12.間宮陽日の修羅場
そういえば間宮たちは文芸部だった……。今更気づく作者です。
私は今、史上最高に追い詰められている。もしも間に合わなかったら、確実に殺られる。
「部長! まだ死にたくありません!!」
「なら、明日の一七時までに書き上げろ。一秒でも遅れてみろ。……なぶり殺すぞ」
ひぃぃっ。
部長は背後から冷気を発している。そんなことしなくても十分恐怖は感じているというのにっ。
「陽日ちゃん、急がないと時間やばいんじゃない?」
有川先輩が気遣わしげに言うけれど、面白くて仕方がないという顔を隠せていない。この人はこういう人だった。
「わかってます! 絶対に間に合わせますから!」
頭をフル回転させて物語を編み出す。今回は主人公が恋人とすれ違う話。私は修羅場というか山場が苦手で、なかなか筆が進まない。個人的にはヤマもオチもない、平和でほのぼのとした話が好きなのだが、恐らく読者は起承転結がはっきりしているほうがいいはず。何とかしてひねり出さなければ……!
「おい、大丈夫か間宮。目の下クマできてるぞ?」
翌日、教室に入ってきた佐伯君はぎょっとした顔で話しかけてきた。
「大丈夫ではない。だけど命がかかってるの。今思考を止めたら私は死んでしまう……」
「何言ってんのか全く分からないんだが。とりあえず保健室で寝て来いよ、お前」
佐伯君は呆れて首を振りながら自分の席に着く。
「あと、少しなんだけど。最後に思いっきりすれ違いをさせれば期待感も高まるはず……」
ダメだ。眠い。昨日一睡もしていないからな。だけど徹夜したおかげでもうすぐ完成する。昼休み中に終わらせなければ。
その日の午前中は全く頭に入らなかった。だが仕方がない。授業より命が重いに決まっているのだから。
「間宮。この問題解いてみろ」
少々頭が寒そうな教師が黒板を指す。
確か今は数学だったか。ただでさえ苦手だというのに、授業聞いていない状況で解けるわけがない。
――ダンッ
机を思いっきり叩きながら立ち上がる。クラスメイトも先生も、驚いているのか怯えているのかわからないが、フリーズしている。
「わかりません」
それだけ言うと、すとん、と席に座る。
「そ、そうか。わかった」
先生はどもりながらほかの生徒を指名して、回答に黄色のチョークで丸を付ける。
「間宮さん、こんな簡単な問題も解けないの? 授業はちゃんと聞かないと。優等生なんだか――」
「あぁ?」
おっと。心の声が出てしまったじゃないか。みんなが目を見開いている。今の私に話しかけないでほしい。もの凄くイライラしているから。というかいつもガン無視する癖になぜ今日に限って絡んでくるんだ、ギャルよ。
「間宮。締切近いのか?」
昼休み、鬼の形相で書き続ける私に佐伯君が心配そうに問う。
「近い。というか今日。一七時までに書き上げないと部長に殺される」
「あぁ。朝のはそういう意味だったんだな。あとどれくらいなんだ?」
佐伯君は私の前の席から椅子を拝借して腰かける。
「もう少しで終わるんだけど、なかなか閃かなくてさ」
「じゃあとりあえず飯食おう。一回違うことしてみるのも効果的だと思うぞ?」
佐伯君はそういって自分の弁当箱を取り出す。
そうか。それも一理ある。
「うん。そういえば昨日の昼以来食べてないな、私。道理でお腹がすくわけだ」
はは、と笑うと佐伯君は呆れてため息を漏らす。
「お前、いつか倒れるぞ?」
「大丈夫だよ。メンタル最弱だけど体は丈夫にできてるから」
「そういうことじゃないだろ」
佐伯君はなぜかお母さん節をきかせてくる。本当に面倒見いいんだなぁ。
「まぁまぁ。とりあえずパパッと食べて小説仕上げるよ」
食事はいつも割とゆっくり食べるので、私のパパッとは佐伯君のゆっくりと同じくらいなんだけれど。ま、そこは気持ちの問題ということで!
十分後、弁当を空にした私は再び小説を書き始める。食事が気分転換になったのか、さっきより明らかにはかどっている。後で佐伯君にお礼意を言わねば。
「間宮さーん」
ギャルの声がする。いつもなら頭に刷り込まれているかのごとく恐怖に震えるところだが、今日ばかりは耳障りで仕方がない。
「何? 無視するわけ、間宮さんのくせに」
はぁ? お前らいつも私のことガン無視じゃねぇか。しかもなんだよ間宮さんのくせにって。私ごときがギャルを無視すんのは犯罪とでも言う気か。お前らは何様だよ!
