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What Remain  作者: 雲居瑞香
本編
22/66

episode:02-9










 リリアンは宮殿内にある病棟に寝かされていた。そこには、彼女の二人の兄も同席している。


「リリアンは?」

「まだ眠っている……というか、対応策が見つかるまでは、眠っていてもらった方がいいんだろうな」


 ウィルがため息をついて言った。リリアンの側の椅子に腰かけたままうなだれる。ジェイミーはリリアンの手を取り、何かを調べている様子だ。


「……陛下が、ウィルに指揮を執ってほしいそうだ」


 アレックが伝えると、ウィルは「そうだな」と答えた。答えたが、うなだれたままだ。


「……七年前だ。俺達の両親が死んだのは」


 ウィルの言葉に、ジェイミーも顔をあげた。七年前なら、ウィルもジェイミーもまだ寄宿学校の学生だっただろう。今のアレックとそれほど年が変わらない。


「俺達が気づいた時には、カーライル領主館のレストルームで両親とリリアンが倒れていてな。両親はひと目でこと切れているのがわかった。リリアンは、気を失っているだけで。俺たちはリリアンから話を聞こうとしたんだが……」


 十二歳の彼女は、何も覚えていなかった。両親の死を見たことによるショックで記憶を失ったのではないかと、彼女を診た医師は言った。よくあることだと。


「だが、そうだとしたらおかしいことがある」

「おかしいこと?」


 アレックが問い返すと、ウィルは言った。

「ああ。悲鳴が聞こえなかった」

「……悲鳴?」

 説明がすっ飛ばされた気がした。訳が分からずアレックが首をかしげると、ジェイミーが説明してくれた。

「ほら、普通、死体を見たら悲鳴を上げるだろ」

「……リリアンが悲鳴を上げるとは思えない」

 冷静沈着と言っていいリリアンが悲鳴を上げる様子が想像できなくてそう言ったのだが、ジェイミーは苦笑した。

「十二歳の普通の女の子だよ。そう思ったら、普通、大声あげるでしょ」

「……まあ、そうだな」

 一応、納得したということにしておこう。確かに、相手がリリアンだと考えなければ納得できるものがある。例えばエイミーとかならちょっとわかる。


 アレックとリリアンの付き合いは、三年前の内戦以降だから、十六歳以降だ。それ以前のリリアンは、彼女の兄であるウィルとジェイミーしか知らない。ただ、性格がちょっと変わったのは事実のようだ。

「……とにかく、ジェイミーの言うとおり、悲鳴が聞こえなかったんだ。そこから考えられるのは、リリアンは犯人に接触していたのではないか? ということだ」

 ウィルの落ち着いた声に、アレックはとりあえず反論してみる。

「……だが、悲鳴も上げられずに気絶したという可能性もある」

「確かにな。否定はできん」

 やっとウィルは顔をあげた。その顔には苦笑が浮かんでいる。まあ、リリアンだしね。


「だが、犯人と接触して悲鳴を上げる前に精神干渉魔法を受けて気絶した可能性が高い。その時に、記憶も一緒に消去されたのかもな……」


 再びうなだれるウィル。あ、ため息ついた。

「俺は詳しくないから何とも言えないが、それって可能なのか? 精神干渉魔法で記憶を消す、とか」

「不可能ではないね」

 答えたのは魔法学の専門家であるジェイミーだ。そう言えば、詳しいことはジェイミーに聞け、とリンジーも言っていたか。


「もともと、ショックで記憶が消えてしまうということもある。これはリンジーに確認したし、間違いない。実例もある。同じ状況を、精神干渉魔法で作ればいいだけだ」


 簡単に言うが、結構難しい。ショックを受けて記憶が消えるほどの精神干渉魔法を、相手の精神が狂わないくらいに使用するのは。まあ、説明はつくということでつっこまないことにする。

「じゃあ、その精神干渉魔法でリリアンが陛下を攻撃しようとしたってことか?」

「現場を見てないから、はっきりしたことは言えないけど。何かの暗示が欠けられている可能性は高いな。リリアンは精神干渉魔法に耐性があるけど、完全じゃない。もともと、精神なんてそんなあいまいなもの、耐性があろうとなかろうとかかるときはかかるし、かからないときはかからない。特に、僕隊の親が殺された現場でかけられたのなら、リリアンは動揺してただろうしね」

