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こちら!メイプル喫茶探偵団  作者: シナモン中毒
ことりの話
6/6

ストーカー



「こちらリリー、こちらリリー。応答せよ」

「こちらリトルバード。今のところありません」

「…ウィンド、何もない」

「あの、優里亜ちゃん。これ意味あるの?」

「優里亜じゃなくて今日はリリー!いいの、雰囲気だよ雰囲気」


 どこから持ってきたのかトランシーバーをもって。何をしているのか…。

 今日は土曜日。あたしたちも一日暇ということもあってストーカー被害に悩むカオルさんを護衛することになった。優里亜ちゃんがお店で能力の千里眼を使ってカオルさんの周囲を。あたしは空から、風間君はもっと近くで姿を消して。何かあったらすぐに対応できるように。

 おかしなコードネームは優里亜ちゃんがつけたもの。風間君は嫌がるかと思ったが普通に使っていた。颯太さん曰く「諦めも肝心」とのこと。…なるほど。


(できれば、あたしたちがいる内に事が起こってほしい…)


 自分たちがいなくて対応ができないときにもし何かあるよりは、その方が何倍もましだ。このまま何もないままストーカーが身を引くとも思わない。

 とは言っても何も動きがない。暇である。それにあたしの能力は体を浮かせることしかできない。つまり人から見えないような位置からこそこそ見守るよりほかないのだ。写真でも撮られてネットに拡散とかなったらそれこそ問題だ。合成扱いされて誰も信用しないかもしれないけど。


(どうせなら、風間君の能力も一緒についてれば便利なのかもしれないけど)


 カオルさんの動きに合わせて少しずつ移動する。視力には自信があったがこんなところで役に立つとは。


(それにしても…初めて野外で、こんな風に能力を使ってるけど、気持ちいいな…)


 誰も知らないだろう。地面をかけるのと何も変わらない感覚で、空を翔るこの感覚。

 夜中とか、明け方の人の少ない時間なら。たまに飛んでみてもいいかな…。そんな風に思ってしまうくらい、楽しかった。カオルさんのことを考えるとそれどころではないのだけれど。それでも、ついつい心が弾んでしまった。

 バレーをしている時は重力に逆らって何度も何度も跳んでいた。その時の感覚とは全くの別物だ。それでも…

 重力から解放された体は軽かった。そして自由だった。




**********




「はぁー!長時間能力使うのやっぱしんどい!二人から連絡もないし、ちょっと休憩!颯太にい、アイスココアがいい」


 カウンターテーブルに突っ伏して優里亜は大きく息を吐く。優里亜の能力は集中力を使う。長時間広範囲に意識を広げていなくてはならない能力であるため、本来であれば優里亜も多用は好まない。長時間総力を使用することも嫌うのだが、今回は従業員でありメンバーからの依頼。カオルを慕う優里亜も張り切っていた。

