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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
27/66

episode:03-2








 急いできたのだろう。リリアンは私服だった。いつもは官服なのだが。黒の細身のスラックスにラフなブラウス。性別不詳にしている官服の野暮ったさのない状態では、リリアンはちゃんと『美女』だった。


「リリアン。話は?」

「だいたい聞いた。解析はどこまで進んでいる」

「はいな! 照合の結果、陛下たちを襲っている獣型はヴァルプルギスではありませぇん。素体としてはキメラに近いんですけどぉ、国内のデータベースには合致するものはないんですねぇ」


 と、ここまでが情報官のミーシャ。続きを解析官のデビーが引き取る。


「解析結果としては、やはりキメラと断定するのが正しいかと。情報室とすり合わせた結果、国外産ですね。ただ、あんまり頭がよくないし、近くで操らないと魔法を振り切っちゃうと思うんですけど」

「わかった。ありがとう」


 危機対策監室の女性二人がリリアンににこりと微笑み、席に戻っていく。今の話から導き出されることは。

「誰か、国外の者が手引きしている可能性が高いってことか?」

「ああ。しかも、相当近くから操っている。アーサーたちの所在は、王都郊外だったな」

 操作系の魔法の効果範囲は、どれだけ広くても半径五十キロを下回る。まあ、それでもかなり広いが。ただ、ウィルからの報告によるとかなり精密な命令を受けて動いているように感じる。つまり、それだけ支配力が強いのだ。

「……中継地点を設けいている可能性は?」

「無くはないな。むしろ、その可能性は高いと思う。支配力が強いのに、動きが単調に見えるからな」

「なるほど」

 言われてみれば、ウィルたちの討伐もかなり進んでいる。


「魔力と相性にもよるけど、中継地点は多くても二つが限度だろう。中継地点を置ける場所を考えると……」


 リリアンとセオドールは目を見合わせた。リリアンがぱっと身をひるがえす。


「セオ!」

「お前まで愛称で呼ぶな! ノエル、魔法回線をきって無線につなげ! この距離ならつながるだろ」


 無線は基地局が必要で、魔法陣による中継地点があればつながる魔法回線よりも使い勝手が悪いが、贅沢は言っていられない。ノエルが察した様子で「了解!」とこちらを見ないままに答えた。

「それと、ここを頼んだ!」

「早く戻ってきてね!」

 ノエルがそう言いながらセオドールを送り出した。まあ、数十分なら調整官がいなくても大丈夫だろう。たぶん。

「考えていることは同じだな」

「ああ。宮殿の魔法通信システムを中継地点代わりに、キメラを操っているんだ」

 セオドールが言うと、リリアンもやはり同じ考えだったようだ。


「確かに、新たに中継地点を作るよりも楽だし、宮殿とのやり取りはすべてこの回線を使うからな」


 そうなのだ。ウィルが連絡してきたのも魔法回線。そこから捜査魔法が送られているのだとしたら、早急に閉じなければならない。時間がないので強制切断になるが。あとでノエルと共に新しくシステムを構築しなければなるまい。

 ということは、操っている本人は宮殿の中にいる可能性が高い。そして、リリアンとセオドールが導き出した答えによると。


「失礼する、リンゲン殿」


 リリアンが足を踏み入れたのは、帝国の大使リンゲンの客室だった。リンゲンはびくっとしたが、何も知りませんと言うような表情で微笑んだ。

「どうなさいました、エリザベス殿」

「申し訳ないが、部屋を検めさせていただく」

「……私は帝国の大使です。特権を認められているはずですが」

 了承を待たずに部屋の中を検めはじめたリリアンにリンゲンは言った。先にクッションをひっくり返していたセオドールが振り返って答える。

「私たちにはアーサー女王陛下を守る義務がある。あなたが帝国にどんな情報を送っていようが自由だが、今女王が襲われているとなれば、その原因を突き止めなければならない。協力してほしいのだが」


 危機対策監室は宮廷でもかなり強い権力を持つ方だ。これを監視するための監査局も存在するが、それはまた別の話。

「セオ!」

「だから愛称!」

 隣の部屋を調べていたリリアンの声にツッコミを入れたセオドールは、それでもそちらに向かって行った。隣室では、リリアンが絨毯をひっくり返していた。思わずその床に目が行くが。


