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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
31/66

episode:04-3









「気を付けて行って来い。無茶すんなよ」

「うん。ウィル、兄さんもね」


 金髪の兄妹が抱擁を交わしている。ウィルとリリアンの兄妹だ。情報が入ってきた翌日には大陸横断組は出発することになったので、ここでこの仲良し兄妹も一旦お別れである。

 ここは駅のホームである。島国であるブルターニュから大陸にある帝国に行くには、当然ながら海を渡らなければならない。その定期便が出ている街まで汽車で向かうのだ。朝一の汽車である。早くしなければ、本当に港が封鎖されてしまう。幸い、交通網の発達で、ブルターニュから海を挟んだ隣国、ガリアへ渡るだけなら一日もかからない。

 汽車の発車時刻が近づいていることは告げるベルが鳴った。ウィルがリリアンの頬にキスをして彼女を離す。いつもウィルに手厳しいリリアンだが、やっぱり仲がいいのだなぁと思う。ちょっと微笑ましい。まあ、周囲に対するポーズである可能性は捨てきれないが。

「しっかりな」

「うん。行ってきます」

 ウィルがリリアンに向かって手を振る。リリアンも軽く手をあげた。彼女が乗降口に近づいてきたので、アレックは手を差し出し、リリアンを引っ張り上げる。

 見送りに来たのはウィル一人だ。他のメンバーは長期出張の前に仕事を片づけなければならず、抜けられなかった。


 ゆっくりと汽車が動きだし、アレックたちは急遽予約した個室に入った。盗聴器の類がないか確認し、リリアンが結界を張る。進行方向向きに女性陣三人、反対向きに男二人が座った。

「……とりあえず、滑り出しは順調ってことでいいの?」

 ドア側に座っているエイミーが不安そうに尋ねた。いつも赤いナイツ・オブ・ラウンドの制服を着ている彼女も、当たり前だが旅装だ。そうしていると、別人のようにも見える。

「ここでつまずいていたら、そもそもすでにこの国は落ちている」

 リリアンが冷静に言った。その声は強張っていて、さすがの彼女も緊張していることがわかる。

「二人とも、自然に。今日の私たちは友人なのだからな」

 何気に、一番アーサーが図太いかもしれない。設定上は確かに、友人同士の旅行で、クライドはお目付け役だ。どうしても年が離れている彼は、友人と言うくくりに入れると不自然なのだ。

 役どころとしては、学生の研修旅行のイメージらしい。アーサーとエイミーが裕福な中流家庭のお嬢さん、リリアンが貴族出身のお嬢様だ。まあ、嘘ではない。ちなみに、アレックは親が魔導師の中流家庭の出身。これも嘘ではない。


 リリアンは完全にアーサーのカモフラージュである。堂々と『エリザベス・カーライル』で署名していたし。ちなみに、エリザベスもエイミーもクライドもアレックも、ブルターニュでは多い名前であるが、アーサーと言う女性名だけは珍しいので彼女には別の名前を名乗ってもらうことになった。ちょっとしたお忍びならフローレンスなのだが、今回はイニシャルも考えてユーフェミアと名乗ることにした。リリアンの親戚と言う設定で、この名前はリリアンの母の名前である。

 服装もそんな事情を反映しているようだった。アレックとクライドは一般的な男性の旅装である。いや、ちょっとクライドが異様な存在感を放っているが、軽装が似合わないわけではない。シャツにジャケットを合わせているだけなのに、何だろう。このただ者じゃない感。アレックも似たような格好だが、こちらはまだ学生に見えるね、と言われた。

 女性陣はワンピース、もしくはスカートだった。リリアンは完全にお嬢様仕様で、紅いドレスワンピースである。目立つ。しかも似合っている。アーサーもワンピースだが、茶色の落ち着いたもの、エイミーはブラウスに濃紺のフレアスカートだ。ちなみに、アーサーとエイミーはかかとの高いブーツを履いているが、それでもリリアンの身長に届いていなかった。


