距離
「なんでこんなに離れてなあかんの?うちらは好きあっとんのにっ!」
目の前の女は右頬をテーブルにひっつけ、左手に持つ長いスプーンで、折角美しい層を作っていたストロベリーパフェを食べるわけでもなく突いていた。
食べるものに対して、粗末に扱ったら申し訳ないと思わないのだろうか…、そのような事を考えながら自分のストローを引き寄せ口に運ぶ。
舌から喉に冷たい液体が流れ、鼻孔にはほろ苦く香ばしい香りが広がった。どうやらこの店はあたりのようだ。苦いばかりで香りもない店に立て続けにあたっていたので、なんとなく嬉しい。
「なぁ?そう思わん?ひー君」
珈琲の旨さに浸っていた所、いきなり質問されても気のきいた回答があるわけではなく、咄嗟に何の話?と声が出てしまった。
しまったと思っても、一度口から出ては取り消すことなどできるはずがない。
彼女はがばりとテーブルから身を起こし、勿論うちとしのっちゃんの事やと、頬を膨らませながら拗ねる。
あぁもうっ耐えられへん~。と、再びテーブルに突っ伏する様子を眺めながら、彼女の彼氏とやらはよくこんなのに付き合えるなとそっと溜息を吐いた。
確かに、ころころと、それこそ一秒ごとに表情の変わるを見ているのは飽きないが、彼女の壮絶な手料理には毎度頭を痛める。
何で作られているのかわからない、未知なる手料理をその彼氏はいつも笑顔で美味しいと食べているようだが。
確かに美味しいときもある。だが、最悪な意味で、想像を絶する一品を作り出す事のほうが圧倒的に多いのだ。
彼女の幼なじみで、本人は否定するが、傍から見ていても分かる程彼女を好いている彼でさえ、涙を流して不味いと言うのに。
味音痴か、途方も無い愛情で受けとめているのだろうか。
自分には到底考えられない行動である。
「てか、遠距離恋愛だったっけ?どれくらい離れているのさ」
「んー、地球一周するくらいの距離?」
「それ、戻ってきてるし離れてないよね」
「うちの気持ちは、それくらい離れてる気分やの!愛し合うもん同士、離れてる時間が少しでもあるのがいややの!」
「でも普通、最短距離で測るだろうが」
「乙女心がわらかんとモテへんよ」
そんな乙女心わかってたまるか!と言う言葉は辛うじて珈琲と共に飲み込んだ。
恋愛に縁のない、しかも異性である自分には、女性たちが好むこういった話を振らないで欲しいと心のそこから思っているが、それを伝えたのにもかかわらず、この後も延々とのろけ話を聞かされたのであった。