episode:04-5
「同室者が、ブルターニュ語を話せた」
「つまり、そこで会話ができてしまったと言うわけか」
車両の連結部分で立ち話をしているアレックとリリアンである。眠そうなアレックに対し、リリアンが理由を尋ねた際の答えであった。リリアンは今日もお嬢様仕様で、青いドレープスカートを着ていた。荷物は少なかったはずだが、お嬢様っぽい服は持ってきているらしい。
とりあえず、昨日別れてからの情報交換を簡単に。一応現状を訴えてみたが、リリアンはそちらで何とかしろ、とばかりに肩をすくめただけだった。
「そちらは?」
「何ともない。さすがに、まだガリア国内だ。国境に差し掛かるとわからないがな」
この国際列車はガリア国内の国境を走っているが、ヘルウェティアに出るときに、一度ガリア、帝国、ヘルウェティアの三国の国境を通る。国境と言うのは、どこも微妙な情勢であるものだ。初めてブルターニュ国外に出たリリアンであるが、そのあたりはさすがによく調べている。
島国であるブルターニュにいると実感がわかないが、国境を接していると言うのは、非常にデリケートな問題なのである。
ガリアは帝国と仲が悪いので、簡単に帝国の言いなりにはならいないだろうが、ブルターニュとも仲が悪いので、アーサーを捕まえて帝国に恩を売るくらいのことはするかもしれない。
クライドはアーサーの側を離れない。この二人を二人っきりにするのも不安なので、エイミーを残し、この二人で作戦会議なのだが、まあ、実体としてはリリアンが考えている。このメンバー、リリアンがいなくなったらすぐに崩壊するのでは?
まあ、そのあたりはそうなってしまったときに考えることにして、アレックはリリアンに手を差し出す。まあ、学生と言う設定であるが、叩き込まれた習慣である。
実のところ、寝台列車であるこの国際列車で浮いていないのはお嬢様仕様のリリアンだけだ。アレックとしても、さすがに居心地が悪い。
アレックとリリアンが戻ると、個室には誰もいなかった。思わずアレックとリリアンは目を見合わせる。
そこに声がかかった。
「あー、アレック、だっけ?」
「ヴェイセルとオロフ、だったか」
アレック、クライドの同室の男だ。こちらは二十代前半の学生二人である。国際列車で研修旅行中なのだそうだ。時期的にまだ学期の最中だろうに、暇なのだろうか。
アレックは今年で二十歳なので割と年が近いのだが、やっぱりクライドだけ離れている。ここだけはリリアンの人選ミスなのではないかと言う気がしてならない。
「お前の友達なら、お茶を飲みに行こうって食堂車に行ったぜ。アレックは彼女とデートか? 彼女……彼女美人だな」
「エリザベスだ」
さらりとアレックがリリアンを紹介した。エリザベスと言う名前はブルターニュで一般的なので、問題ないだろう。彼女はいつでもどこでも本名で通している。下手に隠すよりも本名で通したほうが怪しまれない。
ニコリとリリアンは外向きの笑顔を浮かべた。何度も言うが、この笑顔は詐欺だと思う。元がいいので作り物の笑顔でも魅力的に見えるのだ。
彼女はちょこんとお嬢様風に一礼したが、口は開かなかった。口を開くと残念さが垣間見えるのでそれでいいのかもしれない。まあ、話す必要があるときはしゃべるけど。
「うっわぁ。美人。うらやましい」
「アレック、いい男だもんな……」
すごく羨ましそうにされた。いや、確かにリリアンは黙っていればただの美人であるし、今のお嬢様的な格好がものすごく似合っている。見方によってはアレックは逆玉にも見えるだろう。
「アレック」
「ああ……悪いが、俺たちは」
「あ、そうか」
「彼女と仲良くな」
リリアンに名を呼ばれてアーサーたちを探しに来たことを思い出した。アーサーは同室者たちと別れ、リリアンと連れ立って食堂車に向かった。果たして、提供された情報通り、三人は食堂車でお茶を飲んでいた。女性二人はケーキを食べている。アーサーが食べているのはフルーツタルトだが、まあ、ケーキに数えてしまってもいいだろう。