 さらにアーサーはアッシュブロンドの髪を明るい茶色に染めていた。おそらく、アーサーを探す際に金髪に深い青の瞳が目印になるだろう。金髪も青い瞳も、ブルターニュでは珍しいわけではないが、避けられるなら避けたい。

 と言うわけで、今この面子なら金髪の女性と言うことでリリアンに目が行くだろう。多少伸びたとはいえ、リリアンはまだ髪の長さは肩より少し長いくらいだが、結ってしまえば意外とわからない。

 人はともかく、最も苦労したのは荷物だ。武器を持って移動など、不穏である。いや、拳銃くらいなら持ち歩いている人は結構いるが、狙撃銃や剣を持ち歩く者はほとんどいないだろう。

 狙撃銃は確保が簡単だ。しかし、剣は難しい。この時代、剣をもっている人は珍しいし、確保するのも難しい。アーサーとリリアンは持たないにしても、クライド、アレック、エイミーの分の剣は持っていきたい。と言うわけで、細長い荷物が存在している。ぶっちゃけ怪しい。


「お客様。切符を確認させていただけますか」


 車掌が切符の確認に来た。エイミーの向かい側に座っていたアレックが全員分の切符を差し出す。エイミーが緊張気味にその様子を見ていた。

「確認しました。ありがとうございます」

 車掌が出て行く。その瞬間、個室にほっとした空気が流れた。

「大丈夫だったね」

「アーサー以外は本名だからな」

 リリアンがクールに言った。彼女が読んでいるのは、ガリアの旅行誌だ。本格的に旅行者っぽくなっている。

「それに、まだブルターニュ国内だ」

 ぱたん、とリリアンは雑誌を閉じた。問題は、船に乗ってからだ、というのがリリアンの主張である。

「とりあえず、クライドさんはもっと表情筋を緩めてくれ」

「……む、しかしだな……」

 確かに、クライドはエイミーよりもこわばった表情をしていた。アーサーを守らなければ、と緊張しているのがありありとわかる。


「それより、もう到着するんじゃないか?」


 アレックはそう言って無理やり場の雰囲気を変えようとした。アレックは立ち上がり、荷物棚にいれた荷物を降ろす。

「……リリアン。乗船するとき、剣はどうするんだ?」

 アーサーに尋ねられ、リリアンは答えた。

「むしろ問題は、降りたときだな。税関を突破できるか」

「問題山積みね……」

 エイミーが息を吐いて言った。汽車がゆっくりと停止した。駅に到着したのである。

「連絡時間が短い。すぐに移動するぞ」

 港のある街の駅だ。駅自体も港の近くにあるため、この駅で下車してそのまま船に乗る人は結構多い。アレックたちもその人の波に従って船着き場に向かった。


 国外に出る船なので、パスポートが確認される。実はこれも問題になった。アーサーが別人名義で国外に出るために、パスポート偽造が必要だったからだ。

 だが、偽造、と言っても、作ったのは本当にパスポートを発行する機関なので、作りは本物だ。出国検査は、リリアンがあまり心配しなかったように厳しい検査はなかった。

 船に乗っている時間は一時間程度だ。しかし、その間にエイミーが船酔いした。

「気持ち悪い……」

「大丈夫か、エイミー」

「気持ち悪くても、顔をあげたほうがいいぞ」

 デッキの手すりから海を眺めるようにしながらうなだれているエイミーの背中を、アーサーがさすっていた。リリアンはアーサーとは反対側の隣で水を持って待機していた。

「すみませぇん……」

 エイミーが情けない声をあげたが、こればかりは体質も関わってくるので仕方がないだろう。

「もう少しで着くから頑張って」

 アーサーが心配そうにエイミーの背中を撫でる。少し離れたところにいるアレックはクライドを見上げた。

「俺はこの先不安しか感じないんだが」

「俺も同感だ」

 女性陣の方がやっぱり、心が強いのかもしれない。もうすぐ、ガリア側の港に到着する。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ウィルもしばらく出てきません。ウィルとリリアンはあんな感じですが、基本的に仲良しです。


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