「違う。そっちじゃない」


 絨毯の裏だ、と言われて視線を移した。絨毯の裏に魔法陣が刺繍で刻まれていた。

「輸入したってことか」

「輸入っていうのは変だろう。持ち込まなくても、自分で刻んでもいいし、場所によってはブルターニュでも手に入るからな」

「……まあ、それもそうか」

 セオドールはあっさりと納得した。リンゲンは一年近くブルターニュにいるし、税関を越えて帝国から持ち込んだと考えるよりは、ブルターニュで手配したと考える方が自然だからだ。


 かちゃん、と音がして二人の意識はそちらに向いた。後から入ってきたリンゲンが、隣室に続く扉の鍵を閉めたのだ。リンゲンは強かにもこの状況で笑みを浮かべた。

「さて。どうしましょうかね。あなた方を」

「それはこちらのセリフだと思うんだが」

 リリアンが挑発的に言った。セオドールが彼女を小突いたが、たぶん、セオドールが言っても挑発的になっただろうなぁ。


「女王陛下が靡いてくれないので、我が主がお怒りなのですよ」


 リンゲンが何でもなさそうに言ったが、この『主』は皇帝のことではなさそうだ。では、彼は一体だれの指示で動いているのか。


「今なら、女王陛下が襲われている状況もただの『偶然』で押し切れる。あなた方がしゃべらなければね」


 現実はそんなに単純ではないが、リリアンとセオドールは目を見合わせてそこはツッコまないことで合意した。


「……まあ、少し待て。私たちも、あなたのしたことを公にするつもりはない。外交問題は面倒だからな」


 と、リリアン。本音が出ている。リリアンは交渉事が苦手そうだ。と言うことは、現在も危険なわけで。かといってセオドールも同じなわけで。ここで、彼は人材を幅広くそろえることの大切さを思い知った。

「まあ、あなたは帝国に強制送還になるが」

「……」

 さすがのセオドールにも、それは言ってはいけないやつだとわかった。リンゲンは余裕の笑みを崩さない。


「それには及びませんよ。お二人にこのことを忘れていただきますから」


 と、リンゲンは自信満々に言ったが、残念ながら、ここには精神干渉魔法が効かないリリアンがいる。どうやら、以前精神干渉魔法にかかったのは、賭けられたのがまだ十二歳の時で、魔法の発達前だったかららしい。あのあと、ためしにいろんな魔導師がリリアンに精神干渉魔法を使おうとしたが、全てかからなかった。あれを乗り越えて、リリアン自身の耐性が高くなった可能性もある。

「残念だが、私には精神干渉魔法は効かない。セオドールには効くだろうけど」

「その情報はいらないだろ」

 思わずツッコミを入れてしまったが、たとえセオドールに精神干渉魔法がかけられたとしても、リリアンにはかからないので結果は一緒だ。

 精神干渉魔法が効かないからと言って、殺すわけにはいかない。セオドールはブラックリー公爵家の人間だし、リリアンはカーライル侯爵の姪で、何より女王の親友だ。殺すには相手が悪い。そもそも、リンゲンにこの二人を始末できるとは思えない。


「私の提案に乗った方が安全だと思うのだが」


 本当に言い方が偉そう。セオドールも初期に同じことを言われていたから、こんな言い方だったのだろうなぁと思う。今になって考えれば、わかってやっているリリアンの方がたちが悪いと思う。ということは、今もわざと怒らせようとしているのだろう。

 そろそろ、二人が危機対策監室を空けてから三十分が経つ。セオドールも口を開いた。

「私たちはそんなに待つつもりはないんだが」

「…………なんですよ」

「は?」

 リリアンとセオドールが同時に口を開く。やはりこの二人、よく似ている。


「そうはいかないんですよ。私の主は……とても恐ろしい方だ」


 そんなことはこちらの知ったことではない。っていうか、本当に誰に仕えているんだろうか、彼は。

「申し訳ないが、魔法が効かないと言うのであれば……」

 リンゲンが魔法を発動した。あれは……。

「招喚魔法!?」

「リリアン!」

 魔法の正体を言い当てたリリアンと、そのリリアンのそばにある絨毯の魔法陣が光ったことに気付いたセオドール。彼はとっさにリリアンの腕を引いて彼女をかばった。

「……キメラ?」

 セオドールの背後で、リリアンがつぶやく。二人とも、さすがに武器は持っていなかった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


セオドールも悪いやつではない。



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