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月並みニジゲン  作者: urada shuro
第八章(最終章)
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白き極彩色(4)

「……あたし、留学することにしたわ」

「え……?」


 思いがけない言葉に、ルチカは口を開けたまま固まった。


「勘違いしないでよ。あたしは家から追い出されるわけでも、ここから逃げるわけでもないんだから。三日間ね、久しぶりに無心で絵を描いてたら、楽しかったの。だからちゃんと学び直して、もっと描いてみたいって思ったのよ」


 背筋を伸ばし、遠くを見るウラハの姿は、凛としていた。

 暖かい風が吹き抜け、少女の髪をゆらす。


 ルチカは目を細めた。


 さみしい。


 でも、引き止めることはできない。


 この学校におけるウラハの問題は、美術部だけにとどまる話ではないのだ。

 ルチカひとり、味方ができたところで、このさき彼女を守りきれる保証はないし、すべてをなかったことにすることなどできない。


 悔しいが、それが現実だ。

 自分の無力さを感じる。

 できれば、そばにいたい。


 しかし、苦しみ抜いたウラハが、ようやく下せた決断だ。

 彼女の決断を、受け入れなければ。

 彼女のすべてを受け入れる。


 これは約束だ。


 視線をさげたルチカの顔を、ウラハがのぞき込む。その顔はいたずらっぽく笑っている。


「……さみしいのね。大好きなあたしがいなくなるんだから、さみしいでしょ。泣きなさいよ、泣きながらさみしいと言え!」


 ルチカは顔を背け、歯を食いしばる。


「……さ、さみしいです。すっごくさみしいです。でも僕、毎日連絡しますから!」

「そうでしょうね。どうせあんたはやることないんだし、家でも学校でも、四六時中あたしに連絡するつもりでしょ。そしたらいままで以上に、あんたに誰もよってこなくなるわ。それで、余計、あたしが恋しくなる。でもあたしは忙しいから、そうそう連絡はできないの。そうなると、あんたのことだから、留学さきまで追いかけてくるに決まってるわ」

「そ、そうしたいですけど、ウラハさんの邪魔にはならないように、僕もなんとかします。前からちょっと興味があったんで、バスケ部に入ろうかなって、なんとなく考えてたし……」

「……ふーん、あっそう。生意気にそんなこと考えてたんだ。凡人らしい考えね。でも、そんなのあたしが引っ越してからよ」

「え?」

「あんたもいくのよ、フランス。あたしの引っ越しの手伝い、あんた以外に誰がやるっていうの?」

「ええっ?!」


 ルチカは驚いて目を剥いた。


「お金は気にしなくていいわ、あたし結構持ってるから。でも、パスポート持ってないなら、早めに取っておきなさい。来月にはいくんだからね」

「そ、そんなに早く? ほんとに僕も、いくんですか?」

「当たり前でしょ。あんた、あたしのなんなのよ」


 ウラハはルチカにぐっと顔を近づけ、ふくれっ面をする。

 栗色の長い髪が風に遊ばれ、ルチカの鼻さきをくすぐった。ルチカはあごを引き、頬を染める。


「と、友達……ですか?」


 友達。それは憧れの響きだ。


 遺作が完成し、助手という存在はもう必要がなくなった。

 本当の意味で、ウラハさんが僕の特別なひとになるのは、きっとこれからなんじゃないかな。今日からは僕たちも、ウラハさんの描いたうさぎたちのように、ふたりで仲良く素敵な関係を……。


 想像が膨らみ、ルチカの目が輝く

 しかし、ウラハは目はつりあがった。


「助手だ、助手! まだ遺作ができてないのに、調子に乗るな凡人!」

「ええっ?! でも、さっきあれが遺作って……」


 ルチカの指が、中庭をさす。


「あれは……この学校での遺作よ。人生の遺作なんて、そう簡単にできるか! だから、あんたは一生、助手!」


 強い風が吹き、中庭に鎮座していたウラハの絵を吹き飛ばした。

 地面と布とを留めてあった重りが、風に押されてずれてしまったらしい。

 極彩色のウサギたちは舞いあがり、しわくちゃになって、校舎にぶつかる。


 それを見て、ウラハは笑った。

 ルチカも、笑った。


 笑いながら、思う。


 別れの日、彼女は僕のために泣いてくれるだろうか。

 僕は泣いてしまうだろうな。


 だから涙がついても目立たないように、青い服を着ていこう。

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