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ちょっとだけ予告編!  作者: 野々村竈猫
7/7

最終回「本編へ」


 正午に近い午前。あたしはあの公園にいた。

 あの日と同じ、抜けるような青空。

 あたしは導かれるように、あのブランコに腰をかける。


 キイ キイ


 あの日とは違って軽くきしむ音。


 あたしの胸の中にずっとわだかまっていた違和感はこれだった。5年の時が経ったこの世界。周りが変化した中で、あたしだけが変わっていない。この“時間”にあたしの居場所はない。そんな疎外感に似た気持ちがあたしを切なくさせていたのた。


 女神さまに言われた通り、あの日の服装に着替えた。スマフォも部屋のキーも持ってきた。青木さんには連絡をせずに。

 何が起きるのだろう。どうやって元に戻れるのだろう。あたしは“あの日”に戻ってから、うまくやってゆけるのだろうか。そんな不安感が胸をよぎる。


 「来たわね」


 急に声をかけられて、あたしはびくりとする。いつの間にかあたしの隣にポニーテールの女の人が立っていた。足元には旅行バッグ。濃いサングラスをかけているせいで顔はよくわからない。


 「あの、もしかして…」

 「そ。女神様降臨。」


 女の人はニコッと笑う。あたしは立ち上がった。女神様はあたしの前に立つ。


 「あの、ええと、あたし…」

 「ううん、何も言わなくていいわ。あなたが何を考えて、何を思ってるかお見通しよ。」


 女神様は私の言葉を遮った。


 「あなたが出来るのは、この2日間で感じたことを全部を大切にすること。自分の中で未消化のままでかまわないから。」

 「は、はい」

 「たぶんもう、人生の先が見えちゃってゲンナリって事はかけらも無くなる筈よ。」

 「はい、それはもう…」


 たった2日間、予告編を見ただけだったが、あたしの人生の物差しを変えてしまうのには十分すぎる時間だったことに間違いはない。もう、あの日のような考え方には絶対戻れない。


 「じゃあ…もう、いいかな」

 「あ、待って、待ってください!」

 「どうしたの?」

 「あ、あの色々あるんですけど…」


 女神様は微笑んで言った。


 「元の時間に戻って、人生の続きを始めて、またこの時間にたどり着けるか心配なのでしょ?」

 「は、はい」


 全部見通されてる。そう、出来たらあたしはこの“未来”にもう一度来たい。


 「そうね…」


 女神様は腕を組んで、言った。


 「ここへ来るための未来の選択肢は確実に存在しているわ。無理なことはないはずよ。その糸口を見逃さないように、見つけたら離さないようにしていればね。」

 「あたし、見つけられるでしょうか。その選択肢。」

 「そうね。たぶん大丈夫よ。あなたのお母さんが持ってる大胆さを発揮すれば。」

 「でもそれは、妹が持って行っちゃってる気がするんですけど…」


 あたしはうつむく。


 「そんなことはないわ。女神様が保証する。それから青木さんの事と、真紀さんとの約束の件ね。」

 「はい。」


 女神様は全部知っている。


 「青木さんの件は心配しないで。それと真紀さん親子を空港に見送りに行く件も。そのためにあたしがここに来たんだから。」

 「え?」

 「じゃあ、スマフォと鍵を頂戴。」

 「あ、はい」


 あたしはポケットから取り出すと女神さまの手のひらに置いた。女神様はカーディガンのポケットにしまう。と、急にあたしを抱きしめた。あわてるあたし。


 「あ、あの、どうしたんですか?」

 「なんだかなあ。あたし、自分がこんなにナルシストだったなんて思わなかったよー。」

 「え、え、何が?」


 女神様はあたしを放すと、ポニーテールを解き、サングラスを外した。

 

 「!」


 その顔はまごう事なき、あたしの顔だったのだ。


 「あ、あ…」


 女神様の顔を指さし、パクパクするあたし。

 そのあたしの額を指さして女神様は言った。


 「がんばってね、あたし。」


 額をツンとつつかれる。あたしはよろよろと後ずさりし、ストンとブランコの椅子にしりもちをついた。

 ぐるんと世界が回る。



***************************


 「あ、あの…絵美さん?」

 「あ、青木さん」

 「今、一瞬、君が2人に…」

 「気にしないでいいです。電話した通りあたし、元に戻ったので。」

 「よかった…」

 「でもここからはあたしの知らない未来。何が起こるのかな。」

 「…なんだかよく…わからないけど、記憶が戻ったんなら、僕、謝らなくてはいけない事が…」

 「ううん、ここ2日間“あたし”に付き合ってくれたことで埋め合わせになったと思う。それより大事なことがあったんですよね。」

 「そ、そうなんだ。これのために、ちょっと色々あって…」

 「なんですか?それ」

 「これなんだけど…サイズはあっているはず…」

 「指輪?」

 「うん…」

 「ありがとう…嬉しいです…青木さん…」


***************************

 


 不思議なことに、痛みはなかった。

 かすかなペンキのにおいがする。

 あたしは少しの間動けずに、ぼうっと抜けるような青空を見ていた。

 と、カウントを取りに駆け寄るレフェリーの足音が聞こえ、彼はあたしに声をかけた。


 「大丈夫ですか?動けますか?」


 懐かしい声。あたしがもう一度聞きたくてたまらなかった声。

 あたしは持ち合わせている大胆さを振り絞って、言った。


 「すみません。自分で起き上がれないみたいで…手を貸していただけませんか?」


 延ばされる手。わたしはその手をつかんだ。

 決してこれから離してはいけない、その、手を。



         「ちょっとだけ予告編!」 おわり



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