地獄の晩餐会
ただいまー、と元気良く玄関を開けてみると、女性の靴がきちんと揃えられて置いてあった。
母のものではない。考えられることは只一つ。兄の彼女が来ているのだ。
少女はざぁっと、一気に体全体から血が引くのを感じ、ランドセルのベルトを両手でぎゅっと指先が白くなるほど強く握り締めた。出かかった悲鳴を寸でのところで飲み込む。
「来るとわかっていたら…椎乃君のお弁当食べておくんだった…」
今からでも遅くはないかしらと思ったのだが、気配に気が付いた母が台所から顔を出し、あら楓ちゃん、お帰りなさい、早く手を洗ってらっしゃいなと微笑んでいる。もう手遅れのようだ。
「今日は椛ちゃんがいらしてるのよ、お夕飯が楽しみね」
「いや、だから…っお母さん私は…」
楽しげに手を合わせ、ああそがしいと呟きながら再び台所に引っ込む母に、いや、まったく楽しみではないからと喉まで出かかるが、言っても無駄なので、母を引き留める為にのばしかけた手を力なく落とす。
兄、忍の彼女である椛は昔からの付き合いで、父や母は既に娘のように接していた。自分も実の姉のように思っている。
だが、なのだ。彼女の手料理は別だ。あれだけはどう頑張っても受け入れられない。
椛は料理が得意で、実際まともに、普通に作ればとても美味しいのだ。
なのに、普通に作ってくれればよいものを、何故か途中でトンでもない物を混入する。
以前作ったクッキーに、隠し味と称して棒々鶏のたれを入れていたのには眩暈を起こした。一般常識で考えて、混入するものではないだろうに。しかし楓以外の皆は、出来上がった未知なるクッキーを、それはそれは絶賛するほど美味しいと宣った。
楓の不幸は、家族の中で唯一味覚が正しいことである。
憂欝な面持ちで自室へと向かい、ランドセルを自分の勉強机に置き、のろのろとした動きで手を洗っていると、夕食の支度が出来たと母が呼んだ。
「はぁい…今行きます…行けばいいんでしょ…」
力なく返事をし、重い足取りでテーブルヘ向かう。
テーブルには、見た目は美味しそうな料理が並んでいる。
母が一番最初に覚えたという、毎食作る得意料理のハンバーグも、今日は一口サイズで並んでる。
どれを椛が作ったのかはわからないが、どうかまともに作られていますようにと祈りながら、自分の席に着席した。