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6.間宮陽日と演劇部

間宮、演劇部訪問の回。

 

 

「間宮。演劇部の台本できたか」

「あ、はい。今日、受け渡しでしたよね?」

 演劇部の台本は、ほとんど部長が書いているのだが、月に一本、部員がローテーションで担当している。つまり、部長の分と合わせて、月二本提供している。そして今月は私の担当だった。

「ああ。俺の分も持って行っておいてくれ」

 あれ。いつもは一緒に持っていくのに。

「松山先輩に会わないんですか?」

「……松は切れると手が付けられんからな」

 部長。先輩に何したんですか。

「とりあえず読み合わせの時は見学に行くと伝えておいてくれ」

「はあ。じゃあ持っていきますね。あ。ついでに練習見学してきていいですか?」

「ああ。今日はもういいぞ」

 演劇部の部室は三階にある。練習は主に体育館の舞台でしているが、今日は部室で練習だと佐伯君が言っていた。

「こんにちはー。文芸部の間宮です。松山先輩いますか?」

 演劇部の部室は衣装や小道具でごった返している。みんな各々好きな場所で作業をしていた。

「あ。間宮さん。ありがとうね、いつも。今日は千里は来てないの?」

 演劇部の部長、松山譲先輩がおっとりとほほ笑む。

 先輩はとても穏やかで、パッと見気弱い印象を受ける。実際あまり前に出たがる人ではないけれど、役に入ると人が変わる。それはもう二重人格を疑うほどに。そして部長の友達である。なぜ鬼畜のくせに友達は多いのだろう。在原先輩といい松山先輩といい。

「はい。なんか松山先輩は切れると手が付けられないから、とか言って」

「間宮さん。千里が書いた台本見せてもらえるかな」

 およよ。

 なんか先輩のほほ笑みが怖い。

「は、はい。これです」

 差し出した台本は『水城と深月』というタイトル。特に変わったところはないが。

 松山先輩は台本を流し読みすると、いつもの柔らかいほほ笑みを浮かべたまま、こめかみに血管を浮かばせる。

 ――怖い。

「あの。なにか不具合が? あ、あの私、部長に直してもらってきましょうか?」

「ごめんね間宮さん。大丈夫。今呼び出すから」

 怖いほほ笑みのまま、先輩は部長に電話をかけている。

『どうした、松。今回も力作だが』

「千里はさあ。俺をおちょくってるの? 何なのこの配役。ていうかキャラ設定。千里の作品を疑ったりしてないけど、これはひどいよ? なに、主人公の兄がオネエって。必要ある? ねえ、それ必要ある?」

 オネエ?! 部長、それはさすがにやりすぎでは……見てみたい気もするが。

『何を言っている、松。必要に決まっているだろう。これは限りなく文学に近い、学園コメディーだ。話が真面目になりすぎるから、人物設定で全体のバランスをとっている。それだけだ』

「そう、なの? いやでもその兄を俺にする必要はなかったでしょう!?」

『いや、その役を演じられるのは松しかいない』

「千里……」

『というか、オネエな松が見たい。読み合わせの時見学に行くから』

「それが狙いか! やっぱりね! 千里はいつもそうだ。俺で遊ぶのも大概に――あ。ちょ、千里っ」

 切られたみたいだ。

 あの松山先輩の声をここまで荒げさせるのは部長しかいないだろうな。

「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。ごめんね間宮さん。大きな声出して」

「いえ……」

 ため息をつく松山先輩の背後から小柄な女子生徒が金槌を手に走ってくる。

 シュールだなあ。

「間宮ちゃん! ひさしぶり! 麻理子が探してたけど」

 元気が有り余っているこの人は、大道具担当の、河村みどり先輩だ。そして、先輩の言う麻理子というのは、私の苦手な、衣装係の望月麻理子先輩。彼女は――

「間宮ちゃん! こんなところにいたのね。さあ、今日こそは着てもらうわよ。私の作ったこのドレスを!」

「いやです。着ませんよ、絶対に」

 やたら私に衣装を着せたがる。演劇部の衣装など、平凡顔の私が着たところで恥ずかしいだけだし、服に失礼だ。

「意外と頑固よね。押しに弱いくせに私のお願いは聞いてくれないのね……」

「そんなしおらしくしたって無駄ですよ」

 着てしまったら最後、戻れなくなる気がするのだ。

「でも、俺も見てみたいな。間宮さんの衣装着たところ」

「うんうん。絶対似合うって!」

 松山先輩と河村先輩にも期待のまなざしを向けられる。

 どうしよう。逃げ場がない……!

