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月並みニジゲン  作者: urada shuro
第二章
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青い春(2)

 ルチカははっとして、すべての動きを止める。


 話すことに夢中で見落としていたが、眼前のウラハの表情は、明らかに怒気を含んでいた。左手にノートを、右手に金網を握りしめて、こちらをにらみつけている。


「……あんた、いったいなんのつもり? 仕事もしないで、べらべらべらべらしゃべって! しかも、自分の話ばっかり」

「そ……その……嬉しくて、つい……」


 本当にそのとおりだった。話ができるのが嬉しくて、欲求を止めることができなかったのだ。その行為に、悪気はない。


「あたし、一方的に話聞かされるのって大嫌い」

「えっ……す、すみません。嫌わないでください、これから気をつけます」


 両手を合わせて懇願する。

 ウラハは疲労感を滲ませた顔で、長い息を吐いた。


「……わかった。あんたにはルールが必要みたいね」

「え? ル、ルール?」

「助手ルールよ。助手として、あんたが守るべきことを決めるの。あたしが不愉快になることが、二度とないようにするためのルールをね!」


 そう言うと、ウラハは手に持っていたノートをぱらぱらとめくった。白紙のページを見つけ、それを一枚破る。肩からかけたカバンからペンを取り出し、なにかを書き始めた。

 やがて書き終えると、ウラハはその紙をルチカに押しつけた。ルチカは真面目に、書かれた文字を読む。




 助手ルール。

 一、 助手は、命じられた仕事を、口答えせずやること。

 二、 助手は、無駄話禁止。(作品に関すること以外は、無駄話とみなす)

 三、 助手は、一方的に話すこと禁止。助手から、勝手に話を始めるのも禁止。

 四、 作品が出来上がるまで、入学式の日に泣いていた理由は聞かないこと。

 五、 放課後は、美術部の部活が終わるのを待ち、その後、制作活動をする。(朝はもう活動なし。眠いから)

 六、 待ち合わせ場所は、ウサギの裏。

 七、 東校舎出入り禁止。

 八、 美術部への入部禁止。

 九、 あたしの情報、または居場所を探らない。

 十、 放課後以外は、あたしに声をかけたり、つきまとったり、尾行したりしない。

 十一、あたしが作品を作っていることや、あんたがあたしの助手になったこと(つまり、あんたがあたしと行動を共にしていることとか全部)を、一切他言しない。




 以上が、ウラハの決めた「助手ルール」である。


 後半は、ほとんど犯罪防止のようなルールだ。

 ルール七の、「東校舎出入り禁止」というのは、校内でルチカにつきまとわれたら、みっともないし迷惑だから、という理由らしい。ウラハを含む二年生の教室および、美術室は東校舎にある。光校におけるウラハの行動範囲は、ほぼ東校舎内だ。その東校舎に、ルチカは出入りを禁じられた。

 続く、ルール八の「美術部への入部禁止」には、美術に興味がないくせに、一緒にいたいという理由で自分の所属する美術部に入部されたら迷惑だから、というウラハの見解が込められている。

 そしてルール九、十は、ウラハいわく、「あんたがやりそうなストーカーじみたことも、あらかじめ禁じといてあげたわ」とのことだ。

 最後のルール十一、「他言禁止」は、作品を制作していることが他人にばれると、見たひとの驚きが半減してしまう可能性があるから、一切を漏らすな、ということらしい。


「……これを、守ればいいんですか」

「そうよ。わかったらさっさとフェンスのなかにもどって。このへんだけじゃなくて、もっと奥のほうまでいきなさいよ」


 言われるがまま、生い茂る雑草をかき分け、これまでよりも出入り口から離れた場所までルチカは進んでいく。テニスコートの真ん中のラインがうっすら見えるところで立ち止まり、比較的草の生えていない場所を選ぶと、ウラハの顔が見える向きでしゃがんだ。


 嫌われたくない思いで、必死にあたりの雑草をむしる。

 ちらりと視線をあげると、ウラハは微動だにせず、黙ってこちらを見ていた。

 せっかく一緒にいるのに、黙っているのがもったいない。そんな気持ちが湧きあがる。


「……あのー、まだ聞いてなかったんですけど、僕が手伝う【ある作品】って、具体的にどんなものなんですか?」


 ルールにのっとり、作品のことを聞いてみた。これなら、無駄話ではないはずだ。

 ウラハはおもむろに、水色の空を見あげた。


「……あたしの、遺作よ」

「い……遺作……?」


 予想だにしなかった答えに、ルチカはどもってしまった。

 なんとなく想像していたのは、学校の課題や、なにかのコンクールに出す作品、という答えだ。しかしそれとはまったく違う。


 一瞬手を止め、ルチカは自問自答する。


 遺作って、人生最後の作品ってことだよね?

 いや、そうじゃなくて、そのひとが残した作品は全部、遺作っていうんだっけ……?


