episode:04-4
ガリア側の港に到着した船から、乗客が降りて行く。ここでは入国審査があった。税関も突破しなければならない。
「クライドさん、一緒に来てくれ。アレックはミアと一緒にエイミーを見ていてくれ」
「わかった」
エイミーは下船してからも船酔いが収まらずに調子が悪そうだ。ちょうどいいので、アーサーはエイミーの側で面倒を見て、入国審査はそのまましれっと突破しろ、と言うのがリリアンの指示だった。ちなみに、『ミア』はアーサーの偽名であるユーフェミアの愛称だ。
「エイミー、大丈夫か」
「やっぱり陸地が一番だよ……」
しみじみとエイミーが言った。帰りも船に乗らないと帰れないのだが、かわいそうなのでツッコミは後にしよう。
「アレック、リリアンとクライドは?」
「入国審査を突破しに行った」
「ああ……まあ、任せておこうか」
アーサーは納得した様子でうなずいた。あの二人なら大丈夫だろう。
エイミーの船酔いも収まってきたころ、リリアンとクライドが戻ってきた。赤いドレススカートの美女とカジュアルな格好であるとはいえ偉丈夫が並んでいる姿はどうにも人目を引く。
「入国審査、クリアしてきたわよ」
「税関は?」
「問題なし」
対外的な印象を気にしているのだろう。リリアンが女性口調で報告してきたが、違和感しかない。エイミーも悪寒がしたのか腕をさすっている。
「……剣は?」
アーサーが声を低めて尋ねると、リリアンは肩をすくめて「大丈夫」とだけ言った。
「私たちにはやましいところなんてないでしょ」
「……そうだな」
駄目だ。いろんな意味で悪寒がする。クライドの表情を見るに、リリアンは結構強引に突破してきたのではないだろうか。
「時間がないんだから、急ぐわよ」
リリアンが船着き場を出て駅の方に向かう。他四人は彼女について言っているだけだ。これからは大陸横断寝台列車に乗り、一週間近い旅路になる。
「ガリアではまだ、入国制限がかけられていないんだな」
「時間の問題でしょう。できるだけ早く、帝国に入ってしまいたいのだけど」
リリアンがアレックの言葉に答えながら顔をしかめた。ガリアは帝国から見て異国であるから、まだガリアも決めかねているのかもしれない。しかし、帝国は強大だ。ガリアが屈する可能性は高い。
リリアンがアーサーとクライドを連れて先に汽車の中に入った。使用する車両から顔をだし、リリアンが手を振った。
「こっち」
駅のホームに残っていたアレックとエイミーが荷物を持ってそちらに移動した。車両の窓から荷物を入れるのである。
と言っても、入れるのはアレック、受け取るのはクライドだ。この車両は四人部屋であり、ここを女性三人が使用する。アレックとクライドは別の個室で、こちらも四人部屋なので相室であることがあらかじめ伝えられていた。ちなみに、手配したのはリリアンである。
汽笛が鳴り、アレックとエイミーもあわてて汽車に飛び乗った。ガリアの港町発、中立国ヘルウェティア連邦首都行。
「はぁ~。何とか乗れたね」
エイミーが二段ベッドになっている片方にぽすん、と座った。その向かい側の二段ベッドにはアーサーとリリアンが腰かけ、アレックとクライドは立ったまま。そのまま汽車は走り始めた。
「このまま何事もなければ、ヘルウェティアで乗り換えになる」
「了解」
エイミーがうなずいた。一応の旅程は全員の頭の中に入っているが、リリアンが出発直前までウィル、セオドールと相談していたので、旅程は途中で変わるかもしれない。
「眠いけど、おなかがすいた」
「私もだ」
「じゃあ、夕飯を食べに行こうか」
リリアンがさらりと言った。この時、リリアンは結構重要な事態に気付いていなかった。
夕食の前にアレックとクライドは隣の自分たちが使用する個室に向かった。スカンジナビア王国から回り込むように通っている国際列車だ。二人の同室者はそちらから乗ってきているようだったが、夕食を取りに行っているのか不在だった。
