episode:04-2
リリアンが持ってきた資料は、主に地図である。当たり前、と言っては変だが、リリアンもアーサーと同じでブルターニュを出たことがない。
「と言うわけで、セオを連れてきた」
という、納得できるようなできないような理由で連れてこられたセオドールである。
「まず、これはアーサーをおびき寄せるための罠だと考える。裏を取ってきたが、リンゲン殿の強制送還が原因らしいので、裏で糸を引いているのは帝国第三皇子フリードリヒ。それで、こちらがそれに気づいていると、向こうが察していると仮定する」
現在わかっていることから、最も可能性の高いものを導き出した結果だそうだ。
「フリードリヒとしては、帝国にたどり着く前にアーサーの身柄を押さえてしまいたいはずだ。そして、『国民を見捨てて逃げ出したのだ』とでも喧伝するだろう。まあ、それはどうでもいい。要するに、アーサーが無事にハルシュタット帝国帝都レーヴラインにたどり着ければひとまず、こちらの勝ちだ」
とてもシンプルである。しかし、それが難しい。無事にたどり着けたとしても、その先には交渉が待っているのだ。とりあえず、リリアンの仕事はアーサーを無事に帝国へ送り届けることが最初である。
「ブルターニュから帝国に行くルートは、多くはない。一番早いのは船だけど、そうなると逃げ場がないからな。少々時間がかかるが陸を通って行こうと思う」
陸、と言っても交通手段はいろいろあるが。
「汽車を使う。旅行客を装えば、さほど不自然ではないだろう」
もう一度言っておくが、リリアンはこの国を出たことがない。それもあり、時間をもらって調べてきたのだろう。
「出発は、北部の港から海峡を渡ってガリアに向かう。国際列車に乗り、まずは中立国ヘルウェティアに入国する。そこから帝国の国境沿いを走る汽車に乗り換え、東側から帝都レーヴラインに入ろう」
さすがに初めての経験なので、リリアンも少し不安そうだ。ちゃんとルートを探ったのだろうが、うまくいくとは限らない。どうしても、その場で適宜判断が必要になってくる。
「と言うわけで、私もついて行く。他、護衛にサー・クライド、サー・アレック、デイム・エイミーの五人で向かう」
「……少なくない?」
「多い方が目立つからな」
エイミーの指摘に、リリアンはさらりと答えた。
「一応、調整官で相談してメンバーは決めました。とりあえず、大陸を渡るメンバーは私を含め五人。これ以上になると、人目を引いてしまう。正直、クライドさんも入れたくないくらいだ」
「おい」
確かに、全体的にアーサーと年の近いものでまとめられているのに、クライドだけ年上の印象だ。二十歳を越えると八歳くらいの差は大したことがない気もするが、やはり二十歳前後と三十歳間際では貫録が違う。
「マティを入れれば?」
エイミーが提案したが、リリアンは「ダメ」とバッサリ切り捨てた。
「今は対人戦の能力が欲しい」
「……」
確かに、対人戦能力をかんがみるなら、マティアスよりクライドだ。時間がないので先に進む。
「それと、意味がないかもしれないが、カモフラージュとして軍艦を一隻動かしてもらう。こちらにも女王指名の大使を乗せる。セオだ。身分と職種的に適任だろうと考えた」
「……私は外交官を連れてきた方がいいと言ったんだが」
一応言い訳のようにセオドールが言った。だが、確かにブラックリー公爵子息であり危機対策監室の調整官であるセオドールは、大使として適任かもしれない。何より、過去に帝国に留学していたことがあるし。
「ダメ。今は戦闘力優先」
「……」
「乗船するのは大使のセオ、護衛としてウィルとマティをつける」
「……俺ら、船上戦で役に立たねぇぞ?」
マティアスがずれたことを言ったが、スルーされた。
「……もし、万が一、私がたどりつけなかった場合は?」
アーサーが消極的な質問をした。全員の注目がリリアンに集まる。
「アーサーがレーヴラインにたどり着かなかった場合。その場合は二パターン考えられる。本当にたどり着けなかったか、その前に帝国側に捕まったか、だ。まあ、その後の状況にもよるが、アーサーが帝国に捕まった場合は、切り捨てるしかない」
「……わかった。リリアンが思うようにしてくれ」
