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月並みニジゲン  作者: urada shuro
第五章
17/30

曇りのち、雨(1)

 





 週が明けた。


 朝の情報番組によると、今日の天気予報は、曇りのち雨。

 予報どおり、朝からどんよりした曇天だった。


 ルチカの気持ちも、曇っている。

 日曜にウラハが打ち明けた真実は、ここ最近のルチカのすべてを崩壊させるものだった。

 悲しくて、苦しくて、不安で、怖くて、辛くて、痛い。

 異常に感情が入り混じっているのに、不思議と涙は出なかった。


 ウラハさんは、僕を信じていなかったんだ。


 どうして?

 わからない。

 どうして、信じたふりなんてしたの?

 わからない。

 どうして、僕にキスしたんだろう。

 わからない。

 僕のことが好きなの?

 わからない。

 僕に押し倒されるのは嫌がったのに、なんでキスしたの?

 わからない。

 なにを考えているの?

 わからない。

 わからない……。


 感情をなくしてしまったように、ただただ自問自答をくり返すことしかできない。

 授業中も、抜け殻のようにすごした。


 やがて放課後になり、いつものように昇降口へと向かう。

 ウラハは「自分はルチカの特別なひとではない」と吐露したあとも、ルチカを「助手」と呼んだ。

 それは「ウラハの助手」というルチカの立場は、ウラハのなかでまだ生きているという証である。つまり、「遺作の制作を手伝えば、白い涙の理由を教える」という約束も、まだ生きているのだ。

 しかしいま、どんな気持ちで彼女と向き合えばいいのかわからない。だが、会わなければいけないという思いは強くある。


 会って、ウラハさんの気持ちをもう一度問いたい。

 でも、答えてくれるだろうか。

 これはウラハさんの遺作とは関係のない話だ。

 話を聞くには、ウラハさんと向き合うには、白い涙の理由を知る権利を放棄しなければならないということだろうか。


 いや、知りたい。

 白い涙の意味するものがなんなのか、という本質。そして、あの日、彼女がなぜ泣かなければならなかったのか、という心痛。


 まだ、部活動が行われている時間だ。約束の場所にいっても、どうせウラハさんはいない。

 部活が終わったあとも、来てくれるのだろうか。

 なにも、わからない。


 それでも、彼女がくるのを待つことしか、僕にはできないのか……。


 ため息を落とし、靴箱を開ける。ローファーを取り出すと、その上には白い封筒が乗っていた。

 ルチカはローファーを靴箱に戻し、特になんの感情も持たずにぼんやりと封筒を開ける。なかにはA4サイズの白い紙が一枚、四つ折りで入っていた。取り出し、開いてみる。




   鈍条崎ルチカ


   槻南虹子は、誰とでも寝る女。

   三年の加藤、羽田、金沢、二年の高原、岡村、

   永野、西尾、浦木、高田と関係がある。

   おまえも遊ばれているだけ。

   これ以上、槻南虹子に近づくな。

   近づけばおまえに危害が及ぶと思え。




「……?」


 黒い明朝体で印刷された文章を見て、ルチカは首をかしげた。

 本文の冒頭でつまづいたのだ。


 漢字が、読めない。


 この「槻」という漢字、どこかの地名に使われていた気がする。けれど、頭がぼうっとして思い出せない。

 槻南虹子。これは字面と文章の脈略からして、おそらく人名だろうか。

 でも、そんなひとは知らない。

 知らないひとに近づくなといわれても、聞き入れようがない。

 いったい、なんのことなんだ。


「……あっ、鈍条崎くん。どうしたの? ぼうっとして……」


 昇降口に繋がる廊下から、麻乃花が声をかけてきた。ゴミ捨てにいく途中らしく、両手に紙の束を抱えている。

 話しかけられても、ルチカは麻乃花の存在に気がつかなかった。不可解な手紙に気をとられ、じっと紙を見ている。


 麻乃花はもう一度、鈍条崎くん、と声をかけたが、やはり反応がない。

 無視をされたと思い、ショックでふらつく。


 やっぱりわたしが新米だから、バカにしているの?

