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4.間宮陽日の涙

ごめん高倉。主要キャラなのに今まで放置してて。

 ドオオォォォン――!

「たーかーくーらあぁぁ!」

 隣の教室から聞こえる謎の爆発音と先生の怒号。高倉とは恐らく、我が部の高倉君のことであろう。オタクでメカ好きなあの。

 何をしたんだ高倉君……。うちのクラスがざわめき出したではないか。

「高倉ってあの?」

「あぁ。文芸部だろ」

「また文芸部かよ」

 クラス中の迷惑そうな視線にも慣れてしまった。いやな慣れだなぁ。






「うそ。なにこれ……」

 休み時間、隣の教室を見に行くと、そこはもはや学び舎ではなくなっていた。

 一つの席を中心に黒焦げになっている。ま、聞かなくてもわかる。あの席が高倉君の席だってことは。

「で、どんな兵器を作り出そうとしてたの、高倉君」

 先生の説教から戻ってきた高倉君に尋ねる。

「威力が全然足りない……。学校ごと吹っ飛ぶはずだったのに――」

 どんなテロだよ!! 

「今度はなにがあったの?」

 高倉君の顔を下から覗き込む。どこぞのヒロインの仕草と笑わないでほしい。一五七㎝の私が俯いた高倉君と顔を合わせるには、こうするより仕方がない。彼は一八〇㎝強なのだから。

「はあぁ。地球、終わんないかな」

 だいぶキてるな。

 高倉君は中学のころ引きこもりだったらしい。マンガやアニメのような高校生活に憧れて入学したはいいものの、未だこじらせている対人恐怖症のせいで会話ができる人間はもの凄く少ない。部員と在原先輩くらいではないだろうか。ガラスのハートな高倉君は、落ち込むたびに地球を終わらせようとする。非常に迷惑極まりないのだが、それでも毎日登校はするので少し嬉しかったりする。

「在原先輩に呼ばれるね。これは」

 風紀委員長の在原先輩に呼び出されるのは毎度のこと。先輩は頭ごなしに怒ったり、怒鳴ったりしないけど、その分なんか来るものがあるらしい(高倉君談)。

「……あぁ。今日部活遅れるって言っといて」

「うん。でもまあ、みんなわかってると思うけど。すごい爆発音だったし」

 一年と三年の階にも聞こえたはずだ。

「音だけなんだよな。威力がまだ足りな……」

「高倉くーん。反省しなさい。いやなことがあったなら私に言って? できる範囲で高倉君助けたいし。爆撃に巻き込まれたくないからさ」

「間宮にできることなんて、なあ?」

 どうせヘタレですよ! パシリくらいしかできることないですよ!!

「しょぼくれんなよ。大丈夫、次は成功させるから」

「させるかあぁぁ!」

 ぶれない高倉君を前に思わず叫んでしまった。

『生徒の呼び出しをします。二年五組、高倉壱君。二年五組高倉君は、至急、三年在原のところまで来てください』

 在原先輩の声で校内放送がかかる。

「ほら高倉君、呼び出し」

「……行ってくる」

 三年の教室へ向かう高倉君の広い背中が、心なしかいつもより小さく見えた。

「……教室戻ろ」

 高倉君はオタクで爆弾魔だけど、話していると落ち着く。クラスの人たちよりよっぽど。朝比奈君も悪魔的な趣味があるけど私のことを先輩と言って笑顔で話してくれるし、有川先輩もセクハラしてくるけど場を和ませることが得意で。部長も……みんな部長を怖がるけれど、部長が悪口や陰口を言っているところを私は見たことがない。確かに毒舌だけど、部長のいうことは全部本当のことで、傷つけようとしているわけではないとわかるのだ。だから繊細すぎるほど繊細な高倉君だって文芸部にいられる。部長は嘘をつかないから。優しさを感じたことはないし、鬼畜だという評価は変わらないけれど、少なくとも部長は、人を傷つける人種ではない。

「五組の高倉また呼び出されてんじゃん」

「在原先輩もかわいそう。何回言っても聞かないし」

「やっぱ危ない人間の集まりなんだよ。文芸部は」

 違う。そうじゃない。

「人が傷つくのなんて気にしないんじゃない? 変人だし」

 高倉君は、高倉君がいつも失敗するのはワザとなのに。全部壊したくても壊せないのは、壊す技術を持っているのにそうしないのは高倉君が優しいからなのに。高倉君は痛みがわかるから、誰も傷つけない。今日の爆弾だって、焦げてるように見えていたのはただの煤で、音がやたら大きいだけだった。高倉君がしていることはいけないことだけど、でも、でも

「た、高倉君を、悪く言うのはやめてください」

「は? 何言ってんの?」

「高倉のせいでぇー、こっちは迷惑してるんですぅ」

「確かに、高倉君のしたことは間違っているけれど、でも。高倉君は人を傷つけたくてやってるわけでは……」

「なに必死になってんの? あ。高倉とできてるとか? ウケルわー。爆弾魔とぼっちとか超きけんじゃね? なにするかわかんないし」

「てかさ、ウザいんだよね、いーんちょー。ちょっと消えてくれない?」

 通じない。なんで。なんでこの人たちは笑っているの? なんで楽しそうに人を貶すの?

