episode:02-12
まず、リリアンが何故この女王の別邸にいたのかである。彼女は魔導師……後から聞いたところによると、ケイシーと言うらしいが、彼に操られていた。そして、彼から送られてくる命令に従い、この場所を訪れたのだと言う。その際、ジェイミーは。
「撒いてきた」
とのことらしい。今頃ジェイミーはリンジーに淡々と責められているだろう。
しかし、この場所にたどり着いた時点で、リリアンはケイシーの洗脳魔法を上掛けして打ち消すことに成功していた。つまり、この時点で彼女は自分の自由に動くことができたはずだ。なのに、あえて操られているふりをしてこの別邸を訪れた。
その方が自然に別邸に入れる。完全に自分の自由を取り戻している確証はなかったので危険はあったが、うまくいけばすべてがいっきに片付く。現実主義者のリリアンにしてはリスキーな賭けである。
洗脳魔法と言っても、精神干渉魔法をかけた相手が術者から切り離されて独立して動く場合と、見えない糸のようなもので結びついている場合がある。ケイシーの能力の場合は後者だった。そのため、リリアンの作戦はうまく言ったのである。
リリアンは自分からケイシーに向かって伸びている糸をたどって、さらに操られていた青年、彼はレナルドと言うらしいが、彼の糸を手繰った。そして、そこからリリアンは送られる命令を改変し、レナルドを気絶させたのだ。しばらく目を覚まさないだろうと言っていた。
ケイシーに精神干渉魔法をかけたのも同じ要領だ。もともとつながっているのだから、主導権を握ってしまえば精神干渉魔法をかけ返すのは難しくないのだそうだ。それにしては脅しの言葉が恐ろしげだったが。
相変わらず、リリアンはアーサーと離れて座っている。アーサーはそれが不服なようだが、リリアンは譲る気がないらしい。ウィルも言っていたが、止める側であるアレックの気持ちも考えてほしい。いや、リリアンが言うのなら止めるが、さすがに好ましく思っている相手に対して力を振るうのは嫌だ。
「あの男、ケイシーと言ったか。あの魔導師、軽い予知能力があると言っていたな。それで、お前と陛下が近づくのを知ったと」
「……予知?」
こちらも軽いが似たような能力を持つアーサーがキョトンとした。この中で説明できるのがリリアンとセオドールだけなので、必然的にリリアンが口を開く。
「予知能力は魔力が影響を与えているのは確かだが、そのメカニズムが解明されていない。アーサーの千里眼もこれに近いけど、アーサーのものはどちらかと言うと数ある情報から最も確率の高いものを引っ張り出しているから、正確には予知ではない」
予知の定義はあいまいだが、セオドールも同意したので、おおむねリリアンの説明は間違っていないようだ。
「……つまり?」
エイミーが首をかしげる。彼女はアーサーの側にいた。
「ケイシーは、思惑のために私を利用したと言うことだ。その過程で、私の両親は殺された」
「……理解はできるけど、説明にはなってねぇだろ。思惑があって人を操るのは当然だ」
意外にも冷静に吐き捨てたのはウィルだった。アレックは内心で『ここで兄妹喧嘩を始めるなよ』と祈る。
「当時のカーライル侯爵を『侯爵』から引きずりおろすことで、『彼ら』は内戦を誘発したと言うことだ。彼が首謀者ではないだろう。別に、もっと大きな黒幕がいる」
「……なあお前、やっぱり操られてねぇ?」
「さて。どうだろう」
リリアンがしれっと言った。筋が通っているようで、結構無茶苦茶な理論である。だが、カーライル侯爵がいなくなった後に内戦が勃発したのは事実だ。
「……確かに、前カーライル侯爵と父上は盟友だったと言う話だ。この辺りは、おそらくルーファスの方が詳しいと思うけど、ありえなく……は、ないのかな?」
アーサーも首をかしげる。リリアンも「まあ、現状から私が推測しただけだ」と言ったが。
「しかし、確かに私とアーサーが近づく可能性は高かった。ウィルのこともあるし、年も近いし」
「だがまあ、説得力としては弱いな。だが、偶然ではなく、必然だった、と言うことか?」
お前ならできそうだしなぁ、とウィルがぐりぐりとリリアンの頭を撫でる。なんだか兄妹の間で会話が成立している。アーサーも察しているようだが、アレックはいまいち確信が持てない。
「つまり、どういうことだ?」
尋ねたのはいろんな意味で空気を読まないマティアスだった。カーライルの兄妹が口をつぐんだので、説明したのはセオドールだった。
「つまり、ウィルがナイツ・オブ・ラウンドになったのも必然。リリアンが陛下と友人になったのも必然と言うことだ。お前、本当に頭使ってないんだな……」
