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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第十四章『帰還』
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(2)久しぶりのシェアハウス

 レコーディングの手伝いやライブに参加することも多かった奏汰は、帰国すると都内のホテルに泊まり、アパートも動きやすい都内で見つけた。


 引っ越しが完了すると、ベースを持って、雅人、琳都のいるシェアハウスへ、翔と遊びに行った。結婚している翔は、普段は菜緒のマンションにそのまま住んでいる。


 久々に四人がそろい、『ワイルド・キャッツ』のセッションが始まった。

 間違えようが構わない気楽なものだ。

 琳都の相変わらず無表情な演奏も、雅人のジャズになると時々とちるドラムも、奏汰には懐かしく、微笑ましく思えた。

 翔も、ライブで共演する時よりも抑えた演奏で、リラックスしているように見えた。


 セッションが一段落すると、奏汰の振る舞ったロングやロックスタイルのカクテルを飲みながら、アメリカでの話になった。

 ニューヨークに着いたものの、肝心なベニー・ホワイトが留守で、その間ライブ・バーではカクテルを作るハメになったことや、レコーディングは延期になり、おかげで翔も間に合った。

 レコーディングまでの時間つぶしにあちこち回り、路上からミュージカルまで音楽に触れていた。カクテルのレシピの数も増え、腕も上がったのは予想外だったと笑った。


 レコーディングの様子を語ると翔も加わり、雅人と琳都は二人の話を興味深く聞き入っていた。

 特に、イメージだけの即興演奏は、既に購入していたCDを何度も聴いていたため、曲を思い起こしながら感心していた。


 カクテルでいい気分になってきた雅人が、からかうように訊いた。


「向こうでは挨拶でもちゅーチューするんだろ? 二年半もいれば、金髪美女と恋愛とか、少しくらいそういうロマンスはなかったのかよ?」


 奏汰が笑った。


「ないよ。日本人には気を遣ってるのか、せいぜいハグするくらいだし。帰国する時、マークさんの妹のマーシャって、俺たちの一、二歳上くらいの人が空港まで見送ってくれたんだけどさ、別れ際に『たまにはニューヨークにもライブしに来て』って、泣きながらちゅーしてくれたけど、それくらいかなぁ」