 なんて。なんて……汚いのだろう。

「……もう、いいです」 

 ここにはいられない。午後の授業は休もう。締切も近いから部室で作業してよう。そのまま部活出ればいいし。

 教室を出ると、後ろからすごく不快な笑い声がする。

 体にまとわりつくいやなものを振り払いたくて、廊下を走った。すれ違いざまにみんながこちらを見るのは、私がひどい顔で泣いているからだろう。

 部室に駆け込み後ろ手に扉を閉めると、足の力が抜けた。その場に座り込み止まらない涙に戸惑う。

 何十分か経った頃、つまり五時間目の最中、突然部室の扉が開いた。

「……!?」

「おい。面がいつもの百倍ブスだぞ」

「部長……」

 何でここに……。

「お前が、ひどい顔で廊下を全力疾走してたと在原が言っててな」

「在原先輩はそんなこと言いませんよ」

 在原先輩にも見られてたんだ。

「なにがあった」

「え。心配してくれてるんですか? 部長が?」

 バチン!

「いっっったぁぁ! なんでデコピン!?」

 デコピンなんてかわいいものじゃない。絶対あとから痣になるタイプのやつだ。

「さっさと説明しろ」

 いつものやり取りにいつの間にか涙が止まっていた。

「なるほどな。それでお前は言わなきゃいいことをベラベラ喋って逃げてきたわけか」

 うっ。要約するとそうなるけど、その間いろんな葛藤もあったのに! 身も蓋もない。

「間宮」

「……はい」

 先輩が綺麗な目で私を見据える。

 部長の目はどうしてこんなに綺麗なんだろう。繊細な美しさと、強い強い光。部長の目に見つめられると、いやなものなんて消滅していく。

「お前は馬鹿だが、間違ってはいない。馬鹿だがな」

 なぜ二回言った。

 でも。部長が間違っていないというのなら。それなら少しは高倉君のために戦えたことになるのだろうか。

「ヘタレにしてはよくやった」

 !?

「なんだ? 俺だって褒めるぐらいするさ。お前が今までそうするに値しなかっただけで」

「ふ、ふふ」

 ありえない部長の優しい声と、不思議な安心感に再び涙が零れる。

「なに泣いてんだ。気色わりぃな」

 酷い。

「あー。千里が陽日ちゃん泣かしてる~」

「みや先輩、大丈夫ですか?」

 有川先輩と朝比奈君が部室に入ってきた。

 え。今授業中……

「陽日ちゃんが泣いてるって聞いて、ね。来ちゃった!」

「みや先輩一人で泣いてるんじゃないかって心配で」

 ほら。

 やっぱりみんな優しい。誰もこの人たちを悪く言う資格なんてない。

「壱ぃ。いい加減入ったら?」

「え?」

 有川先輩の声に、高倉君がおずおずと部室に入ってくる。

「高倉君……」

 俯いたまま動かない高倉君の背中を、有川先輩が軽く叩く。

「間宮……ありがとう」

 高倉君が顔を上げる。いつもより表情が柔らかい。

「嬉しかった。俺のために怒ってくれて。泣いてくれて。間宮はヘタレなのに、苦手なギャルに言い返してくれたことも」

「ヘタレ言うな! て、なんで知ってるの?」

「佐伯が言ってた」

 あー。なるほど。

「はは。明日から怖いけど。でもま、高倉君が笑ってくれたからいいや」

 今日はレアなものがたくさん見れたなぁ。

「お前は案外図太いから大丈夫だろ」

 図太いって。他に言いかたなかったのでしょうか?

「陽日ちゃんのクラスには佐伯もいるから大丈夫! 佐伯を使って間接的に守ってあげるから!」

「泣かされたら慰めてやる。いつものお返し……」

「みや先輩、ひとりで抱え込まないでくださいね」




 確かに、彼らは変人だ。だけど、心がないわけじゃない。むしろ、誰よりも痛みを知っていて。誰よりも感受性が強いからたくさん傷つけられてきて。人より重い荷物を持ってるくせに、それでもまだ、だれかを支えるために背負い込もうとする。

 私にも、彼らの背負うものを、支えることはできるだろうか。

 

今回は少しシリアスめ。

高倉が対人恐怖症になった経緯は活動報告のほうに載せておきます。

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