episode:01-2
この時代、移動手段は段々と増え、様々な手段がある。古来より続く徒歩、馬などに加え、鉄道、自動車、さらには飛行艇なんかも出てきた。今回、アルビオン宮殿から北区のマクタガート通りへ行く場合、どの交通手段をとるか。
「……走っていくのが一番速そうだが」
「あたしも同意見だけど、さすがにそれはどうかと思う」
エイミーに突っ込まれたので、アレックは無難に自動車を選んだ。馬でもいい気がしたが、厩まで取りに行くのが大変なのだ。まだ交通手段としては使われるが、だんだんと自動車にとってかわられている。
運転を誰がするかでさらにもめたが、とにかく目的地に着いたのでよしとする。マクタガート通りの避難はもう済んでいるようだ。
「……静かね」
「魔導師たちが結界を張っているんだ。さすがに、リリアンに抜かりはないな」
さりげなくリリアンを持ち上げるアレックに、エイミーは肩をすくめた。
「……ってことは、どれだけ暴れても外に漏れないってこと?」
「そう言うことだな」
すらりとアレックは腰に佩いた剣を引き抜いた。エイミーも続いて剣を構える。
「あれだな」
アレックはそう言って剣先でこちらによろよろ近づいてくる人型の生き物を示した。エイミーを振り返る。
「やってみるか」
「一人で!?」
「危なくなったら助けてやる。人型だから戦いやすいぞ」
「~~~~!」
そう言うことじゃない! と叫びたそうなエイミーであるが、ぐっとこらえた。それから彼女は高い声で言った。
「危なくなったら助けてよ! ホントに!」
そう言ってエイミーはヴァルプルギスに向かって駆け出した。ヴァルプルギスは硬いが、エイミーは魔法で作られた剣を持つパラディンだ。うまく力を使えば切り裂ける。
エイミーが交戦を開始したのを見届けたアレックであるが、すぐに別のヴァルプルギスの気配に気が付いた。アレックは振り向きざまに剣を振りぬく。そして、そのまま身をひるがえし、大きく後ろに飛びのいた。
「……当たったら痛そうだな」
アレックは自分が避けたヴァルプルギスを見てつぶやいた。エイミーが対するヴァルプルギスは人間とほとんど変わらない形をしている。それはアレックが相手取るヴァルプルギスも同じことだが、こちらのヴァルプルギスの腕は鋭い刃になっていた。
エイミーを気にしながら、アレックはヴァルプルギスを相手取る。剣と腕が変化した刃がぶつかり合う。アレックは無理やり力で押し込み、ヴァルプルギスを弾き飛ばした。
ふと見ると、エイミーが押されている。アレックはそちらに足を向けた。
「エイミー!」
「先輩!」
エイミーは半泣きだ。よく戦っているが、初戦なのでこんなものだろう。アレックはエイミーが押さえているヴァルプルギスをたたき切った。
「後ろ!」
エイミーの声がかかる。アレックはとっさに振り向いたが、避け損ねた。アレックの右腕をもう一体のヴァルプルギスの刃がえぐる。アレックは剣を左手に持ち変える。
「先輩、大丈夫?」
「……いや」
少し考えたが、正直に否やを出した。実際のところ、右腕も動くし左手でもヴァルプルギスとは渡り合えるが、全てアレックがやってしまうと、リリアンから不可が下されそうだ。
「俺があいつの気を引く。お前がとどめを刺せ」
「うう~! 了解!」
エイミーも仕方がないと判断したのか、うなずいた。そうとなれば、とアレックは再び地を蹴る。左手で持った剣でヴァルプルギスと切り結ぶ。
「エイミー!」
「は、はいっ」
緊張気味の声から一瞬後、エイミーがヴァルプルギスの胴を上下に切り裂いた。だが、ヴァルプルギスは倒れない。
「なんで!」
「浅いんだ! 引け!」
アレックはエイミーの襟首をつかんで後ろに下がった。間一髪、彼女がいたところにヴァルプルギスの刃が振り下ろされた。
「ごめん先輩! 行けると思ったんだけど」
「いや、たいていそんなものだ」
あのリリアンですら、最初は一撃でヴァルプルギスを倒せなかったのだと言う。だから、こんなものなのだと思う。
「だが、回復する前に次撃を行う必要があるな……」
アレックは修復されているヴァルプルギスの傷を見て言った。エイミーも神妙にうなずく。
「了解。三連撃くらいなら、あたしでも倒せるかな」
「……おそらくな」
同じ強さで三連撃なら倒せるだろう。たぶん。おそらく……。
アレックとエイミーは同時に地を蹴った。やはりエイミーははねかえされたが、アレックはヴァルプルギスの目の前で横ざまに飛びのき、ヴァルプルギスを引き付ける。
「やぁぁああっ」
エイミーが掛け声とともに剣をふりおろし、そのまま横薙ぎに一閃、さらにヴァルプルギスの体を剣で突き刺した。人型を保つヴァルプルギスは、人間と同じあたりに同じ臓器があることが多いのだ。
