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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
* おまけ * (番外編)
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「ハイボール」と「オールド・ファッションド」その2

 『夢の国』テーマパークには、奏汰と蓮華、ゆかりと優の四人で遊びに来ていた——はずであった。

 そこには、孝司が加わっていた。「バーテンダーくんの()()()()を知りたい」と言ってついてきたのだった。


 徐々に、ゆかりが不機嫌になっていく。


「優くんは私と座るの!」

「彼の人となりを見に来てるんだから、僕と座るに決まってるだろ!」

「あ、あのー……、なんなら、交代で座りましょうか?」


 優の提案は、二人の声にかき消された。

 奏汰と蓮華は、すぐ後ろの乗り物から、無言で見守っていた。


 コーヒーカップでも、奏汰たちは二人で一つのカップに乗るが、ゆかりたち三人の様子が気になった。案の定、そこでも、ゆかりと孝司が睨み合い、優が気を遣う風景が見られた。


 昼食はアメリカ風のエリアで、ビュッフェの店に入る。パンやピラフなどの主食から、肉料理、魚料理の主菜、サラダなど副菜、デザートも選べる。アルコールは別料金だが、ビールとワインが飲めた。


 奏汰などは大喜びで、肉と魚料理、ピラフなどを盛りつけ、「美味うまっ!」と連発しながらガツガツと食べていた。


「昼間っから飲めるのもいいわねぇ!」


 蓮華が上機嫌に赤ワインを口にしている。


「バーもあるんですよ。良かったら、後で皆で行きませんか?」


 優が孝司に言った。


「……こういうところのは高そうだな」


「あら、船の模型が飾ってあったり、大きい地球儀があったりして、『冒険家の集まるバー』みたいになってるのよ。面白いから行きましょうよ!」


「へー、行ってみたい!」


 蓮華の話に奏汰が応えると、孝司も少しだけ興味を惹かれた表情になる。そんな最中だった。


「これ美味しいよ、はい」


 優が、隣のゆかりの口元に、プリンを乗せたスプーンを運んだ。

 プリンをそっと口にしたゆかりが、嬉しそうに優を見上げる。


「美味しい!」


 奏汰と蓮華が呆気に取られて見ているのに気が付いた優は、ハッとして、ついやってしまった! とばかりに、おそるおそる孝司を見るが、孝司はゆかりの幸せそうな顔に注目していた。

 

「ああいう時も、無自覚なのね」


 蓮華が奏汰に、こっそり言う。


「やっぱり、美味しい物を分かち合いたいと思うのって、好きな相手とだからよね〜」


 優とゆかりをうっとりと見つめながら、蓮華が頬を緩ませていると、奏汰が席を立ち、小さいケーキをいくつか皿に乗せて戻った。


「はい、あーん」


 フォークに刺したケーキを蓮華の口元へ持って行く。

 振り返った蓮華が、顔をしかめた。


「ちょっと、それじゃ大き過ぎて、口に入らないわよ」

「ええっ?」


 奏汰が残念そうな顔になると、皿を受け取った蓮華が、小さく切り直す。


「このくらいよ。はい、あ〜ん♡」


 差し出されたケーキに、パクッと奏汰が食いついた。


 ゆかりと優が微笑ましく笑っている。

 奏汰は急いで口をもぐもぐと動かし、恥ずかしそうに肩をすぼめた。


「お前なぁ、初めてのデートじゃないんだから」


 孝司が半分呆れたような声を出し、半分はおかしそうに笑っていた。


「向こうに新しい味のポップコーンが出来たのよ。行ってみない?」

「いいですね! 俺も食いたいです!」

「相変わらず、ゆかりさんは詳しいね」

「ね、孝司さんも行きましょうよ!」


 蓮華に腕を引っ張られ、ゆかり、奏汰、優の後を孝司も付いて行った。

 パーク内にあるヨーロッパ調の豪華なホテルの前を通ると、ウェディングドレス姿の花嫁が、窓から手を振っていた。気付いたパークの客たちも、知り合いでなくとも手を振っている。


