(5)二人のひととき
チューハイを傾けてから、蓮華が続けた。
「あたしも昔、優ちゃんのことをそんな風に思ったことがあって。ああ、でも、今はお互いに友達だって確信してるから。あたしたち、男と女にはなれないから」
「ダイレクトに言うのね」
「ごめんなさい」
苦笑しながら首を引っ込める蓮華を見たゆかりは、くすっと笑った。
蓮華は姿勢を正し、真っすぐにゆかりを見た。
「ゆかりちゃんは、すっごく優ちゃんの好みだと思うの。お世辞じゃなくてホントに! あたしも男だったら、絶対ゆかりちゃんのこと好きになっちゃうし!」
蓮華の方が口説いているかのような熱意に、思わずゆかりの頬が赤く染まる。
「だってね、今まで優ちゃんが付き合った人って、実際には見たことない人もいるけど、共通点があるの。大人の女で、かわいいよりは綺麗系な人で。年上だったとしてもどこか儚いところがあって、保護本能が働くのかな」
ゆかりが溜め息を吐いた。
「だめだわ。私とは全然タイプが違うわね」
「だから、いいんだと思う! 見た目は大人女子でも、今まで、ゆかりちゃんみたいに自分の世界があって、精神的にも自立して強く輝いてるタイプはいなかったもん! だから、続かなかったんだと思うの!」
ひとり納得した蓮華は、浮かれ始めていた。
「嬉しい! ゆかりちゃんが優ちゃんのこと気にかけてくれて! あたしも、優ちゃんのことはずっと心配してたから……って、あたしがいつも頼っちゃってたから、優ちゃんに心配させてたせいもあるかも知れないから、あんまり言えないんだけどね」
「でも、彼、音楽から始まる恋は信用しないって。そこは私も同感だけど、……お客さんとも恋愛しないって」
「ああ、なるほど。確かに、そこは徹底してるみたい。女性のお客さんとは、いくら誘われても二人っきりでは会ったりはしなかったみたいだったし……お店の迷惑や、そのお客さんに悪い噂が立たないよう配慮して」
蓮華は少し考えてから、自分の考えに確信を持ったように頷いた。
「でも、そんなことわざわざ言ったのは、もしかしたら、ゆかりちゃんとは、簡単には恋仲になりたくないってことなのかも」
呆然となったゆかりの口から、無意識に言葉がもれた。
「……そう……、やっぱりね」
「ああ、そうじゃなくて、ごめん、誤解しないで! 優ちゃんてどこか恋愛不信っていうか、恋愛だと続かないって思っちゃってるところがあってね。あたしから見ると、多分、相手の女の人の方は、付き合いが進んでいくと、優ちゃんの掴みどころのない部分で不安になるっていうか。相手を安心させるためだけに非現実的なことを言ったりしないし、音楽だったりカクテルのことをいつの間にか考えてるもんだから、自分を一番に想ってくれてないって思えて淋しい思いをしていたんじゃないかな。去る者は追わないから、余計にね。だから、優ちゃんも自分では自信がないのかも知れないの」
蓮華の言うことを聞きながら、ゆかりは頷いていた。
「わかる気がするわ。私の場合は音楽を通して好きになったはずが、音楽のことで別れたり。それに、この年でしょう? 簡単に付き合って別れてっていう恋愛はもうしたくないの」
蓮華も大きく頷く。
「うん、わかるよ。……だったら、アーティストとかバーテンダーとかは抜きで、お互いを見てみたらどうなのかな? 一緒にいて気を遣わない相手なのかどうか、素で付き合ってみたら?」
「『まずは、お友達から』……ね。……友達のままでも構わないし……」
チューハイを口にしながらしばらく考えていたゆかりが、俯き加減に蓮華を見た。
「でも、……私からそんなことを言っても、……引かれないかしら?」
ゆかりほどの自信に満ちた人であっても、まるで思春期の女子のような言葉を口にするのかと、蓮華は微笑ましくなり、にこっと笑った。
年を重ねても、初めての試練は繰り返されるのだろう。
「優ちゃんなら通じると思うわ。あたし、陰ながら応援してる!」
「ありがとう。蓮華ちゃんと話していたら、勇気をもらえたわ」
ゆかりが外国人の友人同士のように蓮華の首に抱きついた。
蓮華は顔全体を真っ赤にしながら、「大丈夫!」というように、そっとゆかりの背をたたいた。
「私もヴィオラは置いてくるから、あなたも普通の友人として、今度会ってくれない? 元クラスメートと会ってるみたいな感じで。決して私に気を遣ったりしないで。素のままで会ってみたいの……」
閉店間際、ゆかりがカウンターの中の優に切り出した。少し不安気な彼女の瞳を見つめてから、優は、はにかんだように微笑んだ。
「それは、素敵な思いつきですね」
ホッとして、ゆかりも改めて笑った。
「『優さん』だと、バーテンダーのイメージが強いから、そうねぇ……『優くん』はどう? せっかく同級生なんだから」
「あ、それ、新鮮だなぁ。じゃあ、敬語もなしにしないとね」
そう言って微笑んだ優を見るゆかりの頬が、少しだけ赤くなった。
「でも、そうは言ってみたものの、どうしよう。私から音楽を取ったら、語ることが何もないかも知れないわ」
肩をすくめて笑うゆかりに続いて、優も笑った。
「僕も、自分は結構つまらない人間だと思うよ」
職業柄、昼間空いていることの多い二人が会うのは、さほど困難ではなかった。
映画やテーマパークに行ったり、ブックカフェで「本読みデー」としたり、気になるランチを食べに行ったり等と、始めはゆかりの行きたいところに優が付き合う形が多かった。
ヴィオラがないと手持ち無沙汰に思えたゆかりも、その分相手を深く見るようになり、人として、優を知りたいという思いは強くなった。
音楽とカクテルの話は禁じている優も、相手と同じ体験を積んで行くしかない。だからこそ、どこに遊びに行くか、相手は何が好きか、良く知る必要があった。
感動するような、景色であったり、パークのアトラクションであったり等を体験すると、つい音楽に結びつけようとするゆかりが謝ることもあった。
「僕も、カクテルにするならどうなるかとか考えてたよ」
「今日は考えない日にするのよね。切り離すのって、意外と難しいわ!」
映画を見た感想や共通の話題について話し合う時、瞳を輝かせながらの感情豊なゆかりの反応が、優には面白いと思え、ゆかりは、聞き役だけではなく、時に賛同したり、解説したりする優の時々現れる正直な感想や、基本的には変わらない穏やかさに安心しながら、気の置けない友人といるような感覚でいた。
昼間の友人付き合い──そんな付き合いが、二人には新しかった。




