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19.朝比奈大地の初恋

 その恋は、あまりに突然に―――



「朝比奈君、ボーっとしてるけど体調悪い?」

 部活中、キーボードを叩くでもなくペンを走らせるでもない俺が怪しかったのか、それともあまりに間抜け面だったのか。みや先輩が眉根を寄せて俺を見やる。

「そういえばやけに静かだよね、大地」

「恋、したんです」

 ガタガタ――ッ

 先輩方は驚いて椅子から綺麗に転げ落ちた。あの部長でさえ落ちはしないものの、無表情がデフォの顔が驚愕に満ちている。

「あ、朝比奈君。その、お相手は人間の女の子だよね?」

「大地、その子は生きてる人間だよな?」

 みや先輩と泉先輩はものすごく不安そうだ。ちなみに壱先輩は相変わらず画面にくぎ付けで、部長はいつもの無表情に戻っていた。……面白そうな視線は相変わらずだけど。

「はい。多分、二年生だと思います。ネクタイが赤だったから」

「じゃあ私と同級生だ。名前は?」

「はっ。名前聞いてもわからんだろう。お前友達いないくせに」

 また部長はみや先輩をいじめている。何もかも完璧なのに、好きな子には意地悪してしまうとか案外子供っぽい。みや先輩もみや先輩でめげずに噛みついている。言い負かせたことなんてないのに。……もうこの二人、付き合っちゃえばいいのに。

「名前、わからないんです。話しかけられなくて」

「朝比奈君でもそんなことあるんだね。対人スキルが半端ないから誰にでも声かけられるかと思ってた」

 みや先輩はほわわんとほほ笑む。まぁ社交的なほうだとは思うけど、みや先輩に声かけられない人はあまりいないと思う。なんかマイナスイオン出てる気もするし。

「どんな子なんだ? 可愛い?」

「なんか、冷たい感じのする人です」

「……朝比奈君って、まさかのM?」

 みや先輩が何か言いた気に見ている。別にそんな趣味はないけれど。

「どこで出会ったの? てかいつ会ったの?」


 ……今日の昼休みのことだった。


 

 今日はいい感じに暖かいから、中庭でご飯を食べよう。そう思って、弁当箱片手に一人中庭へ向かった。

 人といるのは別に苦痛ではないし、むしろ好きだ。入学してからずっと、昼休みは誰かしら一緒に食べていたからなんだか変な感じもするが、まぁたまには一人もいいだろう。

「あれ。先客だ」

 日当りのいいベンチには、可愛い先客。背中を丸めて眠る茶トラの猫は、俺が近づくと薄らと目を開くが逃げようとしない。それがどうした、とばかりに大きなあくびまで。

「ふてぶてしいなお前。隣、座るよ」

 一応断りを入れて腰を下ろす。暖かい日差しと、時折吹く少し冷たい風が心地いい。

「和むなぁ。こういうのもたまにはいいな」

 名もなき猫の背をなでながらゆっくりと弁当を食べる。

 猫は迷惑そうに俺をひと睨みするも、特に抵抗しなかったのでそのまま撫で続ける。

「……っち」

 突然背後から聞こえる舌打ち。驚いて振り向くとそこには、真っ黒な長い髪に、心配になるほど白い肌の女子生徒が立っていた。

「ねぇ、一号? 浮気はいけないんじゃないの。いつからあんたは誰にでも撫でられるような尻軽になったのよ」

 女子生徒はそう言って艶やかに、そう、ゾッとするほど美しく嗤った。

 うにゃぅ

 うめき声を漏らす猫、もとい一号は抱き上げられて連れ去られてしまった。

「……女王様? なんか、そんな感じ」

 でも心臓がもの凄い速さで暴れている。例えるならば、血潮滴るスプラッター映画を見た時のような。

 あぁ。これが恋なのかもしれない。




「といった具合です」

 彼女との出会いを話すと、先輩方は目を丸くした。

「何、その濃すぎるキャラ。てか一号って、名づけ方適当過ぎない?」

「ちょっと会ってみたい気もするような……」

 悩ましげなみや先輩と泉先輩。

「朝比奈。その女とくっつけ」

「部長!? 急に何爆弾投下してくれちゃってるんですか!」

 みや先輩の悲鳴にも似た声。泉先輩も驚きすぎて咳き込んでいるし、画面にくぎ付けだった壱先輩も興味津々にこちらを伺っている。かくいう俺もだいぶ驚いているけど。

「何って、取材に決まってんだろ。ネタ集めだ」

「部長……朝比奈君の恋をなんだと思ってるんですか?」

 久しぶりに見る、怒っているみや先輩。前に見たのはクッキー事件の時で、そのときはそこまで怖くなかったから、先輩も怒ることってあるんだなぁと感心してしまう。それも自分のことで怒ってくれてると思うとちょっと嬉しい。

 ……でも、みや先輩。ちょっと危なくないですか? 相手は部長ですよ?