「あれ。何してるんですか先輩方。間宮を囲んで」

 救世主!

「佐伯君! 助けてください!」

 これ幸いと、佐伯君の背後に周る。

「ど、どうした。間宮」

「先輩方の目が怖い……」

 ロックオンされてるのですよ。

「先輩方。間宮で遊ぶのはやめてくださいよ」

「何を言うの佐伯。これは遊びではないわ。私のライフワークなのよ!」

 迷惑極まりない!!

「ほらほら、部活始めましょうよ」

 佐伯君がそういうと先輩たちも渋々仕事に戻っていく。

「あ。佐伯君。今日見学していってもいいかな?」

「ああ。今日は部室でだから通しではないけどいいか?」

「うん。邪魔しないように端っこで見てるから」

 部室の隅に移動して腰を下ろす。

 今日の練習の演目は『sing for you』という、部長の書いた台本だ。

 体が弱く、二十歳まで生きられないと言われた小説家の少女が、ドラマ化された作品の主題歌を歌う人気歌手と恋に落ちる話。台本を見せてもらったとき、不覚にも泣いてしまった。部長の書く恋愛小説はハッピーエンドが多いけれど、この作品は珍しく悲恋だ。主人公は、最後に亡くなってしまう。それでも心に澱を残さないエンディングだった。

 演劇部の演技を見て思う。文章でもキャラが動いているのは感じていたが、劇になると、そこに命があるのを感じる。人が生きていることが、生きてもがいていることが。テーマがテーマなので余計に、主人公の生き方が心に迫ってくる。

「君と恋をしたこと。君が俺にくれた言葉も顔も、君が生きていた証全部、忘れない。君と過ごした季節はまだ俺の胸を締め付けて、目に映る景色すべてに君を探してしまうけれど。いつか君との時間を笑顔で思い返せる日が来るかな。君は俺が笑ってないと怒るから。いつでも俺を笑わせてくれた君だから。だから俺は君を思って笑っているよ。君が大好きなあの歌を歌いながら」

 主人公の恋人を演じる佐伯君の、亡くなった恋人を思って泣きながら笑顔をこぼす表情に、私は泣いてしまう。演技だとは思えないほど、役になりきっている佐伯君。

 劇が終わり、私は力いっぱい拍手をした。

「え!? 間宮なに泣いてんの?!」

 佐伯君がぎょっとしている。

「佐伯君の演技が凄すぎて。いいなあ。演じてもらうとこうなるんだね。鳥肌たったよ」

「……ありがとう」

「あっれ~? 佐伯照れてんの?」

 河村先輩が悪戯っぽく笑う。

「照れてません。断じて照れてませんから」

 佐伯君はそういうと次の台本の確認に行ってしまった。

「ピュアボーイ、佐伯」

「河村先輩、あまりいじめないでください。いつか下剋上が起きますよ?」

「ねえ間宮ちゃん。それは自分の願望? いつか千里に痛い目見せてやるって願望? ねえ!」

 もうヤダこの人。

「違いますよ。下剋上なんて夢見ようものなら返り討ちに遭いますよ」

「千里の弱みが知りたかったらいつでもおいで? なんでも教えてあげるから」

 松山先輩、目が据わってます。怖いです。

 ていうか根に持ってたんですね、オネエの件。


新キャラ登場。演劇部のメンバーの登場でした。松山、通称「松」は、夏目に遊ばれるために生まれたキャラです。でも一応反撃はする。

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