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ちょっとだけ予告編!  作者: 野々村竈猫
6/7

第6回「来襲」

 2018年5月6日 日曜日


 絵に描いたような五月晴れの抜けるような青空とは反対に、あたしの心はどうもシャッキリしていなかった。気分が悪いわけじゃない。なんというか、こう、落ち着かない。

 軽くトーストをかじった後、オドオドと青木さんに朝の定時連絡を入れる。「一人で大丈夫?」という問いに、「はい、大丈夫です」と答えて電話を切ったものの、何かのついでに寄ってくれないかな、という矛盾した気持ちを抱えている。

 鏡を前に両頬をたたき、表面だけでも真剣顔を決めてみる。しっかりしろ、あたし。


 いかんともしがたい初めての気持ちを持て余している時。


 ピンポーン


 あ、青木さん?

 焦って、玄関の扉を開くと、それが居た。


 「おっはよーぅ、姉貴!遊びに来てやったぜ!」

 (え、ええっ?)


 春物のジャケットに、ジーンズの女子。缶バッジのついた赤のキャップをかぶっている。

 一瞬戸惑ったが、あたしは脳内で5年の時間合わせを瞬時におこなった。

 間違いない。 髪型があたしと同じセミロングになっているが、5つ年下の妹、“萌”だ。あたしの知っているこいつは男勝りの14歳中学生だが、この時代では19歳。背も伸びて体形はすっかり女らしくなっている。あたしは軽いパニックを起こす。


 「あれ?姉貴どうしたの?なんかボクの顔についてる?」

 「あ、えと、いや別に…」

 「姉貴なんか変ー。とりあえず入れてよ」

 「う、うん」


 ズカズカと上がり込む、萌。かかとを履きつぶしたスニーカーが転がる。


 「くんかくんか」

 「な、何してるのよ」

 「青木さんの残り香があるかなーって」

 「ちょ、ちょっとあんた変態よ、それ!」

 「てへ」

 「それ照れるところじゃないから!」


 変わっていない。昔から年下をいいことに、勝手に人のプライベートを“嗅ぎ”まわるのがこいつの習性なのだ。あたしの下着の数まで把握してた奴。


 「姉貴さあ、そろそろ観念しろよなー。姉貴こそ青木さんと照れるような仲じゃないでしょ、今更。」

 「そ、そんなこと…」

 「またまた」


 萌は上目遣いで明後日のほうを見ながら鼻で笑う。


 「ったくー。姉貴はいつもそうやってはぐらかすー」


 ぼすっ、とベッドに座り込み、クッションを抱えて奴は言った。


 「もー。そうやって煮え切らないふりしてるなら、ボクが青木さんとっちゃうぞ」

 「な…」

 「ボクの方が若いし、プロポーションだってイイし、髪だって姉貴くらいに伸びたし。」


 後ろ髪をかき上げながら胸をそらせてポーズをとる。


 「ちょ、ちょっとやめてよね!青木さんはそんな…」

 「あはははは!なんだか今日の姉貴、いじりやすくておもしろ~い」


 冗談にならない。こいつはあたしより5つも年下であるのを利用して、小さいころからなんでもあたしの持ち物を欲しがった。あたしが何年も我慢してやっと買ってもらった人形を欲しがって、3日ダダをこねまくった末おばあちゃんに同じ人形を買ってもらったり、姉の靴下を勝手に履いていったり。おやつの横取りは言わずもがな。


 「あ、あんたねぇ…」

 「冗談だよー。ボクじゃなくて姉貴にお嫁に行ってもらわなくちゃ意味ないじゃん」

 「え?」

 「嫁の立場じゃ、増えた親戚からお小遣いもらえないしー。何人増えるのかな~」

 「あんた何の皮算用してるのよ!」

 「“虎は狸の母さんよ”」

 「それ言うなら”捕らぬ狸の…”って、それ生物学的におかしいし!」


 萌はベッドに横に倒れこむ。


 「なんだかなぁ~姉貴は昔からだよな~」

 「なによ?」

 「昔から意地張って、ずーっと自分隠して、“いい姉”しようとしてるじゃん。毎日、肩凝らないかな」


 ここで、あたしはぐっと言葉に詰まってしまった。年が離れた妹がいるということで、“お姉ちゃん”を期待され、自分でもそれを自負して育ってきたということは否定できない。それをその妹に、ずいぶん前から見透かされていたのだ。


 「で、でも年上ってそういうものじゃない?あたしに限らず。」


 完全に萌にペースを飲まれてるあたし。萌はモソモソとベッドの上に上体を起こして言った。


 「そりゃ小さな頃の5つ違いって大きかったかもよ。でも、24と19ならそんなに離れてるってわけじゃないじゃん。歳を取れば取るほど相対的に“年齢差”は小さくなっていくんだしー。姉貴もそろそろ、“いい姉”から解放されてもいいんじゃない?」


 萌はぱっと手を開いて再びベッドの倒れこむ。

 今のあたしの内部年齢は19歳。目の前にいる妹は実年齢19歳。でも、精神年齢は妹の方が上ではないかという考えがよぎる。


 「あのさ、萌…」

 「なに?」

 「萌は『人生、その日その場が楽しければ、それでよし』なんて思ったことある?」

 「えー、急に何それ?」


 顔を起こしキョトンとする萌。


 「いや…、その、ゴールデンウィークだったからね…、もうやることなくなって毎日退屈してるかな…って」

 「それって人生観みたいなもの~?」

 「まあ…、そうね…うん。」


 ベッドの上に座り直し、抱えたクッションに顔を半分うずめた萌は、真面目眉をしながら言った。


 「『その日、その場が楽しけりゃ』って言うのと違うな。あえて言えば…『来る日、来る日をエンジョイ』って感じ?」

 「え、それどう違うの?」

 「楽しいのがやってくるのを待つって言うより、こっちから追っかけるみたいな。待ってるだけじゃ“退屈”だし、普通にしててもヤなことの方が多いのにって…ホント姉貴、何かあった?」

 「う、うん。ちょっとね…」


 負けた。

 人生にうんざりしていた2日前の”あたし”は、内面的にこの娘に完全に負けてしまっている。


 「さてと、難しい事考えるのボクの性分じゃないから、ボクはボクの“その日”を追っかけに行ってくるぜ!」

 「あ、うん…」

 

 ベッドからポンと飛び起き、鼻歌交じりに玄関に向かう萌。スニーカーをつっかける。

 

 「じゃあね、姉貴!青木さんが来てる頃見計らって、また嗅ぎに来るぜ!」

 「来なくていいよ!変態娘っ!」


 ペロリと舌を出した横顔が、扉の向こうに消えた。

 あたしはペタンと床に座り込む。

 同じ19歳なのに“毎日”に対する姿勢がこんなに違ってくるなんて。姉としてのプライドがしぼんでゆくのを実感していた時、ピンク携帯のベルが鳴った。


 「もしもし?」

 「どお?ショックだった?」


 女神様の声。


 「はい…」

 「ずいぶんこたえたみたいだから、あえて突っ込まないでおくわ。でもそろそろ限界かな。」

 「え?限界って…」

 「分かってるんでしょ。青木さんと別れなきゃいけないこと」



               最終回「本編へ」につづく

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