自己満足
息苦しい沈黙を唐突に破ったのは、それを漂わせた本人からだった。
「好きだから、別れるんだ。愛しているから、俺から解放してやるんだよ」
「始まってもいない恋だけれどもね」
わざとらしく明るく言い放った、精一杯の虚勢を間髪を入れずに突っ込まれて、氷の刄となった彼女の言葉がざっくりと深く突き刺さる。
「う…うるさいなっいいんだよ。もうあんなやつ…ガサツで、鉄パイプ振り回すような狂暴女!挙げ句人が殺せる料理を作るんだぜ?この前なんてさぁ…」
切々と語る彼を、人から感情の読み取りにくいと言われる瞳でひたと見つめる。
椛のことをこれでもかと言わんばかりに悪態を吐いているが、やはりそれでも好きなんだというのが手に取るようにわかってしまう。
他の人があっさりと見抜いてしまうのに、悲しいかな一番知って欲しい椛本人はそういう事に疎いらしく、彼が自分に思いを寄せていることを知らずに居る。
「それでも」
中々止まることのない彼の言葉を遮り、開いた口のまま固まった相手をひたと見つめ。
「…好きなんだろ」
滅多に表情が動かぬ彼女が、はっきりとわかるほどに微笑んだ。
いつも冷たい印象を与える白い顔が、柔らかな暖かさを含む微笑をその唇に。
初めて見る表情に、架は目を見開き驚くが、やがて困ったような、諦めたような苦笑で返した。