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10. 夏目千里と松山譲の出会い

10話目にして初の試み。今回、間宮は不在です。

 

 二年前、とある男子生徒が入学してきた。彼は入試を全教科満点でパスし、恐ろしい伝説を作り一年生でこの学校の頂点に君臨した。教師も恐れるほどの権力ちからを持った彼―――夏目千里は孤立していた。

 

 入学して二週間ほどたったある日、いつもと変わらず夏目は一人読書に勤しんでいた。別に一匹狼を気取っているつもりはないが、誰一人として話しかけてくるものなどいない。それどころか目すら合わせてこないのだから相当嫌われたものだ。そんな周りの反応は夏目には日常であったが。

 夏目は学校で声を発することがない。恐らく彼の声を聴いたことがあるものはこの学校にはいないのではないか。決して意識して話さないのではない。話す相手が皆無なのだから喋らないというより喋れないのだ。教師でさえ授業中に夏目を指名することはない。まぁそんなことでダメージを受ける男ではないのだけれど。

 誰にも邪魔されることなく本を読んでいると、廊下が騒がしくなる。教室にいた生徒たちも何事かと廊下に出る。

「だぁかぁらぁ、ちょっとお金恵んでくれない? 俺ら今金ないんだよね」

「すみません。俺も今持ち合わせなくて……」

 カツアゲか。夏目は興味がないとばかりに読書を続ける。

「あっれぇー? 可笑しいなぁ。昨日君が本たくさん買ってるの見たんだけどなぁ」

「……俺、金持ちじゃないので」

 男子生徒は先ほどのおろおろした声ではなく、低く、怒りを乗せた声色になる。一八〇度変わった人格に興味をひかれ、夏目は読んでいた本を閉じ廊下へ出た。集まっていた野次馬の群れが、自分の周りだけ空いたのに内心苦笑しつつ、不良に囲まれている男子生徒を観察する。

「か、金持ちじゃなきゃ本にあんな大金かけないだろうが」

 人が変わった男子生徒を前にリーダーらしき男はひるんでいる。

 ひるむくらいならこんなガキくさいことすんじゃねぇよ。夏目は底冷えのする視線で男を睨む。

「たかが本に、って? はは。先輩はもの凄く幼稚でいらっしゃるんですね」

「あぁ? てめぇ今なんつった一年」

 男が男子生徒の胸ぐらを掴む。

「つまり俺が言いたいのは……」

 男子生徒は冷ややかな目で自分を掴んでいる男を見下ろす。男子生徒のほうが男より大分身長が低く、実際視線は男を下から見上げた状態なのだが、彼の眼は明らかに男を“見下ろして”いた。

「本を買う金はあれど、ドブに捨てる金は一銭たりとも持ち合わせてないってことですよ。わかってくれましたか、先輩方ドブネズミ

「てっめぇ……!」

 男は男子生徒めがけて拳を振り上げる。

 ガッ――!

「……! お、お前」

「夏目君!? 大丈夫かい?!」

 振り下ろされた拳は夏目の顔面を強打した。

 男子生徒は元の弱気な少年に戻っている。

「おいそこのクズども」

 不良グループは夏目の向けてくる殺気に身をすくめる。野次馬の生徒たちの顔も青ざめている。

「校内でカツアゲ、そのうえ暴力。どうなるかわかってんな? 俺はお前らクズとは違って力を誇示するバカにはなりたくないが、このことは理事長に報告する。お前らは即、退学だ」

 不良たちはみっともなく震えだす。

「さっさと失せろ。ゴミども」

 夏目の射るような視線に、不良グループも野次馬も逃げるようにして去って行った。

「あ、あの夏目君。ありがとう。あとごめんね巻き込んじゃって」

「いや。俺が勝手に出てきただけだ。気にするな」

 それより、と夏目は男子生徒に向き直る。

「お前、さっき人格豹変してなかったか」

「あぁ。俺、演劇部で役者やってるんだ。あ、まだ名前言ってなかったね。俺は四組の松山譲」

「おう。俺は……」

「はは。知ってるよ、夏目千里君。君を知らない奴なんてこの学校にいないだろ?」

 松山は幼さの残る顔で無邪気に笑う。

「いくら演劇部っつってもあれは度を越えていると思うが?」

「あぁー。ほら、俺童顔だし体も小さいだろ? 昔からよくいじめられててさ。力は全然ないけれど痛いのもやられっぱなしも癪に触るなーって思って。強くはなれなくても、強いやつを演じることは俺にもできるから」

