episode:03-1
セオドール視点。短いです。
リリアンは精神干渉魔法をとくために療養に入った。その状況になって、危機対策監室がどれだけリリアンに頼っていたのかわかった。裏を返すと、リリアンが優秀であると言うことである。
さて。リリアンの指導を受けていたセオドールであるが、わずか四か月ほどで手放されてしまった。いや、彼女も戻ってくるのだが、それは年明けになるだろうとのことだ。今はまだ年末である。
何だろう、この不安になる感じ。折あしく、と言ってはなんだが、たいてい危機対策監室に詰めているハロルドも不在だ。郊外の孤児院の訪問に行った女王アーサーについていってしまったのだ。そういう時は、もう一人、たいていカルロスがいるのだが、彼もたまたま不在だ。奥さんが産気づいたらしい。初めての子だと言うことで、行ってらっしゃいと見送ることしかできなかった。
と言うわけで、現状、危機対策監室に詰めている調整官はセオドールのみなのだ。八か月前の自分なら「まかせろ!」と豪語していたと思うが、今の彼にはそんな気概はない。文字通り、リリアンにたたき折られた。
「セオドール様、顔強張ってるよ~」
管制官のノエルが振り返って言った。強張っているか、とセオドールは自分の顔に触れた。
「大丈夫だって。たぶん。何かあったらリリアン呼び出そうよ。療養中でも来てくれるよ。暇だって言ってたから」
「ノエル、見舞いに行ったのか?」
「まあね。元気そうだったよ。論文読んでた」
黙ってれば、彼女もただの美人なんだけどねーとノエルは笑った。思わずセオドールも笑ってしまった。
「あ、あの~。出張中のサー・ウィリアムから通信が入ってるんですけど」
シエナが振り返って声をかけてきた。初対面の時があれだったからか、彼女にはまだ苦手意識を持たれているらしいセオドールである。ノエルがヘッドセットをつけ直し、椅子に座り直す。
「通信入りまーす」
と言いながらノエルが通信のスピーカーをオンにする。ウィルの怒鳴り声が響いた。
『おい! こっちなんかヴァルプルギスっぽいのがわんさかいるんだけど!?』
「ぽいってどういうことだ?」
こちらもマイクをオンにしたセオドールが思わず突っ込んでしまった。ウィルが驚きの声を上げる。
『セオだけか!? カルロスは!?』
「奥さんが産気づいたので帰った。というか、そっちにはハロルドがいるんじゃ?」
『はぐれた!』
「じゃあ、ウィルが頑張ってくれ」
セオドールの言葉に、ノエルたちが苦笑を浮かべる。ウィルにも『お前、リリアンに似てきたな』と言われた。心外だ。
『いや、ハロルドとはぐれたのはどーでもいいんだよ。そうじゃなくて、かなり不自然なんだよな。陛下とエイミーが撮影機持ってるんだけど、そっちで映像出る?』
「映像、でま~す」
解析官のデビーが間延びした声で言った。危機対策監室に配属される人間は事務官も含めて優秀なのだが、微妙に危機感が足りない。
危機対策監室のスクリーンモニターに映像が映る。もちろん、魔法回路を使っているのだが、ほぼリアルタイムの音声通信とは違い、映像は五秒ほどのタイムラグが存在する。こういうことに詳しいノエルでも、これ以上はどうにもならないらしい。危機対策監室は、個人の技能に頼り過ぎだと思うのだが。
『映像出たか?』
「ああ……私は詳しくないから何とも言えないんだが、これ、ヴァルプルギスなのか?」
どう見ても獣のような四足歩行の生き物が多い気がするのだが。いや、普通、というか人型のヴァルプルギスもいるけど。
「ヴァルプルギスには四足歩行のやつもいるけど、でも、これ、ヴァルプルギスっていうより、魔物とか、キメラに近い感じだけど……」
ノエルが顎に指を当てて考え込みながら言った。セオドールは情報室に向かって声をかける。
「情報室、照合頼む」
「了解」
ベテラン情報官ルロイが後ろを向いたまま片手をあげて答えた。解析官も解析を始めている。情報官の照合結果と合わせて報告が上がってくるだろう。
