13.間宮英人の個人レッスン
新キャラ登場です。
火曜日、五時限目。三年五組、六組の男子生徒たちが何よりも恐れている時間だ。体育館、床を打つボールの音とシューズの音。そして――悲鳴。
学校一紳士的で人望の厚い生徒。在原誠は、ボールを凶器に変え学友を恐怖のどん底に落とすデンジャラス野郎でもある。
「やめろぉ在原ぁ! ボールを振り上げるなー!」
コートを駆ける在原と、逃げる男子生徒たち。
……お前ら。頼むから普通にバスケをしてくれ。
体育教師、間宮英人はこめかみを押さえため息をつく。
「在原! ちょっと来い」
恐らくパスを出そうとしていたのだろう、怯える男子にボールを振り上げる在原を間一髪で呼び止める。相手の男子は安堵と感謝の視線を向ける。
「……仰りたいことは分かっているつもりです」
そう言って項垂れる在原。在原を尊敬、敬愛している妹には見せられない光景だ。
「謝る必要はない。誰にでも得意不得意はある。ただ、お前の場合は周りに危害が及ぶだけで」
「フォローになってませんよ、間宮先生。そういうところ、本当に陽日ちゃんに似てますよね」
そこまでひどくない。一緒にしないで欲しい。心外だ。
「断じて似ていない。それより在原。今日は個人レッスンだ。俺が教えてやる。いいか、上手くやろうと思うな。お前はただ、人にボールをぶつけないことと、相手が確実に受け取れるパスができればいい」
微妙な顔をする在原。
だが仕方がない。こいつの球技のセンスは壊滅的なのだから。教師になって3年、日は浅いがいろんな生徒を見てきた。手の付けられない不良もいたし、体育が苦手な生徒などたくさんいた。だが、在原ほど絶望的な奴は初めてだ。ある意味黒羽高校の不良より性質が悪い。
「今日は女子が外だから隣のコートが使える。とりあえずボールもって先に移動しておけ」
在原が隣のコートに行くのを横目で見ながら、残った生徒に指示を出す。
「俺は在原の特訓してくるから。適当にチーム作って試合しておいてくれ」
「先生! 在原をお願いします! 今まで、いろんな先生がボロボロになりながら教えてくれていたんですけど、あいつ全く上達しなくて。もう、間宮先生だけが頼りなんです!」
生徒たちに期待のこもった目で送り出される。
……ボロボロって、比喩じゃないんだろうな。
「よろしくお願いします」
「おう。じゃあまずパスの練習からな。とりあえずやってみろ」
在原から距離をとって身構えると、顔面目がけてボールが飛んできた。間一髪で受け止めるものの、衝撃で手のひらがじんじんと痺れる。
……ノーコンのくせにやたら力強ぇな。
「せ、先生! できました! 初めて成功しました!!」
在原は目を丸くして驚いている。
「喜んでいるところを悪いが、今の俺じゃなかったら顔面キャッチだぞ? 鼻血出して保健室だからな?」
「……何時ぞやの陽日ちゃん」
……何やってるんだ陽日。
「いいか、狙うのは顔じゃない。胸を狙って投げろ。……もう一回だ」
在原は深く息を吐いて、何を思ったのかボールを振り上げた。
「おい、待て在原――!」
ゴッ――
「っ~~。そんなパスの仕方があるか! 振り上げるのは禁止だ! 届かなくてもいいから普通に投げろ、普通に」
「す、すみません。気を付けます」
痛む額を押さえ、立ち上がる。
「もう一回だ」
「はいっ」
在原は再びボールを投げる。今度は教え通り胸のところにボールが飛んでくる。
やればでき……!?