エイミーは動きを止めたヴァルプルギスから剣を引き抜く。ヴァルプルギスはその場に伏し、動かなくなった。
「や……った?」
「ああ。初めてにしてはやるな」
呆然としているエイミーにそう声をかけると、エイミーはほっとした様子でその場にしゃがみ込んだ。
「もう……よかったよー」
「よくやった」
アレックはエイミーをねぎらい、その肩をたたいた。エイミーが苦笑いを浮かべる。
「先輩のアシストが無かったら絶対にあたし死んでた。ほとんど先輩が倒したよ……」
「俺にはそこまで器用な真似はできん」
できそうな人は何人か知っているが、少なくともアレックには難しかった。
「サー・アレック、デイム・エイミー。お疲れ様です」
危機対策監室の調査官が二人に向かって敬礼した。危機対策監室は、魔導師、もしくはパラディンの力があるもので構成されているため、こうして実際に現場に出てくることもある。また、調査班は現場の片づけの指揮も執る。
「リリアン調整官からの伝言です。『二人とも、御苦労。すでに作戦は調査班に移行された。速やかに帰還せよ』以上です」
「アレック・フレイン、了解した」
「エイミー・シン。同じく了解しました」
三人はもう一度敬礼を交わす。二人は剣を鞘に納めて結界を出た。そこには野次馬がいたが、軍人がうまい具合に抑えていた。
「お疲れ様です!」
ナイツ・オブ・ラウンドである二人に、軍人たちから声がかかる。彼らから見れば、アレックたちはエリートなのである。
来たときと同じように自動車で戻ったが、行きよりも時間がかかった。野次馬が多く、マクタガート通りからなかなか出られなかったのだ。そして、何とか宮殿へ戻った時には、危機対策監室の……というよりは、リリアンの状況が一変していた。
「お、お帰り~」
マグカップ片手にひらひらと手を振ったのは、戦況管制官のノエルだ。危機対策監室管制室所属である。ちなみに、魔導師でありヴァルプルギスを倒す力はない。
「リリアンはどうした?」
真っ先に出てくると思ったのだが。見込み違いだったか? とアレックはノエルに尋ねる。彼は肩をすくめた。
「僕はさ。君たちの管制をしてたからよくわからないんだけど、いろいろあって説教中」
「説教?」
エイミーがいぶかしげに首をかしげる。ノエルは「うん」とうなずいた。
「彼が来てからリリアンのストレスはマッハです」
よくわからないが、最近イライラしているのはそのせいか。彼女はもともとそれほど気が長いわけではない。
「そう言えば、さっきリリアン調整官、新人が使えない、とか言ってたもんね」
「おっ。リリアンにしてはソフトな表現。もうね。使えないってレベルじゃないよ。事態を悪化させてるだけだから」
さしものノエルもそう言って苦笑を浮かべた。それはどんな新人なのだ。
「調整官として配属されたのか?」
アレックが尋ねると、ノエルは二人にホット・チョコレートを出しながら「そうだよ」とうなずいた。
「はじめから調整官で、リリアンが指導係」
「……通常は観測官や管制官などを経験してから調整官になるのではないのか?」
すべての異常事態の指揮作戦立案を行う調整官は、通常、調整官を補佐する役割がある観測官や管制官を経験してからなるものだ。事実、十九歳のリリアンだって、最初の配属先は管制官だった。
「そうだよ。アレックの言うとおり」
ノエルが壁に寄りかかってうなずいた。アレックとエイミーは彼の方を見る。
「でも彼、ちょっと特殊だから」
その一言で片づけたノエルであった。それを尋ねる前に、管制室から声が聞こえた。
「ノエル、すまない。追い出してしまったな」
「ううん。もういい?」
「ああ」
どうやら『説教』が終わったらしい。ノエルが管制室に入るのと入れ替わるように、リリアンと、もう一人、男が出てきた。
「アレック、エイミー。戻ったのか。お疲れ様」
「ああ……」
アレックが初めて見る男に目を向ける。エイミーが素直に「誰?」と聞いた。リリアンはちらっと男を見て、不機嫌そうに言った。
「二週間前から調整官として配属されたセオドール・ブラックリー公爵子息だ。うちの期待の新人だよ」
最近は聞かなくなったリリアンの痛烈な皮肉に、アレックは思わずまじまじとセオドールと言うらしい男を眺めた。すると、この男はくっと顔をしかめた。
「高貴な私の顔をぶしつけに眺めるな!」
「……リリアン。何こいつ」
アレックがこんな反応になってしまうのも仕方がないだろう。リリアンが似合わないため息をついた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あと一話、投稿します。
アレックもリリアンもずれていますが、こいつらは基本的にこんな感じの予定です。