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7.間宮陽日と新歓

在原の意外な弱点が発覚。

 春。桜の季節? いいえ。新入生歓迎球技大会、通称新歓の季節です。

 現在体育館では二つのコートで男女別にバレーが行われている。私は戦力外なのでもっぱら見学だが。

「きゃあ~! 水野先輩頑張ってくださいっ」

 女子のコートでは明先輩の活躍が目立っている。綺麗なフォームでスパイクを決める先輩は非常にかっこよかった。

「ぎゃああぁぁ!」

 男子のコートからも悲鳴が上がる。明らかに違うタイプの。これは絶叫だ。

「在原先輩っ。人を狙うのは反則ですよ?!」

「ありえない。何回打っても人の顔面に直撃って。しかも敵味方関係なくかよ……」

「ごめんね。なかなか狙ったところに行かなくてさ……」

 怯える相手チームの後輩に、在原先輩は本当に申し訳なさそうにしている。

 在原先輩はすでに数名の負傷者を出している模様。

「在原先輩って……運動音痴?」

「あぁ、誠は運動神経そのものはいいほうなんだが、ボールを渡すと途端にできなくなるんだ。いいか、覚えておくんだよ陽日。誠にボールを与えることすなわち凶器を渡すということだからね」

 試合が終わったらしい明先輩が解説をしてくれる。

 というか、明先輩にここまで言わせる在原先輩って……。やっぱり完璧な人間はいないんだなぁ。

「ま、そこもまた誠のいいところではあるのだけれどね」

 そう言って笑う明先輩は、恋する女の子だった。

 しゃべり方や佇まい、一人で何でもこなしてしまう明先輩は誰にも甘えたりしない。逆にあれこれ世話を焼くお姉さんみたいだけれど、在原先輩の話をするとき、ただの一人の女の子になる。

「でも、そろそろコートから出さないと。けが人が多すぎるね」

 明先輩は苦笑しながら、男子コートに向かって行った。

「間宮さん。サボってないで参加してね? 次、試合だからコート入って」

「……はい」

 あぁ。憂鬱だわぁ。在原先輩を笑えないくらい私はバレーができない。バスケなら問題ないのに。

 試合が始まり、さっそく私のところにボールが飛んでくる。とりあえずアンダーパスをと思って手を組むものの、腕には当たらず顔面キャッチ。

「っつぅ……」

 痛みに悶絶する私をよそに、コートは爆笑に包まれる。

 笑い事じゃねーよ。痛い。鼻血出てないかな。

「ちょっと間宮さん。足引っ張んないでくれる?」

「できないんならコート入って来ないでよ。邪魔だから」

 理不尽。

「すみません」

 開始三分で選手交代。情けない。しかも鼻血出てきたし。

 鼻を押さえながらコートを出る。

「あーぁ。鼻血出過ぎ」

 乙女らしからぬ発言を許してほしい。だって手が血で真っ赤に染まっているし、もうそろそろ床にも垂れてしまうだろうから。ここはもう体操服が汚れるとか言っている場合じゃないな。

