくる。リリアンだ。アレックは振り返らずに背後まで来ていたリリアンの手首をつかみ、二人の体の位置を入れ替えるように振り回した。もくろみ通り、相手が入れ替わる。アレックとしても、たとえ巨漢であっても魔法を使わない相手の方がやりやすいし、リリアンも魔法戦ならそうそう負けない。
「リリアン。落ちるなよ」
「わかっている」
負けないとは思う。だが、汽車から転がり落ちないかが心配だった……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アレックはリリアンが負けるとは思っていません。ただ、汽車から落ちないか心配しています。




