episode:04-1
最終章です。
年が明け、リリアンが正式に危機対策監室に復帰し、積もっていた雪があらかた融けて春の暖かさを感じられるようになった頃、ブルターニュに一つの知らせが飛び込んできた。
「ブルターニュの外交官が拘束された?」
何故? というようにアーサーがルーファスに続きを促す。たまたま女王の執務室での護衛任務が当たっていたアレックは、自分も耳を澄ませて話を聞こうとする。
「ハルシュタット帝国に派遣していた外交官が二名、帝国当局に拘束されました。何でも、ブルターニュが戦争を始めようとしているようだから、とのことで。名目は拘束ではなく、監視対象なのですが」
「馬鹿な!」
アレックはアーサーが声を荒げたところを初めて見たかもしれない、と思った。
「帝国側は、他国にも呼びかけを行っています。潜り込ませている諜報官によると、近いうちにブルターニュ人の入国制限がかかるのではないか、とのことです」
「……こちらを経済封鎖しようと言うことか」
一度似たような経験をしているアーサーはすぐに結論に達したようだ。
ブルターニュは島国である。経済封鎖するのはさほど難しくないだろう。ブルターニュは国内で自給自足ができないわけではないが、この時代、輸入がなければ今の生活水準は維持できない。そもそも、経済封鎖されようものならブルターニュはすぐにつぶれてしまう。国際的な信用がなければ、今の時代やっていけない。
「現在、外務省と危機対策監室が情報の収集、および内務省が対応策を検討中です」
「外務省としてはどうするつもりだ?」
アーサーがルーファスに尋ねた。一応、議会も緊急招集され開会するが、先に外務省がどう対応するのか考えておく必要がある。議会は長引く傾向があるが、そんな悠長なことを言っている場合ではないので、女王の決定権が必要になってくる。
「まだ決まっていませんが、おそらく弁解の声明を出すことになるでしょう。本当なら、人を送りたいところなのですが、途中で捕まってしまう可能性が高い」
「誰も、帝国を敵に回したくないだろうからな」
アーサーはそう言って息を吐いた。
「とにかく、情報を集めてくれ。それと、ナイツ・オブ・ラウンドとリリアンを集めて」
「御意」
ルーファスとアレックが同時に答えた。急遽、ナイツ・オブ・ラウンドが招集された。めったに集まらないナイツ・オブ・ラウンドが全員集まるとさすがに壮観……というほど人数はいないけど。
「それで、帝国でうちの外交官が拘束されたと言うのはどういうことだ?」
アーサーの問いかけに答えたのは、情報集約中だったリリアンである。
「確定はまだですが、去年末に帝国の大使リンゲン殿を送還したのを覚えていますか? それに対する報復でしょうね」
「報復? 内々だったが、帝国当局には事情を説明してあるはずだ。納得できないにしても、明るみに出れば国際的非難を浴びるのは帝国側のはずだろう?」
「リンゲン殿のことが、諸外国に本当であると認められれば、そうなるでしょう。しかし、現在の国際情勢をかんがみるに、帝国を敵に回してまで我が国を擁護しようと言う国はいないでしょうね」
まじめな場面だからか、リリアンは敬語だった。どう見ても慇懃無礼だけど。言っていることはまともだが。
「そもそも、危機対策監室はこうした話し合いの外交は専門外なんですけどね」
リリアンがため息をついて締めくくった。だが、昔から彼女はアーサーのブレーンであり、彼女がアーサーの頼みを断るはずがないのだ。
「リリアンは、ブルターニュが経済封鎖されると思う?」
「このまま何もしなければ、確実に。そうならないようにするのが、ルーファス様たちの役目です」
「……」
言い切ったリリアンに、ルーファスが白い目を向けた。作戦を考えるのはリリアンの役目だが、政治はルーファスの役目だとリリアンは言い張るのである。
「四年前、内戦の時のことを覚えているか? お前は、私が一度国外に出れば、もう戻ってくることはできないだろうと言ったな」
「……ええ。言いましたけど」
真顔であるが、リリアンの眼は「面倒なことになりそうだ」と言っているのがありありとわかった。アーサーはまっすぐにリリアンを見て言った。
「私は、帝国に行って直接誤解を解きたい」
「はあ。そう言うと思った」
リリアンがため息をついて言った。ルーファスが指摘の声を上げる。
「私としてはお勧めできませんが。しかし、本当に行くと言うのであれば、早くしないと本当にブルターニュは包囲されてしまうでしょう。異動の途中でも陛下だとわかればそのまま捕まってしまう可能性があります。例え帝国にたどり着けたとしても、同じことです」
「つまり、私は無事に帝国にたどり着き、帝国側を説得できなければ戻ってこられない、と言うわけだな」
納得した、と言うようにうなずくアーサーは、やはり本気で帝国を訪れるつもりらしい。どう考えても、デメリットしかない気がするのだが……。
「……リリアン。最適ルートは?」
「……一時間、時間をください」
ルーファスもリリアンも、結局アーサーの好きにさせるようだ。いや、ルートを考えるのはリリアンだけど。
「陛下。やはり思いとどまられた方がよろしいのでは?」
リリアンが退室した後にそう言ったのはクライドだった。ナイツ・オブ・ラウンドは一度も口を挟まなかったが、やはりアーサーの考えを無謀だと思っていたようだ。アレックもそう思っている。
「……まあ、普通に考えたら、私はここでおとなしくしているべきなのだろう。だが、使者を送っても捕まってしまうのであれば、私が行くしかないだろう?」
ニコリと笑って言うアーサーに、ウィルが目を細めた。
「あなたを誘い出すための罠ですよ。帝国は、弁明も使者も受け入れない」
「そうだろう? 私もそう思った」
あはは、と笑って見せるアーサーだが、笑える度胸がすごい。普通は恐怖を覚えるだろう。見えない相手に、こちらは追い詰められているのだから。
「ねえ。どうなるの? あたしらは陛下について帝国に行くの?」
エイミーがアレックの服の袖を引っ張って尋ねた。アレックは「リリアンの作戦しだいだな」と答える。
実はアレックは、まるで内戦のころに戻ったようだ、と少し興奮していた。やはり、自分は現場の人間なのだなぁと思う次第である。
リリアンを待つ一時間の間、何もしないわけではない。ルーファスが次々と書類を運んできてアーサーが目を通している。まあ、本当に国を留守にするのであれば、確かに仕事は片づけておかねばなるまい。現在、正式な王族はアーサーだけなので、彼女にしかできない仕事がいろいろある。
「外務省も内務省も、責任の押し付け合いだな」
アーサーが報告を読んでため息をついた。ちなみに、この間ずっとナイツ・オブ・ラウンドは待機している。一時間とは、結構微妙な時間なのである。
「待たせた」
一時間たっていないが、リリアンが肩で扉を押して入ってきた。彼女は一人ではなく、セオドールも一緒だった。
「あれ。なんでセオドール様がいんの?」
エイミーが直球で尋ねた。リリアンは持っていた資料を応接用のテーブルに置きながら言った。
「公爵の許可は取ってある」
「お前、ホントいい加減にしろ」
呆れながらも、なんだかんだでセオドールとリリアンは何となくうまくやっていると思う。
「リリアン。議会の開会まで一時間半だ。ざっくり説明を頼む」
ルーファスの難しい要求に、リリアンは何でもないことのように「了解」と答えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




