喫茶店
「こいつが能力者だ?」
颯太の言葉に無言で頷いて肯定をする。
「…本当にまだいたんだな。てっきり六人で終いなのかと思ってたが」
「六人ってそんなにいるんですか。その、能力者って」
「ああ。優里亜に、あとお前らと同じ年の逸樹ってガキと。個々の従業員と俺と…」
「颯太さんも?」
「おう」
「颯太にいの能力、めちゃくちゃ便利」
「おい優里亜。その言い方やめろ」
まさか、あのへんな力を持っているのが私だけじゃなかったなんて。それどころかこんなに近くに沢山いたなんて…
いろいろと信じられない。
「ま、立ち話もなんだ。そこのカウンターに来な。飲み物、出してやっから」
「じゃあ優里亜ミルクティー」
「オメェは遠慮ってもん覚えろ!」
そう言って諭されるがままにカウンター席に着く。改めて見渡してみると落ち着いた雰囲気の店内は何とも言えない心地よさがあった。
(なんかつくづく…颯太さんのイメージとは違うな)
「つーわけだ。逸樹、客来たからそっからどけ」
「いって!」
そう言って颯太さんはカウンターの裏にいた誰かのことを蹴飛ばした。蹴飛ばされたその人がポンとカウンターの裏から出てくる。
「あ…」
「…なんだ、篠宮ってやっぱりあの転校生のことだったんだ」
やっぱり。逸樹、その名前に聞き覚えがあったんだ。
クラスメイトの風間逸樹。優里亜ちゃんと教室で話しているところを何度か見かけたことがあった。
「やっぱり逸樹お店に来てたんだ」
にこにこと笑いながら優里亜ちゃんが風間君に話しかける。
「見えてるくせに何がやっぱりだよ」
「見えにくいんだよ。逸樹はすぐ能力使うから。逸樹も座りなよ。ことりん来てくれたんだから」
「お前が引っ張ってきたんじゃねーの」
「それはまあ、そうなんだけども」
風間君はそう言ってカウンターから離れた窓際の席に座った。優里亜ちゃんと話す時にはあたしと話すときみたいに棘がない。教室でも見ていて思ったけどきっとよく知った仲なのだろう。
「颯太にい、俺カフェオレ」
「オメェも遠慮を覚えろ!いい加減にしねーと無銭飲食で訴えるぞ」
そう言いながらも颯太さんは三人分のカップの準備をしている。やっぱりいいお兄さんなんだろうな。
「颯太にい、カオルさんは?さっき『見た』時にはいたはずなんだけど」
「カオルなら用事があるってお前らと入れ替わりにいなくなったぞ」
「えー!カオルさんのこともことりんに紹介したかったんだけどな。あ、カオルさんっていうのはね、このお店の従業員で、能力者なんだ」
「へえ…」
なんだかまだ頭がついていけない。目の前に出されたミルクティーをお礼を言ってすする。甘い香りに少しだけ心が落ち着いた。カップもとてもかわいらしい。
「あの、能力者とか異能って何なんですか?」
「…お前、そうなんじゃねーの?」
「いや、あるにはあるんですけど。その力らしきものが現れたのも半年とかそのくらいで、使わないようにずっと隠してきていて…」
「まあ、気持ちはわかるけどな。俺らもこの力が何なのかイマイチわかってねーんだよ。とりあえず異能だの、能力者だの言ってるだけで。どうして俺らにだけ力があるのか、何が基準なのかも分からねーんだ」
「そう…なんですか」
「お前、どんな能力なんだよ」
「あたしは…宙に浮く、空を飛ぶ力…だと思います」
「へえ」
「うらやましいよね。人類の夢だよ」
「颯太さんはどんな能力なんですか」
「ん?俺はな」
そう言って颯太さんはアンティークカップを一つ取り出した。
「これを、こうする」
ガシャン!
「え!?」
颯太さんは何のためらいもなくカップを床に叩き付けて粉々に割ってしまった。
「い、いいんですか!?」
「大丈夫だよ、ことりん」
颯太さんは粉々になったカップに右手をかざした。するとカップが暖かなオレンジ色の光に包まれる。
「…」
するとものの数秒ほどでカップは割れる前の状態に戻ってしまったではないか。
「すごい…」
「颯太にいの能力は時間を巻き戻すんだ」
「すごいですね」
「まあいろいろ制限も多くてな。こういうちっせーもん、直すのが関の山なんだけ。どっかの馬鹿どもが店で騒いで物壊すから助かってはいるな」
「あはは、すいませーん」
優里亜ちゃんは千里眼。颯太さんは時間を巻き戻せる。自分が言えたことではないけれどなんだかお伽噺の世界みたいだ。漫画に出てくるファンタジーの世界だ。
「あ、風間君は透明になるんだっけ」
「気安く話しかけるな」
窓際に振り返って声をかけてみたものの一刀両断されてしまった。
そういえば風間君は教室でも話しかける優里亜ちゃん意外とはほとんど誰とも話しているところを見たことがない。壁が高いというか、転校してきて未だに一緒にご飯食べる人もいない私に言えたことではないけれど、とっつきにくい人なのだろう。
「ちょっと逸樹!ことりんはこれから仲間になるんだよ!」
「いいよ、優里亜ちゃん…って、さっきから言ってるけど仲間って何のこと?」
そう言うと優里亜ちゃんはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに胸を張った。
「実はね!私たちはこのお店を拠点に探偵団をやってるの!」
「た、探偵!?」
「とは言っても近所の迷子の猫探したりとかその程度のもんだけどな」
「そうなんですか」
「偶然何年か前に優里亜と逸樹と知り合ったんだが、その時はまだこいつらも本当のガキでな。せめてそういうガキたちが自分の能力と向き合える場所になんねーかと思ってこの場所貸してんだよ。俺自身、この異能が何なのかわかってねーしな。他にもそういうやつらがいるなら多少なりとも集まれば何かわかるかもしれねーし」
「颯太さん…」
そんなに小さい頃から優里亜ちゃんたちはこの異能と向き合ってきてるのか。きっとそこにはあたしには分からない苦労とか苦悩がたくさんあって、その糸口になったのがこのお店なのかもしれない。そんな風に思えた。
「颯太にいには感謝してるんだ。幼いながらにこれは他の人にはばれちゃいけない力だってのは分かってたから。颯太にいはそんな優里亜たちに居場所をくれたの」
「それで、探偵団?」
「そう!その名も『メイプル喫茶探偵団』!」
「そのまんまだね」
「でも素敵でしょ?」
「うん、とっても」
「そしてことりんは記念すべき団員七人目なのです!」
「あ、入団ってそういうことなの!?」
「言ったでしょココは異能が集まる場所だって。みんなでこの異能と向き合っていく場所なんだって」
「でも…」
すると優里亜ちゃんは渋る私の手を取って微笑んだ。
「大丈夫!怖いものなんて何もないから!」
優里亜ちゃんの笑顔はまぶしくて、そこにほんの少し熱を感じられた気がした。バレーをやめて感じられなくなってしまったあの熱を。本当に少しだけだけれど。
もしかしたらなんて。もしかしたら、もしかしたらここに何かあるのかもしれない。なんて。
まだ突然のことで頭がついていかないけれど。
探している何かが、熱がここにあるのかもしれない。
「とりあえず、仮入団から、お願いします」
そう言うと優里亜ちゃんと颯太さんが目を合わせてにいと笑った。
「ようこそ!メイプル喫茶探偵団へ!!」
まだ、わからないけれど、もしかしたらここに。
なんて。