「え?! 陽日ちゃんどうしたの! 血まみれじゃないか!」

 強制退場させられた在原先輩が目を見張る。とういうかもの凄くパニクっている。

「落ち着いてください在原先輩。大丈夫です。ただの鼻血ですから」

「でも、それにしてもすごい量だよ?」

 人に言われると凄い恥ずかしいんだけど。

「はは。ボールを顔面キャッチしまして」

「笑ってる場合じゃないでしょ。早く保健室行くよ」

 在原先輩は私の背中を押して保健室に向かおうとする。

「あ。一人で大丈――」

「ぶじゃないからね。心配しないで。どうせ俺プレー禁止だし」

 何とも言えない顔で先輩は笑う。

「ありがとうございます。でも先輩。明先輩はそこも先輩のいいところだって言ってましたよ?」

 それはもう可愛らしい顔で。

「あ、ありがとう……」

 いいなぁ、青春。

 私の青春は鬼畜と変人で埋まっている。

「間宮?」

 在原先輩と保健室に行こうとすると、呼び止められた。

「部長。 相変わらず無双してるんですか?」

 部長は私の血まみれの手と顔を見て、美麗な眉を顰める。

 あぁ、言いたいことはわかりますよ。

「なんだその顔は」

 そのブス顔で敵を殲滅する作戦か? とか言うんでしょうよ。

「ハンカチも持ってないのかこの間抜け」

 部長はそういうなり自分のハンカチを私の顔にぐいぐい押し付ける。

 イタイイタイっ。

「さっさと保健室行って来い。まったく。どこまでどんくさいんだ、お前は」

 部長は私を一瞥すると、さっさとコートに戻って行った。

「あれ? あれ本当に部長ですか?」

 口が悪いのは通常運行だが、なんかいつもと違う。

「ふふ。陽日ちゃんが心配だったんだよ。本当に素直じゃないよなぁ千里は」

 在原先輩はどこか嬉しそうに笑う。

「どうしようこのハンカチ。いくらするんだろう。適当に買って返したら怒られるかな。なんか心配事が増えた」

 部長の優しさは絶対に裏がありそうで正直あまり嬉しくない。

「……こればかりは千里の自業自得だね。普段の行いがこういう事態を招くんだ」

 在原先輩が何か呟いたような気がしたけど、部長のハンカチの値段のことで頭がいっぱいだった。

「先生ー。この子顔面にボール受けちゃって鼻血が出たみたいなんですけど」

 やめて。改めて状況を説明しないで。ていうか先輩は黙ってて。せめて自分で言うから!

「あらあら。今日はけが人が絶えないわねぇ。そういえばここ数年の新歓はけが人が多いのよ。みんなはしゃいじゃうのかしら?」

 違います先生。あれははしゃいでいるのではなく、恐れ戦いているんです。そしてすべての元凶は先生の目の前にいます。

 在原先輩はすごく居心地悪そうにしている。

「とりあえず向こうで顔を洗ってらっしゃい」

 先生に促されて洗面台で乾き始めている血を洗い落とす。

「血はもう止まっているみたいね。でも額が赤くなってるわ。たぶん痣になってしまうわねこれは」

「えぇ?! 陽日ちゃん大丈夫? 女の子なのに顔に痣なんて……」

 在原先輩はもの凄く辛そうな顔をする。

「大丈夫ですよ。別に気にしませんし、治るんですから」

 私が軽くそう言うと、先輩は何とも言えない、微妙な顔をする。

「とりあえ氷で冷やしておいてね」 

 先生から氷を受け取り、そのまま保健室を後にする。

「陽日ちゃん、ほんとに大丈夫?」

「心配性ですね先輩は。ちょっと痛いだけなんで問題ないです。それより部長のハンカチの値段を知りたいです。先輩知りませんか?」

「んー。さすがに知らないなぁ。だけどそこまで気を遣わなくても大丈夫だと思うよ。千里はそこまで持ち物にこだわりなかったはずだから」

 そうなのか。てっきり自分ルールなるものがあるものだとばかり。

「ありがとうございます。すごく参考になりました」

 これで懸念事項は消えた。

「じゃあ体育館に戻りましょうか」

 体育館に戻ると、決勝戦が始まっていた。三年生は男子が部長のクラス、女子が明先輩のクラス。まぁ、みんなの予想通りだよな。

「在原先輩は毎年途中退場ですか?」

 失礼かなとは思いつつ、好奇心に負けて尋ねる。

「そうだねぇ。なかなか上達しなくて。でも毎年試合に出させてもらえるのはありがたいかな。中学ではコートに出禁だったからね」

 先輩。訊いといて何ですが笑って話すようなことじゃない気がします。

 そうこうするうちに男子の試合が終わった。当然のごとく部長のクラスの勝利だった。

 コートから出てきた部長がこちらに気づいて近づいてくる。

「優勝おめでとうございます」

「あぁ。……そのデコどうした?」

 私が氷で冷やしている額を指さす。

「なんか打撲したみたいで。痣になるから冷やしとけと」

 部長の周りの空気が冷たくなる。

 なんだなんだ。今度は何を怒っているんだ。

 部長の怒りを感じたのか、在原先輩はそぉーっとフェードアウトする。

「あの。部長?」

「こんの……ド阿呆が! とろいにもほどがあるだろ! 打てないなら避ければいいだろうが!」

「避けたらアウトになるじゃないですか。ただでさえハブられているのにボール避けたりしたらみんなに殺されますよ?」

「ほう……。それでお前はただでさえブスな顔に傷を作ったと。そしてそれが正しい選択だったと?」

 まずい。ここで頷けば間違いなく殺られる。

「いえ。私が間違っていました! 次は避けます。だから殺さないでください!」

 思いっきり頭を下げると、部長の深いため息が聞こえる。

「殺すわけねぇーだろ馬鹿。なんで俺が怒ってんのか分んねんだろ。ほんっと馬鹿だよな。この抜け作」

 顔を上げると、部長は私の頭を叩いてどこかへ行ってしまった。


 怒られ損な気がするのは私だけだろうか。


部長が動き出す。だが間宮は気づかない。DV被害の影響だろう。

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