episode:02-8
夏なので、日中はかなり暑い。日陰は涼しいのだが、日なたは立っているだけで汗が流れてきそうなほどだ。
そんなうららかなな日、アルビオン宮殿に一発の銃声が響き渡った。
「何今の」
報告書製作中だったエイミーが集中力を切らして顔をあげた。つられてアレックも顔を上げる。
「銃声だな」
「……だよね」
アレックもエイミーもそろって立ち上がる。何となく人が流れている方に向かえば、現場に行きつくはずだ。だが、現場の近くと思われる廊下で、ナイツ・オブ・ラウンド仲間が警備張りに立っていた。
「マティ」
「おう、アレックとエイミーじゃねぇか」
ナイツ・オブ・ラウンド第五席マティアス・リードである。茶髪に紫の瞳のクライドほどではないが体格の良い青年であるが、童顔気味で下手したらアレックより年下に見えるほどだ。余談としては、地声がうるさいのでリリアンをブチギレさせたある意味すごい人物である。
「何があった?」
「俺にもよくわからんが、なんかややこしいことになってるぞ」
見張りをマティアスに任せ、アレックとエイミーは彼の側をすり抜ける。背後からマティアスの「薄情者!」という叫びが聞こえてきたが無視した。
現場の部屋は、女王の執務室だった。これはマティアスが止めなくても誰も入ることはできない。しかし、一応見張りは必要なのだろう。マティアスがいた側と反対の廊下にもナイツ・オブ・ラウンドが立っているらしい。
「リリアン!」
部屋に入った瞬間、エイミーが悲鳴のように叫んだ。アレックも面識のある医師リンジーがその場で処置中だった。
「撃たれたのか?」
リンジーの処置を受けているリリアンは鳩尾のあたりから血を流していた。先ほどの銃声はこれか。意識はないようで目を閉じてぐったりしている。
「ちょっと黙ってな。ウィル! 銃弾取り除くから傷口に圧力かけて」
「お、おお」
呆然としていたウィルがリンジーの指示で動く。ウィルは念動力を使用できるのだ。言われたとおり、リリアンの傷口に圧力をかけ、リンジーが器用に銃弾を取り除く。彼女は布で傷口を押さえた。
「ひとまず大丈夫。内臓も傷ついてないし、やっぱりリリアンが自分で撃ったってことね」
リンジーが冷静に言った。というか今、自分で撃った、と言ったか?
「わ、私、止められなくて……っ」
半泣きのアーサーがおろおろと言った。とにかく、状況がつかめない。
「とにかく陛下は落ち着いてください。クライドさん、慰めて!」
「俺か!?」
コントのようなやり取りをしている横で、アレックはとりあえずエイミーを引き取り、ウィルを蹴った。
「しっかりしろ。何があった」
「い、いや……俺も後から来たからな」
それで、このシスコンは呆然としているのか。たどり着いた瞬間、大事な妹が倒れているのを見て。駄目だ上の方が使えない。クライド、ウィル、アーサーがダメだとなると、次は先ほど置いてきたマティアスになると言うこの恐怖。アレックは自分は指揮を執るタイプではないと認識している。
まず、アーサーを落ち着かせ、クライドとウィルをまともに機能するようにしなければならない。殴ってみればいいのだろうか。
「ええっと。リリアンと一緒にいたのは陛下ですか?」
何となく、周囲が役に立たないのでリンジーが仕切っている。彼女は、たまたま女王に会いに登城していたところ、今回のことに巻き込まれたらしい。とんだとばっちりであるが、彼女がいなければリリアンが助からなかったかもしれない。
「一応、自分も一緒だった」
と主張するのはクライド。なら止めろよ、と思わないではなかったが、言ったら話がそれるのでやめた。
「陛下とクライドさんが一緒だったと。それで、どうしてリリアンはあんな状態に? 側に落ちていた銃がリリアンを傷つけたことはわかっています。それに、傷口の状態から言って、リリアンが自分で自分を撃った可能性が高いと言うことも」
アーサーとクライドが目を見合わせた。口を開いたのはアーサーで、そのたどたどしい説明を集約すると、こう言うことらしい。
