episode:03-3
人間の制圧はセオドールでも可能だが、キメラとなるとそうもいかない。一応、セオドールも魔導師であり、戦闘力皆無とは言わないが、キメラと戦った経験はない。かといって、リリアンに頼りきりになるのもどうかと思うのだが……。
「セオドール様はリンゲン殿を確保して」
「……わかった」
セオドールはおとなしくうなずくと、逃走を図ろうとしているリンゲンの確保に走った。リリアンが襲ってくる魔物に対して爆裂魔法を放つ。
「おい! 周りに気をつけろ!」
「生半可な魔法では効かないんだよ」
この状況でも口論をするこの二人である。セオドールはリンゲンの退路を塞ぐために、扉の前に立った。二人がにらみ合う。
「どいていただけますか、と言っても無駄なのでしょうね」
「当然だ」
「しかし、あなたには精神干渉魔法が効くと言うことでしたか」
「……」
リリアン、本当に要らないこと言った。精神干渉魔法をかけられてはたまらないので、セオドールは先に動いた。腕をひねりあげるべく、まず手首をつかんだ。力を込める前にリンゲンが腕を引いたので、セオドールは思わずたたらを踏む。
「……っ!」
そのまま膝をついてしまったので、いったんリンゲンの腕から手を放す。彼はそのまま扉の方に足を踏み出したので、セオドールはその姿勢のまま足払いをかけた。やや無理な姿勢から足払いをかけたので、床についた手首が痛んだ。
リンゲンがバランスを崩したところに、セオドールはダメ押しとばかりに立ち上がって蹴りを入れた。さすがにリンゲンが倒れ伏したところに、セオドールは腕をひねりあげてその背中に馬乗りになった。
「リリアン!」
あわててリリアンを振り返ると、彼女はまだキメラと格闘中だった。どうやら拘束魔法で捕らえようとしているようだが、動きが早すぎてうまくとらえられないようである。
セオドールは振り返り、キメラに向かってパチン、と指を鳴らした。もちろん、その振動魔法はキメラを直撃しなかったが、気配に聡い獣だからこそ、その気配に気がそれた。リリアンの拘束魔法がキメラを縛り上げる。
「……助かった。ありがとう」
「いや……」
リリアンに礼を言われると妙な気分だ。しかし、とりあえず当座の問題は解決した。
「恐ろしい方なのですよ、我が主は……あなたたちも、すぐにあの方の恐ろしさを目の当たりにする」
セオドールに拘束されたリンゲンが言った。リリアンが束ねていた髪をほどきながら近づいてくる。束ねていたのだが、このごたごたでぼさぼさになっていたのだ。
「その主って誰?」
リリアンが直球で聞いた。たぶん、答えないだろうな、と思ったが、意外にもリンゲンは口を開いた。
「三番目のお方」
三番目のお方。つまり、帝国第三皇子フリードリヒか。セオドールとリリアンは思わず目を見合わせた。
「あなたたちも目を付けられたはずです。あの方の恐ろしさを目の当たりにして、私の提案に乗らなかったことを後悔するのですね」
リンゲンがぶつぶつと言っているが、さらっと無視した。
△
「襲われたと聞いたぞ。大丈夫なのか?」
「それはこちらのセリフだ」
宮殿に戻ってきたアーサーは開口一番リリアンとセオドールを気遣った。そして、リリアンのツッコミがいつも通り鋭い。というか、今回はリリアンに全力で同意したい。
「こちらは容疑者を確保済みだ。原因の特定も終わっている。そちらは?」
「ヴァルプルギス……キメラだったらしいが、それらは一掃してきた。エイミーとマティが怪我をしたが、それ以外は被害はない。二人とも軽症だ。というか、お前は登城してきたんだな……」
リリアンを見つめてのウィルのしみじみとした言葉に、セオドールは思わず視線を逸らした。呼びだしたのは彼だ。
「そんなことはどうでもいい。ルーファス様にも話してあるが、アーサーに裁可を仰ぎたいそうだ」
「そんなに急がなければならないか?」
「クライドさん。アーサーを休ませたいのはわかるが、外交にも影響がある案件だ」
「……やっぱりリリアン、俺にあたりがきつくないか?」
「気のせいでしょう」
いや、きついと思う。ウィルもアーサーも苦笑を浮かべているし、セオドールの思い違いではないはずだ。
「と、とにかく急ぐんだろう? ルーファスのところへ行こう」