マティアスも察しはいいし、馬鹿ではないはずなのだが、こう言う理論的なことは苦手らしい。アレックも苦手だから茶々を入れたりはしないけど。
「では、内戦が起こったのも必然と言うことか? 誰かが、私の従兄に内戦を引き起こすように誘導した……?」
アーサーが震える声で言った。それも確定情報ではないが、リリアンの推測が正しければ、十分あり得る話だ。
一つ一つの出来事は別々の物事に見えるが、本当はすべてつながっているのかもしれない。しかし、それを考えるのはリリアンやセオドールなどの調整官たちだ。アレックたちはとにかく、アーサーを守るのが仕事だ。
「……リリアン、今日一緒に寝よう」
「さっきも言ったが、エイミーを誘え」
「だから巻き込まないで!」
女性陣のノリが秀逸すぎる。
△
「正直」
アレックが口を開くと、先を歩いていたリリアンが振り返った。いつも思うのだが、彼女は本当に美人だ。
「俺にお前を止めろと言うのはやめてほしい」
「……突然どうした」
リリアンが本気で驚いたように言った。そこまで驚くことではないと思うのだが。
「いや、必要があるとはいえ、好きな相手を戦闘不能にする、というのは思うだけで結構堪えると言う話だ」
しれっと平坦な口調で言ったので愛の告白には聞こえないが、それに近いことを言っている。だが、言われた側であるリリアンもそこには反応しなかった。
「……だが、誰かがやらなければならない」
「……もうその必要はないだろう」
アレックはそう反論するが、リリアンは肩をすくめただけだった。だが、何も言わなかった。
ウィルやクライドに頼まないのはいざと言う時にためらうからだろう。マティアスでは力加減を間違える。セオドールでは話にならない。消去法の結果、アレックになるのはわかる。わかるが……。
「こちらの気持ちも考えろ。お前、俺が陛下を傷つけようとして、お前、俺を止められるか?」
「力を考慮しなければ……」
リリアンは顔をしかめた。たぶん、止められないと思ったのだろう。出会ったばかりのころは敵対していた二人で、実際に戦っているのだが、同じことをしたとしても、当時と今では違う。本人は攻撃の意思がないのに攻撃してくる。本人の本当の意思を知っていると、余計攻撃しづらいものだ。
アレックはため息をつき、リリアンの無駄に整った顔を見た。
「俺は、お前の命令なら従う。俺もそれが最善だと思うから。だが、その命令を実行することになったら、俺の心に消えない傷を残すことを忘れるな」
リリアンには、相手が傷つくのだ、と言った方が効く。リリアン自身が傷つく、と言っても彼女は気にしないだろう。だから、この方が効果的。アレックのキャラではないが、実際にその状況になれば、アレックは傷つくのだろうと思う。
「……アレックは意外に私のことが好きなんだな……」
「先ほどからそう言っている」
やはり淡々と答えるアレックに、リリアンは珍しく頬を緩め、微笑んだ。
「……本当は、私もこんなことを頼むのは嫌だ。だけど」
その優しげな微笑みは、唐突に皮肉気な笑みに変わった。
「そうなれば、君は私のことを忘れないだろう?」
さらっと。本当にさらっと恐ろしいことを言った。つまり、アレックの心を傷つけることでずっと自分のことを覚えていてもらおうと……。
「冗談だよ。そんな顔をするな」
今度こそ破顔してリリアンは言った。彼女も、出会った当初と比べて本当に表情豊かになったと思う。
「……いや、お前が言うと冗談も冗談に聞こえない」
「よく言われる」
リリアンはそう言うと颯爽と身をひるがえした。また歩き出す彼女について、アレックも足を踏み出す。直球で尋ねてみた。
「リリアン。それは、お前と俺は同じ気持ちだと考えていいのか?」
「そうだな」
このリリアンの颯爽としたクールな感じはどこから来ているのだろう。まじめにやれば、ウィルもかっこいいのだが。アレックはリリアンに近寄ると、その腕をとった。ほぼ同じ身長の二人は、視界が近い。
「俺は、お前が悲しむことをしたくない。だが、お前が後悔するとわかっていても、俺は、お前を護ると思う」
「……君が守らなければならないのはアーサーだ」
「わかっている」
「だが、君のそう言うところを好ましいと思っているよ」
……最近、リリアンの方がアレックよりも男らしい気がしてきた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
微妙に恋愛めいてくる。




