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16.間宮陽日の恨みつらみ 後編

本日二話目の投稿になります。

 私は今、廊下を全力疾走している。逃亡者を追って――




「間宮です。松山先輩いますか?」

 放課後、演劇部に感謝を届けに行った。いつもなら、来客には部長である松山先輩が対応する。だが今日は一年生の男子生徒が困り顔で応対に来た。

「部長は、その……」

 それに今日は、私が来るなり飛びつかんばかりの勢いで突進してくる河村先輩と望月先輩も見当たらない。これは……

「佐伯君はいますか?」

「あ、はい。佐伯先輩! 間宮先輩が……って佐伯先輩!? そんな隅っこで何してるんですか!」

 佐伯君は部室の隅っこでカーテンに包まっている。

「佐伯君。それで隠れているつもりですか? 出てきてください。佐伯君にはもう怒っていませんから」

 カーテンがもぞもぞと動いて、佐伯君が出てきた。

「イケメンが台無しな行動でしたよ?」

「頼む、間宮。敬語で喋るのやめてくれ……! 怖いんだよ、お前」

「あぁ、ごめん。これからあと数人に感謝を伝えに行かなきゃいけないから気を張ってて」

「……部長たちのことか」

「そう。ここにいないってことは逃げたんだね? それでまだ校舎にいる、と」

 なら絶対に見つけ出す。

「な、なんでわかるんだよ、お前」

「そんなに怯えないでいいのに。そこに先輩のカバンがあるから」

 台本や小道具で溢れかえっている机の周りにカバンが置かれている。

「……怖ぇよ」

 観察力があると言ってほしい。

「ありがとう。もういいよ。探してくるね」

 佐伯君と後輩君の青ざめた顔に見送られて校舎に繰り出す。

 さぁて。先輩方はどこに隠れたのかな? 河村先輩と望月先輩は多分一緒にいるはず。だとしたら怪しい場所は……

――第二被服室

 ここには演劇部の衣装が保管されている。望月先輩は私が衣装を着せられるのを嫌がって第二被服室ここに近寄らないのを知っている。そして策を練るのが苦手な河村先輩も望月先輩に付いて行って……

――ガチャ

「みーつけた」

「ひぃぃっ」

 電気も点けずに先輩方の姿が見えるわけがない。私は鎌をかけただけなのだが、先輩方は引っかかってくれた。

「どうして逃げるんですか? 私今日、先輩たちにクッキー焼いてきたんですよ。日頃の感謝を込めて」

 部屋の電気を点け、怯える先輩方に一歩ずつ近づく。

「は、陽日ちゃんっ。そんな気を遣わなくてもいいのよ?」

「そう、そうだよ。陽日ちゃんが部室に遊びに来てくれるだけで嬉しいんだからさ!」

 じりじりと、だが着実に壁へと追い詰められていく先輩方の額には汗が滲んでいる。

「いいえ。そういうわけには。やはり礼儀とけじめは大事ですし、私、……もらった分は返さないと気が済まない性質なんです」

――トン

「あ……」

 完全に追い詰められた先輩方。さぁ、どうぞ存分に食してくださいな。

「どーぞ? ちゃんと二人分焼きましたから」

 河村先輩と望月先輩は泣きながら炭素化合物を完食してくれた。




 あとは松山先輩。先輩は慎重派だからすぐに見つかる場所には隠れないだろう。そう、例えば……グラウンドとか。放課後のグラウンドなら、サッカー部や陸上部が使用しているため人が溢れている。見つかりたくないなら人気のない場所より、人でごった返しているところ。

