空とぶ少女
ビィーと、鳴り響いたホイッスルの音が忘れられない。
激痛にたえながら顔をあげて、視界に飛び込んできたのは。
同情。困惑。
そして嘲笑だった。
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(やっぱり、2年からだともうある程度コミュニティーできちゃってるもんなんだな…)
諸事情あって高校2年にして転校を経験。いくら春の年後初めの転校とはいっても入学からの1年間でクラス、部活等で形成されたコミュニティーに入っていくのはなかなか厳しいものがあるようだ。
昼休み、お弁当を教室で一人で食べるのは気が引ける。そんな中、屋上に続く階段はひそかなあたしの穴場スポットになっていた。
(いつまでもここで一人でお弁当ってわけにもいかないよな…)
元の学校ではそんなに友達がいなかったわけではないはずなのだが。わたしは思いのほか口下手だったのだろうか。そんなことを考えてふと思う。
「そっか、ずっと部活があったから…」
ずっと、中学に入る前からバレーをしていた。当然のように中学、高校とバレー部に所属していたため意識しなくとも部活というコミュニティーの中、自然と行動と共にする友達はできていた。逆にいえばそのコミュニティーをなくしてしまった現在、人付き合いというものが分からなくなってしまったようだ。
この高校には女子バレー同好会はあっても部活はないらしい。
部活として合ったところで、もう参加はできないのだが。
「…」
お弁当を食べ終わってしまうともう、やることがない。
最近何をしていても面白くない。人生に張り合いが、夢中になれるものが何もない。
バレーをやめてから、あたしはまるで抜け殻みたいだ。本当に自分にはバレーしかなかったんだと思い知らされる。
「バレーやめて、なんか手に入ったものもあるにはあるけど…」
いや、あれはだめだ。何かの間違いなんだ。
刺激がほしいわけじゃないけれど、それでもなんだか退屈なんだ。
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それは突然やってきた。
高校最初のインターハイ予選。最後の試合で私はひざを故障した。日常生活は問題はありません、ただバレーを続けるのは厳しいでしょう。そんなドラマとか、どこかで聞いたことのあるようなテンプレートな言葉であたしのバレーは終わりを告げた。
残ったのは空っぽの使い物にならない身体と、自分がバレー以外の何もなかったという事実だけ。推薦入学の高校には勉学ではついて行けず転校も決まりすべてに対して熱が感じられなくなってしまった。
何度も何度も、もう一度とびたいという思いだけが空洞の体の中でこだまする。何度も何度も、褪せることなく。選手としてまたとびたいという強い強い願いが。
そしてあまりに強く切望し続けた結果、思いもよらない形でその願いが叶うことになる。
ある日のこと、あたしは慣れない休日を持て余していた。今までなら休日なんて練習に費やしてきたためほとんどなかった。時間があってもすることがない。バレー以外にこれといって趣味のようなものも持っていなかったあたしは、昼近くまで惰眠をむさぼっていた。
何となく目を覚まし、二階の自室から一階のリビングに移動しようと階段を下りていた時のこと。うまく動かない膝のせいで慣れているはずの自宅の階段で足を滑らせた。
来る衝撃に思わず身構えたのだが、体に痛みはおろか地面に落ちた感覚さえ襲ってはこない。
「…え?」
目を開いて思わず固まってしまった。
それもそうだ。自分の体が階段より十センチほど高い位置で浮いていたのだから。驚かないわけがない。
「なに、これ…」
そのまま、足を伸ばす。体は地面に触れていない。状態を起こし、そのまま一歩、一歩と踏み出してみて驚いた。
「どういうこと…?」
空中を歩行している。信じられない。これは夢なのだろうか。そうだ、そうに決まっている。まだ自分は夢の中にいるんだ。だから空も歩ける。夢なのだから。
がつん!どさっ!
「いで!」
階段でそのまま平行に移動すれば、どんどん低くなる天井に頭を打つのは当然だった。痛みでそのままあたしの空中歩行は終わってしまったが同時に分かったこともある。頭を天井にぶつけた痛みは本物だ。きっとこれは夢じゃない。
そのあと、部屋でもう一度試してみた。やっぱり体は宙に浮いた。水の中にいるような抵抗も感じられない。まるでピーターパンにでもなったこのように自由に体は空をとんだ。ツバサなんてないのに。
すぐにあたしはまがいなりにも自分の願いがかなったことを知る。
バレー選手としてもう一度跳びたい。
跳ぶと飛ぶでは全く違うのだが。
誰にも言えない。きっとこれは誰かにばれてしまってはいけないものなのだろう。そう思いあたしは突如絵に入れたこの異能の力を誰にもばれないように墓場まで持っていくと心に誓った。
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(結局、ほとんど人と話すことなく家路についてしまった…)
放課後、今まではそれは部活の、バレーの時間だった。普通の女の子たちがするように教室に残ってするおしゃべりや、かわいいカフェに行ったり雑貨を見に行ったり。そんなことにもあまり興味が持てなくてこうして一人授業が終わればまっすぐに帰宅をする。
クラスメイトからしてみてもきっと自分は面白みもないものだろう。でも、いわゆる普通の友人たちと過ごす放課後にも、バレーをしていた時のあの熱が感じられなかった。生ぬるくて、正直居心地が悪かった。
歩道橋をゆっくりと降りる。医師の言っていたように日常生活には何の問題もなかった。だからこそ、本当にとべなくなってしまったのだろうかと今でも思う。
「にいちゃ、まってよ!」
「おいてくぞ!」
前方から小さな兄弟がかけてくる。その手にはちいさな風船。兄の背中を弟は必死に追いかけていた。
(かわいいな、がんばれ)
下の兄弟がまだ小さかった頃を思い出して思わず頬が緩んだ。
その時、幼い弟を追い越そうとしたサラリーマンのかばんが弟の持っていた風船を空に舞いあげてしまった。
「あ…」
「…っ!!」
そのままその子は風船に向かって身を乗り出した。しかしここは歩道橋の階段。小さな体が傾いた。
考える暇もなかった。自分のカバンを放り出し駆け出す。壊れた膝では間に合わない。咄嗟に、あの異能の力を使って少年のもとまでとぶと、そのまま少年を抱きかかえ、風船も同時にキャッチする。
そのまま、階段の下に降り立った。
「僕、大丈夫?」
「うん!」
元気な返事に安堵した。
「すみません!」
声がして振り返れば人氏の女性が駆け寄ってくる。この子の母親だろう。男の子を下してやると「まま」と女性に駆け寄った。
「大丈夫だった?」
「うん、あのね。ふわってね、お空とんだの」
「もう」
男の子の言葉にひやっとしたが女性はあたしの異能には気づいていないようだ。
「危ないところを助けていただきありがとうございました」
「いいえ、そんな」
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですよ」
「ほら、お姉ちゃんにありがとうは?」
「ありがとー」
「どういたしまして。気を付けてね」
そうして、親子とは別れた。
バレーができなくなって代わりに身について訳の分からない力だが、誰かの役に立てたことが本の少しこそばゆくて、うれしかった。
いいことをしてしまったと、思わず頬が緩んでいた。
「ねえ、貴方。うちのクラスの篠宮さんだよね」
振り返った先にいたのはあたしと同じ制服を着た少女。
「今の、なに?」
こんにちは
「こちら!メイプル喫茶探偵団」執筆しておりますシナモン中毒です
のんびりと少年少女の行く末を描いていければなと思います