「ちょっと、返事くらいしなさいよ」
――バンッ
机を蹴飛ばして立ち上がる。佐伯君は私の邪魔をしないようにって自分の席に戻ったし、周りに誰もいないから問題はない。
「何でしょうか。人の貴重な時間を我が物顔で奪おうとする傲慢で非常識なお嬢様方?」
ギャルたちの顔が怒りで歪む。
化粧が濃いとより迫力が増すな。
「ぼっちのくせに口答えしてんじゃねぇよ!」
一際目立つギャルが掴み掛ってくる。
全く。凶暴なギャルだな。ボスギャルと呼んでやる。
「離してもらえますか。私、今とても忙しいんです。てか見て分かんないかな。察し悪いなぁ。空気読めない人ってホント……うざいですよねぇ」
ボスギャルはさっと顔を赤らめて、手を振り上げる。あぁ。こういう人のことなんて言ったっけ。
「おい! やめ――!!」
佐伯君の静止の声が終わる前に乾いた音が響く。
「……ったぁ。何青ざめてるんですか、痛いのはこっちなのに。てかビビるくらいなら最初からぶつなよ。一時の感情に任せて行動するとか……単細胞バカって言うんですよ、そういうの。知ってました?」
ボスギャルは再び怒りを見せる。
「ほら、それですよ。すぐ怒る。カルシウム不足ですかね?」
「はい、そこまで。間宮、煽ってどうすんだ。時間ないんだろ?」
……忘れてた。バカはどっちだよ。早く終わらせないと部長に殺られる。
「すみません。もういいですか? 一七時までに仕上げないと殺されちゃうので。じゃ!」
さーて。頬っぺたじんじんするけど気にしてられん。一気に終わらすぞ。
「お前ら。覚えてたほうがいい。間宮に手ぇ出したらマジで消されるぞ? ……夏目千里先輩に」
あとから佐伯君に聞いたのだが、このときクラス全員の顔から血の気が引いたらしい。
LHRが終わると教室を飛び出す。
「間宮ー。廊下は走るなー」
後ろから佐伯君の声がするが気にしない。先生に叱られったって構うものか。こっちは命かかってるんだから。
今は一六時五〇分。ギリギリだ。全速力で廊下を駆ける。
「部長! できました!」
走ってきた勢いそのままに、部室の扉を開く。
「お前は部室を壊す気なのか? 本当に喧しいな」
部長は視線を上げもせずに手だけ差し出す。
「原稿です。あー良かった。間に合ったぁー!」
力尽きて床にへたり込んでしまう。
「みっともないぞ。早く席に戻れ、邪魔だ」
「あれ? 間に合ったんだね、陽日ちゃん」
「みや先輩、修羅場だったんですか?」
有川先輩と朝比奈君も部室に入ってきた。
「そう。修羅場。大変だったぁ。ボスギャルにぶたれるし」
「えぇ!? 何がどうなってぶたれるの!? てか、それ修羅場と関係ある?」
あるんですよ、それが。
「間宮」
およよ。背後から冷たい声が。
「あー。なんでしょう」
ふ、振り向けない! 何? 何が地雷だったの?!
「こっちを向け」
こわいこわいこわい!
「間宮」
「はい! なんですか!!?」
あぁ。死ぬかもしれない。振り返ると、明らかに怒っている部長がいる。
怖すぎて目をぎゅっとつむると、両頬が温かい何かに包まれる。
え? なにこれ。
そぉっと目を開くと、部長が私の顔を左右に倒して何か確認しているようだ。
「あ、あの……?」
「泉先輩、これ俺たち見てても大丈夫ですかね?」
朝比奈君、いなくなったら余計にまずいから! 新手の拷問か!
「腫れてはいないようだな。痛むようなら冷やしておけ」
部長はそういうと席に戻って行った。
……何だったんだ今のは。
「ここまで動いても気づかれないなんて不憫だねぇ。千里」
「何のことかわかんないですけど、有川先輩より不憫なんですか?」
有川先輩は王子様のくせになんだかんだ不憫だと思う。
「陽日ちゃん……無邪気な顔で言わないで……」
先輩は胸を押さえて背を向けた。
「先輩――」
「みや先輩、そっとしておいてあげましょう」
訳知り顔で朝比奈君は言う。
何なんだみんなして。
「おい。高倉はどうした」
部長が部屋の奥から声をかける。
「あぁー。千里、今日は水曜日だから」
今日は魔法少女リリカの日でした。
間宮は追いつめられるとギャルも恐れません
ただ、追いつめられたとき限定なので原稿が上がると恐怖に震えます(笑)