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8. 間宮陽日の恋愛事情

 カタカタカタ……

 部室に響くキーボードを叩く音。みんなそれぞれ賞の応募やら、演劇部の台本やらを執筆中だ。かくいう私も校内新聞の連載用小説を書いている途中であるが。

「はぁ……」

 もう何度目かわからないため息をつく。

 連載用は恋愛小説を書くことにした。私は普段文学しか書かないのだが、校内新聞は高校生が読むのだから、共感を得られるものにしろと部長に言われ。そして昨日、部長に提出するとダメだしされた。なんでも説得力がないのだとか。そりゃあ経験ゼロですから? 所詮間宮を好きになる物好きなどいない。

「どうしたの、陽日ちゃん。ため息なんかついて」

「はぁ。原稿が進まなくて」

「やっぱ慣れない? 恋愛小説。そうだ。俺の小説読まない? 参考までに」

 有川先輩がもの凄くキラキラした目で原稿を差し出す。

 あぁ他の女の子が見たら卒倒ものの笑顔だぁ。有川先輩、紅陽の王子様だもんな。でもさ、文芸部ここにいる時点でまともじゃないよね。言ってて悲しくなるけどさ。

「やですよ。先輩のドピンク小説なんか」

 誰がその手に乗るものか。何度騙されたと思っている。

「泉先輩。セクハラっすよ」

 ほら。高倉君も言っているじゃないか。画面から視線外さないけど。

「えぇ? でも陽日ちゃん、千里にダメ出しくらってたよね?」

 あぅ。それを言われると。というかみんながいる前であのダメ出しはないと思います、部長。

「『色気が足りん馬鹿。妄想の限界かこの処女が』ってね。てか千里もセクハラじゃんね?」

「誰がセクハラだって?」

 うおぉ。背後から冷気が……!

「私は何も言ってません! すべて有川先輩と先輩作のドピンク小説が悪いんです!」

「ひどいな陽日ちゃん。これはドピンク小説じゃなくて恋愛小説」

「貸してみろ」

 部長が有川先輩の手から原稿を奪う。

 部長は眉ひとつ動かさず原稿に目を通していく。

「有川。この小説は、何だって?」

 読み終えて静かに問う部長。

「だから、恋愛小説だって」

「違うな」

 そういって部長は丸めた原稿で有川先輩の腹を勢いよく突いた。

「っぐは……っ」

 痛そう。というか絶対痛い。六十枚の原稿を丸めたらもう凶器でしかないよね。

「これはロマンスではない。官能小説だ。風紀委員が黙っていないだろうよ、こんなもん世に出したら。お前生徒会役員だろ。何率先して風紀乱してんだ馬鹿。クーデター起こして学校ここ乗っ取るぞ大馬鹿」

 怖い……。何が怖いって、部長にかかれば学校乗っ取りなんて簡単だという事実。

「今すぐ書き直せ。R18な文章にしたら校庭に埋めっからな」

 部長にやり直しを要求された有川先輩は、納得できないといった表情で渋々席に戻っていった。

「ところで間宮。お前は原稿上がったのか」

「いえ……。やっぱり経験不足ですかねぇ」

「不足というよりゼロだろ。無だ」

 部長はいうだけ言って席に戻っていった。

 部長と話してたら傷がえぐれる。

「みや先輩、煮詰まちゃったんですか?」

 一段落ついたらしい朝比奈君が私のPCの画面を覗き込む。

「うん。全然ダメ」

「あぁー。確かに刺激が足りませんね」

 あ、朝比奈君?! 君、そんな天使みたいに愛らしい顔で濡れ場を要求するのか!?

「とりあえず……このモブを殺してみましょうか」

 ……は?

「おススメは何といっても刺殺ですね。ポイントは首筋の動脈を狙わないことです。すぐ死ぬようじゃもったいないですし。そんなの無粋ですから」

 な、な、何を言ってるの朝比奈君!

「とりあえず爪から剥がしていきましょう。あ、泣き叫ぶ描写は重要ですからね」

 すっごくキラキラした目で私を見る朝比奈君。曇りなき眼って感じだけど言っていることは悪魔の所業だからね?!