「……動きが不自然だな」
セオドールが言うと、ノエルが「そうだね」と同意する。二人の言葉を拾い上げたらしいウィルからも通信が入った。
『そうなんだよな。まるで軍隊を相手にしてるみたいだ。弱いところを押そうとしても、すぐにフォローが入る。包囲を抜けられない』
「どこかから操ってるってことでしょうか」
シエナが小首を傾げた。ノエルが思考モードに入っているので、主に管制を担当しているのは彼女だ。
『ああ、そんな感じはするが、どこから操っているのか……』
ノイズが混じり、がん、と硬いものがぶつかる音がした。だがとりあえず心配しないことにして、情報室と解析室の報告を聞くことにする。
「ヴァルプルギスもいるけど、四足歩行のほとんどが別のものだな。魔物っぽいけど、照合結果が微妙に一致しないから、キメラの可能性が高い。それと、動きから見て、やっぱり誰かが操ってんだろうな」
「……そうか」
ルロイの報告を聞いて、セオドールは微妙な表情になった。こういうパターンの指揮を執った経験がない。自身過剰気味だった彼は、リリアンの再教育によって自分の限界がわかるくらいにはなっていた。
「……たぶん、現場の判断に任せた方がいいと思う……」
「セオドールにしては弱気な発言」
「ルロイさん。そう言うこと言わない。シエナ。ウィルさんとハロルドに現場判断に任せるって伝えて」
「了解です」
シエナがうなずいて通信機で命令(と言っていいのだろうか)を伝える。まあ、ウィルとハロルドならセオドールがやるよりうまくやるだろう。と言うことは、セオドールがやるべきことは。
「……リリアンを呼びだしてくれ……」
「わかったよ。セオドール様も、そんなに責任感じることないから」
ノエルは立ち上がり、セオドールの肩をたたいた。人には向き不向きがある。まだ配属されて一年に満たないセオドールが背負うには責任が重すぎた。
とにかく、セオドールたちは戦闘中のウィルたちに代わって、ヴァルプルギスや魔物を操る術者を探さなければならない。そんなに離れたところにはいないと思うのだが。
大学で魔法も学んだセオドールであるが、やはり、こう言うものは経験がものを言う。おそらく、ノエルやリリアンの方がうまく立ち回れるだろう。というのが、最近ではよくわかる。リリアンも相変わらず腹のたつ女ではあるが、それはただの性格であるとわかってきた。さすがにアレックのようにかわいい、とは思えないが、こいつ、本気で嫌いだったら無視するタイプだな、とは思う。
何より、決断力があると思う。彼女は。調整官になるべくして生まれてきたような、そんな性格をしている。
とはいえ、冷酷な人でもないと思う。言うことはずばずば言うし、歯に衣着せぬ物言いが、セオドールを腹立たせる。いや、彼自身にもそう言うところがあると、最近は自覚しているので同族嫌悪に近いのかもしれない。
リリアンの剛毅すぎる決断が理解できないこともある。あとからゆっくり考えればわかることもあるが、セオドールには即断はまだ難しい。これが、戦争を経験した者と、していない者の差か。セオドールはそもそも、内戦時に国内にいなかったけど。
それを責め立てる者もいる。まあ、セオドールがいたところで大した役には立てなかっただろうが、それでも『国外に逃げた』と言われることは多い。思えば、リリアンははじめからそんなことを言わなかったし、これからも言うことはないだろう。彼女はそう言う人だ。
例えばリリアンは、助けを求めれば必ず手を差し伸べてくれる。今回だって、ほら。
「久しぶり」
そっけないが、こうして助けてくれる。セオドールはもう、以前ほど彼女を嫌えなくなっていることに気付いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
セオドール様、リリアンに教育されてる感が半端ない。