 ウィルもだが、ジェイミーもリリアンと兄妹だなあと思った。この理知的なところとか、よく似ている。

「精神干渉魔法ってのは、相手の精神にうまく絡み合うように洗脳をかけるものなんだ。その点、リリアンはうまく魔法が精神と絡み合ってないんだと思う。『アーサー陛下を害する』っていう洗脳は、リリアンの意思に反するからな。そう言う洗脳は、往々にしてかかりにくいものなんだ」

「……へえ」

 やっとその一言を言うのが精いっぱいだった。なんと言うか、理解が追い付かない。

「理解できねぇって顔だな」

「……悪い。難しい話はちょっと」

 アレックは正直に言った。ウィルは笑ったが、やはりその笑顔は苦しそうだ。

「すまんな。うちの家族は理屈っぽくて」

「いや……」

 アレックは口ごもり、眠るリリアンに目をやった。眼を閉じていると、その鋭い眼光がない分幼く見える。いや、起きているときが冷静過ぎるのかもしれないけど。


「アレック。お前、リリアンが好きか?」

「……そうだな。好きだ……ウィルが聞いたんだ」


 ウィルが尋ねるから答えたのに、『好きだ』と答えたら睨まれた。本当にもう、このシスコンどうにかしてくれ。まあ、過去のこともあるし過保護になるのはわからないではないのだが。

「うっ、すまん……反射的に」

 もう、兄ではなく父も入っているような気がする。リリアンが結婚するとき、この男、本気で泣き崩れるんじゃないかと思う。

「きっと、みんなリリアンのことは好きだと思う」

「……そうだな」

 セオドールだって、今でも憎まれ口をたたいているが、当初ほどリリアンを毛嫌いしていないと思う。リリアンもそれは同じだろう。


「……俺は、お前たちに残酷なことを頼まなければならない」

「……」


 アレックも、ジェイミーも視線を落とした。ウィルが言う、『残酷なこと』に心当たりがある。


「……たぶん、リリアンも同じことを言うだろう」


 アレックなりの気にするな、ということだ。実際、冷静かつ冷徹に状況を判断し、その場にあった命令を下す彼女は、どんなに残酷な命令でも必要とあれば口にするだろう。今の場合、こうだ。


 もう一度リリアンがアーサーに害をなすことがあれば、リリアンを殺せ。
















 結局、リリアンは目を覚まさなかったが、ジェイミーが王都のカーライル侯爵家別宅に戻る際に一緒に連れ帰ったらしい。リンジーがしばらく別宅で寝泊まりするらしいので、たぶん、大丈夫だろう。たぶん。もしもリリアンが暴れたとしても、彼女とウィルが戦えばウィルの方が強いし。

 何となく、雰囲気が重い。リリアンのことが尾を引いているのだろう。危機対策監室ものぞいてきたが、いつもの締まりがない。セオドールは事件の間ずっと蚊帳の外だったわけだが、話を聞いた後にこう言い切ったらしい。


「あの女がそう簡単に操られるわけがない」


 ノエルからの情報だ。確かにその通りなのだが、三か月ほどでそこまでの信頼関係ができるとは、驚きである。

 主席調整官がいなくても、危機対策監室は回る。教育係であるリリアンがいないという事実は、セオドールを急速に成長させた……って、まだリリアンの事件が起こってから三日しかたっていないけど。まあ、ハロルドやノエルからのツッコミがかなり入っているらしいが、三か月前の完全な新人の時よりだいぶましだ。アレックたちとしても指示に従いやすくなってきた。

 それで、リリアンであるが、一応、翌日に目を覚ましたらしい。アレックは様子を見に行っていないが、ノエルは行って来たらしくこれもノエルから聞いた話だ。彼は結構フットワークが軽い。


「見た目、普通なんだけどね。リリアン自身が一番怯えてる気がする」


 ノエルはアレックにそう言った。彼の言っていることは理解できる気がした。おそらく、リリアン自身がアーサーを傷つけるかもしれないことに一番怯えている。彼女は結構小心者だから。

 そして、まだリリアンの事件のショックが抜けきらない頃、その事件は起こった。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


なんでここまでダークなんだろうと思ったけど、ダークファンタジーだからこれで正しいのかもしれない。


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