「あれ、どうしたんだい? 陽日」

 汗を拭いながら明先輩が走ってきた。そうか、明先輩は陸上部だ。

「先輩。松山先輩を見ませんでしたか?」

「松山? あぁ、演劇部の? いや、見ていないよ。部室で練習してるんじゃないのかい? 演劇部はあれでいてなかなかにスパルタらしいからね」

「水野先輩! ちょっといいですか?」

「今行く! 悪いね、陽日。力になれなくて」

「いえ。ありがとうございました」

 グラウンドにかけていく明先輩の背中を見て、思う。

――部室で練習。

 もしかしたら……

 大してあるわけでもない体力を振り絞って走り出す。

 灯台下暗し、松山先輩は最初から部室にいたのではないか。パッと見でしか部室の中なんて見ていないし、先輩が隠れるとしたら絶対に見つからない場所……

――ガラッ

「いやぁ、探しましたよ。松山先輩」

「ま、間宮さん!?」

「先輩、クッキー食べてくれませんか? 一生懸命作ったんです。心を込めて」

 驚きのあまりフリーズしている松山先輩の口に、クッキーを入れる。

「……! ガリッ」

「えぇ!? クッキーの音じゃなくないですか!?」

 後輩君が目を丸くしている。

「クッキーです。健康な歯でなければ折れてしまうでしょうクッキーです」

「変な名前付けんなよ、間宮。開き直りすぎだろ」

 佐伯君が頭を押さえて唸っている。ちなみに松山先輩は口の中のクッキーを必死に噛み砕いている。

「先輩。袋に入っている分、全部食べてくださいね?」

 先輩はただでさえ気弱い印象を与える顔をさらに頼りなくさせて力なく頷いた。

 ……残るは文芸部。




「クッキー食べませんか?」

 部室の空気が凍りついた。

「……とうとう来たか」

「俺、もうちょっと生きていたかったなぁ」

 高倉君がため息をつき、有川先輩は天を仰いで十字を切っている。……先輩、クリスチャンでしたっけ?

「え! みや先輩クッキー作ったんですか? 食べたいです!」

 部員がぎょっとして朝比奈君を見る。

「はい、これ。朝比奈君の分ね」

 朝比奈君はラッピングを丁寧に開けてクッキーを齧る。

「……!」

「どう? 朝比奈君。私の“健康な歯でなければ折れてしまうでしょうクッキー”は」

「何というか……痛いです」

「もうそれクッキーの感想じゃないじゃん! 怖いよ! まだ去年のカップケーキのほうが安全だった……」

 嘆いたって遅いんですよ、有川先輩。それに、今回はより危険度が高い方を選んだのです。

「ほら、皆さんもどうぞ? きっちり人数分ありますから」

 高倉君は渋々食べ始める。

「……毎回毎回凄まじいの作り上げてくるよな」

 微妙に尊敬の念が籠っているのが釈然としないが、食べてくれるのならまぁいいとしよう。

 あと二人、か。

「さぁ、有川先輩。食べてください」

「いや、うん。食べるよ? でも心の準備が……んぐっ!?」

「そんな小心者の男はモテませんよ?」

 椅子に座っている有川先輩の顎を掴んで無理やり口の中に押し込む。全部飲み込んだのを確認してもう一つ押し込もうとしたとき、後ろから右腕を掴まれた。

「痛……っ」

 掴まれた腕の先には部長。どうしたんですか、心配しなくても部長の分はちゃんと……

 部長はそのまま私の腕を引き寄せて、手に持っていたクッキーを銜えた。

「あ、の部長……!」

 指に唇が当たってるんですがっ。ふにふにで柔らかいなっ厭味か!?

「間宮。クッキー離さないと食えない」

 あ、あぁなるほど。

 クッキーを離すと、部長は何食わぬ顔で頬張り始める。まぁ、相変わらず音は凄いんだけど。

「我慢できなかったんだね、千里。陽日ちゃんに食べさせてもらうんならこのクッキーも悪くないよね……ってそんなに睨むなよ」

 部長はクッキーが好きなのだろうか? これをクッキーと呼んでいいのかどうかわからないけれど。

「なんだかんだでいちゃついてますよね、先輩方。正直見ていて大丈夫なのかいつも不安です」

 何を言っているんだ朝比奈君。

 そんなことより気になることが一つ……。

「有川先輩のクッキーを一つ部長が食べてしまったので、部長のクッキーを一つ有川先輩が食べてくださいね! ノルマは一人三枚なので」

「え!? 陽日ちゃん、気になるとこそこなの!?」

 驚く有川先輩と額に青筋を立てる部長。

――バシッ

「痛っ。何でですか部長!」

 不機嫌を隠そうともせず頭を叩く部長。


 ……そんなに食べたかったのだろうか、クッキー。


間宮の作るお菓子は、決して美味しくないけれど、もらったら食べるし、できれば貰うのは自分だけがいい。部長の内心です。

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