 そうかもしれない。彼には自分の仕事を秘密裏に手伝わせてしまった負い目があるもの。

 生徒って言っても、相手は高校生……注意して怒らせたらどうしよう。怖いわ。

 ああ、でもいけない。こういうことから、不良化が始まるのかもしれないのよ。

 わたしは……わたしは安定した公務員になりたいというだけで、教師になったんじゃない。クラーク博士に憧れた、あのころの志を思い出すのよ。負けないで、麻乃花……!


 麻乃花は自分を励ますと、ふるえる足でルチカのそばへ歩みよった。


「……なんで無視するの? だめよ、先生をバカにしちゃっ……!」


 抱えていた紙の束をなんとか片手で持ち直すと、泣きそうな顔で、ルチカから手紙を取りあげる。


「あっ……」


 ようやく、ルチカは麻乃花に気がついた。


「先生を無視してまで、なにを真剣に読んでいたの……?」


 麻乃花は紙に書かれた文に目をとおすと、青ざめ、紙の束を床に落とした。大量の半紙がふたりの足もとに散らばり、周囲にいたほかの生徒たちの注目の的となる。


「に……鈍条崎くん、こここれは、なんなのっ……?!」

「え? ……さあ。わかりません。僕の靴箱に入ってたんですけど……」


 手紙を持った麻乃花の手が、わなわなとふるえる。

 麻乃花は血相を変え、床に散らばった紙を急いでかき集めると、ルチカの制服の袖をつかんだ。


「……ににに鈍条崎くん。とととととりあえず、そそ相談室にぃいいきましょう」

「……え?」

「い、いきましょう、いいから、早くっ……!」


 小柄な女性に似つかわしくない強い力で、麻乃花はルチカを引きずるように廊下を進んでいった。






 本校舎の一階にある相談室は、一年二組の教室の半分ほどの大きさの部屋だ。

 ソファとテーブル、という応接セットのみしか設備がなく、雑然とした職員室の一角にある応接場に比べ、より深刻さを漂わせている。


 黒い革張りのソファに浅く腰かけ、麻乃花はルチカの靴箱に入っていた手紙をにらむ。

 片手に手紙を持ち、もう片方の手をあごにあて、足を組んだ。


「……脅迫の手紙……心当たりのない女……これは事件ね……!」


 安い探偵並みのセリフを吐いた麻乃花は、二時間ドラマのサスペンスが好きだった。こんなときにいけないわ、と思いながらも、「光釘高校劇場 少年と謎の女とミステリー 新米女教師探偵・麻乃花の事件簿」というタイトルが脳裏をよぎる。


 麻乃花は決してふざけているわけではない。真剣だ。ただ、彼女のなかにひそむ二時間ドラマ好きの血がそうさせているのだった。


「この名前……つき……の次は、何て読むのかしら。みなみ、じゃ変よね。なん……? つきなん、なんて苗字、聞いたことないけど……まあ苗字はともかく、名前はきっと、にじこ、よね」


 麻乃花に向かい合うように置かれたソファに座るルチカは、眉をよせる。


「つきなんにじこ……? 知らないです。そんなひと」


 麻乃花は両足をそろえて座り直し、悲しげな上目使いでルチカを見た。


「……あの、鈍条崎くん」

「はい」

「言いにくいことかもしれないけど……あなたの身のまわりに起きていること、隠さずに教えてね。わたし、頼りないかもしれないけど……でも、きっと力になってみせるから……!」

「はあ。そう言われても……本当に知らないです」


 僕はいま、こんなことをしている場合なのだろうか。時間は確実に過ぎていく。わけのわからない手紙に構っていないで、ウラハさんとの待ち合わせ場所にいき、今後どうするべきか、考えていたほうがいいのではないか。

 考えたところで、答えなんて、出せるかどうかわからないけれど……。


 ルチカの苦悩など知るよしもなく、麻乃花は再び手紙とにらめっこをしている。


「う~ん……謎は深まるばかりね。謎を解く……やっぱり、こういうときはアレしかないのかしら。危険だけど、アレに頼るしか……」

「アレ……?」


 ルチカの問いかけに、そう、と答え、麻乃花はスカートのポケットを探った。

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