「あら、結婚式やってるのね! 素敵! 初めて見たわ!」


 蓮華の弾む声に釣られて、孝司も見上げた。


「そうか、ここで挙式も出来るのか」

「ランドだとシンデレラ城で出来るのよ。パークじゃなくても、リゾート内のホテルでも挙式出来るわ。プリンセスの衣装も着られるみたいよ」

「へえ……」


 それきり、黙ってしまった孝司には蓮華も何も言わずに、ただ隣を歩いていた。


「一杯飲んでから帰る」


 そう言った孝司に、ゆかりがほっとしたような顔になった。

 奏汰と蓮華も孝司に挨拶すると、孝司は反対方向へ歩き出した。


「ごめん、しばらく三人で遊んでて」


 優はそう言うと孝司を追いかけ、昼食時に勧めたバーに案内した。


「ハイボール……いや、やっぱり、オールド・ファッションドを」


 そう注文した孝司に続き、優も同じものを頼んだ。


「ゆかりのことは放っておいていいのか?」

「奏汰くんたちと遊んでてもらってます。せっかくいらしていただけたんだから、僕も香月さんとお話ししたいと思いまして」


 「お兄さん」と呼ばれたら、孝司は「まだきみの兄じゃない」と否定するところだった。

 カクテルが到着するのも待ち切れずに、問いかける。


「それで、きみは、ゆかりのことをどう思ってるんだ? ずっと気になっていたんだが、あのママとも付き合いが長くて仲が良かったんじゃなかったのか? 彼女が奏汰を選んでしまったから諦めて、ゆかりにしたのか? ゆかりは、きみにとって、彼女の代わりなのか? 怒らないから正直に言ってくれ」


 必死さも感じられる真面目な表情の孝司を、優は正面から見据えた。


「蓮ちゃんは友達です、あくまでも。理解していただけるかわかりませんが、僕たちの感覚では、『恋人以上の友達』なんじゃないかって」


「なんだと? どういうことだ? 恋人同然の付き合いをしてるってことか!?」


 孝司が鋭く優を見るが、優は笑ったりはせず、変わらない調子で続けた。


「恋人とは別物の大切な存在なんです。そして、ゆかりさんは、そんな蓮ちゃんの代わりなんかじゃありません。ゆかりさんには助けてもらい、癒してもらってきました」


 孝司は怪訝そうな顔で、反芻した。


「癒してもらった……だって?」


「蓮ちゃんが恋人以上の友達なら、ゆかりさんは、一緒にいたいと思う、恋人を越えた友達でもあり、必要なパートナーでもあるんです」


「パートナーか……。ゆかりもそんなことを言っていたな……」


 二つのオールド・ファッションドが、テーブルに届けられた。

 瑞々しいオレンジの切り口を眺めながら、孝司は、マドラーで混ぜずに一口すすり、優も同じようにして静かに飲んだ。


「僕が心配していたことでもあるんだが、ゆかりで癒しになるのか? 兄としてはいつまで経っても可愛い妹には違いないが、男として見ると、いっつも音楽のことばかりだし、自分の思い付きには突っ走るし、あんまり女性っぽくないと思うんだが……。本当は我慢してないか? もしくは、呆れてないか?」


 優がおかしそうに笑ってから、改めて孝司を見た。


「僕のことも心配してくれてるんですね。ありがとうございます」


 軽く頭を下げる。


「けれど、僕は、そういう人は見慣れてますから、そんなことで淋しいと思ったりはしませんよ。ゆかりさんは憧れの女性です。その……香月さんが、おそらく、女性っぽくないとおっしゃっている部分が、僕にとっては可愛いと思えるんです」


「……奇特な人間だな」


「そうかも知れません。この年になって思いますが、若い頃の恋愛とは違うペースなんだと思います。ゆかりさんとは、一緒にいて楽しい時もあれば、気を遣わない、気張らないでいられる時間も共有できるんです。それも愛情なんだと思うようになりました。お互い、気を張りつめる──というか、テンションの高い、感性を研ぎ澄ませて挑む仕事だからか、普段は穏やかにいられる人を求めているのかも知れません。同じ空間にいて、楽しく話すこともあれば、黙ってもいられる、というような」