「う……」

 いい笑顔の朝比奈君の奥で、こういうグロ系が苦手らしい有川先輩が口元を抑えていた。

「大地。恋愛小説にそういう刺激は求められない」

 高倉君が珍しくまともなツッコミをくれる。相変わらず視線は画面にくぎ付けだが。……絶対関係ないアニメの画像とか見てる。

「そうなんですか? でも壱先輩、じゃあ何が楽しくて見るんですかね? 大量虐殺どころか一人も死人が出ない恋愛小説なんて」

「……」

 朝比奈君の言葉に、部長までもがフリーズした。

「朝比奈。お前の思う恋愛小説は恐らく、いや十中八九恋愛小説ではない」

「え……」

 朝比奈君は衝撃を受けたって顔しているけど、こちらもそんな朝比奈君が衝撃的だけどね。

「昔、従兄のお兄ちゃんが恋をすると胸が痛くなるほど高鳴るって言ってたのに。みや先輩、あれは嘘だったんですかね?!」

 朝比奈君が私の両肩を掴んで揺さぶる。

「いやぁ。嘘ではないと思うけど」

「大地。間宮に聞いても無駄だ。恋なんてしたこと無いに決まってるだろ?」

 高倉君がやっと画面から顔を上げたかと思うと、普段表情筋なんて動かさないくせに、私のことを憐れんだ目で見ている。

「そういう高倉君だってしたことないでしょ、恋なんて」

 女子と会話すらできない人が。

「いや。俺にはリリカがいるし」

「……もういい」

 バーチャルな彼女がいるのね。幸せそうで何よりです!

「てか、大地は彼女とかいないの? 好きな子とか」

 復活した有川先輩が、興味津々に身を乗り出してくる。

「んー。今はいないですね。前に告白されて付き合ったことはあるんですけど、趣味が合わないと振られてしまって」

 だろうね。正直趣味が合う子なんていないと思う。ホラー大丈夫な子でも手におえないと思うんだ。

「とりあえず朝比奈は今後一切恋愛小説を書くな。書こうとも思うな」

 部長がバッサリ切り捨てた。

「わかりました……。すみません、みや先輩。力になれなくて」

「ううん! ありがとう手伝ってくれて」

 朝比奈君、猟奇的だけど根は素直で優しい子なんだよな。

「間宮に恋愛小説は早かったか。高倉はいい線行ってたんだが」

 !?

「部長! 高倉君恋愛小説書いたんですか!?」

「あ、あぁ。作風決めるときに短編を一本書かせた。お前ほどひどくはなかったぞ」

 侮れない高倉壱。バーチャルな彼女と一体何をしているというの。というかそれは経験値に入るのだろうか?

「間宮は乙女ゲームとかしたことないのか?」

 聞いたことはある。だが、プレイしたことはないのでイマイチどういうものかわからない。

「高倉君は好きなの? 乙女ゲーム」

「俺がやってるのはギャルゲーだけどな」

 ギャルゲー? 何それ。違いがあるの?

「ごめん。未知の世界過ぎて。そもそも私、恋愛小説すらあまり読まないから」

「女子はそういう話が好きなんじゃないのか? あ。間宮は女捨ててるのか。まだ10代なのにかわいそうに」

 ちょくちょく馬鹿にしてくるな、高倉君。

「捨ててないよ! 失礼な。ただ、あの男女間のすれ違いとかアップダウンが激しいところが苦手というか。山あり谷ありな話が苦手というか。正直読んでて疲れる」

「致命的じゃないか。よくそれで書こうと思えたな」

 私は書けるなんて思ってないんだよ高倉君。

「間宮。経験どうこうはもういい。今更間に合わん。とりあえず恋愛小説を片っ端から読め。そして需要を捉えろ。図書室から数冊見繕ってこい。俺が前に書いた小説も貸す。どうにかして形にして来い」

「はい。じゃあ図書室行ってきます!」

 部室を出ようとしている私の背中に部長の血も涙もない声が掛かる。

「締め切りは変わらんから読むにしても時間はかけるなよ。しょうもないもの書いてきたら連載降ろすからな」


 後日、部長の脅しに怯えながら書き上げた原稿は、無事掲載されました。

間宮はだいぶ枯れてます。

というか、未知の世界には触れたくない、臆病な子です。

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