ボールは途中で失速し、床を叩いた。バウンドしたボールは一直線に英人の顔面に飛んできたのだ。
「何故だ。何故なんだ、在原」
何でバウンドしたボールがあんな勢いで突っ込んでくるのか。どこかオカルティックだ。
「先生! 鼻血出てます!」
「嘘……」
鼻の下を拭うと、人差し指に赤い線ができる。
「ほんっとうにすみません!」
在原が勢いよく頭を下げる。
「大丈夫だ。気にするな」
在原は体育、というか球技科目においては非常に手のかかる生徒だが、気遣い屋で周りの様子をよく見ているところは評価に値すると思っている。まぁ、壊滅的なんだが。
「何かちょっと危なくないですか? すごい量ですよ?」
確かに一向に止まらないし、押さえていた右手は真っ赤だ。
「すまん。ちょっと顔を洗ってくる」
「保健室行った方がいいですよ」
心配げに在原が言う。
「残り十分か。じゃあ在原、授業が終わったら解散させておいてくれ」
「わかりました。あの、本当にすみませんでした」
「もう謝るな。とりあえずパスは保留だな。次はドリブルの練習をやろう」
ボールを人に向けないだけ安全だろう。……在原なら関係ないのかもしれないが。
「ありがとうございます! ……何か見たことある光景だと思ったら、先生陽日ちゃんと一緒ですね。やっぱり似てます」
ふふ、と笑う在原の頭を割と本気で叩いて保健室に向かう。
……陽日のこと笑えないな。
「あら。今日はお兄さんの方?」
養護教諭の吉野先生が笑う。
「すみません。顔面にボールぶつけまして」
「すごい。理由まで同じなのね。似たもの兄妹ねぇ」
洗面所で顔を洗っていると後ろで吉野先生が可笑しそうに笑っている。
「さっき生徒にも言われましたよ。別にこれと言って似てないと思うんですけどねぇ」
正反対とまでは言わないけれど、共通点はほぼない。
「そうかしら? 確かに間宮さんは先生ほど社交的ではないし、先生は間宮さんほど真面目、ってかんじではないですけど……ふとした行動というか、引き起こすハプニングがそっくりなんですよ」
いや、俺はそこまでハプニングに遭ってない……と、思う。
「そういえば、最近間宮さんよく廊下を走ってるのを見かけるわね。それも全力疾走。忙しいのかしら?」
……廊下は走るな、陽日。
「あぁ、クラス役員になったとか言ってました。あいつが自分から引き受けるわけがないですし、十中八九押し付けられて断れなかったんですよ。昔から断るのが苦手な子だったので」
本当に、いろんなことが断れない子だった。祖父母の家に行っては勧められるがままご飯やお菓子を食べ、死にかけるし。俺がその場にいるときはどうにか救出していたのだが、間に合わなくて大惨事になることもしばしば。中学の時は宿題を押し付けられていつも寝不足だったな。その度に俺に説教食らっていたけど。
「でも……作文だけは絶対に引き受けないんですよ、昔から」
「とても書くことが好きなのね、間宮さんは。自分の書く文章は正当に評価してほしい。だから他人の名義で世に出ることが耐えられないのかもしれないわ」
そういえば、校内新聞の連載を書くことになったとか言っていたな。……今度読んでみるか。
「ただいまー」
「お帰り……ってどうしたの、おでこ赤くなってるけど」
リビングでテレビを見ていた陽日がぎょっとしている。
「あぁ。……どうしたもんかな、在原は」
とりあえず卒業までに普通にバスケができるようにさせたい。みんなのために。
「あぁ、在原先輩か。お兄ちゃん、先輩のクラス担当だったんだ」
「なんだ、知ってたのか?」
ショックを受けるかと思って詳細は伏せようと思っていたのだが。
「新歓のとき明先輩に聞いて」
明? あぁ、水野明か。陽日と仲がいいとかで中学の時はよく遊びに来ていた。
「在原先輩が入学してからけが人が増えたって保健室の先生が」
「あぁ。そういえば陽日。お前もボール顔面キャッチして鼻血出したんだってな。実は俺も今日――」
「何故それを! それは乙女の秘密的なものなのにぃー!!」
陽日はそう叫ぶと脱兎のごとく自分の部屋に逃げ込んだ。
乙女の秘密的なって……年頃の妹は難しいな。
間宮の兄登場。まさか本当に出てくるとは……! 英人は間宮の兄、教師くらいしか考えていない設定だけの存在だったのに。大抜擢(笑)