 いたのだが、やはりそう長時間集中力も持つものではない。


「お前無銭飲食するならせめて店の手伝いでもしろよ」


 そう言いながらも作ってくれるよね、と優里亜が言うとうるせえと罵声が飛んできた。


「しかしすげえな、あのことりってやつ」

「ことりん?」


 グラスに氷を入れながらふと颯太が言った。


「あの能力だよ。普通に考えて人間が使いこなせるもんでもねーぞ」

「そうなの?」

「人間の脳ってのは二次元的な移動にしか基本適応してないんだよ。あいつの能力を使いこなすには三次元的に物事を捉える必要があんだろ」

「颯太にいって時々博識っぽいこというよねー」

「あ!?」

「まあ、ことりんは難しいこと考えて行動してるていうより、どっちかというと野生のカンで動いてそうだけどね」


 そう言って優里亜は差し出されたアイスココアをすすった。


「んーおいしい」

「野生のカンねえ…」

「ことりんめちゃくちゃ運動神経イイんだよ。体育の授業で一気にクラスにもなじんでたし」

「そういや、アイツ今年度からの転校生何だっけか。元々どこの高校なんだよ」

「えっとね…確かみ…緑山!緑山学院高校って言ってた」

「緑山ってスポーツの名門じゃねえか。てことは相手元はスポーツ推薦で高校は言ったわけか」


 そう言って颯太は目を丸くする。緑山学院と言えば名門私立高校でスポーツの実績も高いことで有名な学校だ。複数の部活動がインターハイに出場している。


「じゃあなんでわざわざ優里亜たちの高校に転校してきたのかな」

「あそこはスポーツ以外で入ろうとしたら普通にレベル高いからな。なんかしらの理由で運動できなくなって、勉強にはついてけなくなってやめる奴は多いって聞くしな」

「詳しいね、颯太にい」

「学生時代にスポーツやってたからな。緑山は推薦も来なかったし、受かるような頭じゃなかったからあきらめてたが」

「スポーツって。颯太にい絶対に学生時代は不良だったと思ってた。まともな青春してたんだね」

「お前、俺を何だと思ってんだよ」


 ケラケラと笑う優里亜。だがしばらく何かを考え込むと、小さな声でつぶやいた。


「うーんじゃあ…」


 もしかしてことりんの能力は…




**********




「おい、優里亜、篠宮」

「あ、風間君?何かあった」

「コードネーム使おうよー」


 唐突に風間君から連絡が入った。日もそろそろ落ち始めている。ストーカーも動くとしたらたしかにそろそろか。


「つけられてる」

「!」

「視線を感じる。人が多くて特定できないが」

「風間君、カオルさんと人気のないところに行ける?」

「ああ…」


(空手でも習ってればよかった)


 習っていたとしても、この膝では使い物にならなかったかもしれないけれど。少しそんなことを考えた。

 風間君の誘導でカオルさんは細い路地に出ていく。人気はまばら。来るとしたらそろそろだ。


「みーっけ」


 機械越しに聞こえた優里亜ちゃんの声。


「いるねー。カオルさんの15…20メートルくらい後ろかな?茶髪の派手な見た目のお兄さん」


 優里亜ちゃんから伝えられたストーカー像はストーカーのイメージとは少し違っていた。目を凝らして空からカオルさんの後方を探す。


「いた…分かった!」

「多分そいつだろうな。こっち、じっと見てる」

「ちょっと。逸樹あんまり近づきすぎないでね?優里亜もそっち向かうねー。そんなに店から離れてないし」

「わかってる。心配しなくてもどうせばれやしねえよ」

「もう…」

「さて、どうする?このまま見ててもいいが」

「ちょっと、挑発してみますか」




**********




「カオルさん」

「あら、逸樹くん」

「遅いっすよ」


 挑発と言っても簡単なもので風間君が親しげにカオルさんに近づいてみるというものだった。

 とは言え風間君に下重という言葉も似つかないが。


「あら、待ってたの」

「まあ、はい」

「ありがとう逸樹くん」

「いえ。今日は店、いかないんすか」

「そうねぇ」


 するりと、まるで猫のように。カオルさんが風間君の腕に抱き着いた。


(おお…てかすごいな風間君…カオルさんに腕組まれたらきっとあたしでもドキドキしちゃうのに)


 慣れ、なのだろうか。


「このまま…二人で出かけちゃいましょうか…?」

「…」


「ちょっと待てよ!!」



「!」

「おーきたきた」



 挑発に簡単に乗ってくれたストーカーさん。思っていたよりもちょろい。まあ、あんなメッセージやら隠し撮りやらするような人だ。目の前でカオルさんが見知らぬ男といちゃいちゃし始めたらたまったものではないだろう。


「おいカオル、なんなんだよお前は!」

「…カオルさん、この男見覚えは?」

「どこだったかしらねぇ…」

「はぁ!?お前何言ってんだよ!俺ら付き合ってんじゃん!!