アーサーがきっぱりと言った。しかし、リリアンも本当はそんなことはしたくないだろう。だから、そうならないように自分がついて行くと言っているのだ。
チーム分けのメンバー的に、大陸横断組はリリアンが、航海組はウィルが指揮を執ることになるだろう。リリアンについてはアーサーの身代わりも兼ねているし。
そうとなれば早急に準備だ。作戦をすべて立てることはできない。大体の方針を決めたら各々で判断する必要がある。とりあえず全員無事にレーヴラインにたどり着くことが目標だ。リリアンにしてはざっくりした指示である。
アーサーとリリアンは会議に出てしまったため、準備はウィルが主導した。いつもならクライドと一緒にウィルが会議に付き添うのだが、今回ウィルまでいなくなると準備が進まない。なので、代わりにマティアスが同行していた。
「荷物は少なめにな。足りなければ現地で調達してくれ」
「りょ、了解」
ウィルの指示に、エイミーが戸惑い気味にうなずいた。正直、今回の道中、一番心配なのは彼女だった。アーサーもリリアンも基本的にお姫様とお嬢様であるが、この二人は内戦時代に逃亡生活を経験したことがある。エイミーはそれもない。こんな旅は初めてだろう。まあ、国外に出る、と言う意味では大陸横断組はクライドぐらいしか国外に出たことがないけど。
大陸横断組の荷物が少ない代わりに、ウィルたちが乗る船に必要な荷物はすべて乗せる。男三人旅なのに女物があるのはおかしいが、そのあたりはうまくごまかしてもらうしかない。お土産、と言うのは苦しい言い訳だろうか。本当は、こちらにもカモフラージュの女性を乗せるべきなのかもしれない。
そうこうしている間に、議会組が帰ってきた。昼前に終わるはずが、昼をだいぶ過ぎていたので、先に昼食を食べていたアレックたちはともかく、アーサーたちは軽食をつまみながら状況報告である。
「議会、どうだった?」
ウィルが海図と地図を並べて見ながら尋ねた。答えたのは妹のリリアンだった。
「大論争だ。議会の承認を得ることはあきらめた。帝国への大使として、セオドールを派遣するとして議会で採択してもらった。ブラックリー公爵には本当のことを話したが」
「おま……っ、何してくれるんだ……」
「嘘ではない」
確かに。だが、少しセオドールが憐れな気もして、アレックはうなだれた彼の肩をポンポンと叩いた。エイミーが現実逃避気味に「最近そこ、仲いいよねぇ」と言った。
「女王の不在は体調を崩したことによる休養とした。北部の保養地に行っていることにしたから、そのように取り計らってくれ」
しれっと情報操作を依頼されたが、ウィルが「はいよ」とうなずいた。この兄弟、本当にすごいと思う。
「相変わらずむちゃくちゃだね」
エイミーが指摘すると、リリアンは「私がやったのではない」と関与を否定した。
「ルーファス様がそんなことを言いだすから、フォローするのが大変だった」
どうやら、主犯はルーファスであったらしい。宰相閣下はふっと笑う。
「リリアンを信用してのことだ」
「そんな信用はいらない」
バッサリ切り捨てられたが、いつものことなのでルーファスも笑った。この状況で笑える宰相もすごい。
「とにかく、陛下は完全にお忍びと言うことか」
「そう言うこと。ナイツ・オブ・ラウンドたちは二人を残して『休養』の陛下について行く。私は休暇で旅行に出ることになっている」
だんだんと、シナリオが出来上がっていく。急いで決めたものなのに、微妙につじつまが合っている。
「あー、準備の方はだいたい出来てるぜ。一応、カーライル侯爵家名義の小切手も渡しておくけど、換金できそうなアクセサリーも持って行けよ」
「わかってる。そのあたりは抜かりないから」
ウィルとリリアンの兄妹、絶対に敵に回したくない。武力では勝てるかもしれないが、知力では絶対に勝てないだろうなぁと思った。まあ、今のところ、二人が敵に回る可能性はないのでその辺はよかったな、と思う。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
つーいーに。国を出ます。セオドールやウィルたちとはしばしのお別れです。