アーサーがそう言ってみんなを追いたてた。案内したのはセオドールとリリアンだ。ルーファスはリンゲンの客室にいた。
「え? リンゲン殿?」
アーサーが不思議そうな顔をする。セオドールはざっくりと状況を説明した。
「彼がキメラ等と操り、陛下たちを襲わせていたんです。向こうの部屋の絨毯に魔法陣が描かれています。城の魔法回線が使われたので、今は無線以外はすべてカットされています」
「詳しいことはあとでお話しいたしますが、今はリンゲン殿の処遇が先です。ちなみに、隣にはキメラを捕獲してありますが、見ますか?」
ルーファスがけろっとして言う。と言うか、彼もキメラを確認したのか。魔法研究者たちから、解析したいから生かしておいて、と言われて、そのままになっている。
「……リンゲン殿がやったことは、キメラを使って私を襲わせたことだな。ルーファスはどうすべきだと考えているんだ?」
「リリアンとも相談しましたが、帝国への強制送還ですね。最も、我が国に帝国とやりあうだけの力はありませんので、陛下のご不興を買った、と言うことにして帝国に帰国命令を出してもらうべきかと」
「……わかった。それでいい。よきにはからってくれ」
「御意」
ルーファスがうなずき、近衛を呼んでリンゲンを別室に移動させた。ウィルがリリアンに尋ねた。
「リンゲン殿、今の話、聞いてたんじゃないか」
「強めに精神干渉魔法をかけたから、しばらく目を覚まさない」
「お前、鬼だな……」
まあ、リリアンの鬼畜っぷりは、今に始まったことではない。こういうのを見ると、リリアンはセオドール相手にはまだ手加減していたのだな、と思う。
場所を移し、女王の執務室。制服、もしくは官服姿の中にリリアンだけが私服だが、誰も指摘するような無粋なものはいない。
「まずは、こちらの報告から。孤児院から出てしばらくして、ヴァルプルギスを含むキメラに囲まれました。ヴァルプルギスは誘われて出てきたんでしょうが、キメラは今思えば招喚魔法だったのでしょうね。妙に統率がとれていたので、危機対策監室に指示を仰ぎました」
「最初に対応したのは自分です。まあ、丸投げしましたけど……」
自分が情けなくてため息が出るセオドールである。ウィルがそんな彼の肩をたたいた。
「代わりにお前は原因を突き止めてくれたんだから、気にすることないって」
「リリアンの力を借りて、ですけど」
「……俺に怒るなよ」
ウィルが少し引き気味に言った。リリアンがそんなやり取りを見ていないかのように真顔で言う。
「要請を受けて、私が登城した。あらかじめ情報が調べられていたのですぐに原因が分かったが、現在、魔法ルートを再構築中だ」
「ああ……その問題があったね……」
アーサーが苦笑を浮かべて言った。現在、矯正切断した魔法回線はノエルをはじめとした魔導師たちが再構築中である。今のところ代替回線で何とかなっているが、いつまでもと言うわけにはいかない。
「私はそちらを手伝うから、セオドール様は危機対策監室を引き続き頼む」
リリアンに言われ、セオドールはうなずくほかなかった。
「……わかった」
「よし」
よし、じゃない。と思ったが、現在が危機的状況なのはわかっている。緊急用マニュアルを読み返しておこうと思った。
「それから、もう一つ。リリアンとセオドールから気になる報告が」
と、ルーファスが声をあげた。アーサーが「何?」とルーファスを見る。
「リンゲン殿が、自分が使えるのは第三皇子フリードリヒだ、と言っていたそうです」
帝国の大使なのだから、皇帝に仕えていると言うのが普通だ。アーサーは驚いた様子でリリアンとセオドールを見た。
「本当か?」
「ああ」
「本当です」
「……どういうことだろう?」
アーサーが困惑したように頬に手を当てた。小首をかしげるアーサーに、リリアンが冷静に指摘する。
「考えられることはいくつかあるが、その中で可能性が高いものを一つ。フリードリヒ皇子は、ブルターニュの支配をたくらんでいるのではないか」
ものすごく棒読みだったので、意味がなかなか理解できなかった。それはアーサーやウィルたちも同じだったようで。
「はあ?」
同じような反応をそろって返すことになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
セオドール編、完結。
次から最終章です。