国際列車で本数も多く、雑魚寝同然の部屋もある中、個室をとると言うだけで結構な金持ちと言うことになる。当然学生がそんな個室をとるのは珍しいが、名目上(と言うか本当にだが)リリアンが貴族出身のお嬢様なのでその辺は押し切るつもりだろう。
ちなみに、個室を使っている客とそのほか、一般に三等客席と呼ばれる席をとっている人々とでは使用する食堂も違う。そのため、アレックたちが同席するのは基本的に上級階級の人間だった。緊張気味のエイミーをリリアンが小突く。
「落ち着け。お前も一応貴族だぞ」
「へ!? あ、そうか……」
リリアンの指摘に、エイミーは自分が『デイム』と呼ばれるナイツ・オブ・ラウンドだと思いだしたようだ。だからと言って何かが変わるわけじゃないけど。
この時、アレックとクライドは二人掛けのテーブルに、リリアンとエイミー、アーサーは四人掛けのテーブルに三人で座っていたのだが、通路側にいたエイミーが話しかけられた。
「へ? え?」
男性に異国語で話しかけられたエイミーは、当然意味が分からずきょとんとする。リリアンの手がすっと割って入った。
ニコリと笑ってリリアンが数度やり取りすると、男性は肩をすくめて立ち去って行った。
「……何? なんて言ってたの?」
「あとでね」
リリアンがエイミーにそう答えた。部屋に戻ってから、リリアンが言った。
「私ができるから忘れていたが、全員、外国語は話せるか」
「何それ嫌味?」
「違う。事実確認だ」
個室のドアのガラス張りの部分のカーテンも閉め、その前で腕を組んで仁王立ちしているリリアンは、先ほどまでお嬢様として振る舞っていた人間と同じと思えない。
「ええと。私は簡単な会話ならガリア語と帝国語でできる。さっき、エイミーがガリア語で口説かれているのだ、と言うことはかろうじてわかった」
「え、あたし、口説かれてたんですか!?」
と言うことはエイミーはガリア語を話せないのだろう。かく言うアレックも。
「ガリア語はわからん。帝国語はいくらか話せるが……」
「あ、同じく」
エイミーがアレックに同意した。クライドはガリア語もある程度分かるらしい。
「まあ、貴族階級の出身なら、いくらか習うからな。そんなものだろう」
リリアンは納得した様子でうなずいた。アレックは貴族出身ではないし、エイミーは貴族だが、下級貴族の出身だった。クライドは貴族の末端にぶら下がっており、アーサーはもちろん王族。リリアンは侯爵の姪だ。見事に別れた。
「アーサーとクライドさんはそのままガリア語が分からないふりをしてほしい」
「実は、口を挟もうか迷ったんだが……」
アーサーが苦笑気味に言った。まあ、口をはさんだところでリリアンが別の対応をしただろうが、アーサーが入ったら余計に訳の分からないことになりそうなのでこれでよかったのかも……しれない。
「言葉がわからないとなれば、相手が油断してくれる。できるだけ何も知らないふりをしろ」
つまり、リリアンが危険の矢面に立つと言うことである。現状では仕方が兄が、歯がゆいのは確かだ。
「……リリアン。無茶をするな。お前に何かあれば、ウィルに締め上げられる」
「……まあ、善処はする」
全く信用ならない言葉であった。それにしても、クライドとウィルはアーサーが姫君であるころから仕えているのだが、その関係が良くわからないと思った。たぶん、ウィルがブレーンでクライドが武力なのだろうとは思うけど。気の置けない友人、と言うにはやや年が離れているような気もするし。まあ、アレックには関係ないけど。
ふあ、とアーサーがあくびを一つ漏らした。つられるようにエイミーも伸びをする。リリアンがびしっと言った。
「出て行け」
「……お前、その物言いがセオドール様を苛立たせるんだぞ……」
一応忠告だけして、アレックとクライドは連れ立って隣の個室に入った。そこで同室になったお金持ちのお坊ちゃん二人にカードゲームに付き合わされた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
言葉の壁は大きいですよね……。