「何が言いたい? 間宮」

 ほら。明らかにトーンが下がってる。

 泉先輩と壱先輩は目を合わせて、呆れたように首を振る。

「人の気持ちを、軽く扱わないで下さいと言っているんです! 朝比奈君は部長の小説のために恋をしてるんじゃないんですよ!」

「恋? さっきから聞いてりゃ偉そうに。人の恋路を心配している場合か? 恋などしたことないくせに」

「今はそんなことどうでもいいじゃないですか! それに偉そうなのは誰ですか! 部長はいつもいつも自分が正しいと思っている。人の気持ちを考えない。なんでそんなに身勝手なんですか!」

「身勝手? 人の気持ちを考えない? はっ。笑わせんな」

 部長の中で何かがプツリと切れたようだ。席を立ちゆっくりと、でも確かな怒りと苛立ちを隠しもせずにみや先輩を追い詰める。

――ドンッ

 最近壁ドンよく見るなぁ。

「人の気持ち考えないのはお前のほうだろ」

「は? 何ですかそれ。確かに私はそこまで思慮深くはないですけど、気持ちを踏みにじったりはしません」

 相当怒っているのか、いつもは逃げ腰になる距離に部長がいるのに、みや先輩は部長を睨み返している。

「本当に……笑わせんじゃねぇよ」

 部長はみや先輩の頬っぺたを片手でむぎゅっと掴む。その目は見たこともないくらいの怒りと、ほんのわずかの悲しみの色を帯びていた。

「いつまでたっても気づかない。見ようとしない。そのくせ期待を持たせる……本当に残酷だよな、お前は」

 部長の、一瞬だけ泣きそうに歪んだ顔にみや先輩は目を見開く。驚いたのはみや先輩だけではなかった。部員全員がとんでもないものを見てしまった感を拭いきれない。

「……もういい。どうせ何を言ってもお前には通じない。通じたことなんてないんだからな」

 自嘲気味に嗤った部長は、その綺麗な顔を伏せて部室を出て行った。

「みや先輩? 大丈夫ですか?」

 呆然と立っているみや先輩。声をかけると、泣きそうな顔で唇を噛む。

 部長は肝心な時にいないからこうなるのではないか。今のみや先輩の表情は非常に庇護欲を駆り立てるもので。実際に、泉先輩は抱きしめたいらしく両手が怪しく動いているし、あの壱先輩でさえ視線がみや先輩を捉えている。

 ……部長もみや先輩も、どっちもどっちな気がする。

 それでもこの騒ぎの原因は俺にある。皆忘れてると思うけど、俺の初恋の話がここまで飛んでしまったからには、みや先輩と部長を仲直りさせなくては。

「……ごめんね、朝比奈君。朝比奈君の話の途中だったのに」

「いえ。俺は大丈夫ですし、今度会ったときには話しかけてみますね」

 一応、先輩が天使と評する笑顔で言ってみたものの、表情は晴れない。

「みや先輩。部長が何で怒ったのか、わかりますか?」

 俺だって恋愛経験は少ない。つい数時間前に初めて恋をしたぐらいだ。恋愛のアドバイスなんてしたことない。でも、みや先輩はきっと自分じゃわからない。部長の言うように考えることもしないだろうから。

「私が、口答えしたから?」

 疑問形ではあるものの、先輩は絶対にそうだと思っている。部長が口答えくらいで怒るはずがない。寧ろみや先輩の口答えなら喜んで応じる。

 本当に鈍い。部長が気の毒に思うほどには。

「違います。俺の口からは言えないですけど、ちゃんと考えなきゃダメです」

「私、部長があんなに怒ったの見たことないの。考えてももう、部長は私の話なんて聞いてくれないんじゃないかな」

 困ったように笑う先輩の目からは、音もなく涙が落ちた。みや先輩も部長のこと好きなんじゃないかと思うのだけど。さすがに他人の気持ちまではわからないから何とも言えない。でも、泉先輩と壱先輩の表情を見るに、二人も同じことを思ってるようだ。

 

 自分の初恋も成功させたいが、この似た者同士の困った先輩方にも幸せになってほしいものだと切実に思った。

またしてもタイトル詐欺。(;^ω^)

朝比奈の恋の行く末は後々……ちなみに朝比奈君はMだと思います。

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