episode:01-3
本日最後の投稿です。
セオドール・ブラックリー公爵子息。二週間前に危機対策監室に調整官として配属された二十一歳の青年だ。やわらかそうな栗毛に紫の瞳をした美男子であるが、いかんせん、性格が自己中心的なナルシストであった。リリアンに言わせると、自分の力を過信し過ぎているところが一番問題、とのことだ。
「……セオドール様。この二人はナイツ・オブ・ラウンドですから。女王陛下の騎士侯です。いかな公爵子息様であろうと、その発言はいかがなものかと」
いつもどちらかというと舌鋒の鋭いリリアンにしては遠回しにダメ出しをしたのだが、この貴族のお坊ちゃんは言ってのけたのだ。
「女王陛下の騎士侯とはいえ、所詮は騎士。高貴な私の足元にも及ばない。そう。美しい女王陛下の側には、私のような美しい男がはべるべきなのだ」
「……はあ」
リリアン再びため息。確かにこれはやつれるかもしれない、とアレックはリリアンに心底同情した。
「先ほどから何なんだお前は。せっかくの美しい顔が台無しだぞ。まあ、私ほどではないがな!」
お前こそ何なんだ、と言いたい。エイミーは今頃硬直からとけたらしく、アレックの制服を引っ張った。
「な、なに、あの人」
「貴族の坊ちゃんだそうだ」
こそこそと二人でそんな会話をする。一方、セオドールにツッコミを入れるリリアンの眼は死んでいた。
「せっかく美人なら、それを台無しにするような作戦を管制官に伝えさせないでください……」
「何を言う。先ほどは私の華麗な戦術で」
「パラディンが危機に陥りましたね」
バッサリと斬り捨てるリリアンだった。アレックは巻き込まれたくなくてエイミーに「報告書を書こう」と言った。
「わからないならわからないで、私を呼んでくださいって言いましたよね?」
「む。年上の、しかも高貴な私に向かってそのような……」
「貴族だろうが年上だろうが、ここでは実力主義です。いくらお貴族様であろうと、あなたは二週間前に配属された新人なんです。それをよく肝に銘じておいてください」
丁寧な口調であるが、つまりリリアンが言いたいのは「てめえは下っ端なんだよ。自覚しろ」と言うことだ。
「しかし、私の実力は」
「よぉく拝見させていただきました。その上で私に指示を請え、と言っているんです」
「……失礼する」
セオドールは唐突に身をひるがえして対策監室から出ていった。それを見送ったリリアンがふらふらとソファに腰かける。
「リリアンお疲れ~」
ノエルが管制室から顔を出して暢気な声でねぎらう。その後からこちらも新人の少女が出てきてリリアンに平謝りしだした。
「すみません、リリアンさん! あたしがセオドール様の命令を伝えたりするから……!」
「ああ、シエナのせいではない。気にするな」
リリアンが少女に気にするな、と手を振る。こういうところ、無駄に男らしい。兄の影響だろうか。
「ま、ほぼあの人のせいだよね。あの人が来てから、リリアン、顔色悪いし」
ノエルが遠慮なく言った。本人がいないから言えることでもある。報告書を書いていたアレックは尋ねた。
「あいつはいつもあんな感じなのか?」
「ああ。確かに頭はいいんだが、自信満々にパラディンに指示を出して……」
「玉砕、ってパターンがすでに三回。今日で四回目。そのたびにリリアンが尻拭いしてるんだよね」
と、ノエルが補足を入れてくれる。エイミーも顔をあげた。
「でもさ。普通、公爵家のお坊ちゃんが対策監室に配属されたりしないよね? あの人、エクエスの力でもあるの?」
「それ自体はある。実戦経験はないが。だから、一度現場に連れて行きたいんだが……」
「親御さんから止められてる、とか?」
セオドールの父親が当たり前だが公爵だ。だから、そこに止められたらどうにもできない。と、思ったのだが。
「いや、ブラックリー公爵には好きなように鍛えてくれ、と言われているんだが……実践に連れていったら自分からやられに行きそうで」
「ああ~」
アレックとエイミーにはわからなかったが、危機対策監室の面々には思い当たるところがあったらしい。納得の声が上がった。