 細長い雑草をつかんで引き抜こうとしたが、力が入っていなかったせいか、葉っぱが途中でぷつんと切れた。


「死ぬ前に、なんか作っとこうと思って。みんなが見て驚くような、すごいものをね」

「死ぬ前……って」

「あたし、死ぬから」


 間髪を入れず、ウラハは答えた。空を映すその瞳は、凛としている。長い髪が、風でさらさらとなびいた。


 きれいな空、あたたかい風、凛とした少女。いま、ルチカの目の前いるウラハはあまりにも鮮やかすぎて、「死」という言葉に結びつかない。少しためらわれたが、ルチカは思ったことを正直に口にした。


「あの……もしかして、なにか、病気とか……」

「……違うわ。人間みんな、いつか死ぬでしょ。いつか、ってことは、もうすぐ死ぬってこともあるわけでしょ。だから、いま自分の満足いく遺作を作っておくの。そういうことよ」


 感じていた得も言われぬ不安から解放され、ルチカの肩から力が抜けた。


 たしかに、自分の身になにが起こるかなんて、一秒さきすらわからない。「いつか」というのは、いつなのか明確に決まっていない時間のことだ。一秒後や千年後だって含まれる。その時空のなかには、いま生きている誰しもの死期が必ず含まれているだろう。


 納得し、軽く、二度頷いた。止まっていた除草作業も再開する。


「そういうことで、よかったです。それで、その遺作っていうのは、ここでどんなものを作るんですか?」


 こほん、とウラハは咳払いをした。手を腰にあて、あごを軽くあげる。


「このコートいっぱいに、おっきな絵を描くのよ! ここから見てもそれがなにかよくわからないけど、校舎の三階から見たらそれが絵だってわかるの」


 ウラハは大きな瞳を爛爛と輝かせ、広いカンヴァスを見渡している。なんだか誇らしげだ。はじめて見た生き生きとした姿に、ルチカも気持ちが高揚する。手は止めず、視線をウラハに向けて破顔した。


「わあ、すごいですね! それって、ナスカの地上絵みたいなものですか?」


 自分にしては、的確なことを言えたつもりだった。しかし、ウラハの瞳は一瞬にして輝きを失い、誇らしげに言葉を発していた唇は、真一文字に結ばれた。


 数秒の沈黙が流れる。ウラハはため息で静寂を破ると、スカートをひるがえしてこちらに背を向けた。


「……バカね、あんたは発想が平凡なのよ。ただ絵を描くだけなわけないでしょ」

「ほかに、なにかするんですか?」


 ウラハの肩が動く。「あ、やば」と小声で漏らすと、素早くこちらに向き直る。


「逃げるよ」

「え?」

「いいから、早くそこから出ろ! 早く!!」


 ウラハは、ルチカのノートを自分のバッグにねじ込んだ。

 わけがわからないまま、ルチカは急いでテニスコートから出て、ウラハに駆けよる。


「どうしたんですか、突然……」

「うるさい、いくぞ!」


 ウラハは左手でルチカのバッグを、右手でルチカの手をつかみ、走り出した。引っ張られるようにして、ルチカも走る。

 強く握られたウラハの手のひらからは、あたたかく柔らかな感触が伝わってくる。なんだがじんじんとする感覚が全身に広がり、からだの芯に響く。ルチカの鼓動は速まった。


「あ……あの、ウラハさん」


 言いかけた声に、別の声が重なった。ウラハとは別人の、低い声だ。しかも、後方から聞こえた気がする。ルチカは声のほうへ振り返り、ぎょっとした。


「おい、待て! 勝手にそんなとこ入って、朝からなにしてる!!」


 数メートルうしろに、白髪の角刈り頭で体格のいい男が、鬼の形相で追いかけてきている姿が見えたのだ。入学したてのルチカは彼が誰なのかわからなかったが、二年生であるウラハは、彼が体育を担当する小うるさい教師だと知っていた。


「逃げるな、おまえらーっ!!」


 ルチカは慌てて走るスピードをあげた。校庭を横切り、裏門へと疾走する。


 やっぱり、あのテニスコートは入っちゃだめだったんじゃないですか!


 心のなかでウラハに叫ぶ。いっそう鼓動は速まってきた。

 裏門を抜け、体育館の横をひた走る。逆光が眩しく、目を細めた。


 手を繋いで女の子と走る、なんて、なんだか「青春」みたいだ。

 自分のことを見捨てず、つれて逃げてくれたところに、彼女の優しさを感じる。

 悪いことをして先生に追われる、というのも「青春」っぽいなあ。

 罪悪感にまぎれて、そんな不謹慎なことが浮かんでくる。


 まさか、僕の人生に青春が訪れるなんて。


 しあわせを噛みしめるように、繋いでいる手にほんの少しだけ力を込めた。

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