「同席してよろしい?」
「あ、リリアン」
エイミーが声をかけてきたリリアンを見上げて「どうぞ~」と言った。六人がけのテーブルにエイミーの向かい側にアーサー、その隣にクライドが座っていたので、リリアンがエイミーの隣に、さらにその隣にアレックは座った。
「部屋に戻ったら誰もいないから驚いたわ」
すらすらとでてくるリリアンの女言葉に、やっぱり違和感。彼女は基本的にさばさばして男らしいから。
「すまないな。少しおなかがすいて。リリアンも何か食べる?」
「……では、チョコレートクラシック」
ほぼ即決だったリリアンの注文を、アレックは近づいてきていたスタッフに伝えた。それと、コーヒーを二つ。ブルターニュ人は血の代わりに紅茶が血管を流れている、と言われるほど紅茶を飲むと言われているが、その割合が高いだけで全員がそうであるわけではない。実際、アレックは紅茶よりコーヒーの方が好きだし、リリアンなどはこの顔でコーヒーをブラックで飲む。
ほどなくして提供されたそれらを食しつつ、五人はのんびりと会話をする。一応、急ぎの旅であり身元がばれないようにしなければならないのだが、ばれないようにと気を張っているより、のんびりしていた方が意外とばれない。内戦期に隠れているときもそうだった。
国境とはいえ、大陸で陸続きの国境だ。境目ぎりぎりまで家やビルなどが立ち並んでいるところもあるが、今走っている場所はのどかな田園風景だ。一応、このような場所の方が多いらしい。
「たまにはこうしてのんびりするのも悪くないなぁ」
アーサーが本当にのんびりと言った。彼女は本当に旅行気分なのかもしれない。現実が見えていないわけではないだろうが、これまで何もなさ過ぎて緊張感がなくなるのはわかる。特に彼女は、日ごろの煩雑な公務から解放されているわけで。
「リリアン、戻ったらミアの仕事を……」
「減らないわよ」
クライドが真剣な表情で持ちかけた相談は、リリアンに一瞬で却下された。そして、いつものやり取り。
「やっぱりお前、俺にあたりがきついよな」
「気のせいでしょ」
平然とそんなことをのたまいながら、リリアンはチョコレートクラシックをほおばった。女性口調でもクールなリリアンが甘いものをほおばる姿は、何となくかわいらしい。
「あ、わかった」
エイミーがひらめいた! と言わんばかりの表情になった。視線が彼女に集まる。
「リリアンとしては、大事な友達が奪われるみたいですねてるんだ」
「そうなのか!?」
「違う」
即否定した。エイミーとアーサーが目を輝かせているが、一方のリリアンの眼は『何言ってんのお前』と言わんばかりで、一瞬だが素に戻っていた。
そんな表現をしたアレックであるが、彼にはリリアンがクライドにきつい理由が何となくわかる気がした。リリアンはクライドとアーサーが互いを好ましく思っていること知っている。だが、現時点でこの二人が恋人同士のように振る舞うのは適切ではない。だからこそのこの塩対応なのだろう。まあ、ある意味エイミーの指摘も間違っていないと思うのだが、リリアンから絶対零度の視線を受けること間違いなしなのでアレックは黙った。
ここにいるのがウィルなら、果敢につっこんでいくのだろうなぁと思う。さすがのアレックも、あそこまで図太くはなれない。
「そんな即答しなくてもいいだろう。私はリリアンのことが好きだぞ?」
「私もミアのことは好きだけれど、そう言うことではないの」
すまし顔でリリアンは斜め向かいにいるアーサーに言ってのけた。一応、同級生の友人同士のふりをしているとはいえ、こんなやり取りができるリリアンとアーサーはやはり友人同士なのだな、と思った。しかし、エイミーのことも考えてやれ。座っている位置の関係上、エイミーは二人に挟まれる形で困っているようだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今後シリアスになっていくので、この辺のほのぼのした感じが作者的に辛い。