「ははは!」

「ほっぺにちゅーか。かわいいもんだな!」

「いや、ここ」


 奏汰が自分の唇を指差してみせた。

 ピタッと皆の笑い声が止む。


「いやあ、挨拶の範囲が広くてビックリしたよー」


「いや、いくらなんでも、よっぽど親しいか、恋愛感情でもない限り、しないだろ?」


 翔が目を丸くしながら、奏汰から雅人たちへ顔を向ける。


「マーシャってツンツン金髪美人だぜ。奏汰にはいちいち冷たかったけど、いつの間に……?」


「へー、そうだったんだぁ?」


 雅人もそう言いながら、信じられない顔で奏汰を見ていた。琳都も黙って見ている。

 そんな彼らには気付かず、奏汰は話し続けていた。


「マーシャには怒られてばっかりだったけど、最終的には俺のことミュージシャンとして認めてくれたんだって思えて、嬉しかったなぁ」


 ほわ〜っとした顔になって思い出に浸る奏汰を置いて、雅人と翔は作戦会議のように頭を寄せ合い、こそこそ言い合った。


「翔、どう思う? あれって、男として認められたってことなんじゃね?」

「だろうな。ミュージシャンとして認めてちゅーする女の子がいるかよ?」

「奏汰は気付いてないみたいだから放っとこうか?」

「だな。相変わらず強力な鈍感力だぜ!」


「蓮華には会った?」


 琳都が尋ねていた。十歳近く上の姉だが、いつも名前を呼び捨てだった。

 翔も雅人もはっとしたように見ると、奏汰から笑顔が消え、俯いた。


「……会ってない。連絡もしてない」

「そう」

「ごめんな」

「いや、二人のことだから、僕がとやかく言うことじゃないし。最近、忙しくて、僕も蓮華には会いに行ってないから」


 奏汰は少し考えてから答えた。


「ちゃんと会えるようになったら、『J moon』に顔出すよ」

「そうか。わかった。ならいいんだ」


 わずかに微笑んだ琳都に、奏汰が引き留めるように訊いた。


「琳都、これだけ聞かせて。蓮華さんは……その、……結婚とかは……?」


 おそるおそる琳都を見る。

 琳都の表情は変わらない。


「する気配はないけど?」


 少し意外そうな顔になってから、奏汰が続ける。


「ああ、そうなんだ……。誰か付き合ってる人とかは……?」


「お前、そんなに気になるんなら、自分で本人に確かめろよ」


 琳都が答える前に、翔が割り込んだ。


「い、いや、ちょっと聞いてみただけだよ。気になるわけじゃ……」


 翔が、じとっと、慌てる奏汰を見る。


「お前、コドモか?」


 奏汰がムッとした。


「だって、俺から勝手なこと言って別れたんだぜ? そうのこのこ顔出しになんか行けるかよ」


 はあ。

 翔が大きく溜め息を吐く。


「そんな悠長なこと言ってる場合かよ? お前の兄貴が時々慰めてるらしいぜ、蓮華さんのことを」


 奏汰が、目を見開いて翔を見た。


「蓮華さんからしたら、この俺よりも、お前の兄貴の方が位置的に上らしいからな。蓮華さん本人がそう言ってたぜ?」


 そわそわと、奏汰の落ち着きがなくなっていくのを確かめてから、翔が肩をすくめてみせる。


「お前に似てるからだって。これは、兄貴と疑似恋愛に発展するのも時間の問題だな!」


 ロックグラスをテーブルに置くと、翔に向かって身を乗り出した。


「疑似恋愛!? だめだめだめ! 兄貴なんかとそんなの絶対だめ! ああ、そうならないためにも優さんに頼んどいたのに!」


 雅人と琳都は呆然と二人を見ていた。


「なんだか複雑な人間関係が出来てそうだな。お前のお姉さんと奏汰兄弟」


 そう囁いた雅人に、琳都は無言で頷いた。


 落ち着かない様子のまま、奏汰が琳都の方を向いた。


「なあ、優さんと蓮華さんは、……どんな感じ?」


「知らない」


「知らないって……あのさー、自分の姉さんのことなんだから、もうちょっと関心持たない?」


「琳都を責めるのは間違ってるだろ? お前の問題だろ? っていうか、お前もう関係ないんだろ? 優さんと蓮華さんは大人同士だからな。見た目にはわかんないけど、なんだかんだこっそり付き合ってるのかも知れないよな」


 翔のセリフに奏汰は黙ってしまい、すっかり口数が減った。


 今会っても、二人と何を話せばいいのかわからない。


「……会う時は、ライブする時かな」


 ぽつんと、奏汰が呟いた。


「だったら、俺から『J moon』に申し込んでおくから、決心が着いたらそう言えよ」


 強気な翔に、及び腰で奏汰は小さく頷いた。




 ある時、美砂から、奏汰と雅人に連絡が来た。


「美砂ちゃん、結婚するんだ!?」


 四人でいた時にメッセージに気が付き、奏汰と雅人は顔を見合わせて喜んだ。


 美砂からのメッセージには、『J moon』で内輪だけの二次会パーティーをすると書いてあった。


「俺、受付やろうかな! 『ワイルド・キャッツ』でも、美砂ちゃんの好きな曲とか演奏しようぜ!」


 雅人は、早速美砂に返事を送った。


「……ってことで、奏汰、ちゃんと『J moon』に行くんだぞ。現地集合だからな!」


「え、……う、うん」


 翔が強く奏汰に言うが、奏汰の方は、自信のなさそうな返事であった。


「なんなら、前の日からここに泊まっとけよ。お前のいる都内のアパートより、ここからの方が近いし、どうせ前日練習するし」


 別々では行きにくいだろうと察した翔が、珍しく親切な提案をし、奏汰はホッとした。


「そうだな。サンキュー」


 会わなくちゃいけないのはわかってる。

 送り出してくれた礼と、凱旋報告を、きちんとしなければ。


 そして、なぜ優と結婚しなかったのか。


 今、同じこの横浜に、『J moon』がある。


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