アーサーとリリアンはこの部屋でクライドを交え宮殿の警備についての相談をしていた。その途中、突然リリアンの様子がおかしくなり、アーサーに銃を向けたとのことだ。ここで言いよどんだので、クライドからの情報である。
通常、女王の執務室に武器の類は持ち込めない。例外はナイツ・オブ・ラウンドで、リリアンがナイツ・オブ・ラウンド第四席に一時的にでも籍を置いていたと言う事実がこれに影響している。
だが、どう見ても『操られて』いるような状態だったらしい。リリアンは自分で抵抗していたし、その抵抗の末に自分を撃ちぬくという凶行に至ったのだ。リリアンの思考回路がわからない。
「さっき、リリアンの身体、精神の簡易検査をしてきました。銃弾はうまく重要な臓器を避けていたので、すぐに回復するでしょう。まあ、リリアンが自分で撃ったのなら、こんなものでしょうね」
「……」
医師リンジーの見解に誰も言葉が出ない。
「実は、以前、本人からの主張があって、私はまずリリアンが洗脳を受けている可能性を考えました」
「洗脳……いや、しかし、リリアンは精神干渉に耐性があるはずだろう? みんなが精神干渉で倒れても、一人だけケロッとしているようなやつだぞ?」
アーサー、動揺の為かいっていることが結構ひどい。リリアンは自分も精神干渉系魔法を仕えるので、その攻撃に対して耐性があるのである。逆に、アレックなどは耐性が低くかかりやすい。
「うーん、まあ、魔法関係はジェイミーの方が詳しいのでそっちに聞いてほしいんですけど……私が行った検査では何も引っかからなかったのですが、今までのリリアンの言動や陛下からうかがった行動などを踏まえると、やはり何らかの干渉を受けているのでしょうね。そうでもなければ、リリアンが陛下に銃を向ける理由がわかりません」
リンジーの言うとおりだ。リリアンがアーサーを狙う理由がない。この二人は、本当に姉妹のように仲がいいのだ。だからこそ、アーサーに銃を向けたリリアンを、クライドは止められなかったのだろう。
「なので、リリアンにはこのまま眠っていてもらうのが一番ですけど、まあ、たぶん起きますよねぇ」
リンジーが患者を眠らせる場合、彼女も精神干渉魔法を使う。そのため、リリアンには効きが浅くすぐに目覚めてしまうだろう。再び、彼女がアーサーを狙うようなことがあっても、みんなリリアンを取り押さえることができないだろう。最悪の場合は殺す必要があるのだが、アレックですらそれができるか怪しい。いや、実力的には行けるのだが。
「その洗脳魔法は解くことはできないのか?」
「……うーん。それもジェイミーの方が詳しいと思いますけど、精神干渉魔法って受けた側の精神と絡み合ってしまうから、解除するのは難しいんですって。魔法の強さにもよりますけど、受けた側の精神力によっては破れるらしいですよ」
「……」
沈黙が下りた。リンジーの言うことが事実なら、リリアンならはねかえせそうな気もした。
「正直、私はそこまで面倒を見きれません。フィジカル的には、あの子、鳩尾を撃ちぬいた以外は元気なので、私にできることってあんまりないんですよね……」
「……そうか」
リンジーによると、精神魔法により体を操られたリリアンは自分を撃ちぬくというショックにより、一時的にその魔法から逃れたに過ぎないらしい。詳しくはジェイミーに聞いてくれ、とのことだ。ジェイミーもウィルもリリアンについている。
「でも、念のため陛下はリリアンに近づかないようにしてください」
「……わかった。……ウィルは? 申し訳ないけど、彼にも働いてもらわないと」
アーサーが本当に申し訳なさそうに言ったが、ウィルの仕事はもともとアーサーを守ることなので、アーサーが申し訳なさそうにする必要はないのだ。
「では、俺が様子を見てきます」
アレックが言った。彼自身も容体が気になっているし、必要とあればウィルを蹴りあげてやろうと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
冷静に慌てるアレック。