(なんか典型的な勘違いストーカーって感じだな)


「ああ、ゼミが一緒の…向畑君。申し訳ないけどお付き合いした覚えはないわね」

「大学のやつか。めんどくせぇな」

「なんなんだよ君は!俺と付き合っておきながら毎日男のところに通ったり!」

「バイトだからね~」

「目の前で他の男に抱き着いてみたり」

「カオルさん、もう離してください」

「つれないわねえ」


 なんか言い争い始めてるけどどうしたらいいのかな…


「優里亜ちゃん、この後どうするつもりなの?」

「んー考えてなかったけど」

「風間君がついてるしとりあえず大丈夫だとは思うけど」

「え、あ。ことりん。ちょっと待って」

「え?」

「逸樹ついてるけど逸樹は…」




「いい加減にしろよ!」


 逆上した男が風間君に殴りかかった。

 そして。


バコン!


「え…」


 きれいな弧を描いて倒れる風間君。


「ことりん!逸樹は運動神経なんてあってないようなものだし喧嘩させたらめちゃくちゃ弱いからあんまり意味ないかも!」

「それもっと早く言ってほしかったかも!!」


 風間君KOされちゃったじゃん!

 だめだこのままじゃあカオルさんが危ない!あたしが何とかしなくちゃ。


「なあ、カオル。いい加減ふらふらするのはやめろよ。俺も優しいから今まで黙ってたけど、そろそろ怒るぞ」

「…」


 どうしよう、わたし喧嘩なんてしたことないし…使えるのはこの能力だけだし…


「なあ、カオル」

「悪いけど、あなたとお付き合いしたつもりもないし、そんな気持ちはないわよ」

「てめぇ…!」



 ああ、もうどうとでもなれ…!



「失礼します!!!」

「あ?」



ばきっ!!




 悩んだ結果。渾身の跳び蹴り。

 もともとの運動神経もあってか、綺麗に男の背中にけりが入り、男は軽く吹っ飛んだ。


「わー、ことりちゃんすごい」

「カオルさん大丈夫ですか!?」

「うん、平気よ」


 そのまま着地をし、男とカオルさんの間に立つ。


「て、めえ…」


 ストーカー男は吹っ飛んだ衝撃で頭がくらくらしているらしい。うん、少し申し訳ない。


「…お付き合いしてもいいのよ」

「え!?」


 背後に立つカオルさんの言葉に驚いて振り返る。


「ただし…」



 次の瞬間パキンと何かが割れるような音がした。

 そして肩にのしかかる重み。カオルさんに抱き着かれたのは分かるのだが…何か違和感を感じる。カオルさん、細いとはいえ…なんか固くないか?




「私、本当はオトコノコなんだけどね」




 降ってきたのは、普段のカオルさんの声よりも数段低い声。





「「―――――――――っ!!!??」」





 声にならないストーカー男と私の声が重なる。



 そこに立っていたのはカオルさんにそっくりな、細身で背の高い…男性だった。




**********




「あー…何があったのか分かった気がする」


 優里亜が到着した時の状況はなかなかカオスなものだった。

 泣きながら逃げていくストーカー男。

 腰を抜かしたことり。

 男の姿をしたカオル。

 そして倒れる逸樹。


「カオルさーん」

「あら、優里亜ちゃん」

「ストーカー逃げていきましたけど…解決ですか?」

「ええ。バッチリよ。ことりちゃんも大活躍だったわ」

「大活躍って…そのことりん、魂抜けてるんだけど」



 優里亜は座り込むことりに近づいて目の前で手を振る。


「おーい。おーいことりん」

「優里亜ちゃん…」

「大丈夫」

「お、かお、おと、おん…!!」

「うん。分かった。分かったから落ち着いてことりん」


 ことりをなだめ、優里亜は一息ついてから言った。


「カオルさんは男だよ」

「……」

「本当の性別は」

「…ほん……?」

「カオルさん、本当は男性なんだけど、普段は能力で性別変えてるの」

「……能力!?」


「カオルさんの能力は、性質を反転させる能力なの」


 呆けることりの前でカオルは男性の姿から女性の姿に変わってみせる。パキンとまた、何かが割れるような音がした。


「天津カオル、本名は天津香太郎。よろしくね、ことりちゃん」


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