 優の言葉に時々頷きながら、孝司は耳を傾けていた。


「さっき、ちらっとだけ結婚式が見えたんだが、花嫁が幸せそうな顔で手を振っていた……」


 呟いてから顔を上げた孝司は、意を決した表情になっていた。


「こんなことを聞くのは、まだ早いかも知れないが、例えば、だ。もし、後に一緒になったとしても、きみたちは、多分、普通の一般的な家庭にはならないと思う。そうなっても、ゆかりのことを捨てないか?」


 優は、穏やかに孝司を見つめてから応えた。


「僕から捨てるなんて、考えられません」




「コウちゃんとは、どうだったの? 優くん、怒られたりしなかった? 嫌な思いしてない?」


「大丈夫だよ」


「私たちとのこと、まだ認めていない感じ?」


「わからないけど、孝司さんは、ゆかりさんのことだけじゃなくて、僕のこともちゃんと考えていてくれてたよ。僕は、話せてすごく良かったと思ってる。やさしいお兄さんだね」


 優のほっこりとした顔を見て、安心した蓮華と奏汰は、顔を見合わせた。


「ひとまず、良かったわ」

「じゃあ、俺たちは適当に遊んで帰りますから、後はお二人で」

「私から誘ったのに、奏汰も蓮華ちゃんも、ごめんね。ありがとうね。また行きましょうね!」


 ゆかりは、すまなそうな顔で、二人に手を振った。




「私が、ヴィオラをやめるって言ったら?」


 思い切ったように尋ねたゆかりに、優は少し驚いた顔になってから、やさしく微笑んだ。


「いいんじゃない? もう満足したからとか、何か理由があるなら。やめたからといって、嫌いになったりしないよ」


「あなたとのために……って言ったら?」


「それは、ダメでしょう。どうして、僕のためにやめなきゃならないの?」


 珍しく強く、優が訊いた。


「……ちゃんと、優くんのことを支えようかと。例えば、……普通の奥さんみたいに」


 ゆかりの頬が赤らんでいる。


 それをしばらく見つめていた優が、穏やかに微笑んだ。


「僕は、ヴィオラを弾いてるゆかりさんが好きだよ。家事も、長年ひとりだったから人手なら足りてるし。例えば、普通の家庭にしなくちゃとか、普通の奥さんにならなくちゃなんて、ゆかりさん自身がなりたいなら別だけど、僕は望んでないから、気にしなくていいよ。きみは、きみのままで、きみらしくいて欲しい」


「優くん……」


 にっこり笑う優を、ゆかりが見上げた。


「ブルームーンのカクテル言葉、いくつかある中から『奇跡の予感』を選んでくれた。あの時から、奇跡は始まっていたのかも知れないわ」


「僕にとっても奇跡だったから。初めて目の前にきみが来てくれて、カクテルを出すことが出来たという」


 肩を抱き寄せかけると、ゆかりが思い出したように真顔になった。


「そう言えば、優くんのパートナーって、蓮華さんもそうよね? 『J moon』では。……だったら、優くんの『恋人以上の友達でもあるパートナー』って、蓮華さんも当てはまるんじゃない?」


「えっ……」


 優が目を丸くして、一瞬止まる。


「向こうは仕事のパートナー、ゆかりさんは、人生のパートナーだよ」


「うふふ、わかってるわ」


 ゆかりは晴れ晴れとした笑顔になり、優は複雑そうな顔になる。


「なんだか、これからもずっと言われそうだなぁ。浮気したわけじゃないのにー」


「ちょっと焦ったところを見てみたかっただけ。もう言わないから」


 どことなく拗ねたように見える表情を見て、ゆかりが笑った。


「今日は本当にありがとう。お疲れさま」


 腕を引っ張り寄せ、ヒールを浮かせると、優の頬に口づけた。


「大好きよ!」


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