 あれは松山なりの戦い方だったらしい。

「でも今日は夏目君来てくれて助かったよ。ごめんね、やっぱ痛いよね? 保健室行く?」

「大丈夫だ。大したことない」

 腕で受け身でもとっておけば良かったかとも思うが、より“暴力を受けた”風に見えるのはやはり顔だ。しばらく痣は残るだろうが、いつかは消える。そもそも自分は男だ、別段気にすることではない。まぁ、まだ五歳の弟はびっくりしてなくだろうが。

「そういえば夏目君の声聞くの初めてだな。かっこいい声してるよね。なんかヒーローのライバルっぽいというか、ラスボスっぽい感じ」

「褒められている気がしないんだが」

 夏目がそう主張しても松山は楽しそうに続ける。

「敵役の中でもさ、絶対的な悪、みたいなんじゃなくてなんかこう、人間味があるっていうか信念もってヒーローに向かってくる敵って感じ」

「敵に変わりはないんだな。だがまぁ初めて聞く評価だ。興味深い。次の作品の参考にしよう」

「作品? 夏目君、漫画とか描いてるの? 絵、上手そうだしね」

「いや。漫画じゃなくて小説をな。趣味でだが」

 小説を書いていることを人に言ったのは松山が初めてで、どこか気恥ずかしさを感じる。

「読んでみたいなぁ。夏目君の小説。どんなジャンル?」

 松山は目を輝かせている。

「ジャンルか。いろいろ書くぞ。純文学に推理小説、時代物に恋愛小説。ラノベも書いてみようと思っている」

「へぇ、雑食なんだね。夏目君の本棚ってきっとそんな感じなんだろうなぁ」

「言われてみればそうだな。フィクションであればどんなジャンルでも読む。松山は? 本を大量に買うらしいが何が好きなんだ」

「好んで読むのは刑事ものだけど、役作りとかのために古典文学とか、恋愛小説も読むかなぁ。大量に買い込むから本棚がたいへんなことになってるんだ」

 松山はカラカラと笑う。

「さっきも気になったんだが、いった買うってどれくらい買ってるんだ?」

「一回で二万円分くらいかな」

 松山の言葉に夏目は絶句する。そんな買い方してたら不良に目をつけられても仕方がない。

「主に買うのは文庫本だけど、ハードカバーとかもあるから値が張っちゃってさ」

 最早そういう問題ではない。

「で、夏目君の小説読ませてもらえないかな」

「あ、あぁ。今度、持ってくるよ」

 まさか人に読んでもらう日が来るとは思っていなかった。自己満足のために書いていた小説。夏目は何かが急激に変わっていこうとしているのを感じていた。

 


「夏目君! すごく面白かったよ、これ」

 松山に小説を渡した翌日、松山は興奮した様子で夏目の教室へやってきた。凄い勢いで夏目に駆け寄る松山に、クラスメイトは信じられないものでも見ているようだった。

「もう読んだのか」

「うん。面白くて一気読みしちゃったよ。んでちょっと寝不足」

 笑いながら松山は目をこする。

 夏目は心が震えるのを感じていた。自分の小説を読んで初めてもらった評価に。面白いと言ってもらえたことに。

「ん? どうかしたの、夏目君」

「いや……」

 嬉しくて。勉強もスポーツも誰にも負けたことなかった。だが、褒めてもらって嬉しかったのは随分昔のことだ。だんだんわかってきた。大人や周りの奴の、『夏目だからな。あいつは何でもできるから』という目。その時からもう、向けられる賛辞は夏目を苛立たせるだけだった。だから、松山の何を含むわけでもない感想がただ、どうしようもなく嬉しかった。

「それで思ったんだけど、夏目君文芸部作ったら? 人数足りなくても夏目君がゴリ押しすればどうにかなりそうだし」

「お前、結構いい性格してるよな、松山」

「どうも。それとすごく文才のある友達がいるって演劇部の先輩に言ったら、台本書いてほしいって。書いてもらえたりする?」

 単調で退屈だった日々が音を立てて崩れ落ちていく。夏目はもう何年も感じたことのない、震えるような高揚感を噛みしめた。

 

 この、松山との出会いが夏目千里の退屈になるはずの高校生活を変えた。まぁ、松山にとっても夏目との出会いがある意味平穏な高校生活を一変させたと言ってもいいが。

 こうして夏目と松山の、だれが見てもちぐはぐな二人の友情ができたのである。

 

間宮の疑問を解決してみました。

夏目が『松』呼びし、松山が夏目を名前呼びするのはもう少しあと。夏目が台本で松山をいじる楽しさを覚え始めるころ。互いに遠慮がなくなってきます(笑)

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