「戦闘力は確認しているんじゃないのか」
「ああ、補佐がしているよ。だが、そう言う問題ではないんだ……」
そう言うリリアンに、彼女の精神の限界を感じるアレックだった。
「とにかく君たちは報告書を出せ」
「……そう言うところはぶれないのね……」
報告書を書くことにうんざりしているエイミーがため息をついた。再び手を動かしはじめたエイミーだが、途中で気づいたように言った。
「でも、結構あたしら見下されてる感あったけど、リリアン調整官に対してはそうでもないのね」
「私の名前がカーライルだからだろう。下に見ているのは同じことだな」
リリアンは実は、カーライル侯爵の姪である。カーライルを名乗れると言うことは、今も彼女は正式に侯爵家の一員なのだ。……これでも。
「あと、リリアンさんは目力」
と、シエナが両手で自分の目を示す。
「あたしも最初、リリアンさん怖かったですから」
「笑いもしないしな」
「その言葉、そっくりそのまま君に返す」
アレックもリリアンも表情が動かないことに定評があった。
「リリアン! 南東区で反応でたよ!」
「今行く」
観測室から呼ばれたリリアンが立ち上がり、そのまま観測室に入っていった。エイミーが頬杖をついて言う。
「でも、ホントにリリアン調整官顔色悪くない? もともと色白だけど」
「意外と繊細だからな」
「心配じゃないの?」
「多少は。だが、言って止まるタイプじゃない」
「ふ~ん……」
エイミーはちらっとアレックを見たが、アレックは顔を上げなかった。エイミーはそのまま報告書書きに戻った。決して張り上げていないのに、よく通りリリアンの声が指示を出している。
「南東区を封鎖。すぐにパラディンを三人集めろ」
「了解です」
管制室に戻ったシエナの声も聞こえた。こうして、リリアンは離れたこの場所から、的確な指示を現場に送るのである。もはや神業である。
自分には絶対に出来ないな、と思う。それができるからこそ、リリアンは危機対策監室に所属することになったのだ。本来の実力から考えれば、ナイツ・オブ・ラウンドに配属されてもおかしくない人物なのだ。
「リリアンさん、すみません! 魔法不正使用の通報が……!」
「……」
何もこの危機対策監室に集まってくる情報はヴァルプルギスに関するものだけではない。その名の通り、『危機』とされる状況がすべて集まってくる。戦争になっても、最高司令部となるのはこの場所だ。つまり、ここに集まっているのはえりすぐりのエリートたちなのだ、と言ってもいい。
「……その中に、さっきの男か」
思わずつぶやきが漏れる。一度に二つの案件を処理しようとしているリリアンもリリアンであるが、そもそもなぜこの場所に調整官が彼女だけなのだろうか。いつもは三人待機しているはずなのに。
「対策監室の皆さんも大変だね~」
完全に他人事のエイミーであるが、実はかかわりがある。有事となれば、アレックたちナイツ・オブ・ラウンド相手にすら指揮権を持つことがある調整官だ。
「……あいつの命令に従ったら死にそうだな」
「……確かに」
要するに、大事なのは信頼関係のような気もした。エイミーが最後に自分の名を書き、報告書を終える。
「よし。先輩。おなかすいたよ」
「ああ……」
何か食べてから戻るか、とアレックとエイミーが立ち上がる。アレックはリリアンに一応声をかけた。
「リリアン。行く」
「ああ」
肩越しに振り返り、リリアンがうなずいた。すぐに「リリアンさん!」と名を呼ばれて正面を向いたけど。アレックは肩をすくめた。
「ストレスで倒れなければいいが」
「……それ、シャレになってないから……」
エイミーが呆れ声でツッコミを入れた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最初のセオドールの評は、リリアンの偏見が大いに含まれている設定なので、本当はこんなにひどくない。たぶん……。
危機対策監室は、スカンジナビア王国で言う特別監査室とか、日本で言う特殊能力対策課とかと同じです。でも、やっていることとしては戦闘指令所が一番近いと思います。