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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第二章『恋愛模様』
6/72

(1)『Rhapsody In Blue』ジャム・セッション

 自宅でも、吉祥寺レッスンの電車の中でも、奏汰は、バンドのメンバーのお勧めはもちろん、橘や蓮華、優にも教わった、ジャズの名盤から最新のもの他、とにかくジャズを中心に聴きまくっていた。


 そして、ジャズのベースの弾き方を、なんとなく理解したつもりになった。


 どうしたら、あの『ねばり』というものが出るのか。


 ウッドベースの奏法にもつながるので、それが理解出来れば、一石二鳥だと思っていた。


 そこそこ感覚が掴めてきたようで、サイレントのウッドベースでも、模索中にもかかわらず、大分近付いてきたと周りからも評価され、ますます練習に励んでいた。


「いい感じになってきたじゃない!」


 閉店後、従業員が帰った後に弾いてみせたところ、蓮華も優も褒めた。


「でも、この曲だけですよ」


 奏汰が照れ笑いすると、優が微笑んだ。


「一曲それらしく弾ければ、応用効くもんだよ。一番難しい『バラード』が出来たんだから、軽快な曲とかはかえって楽に感じるよ」


「ねえねえ、ちょっと合わせてみない?」


 蓮華の提案で、優がピアノに座り、奏汰はアンプを通したサイレントのウッドベース、蓮華がボーカルで三人の演奏が始まる。


 本番での曲の構成では、即興演奏アドリブが、サックス、ギターと入る。

 ここでは、代わりに優がアドリブを弾いた。


「優さん、今のホントにアドリブだったんですか?」


「そうだよ。ちょっと、コードの音から外れちゃったのもあったけどね」


「うまくごまかしたじゃない」


 奏汰、優の会話に、蓮華が続いた。


「えっ、そうだったんですか? あんまりわかりませんでしたけど」


「まあ、それがライブの楽しみでもあるのよね。外した方が面白い場合もあるから」


「それにしても、奏汰くん、リズム感いいね。ドラムがいなくても、しっかりリズムキープしてくれてるから弾きやすかったよ」


「そうですか! ありがとうございます!」


 ジャズならではの、このような適当なジャム・セッションも、奏汰は気に入ってきていた。


 その後、缶ビールを、優が近くのコンビニで買ってきた。

 三人で飲みながら音楽を語る時間は、奏汰には最高の楽しみだった。


「優さんは、そんなにピアノ上手いのに、なんでライブ参加しないんですか?」

「目立つのは性に合わなくてね」

「よく言うわよ!」


 蓮華が苦笑した。


 長身の上に整った顔、穏やかな雰囲気をまとう、職業柄か、一歩引いた態度の優は、自分が表立って何かをすることが好きそうには見えないかも知れなかった。


「優ちゃんね、これでも、バリバリのクラシック出身なのよ。手も大きいし、すっごく上手でね、音大一年の時に、学内のコンクールで二位だったんですって」


「すげえ!」


 奏汰は、目を見開いた。


「いやいや、一位の先輩とは、かなり点差はあったんだよ。三位に近かったし」


「それでも、すごいですよ!」


「音大通ってる時にジャズを知って、クラシックだけが音楽じゃないって思い始めたところ、学校の講師が、クラシックが全てだ! みたく押し付けるから、疑問持ってたんですって。翌年には、もうジャズに取りかれて、クラシックをあまり弾かなくなってきてたんだけど、コンクールに出ろ出ろってうるさい先生がいて、ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』ならって、渋々出たのよね?」


 「もうその話はいいよ~」と、苦笑いをする優にはかまわず、奏汰が話に続いた。


「なるほど。クラシックと言ってもジャズっぽいですもんね。にしても、あんなすごい曲を……ですか?」


「そうなの! しかも、途中でアドリブ入れちゃったんですって!」


 蓮華につつかれ、優が苦笑いをする。

 奏汰はあまりに驚き、反応が遅れた。


「はー、すげー! ……あ、でも、クラシックのコンクールって譜面通りじゃないと……? いいんですか、そんなことして?」


「もちろん、ダメよ。学内コンクールでは入賞しなかったし、先生にも散々怒られたんだって。すごく高度なことしたと、私は思うけどね」


 おかしそうに笑う蓮華だった。

 奏汰は、尊敬のまなざしを、優に向けた。


「優さんて、天才肌なんじゃないですか!?」

「ほ~んと! 破天荒よね。見た目からは想像つかないけど」

「いやいや。あの時は若くて、つい……」


 気恥ずかしそうに笑う優だったが、奏汰は、これまで以上に、彼に尊敬の念と親しみが湧いた。


「ところで、ママも歌お上手ですし、橘先生のところで聴かせてもらったジャズオルガンも上手かったのに、やっぱりライブは出ないんですか?」


 蓮華は微笑した。


「練習する時間があんまりなくなっちゃったし……。私は、人前で歌ったり、弾いたりはもう満足したから。お店の方が、やりがい感じるようになっちゃって」


「潔いんですね」


「どうだか。飽きっぽいだけかもよ?」


 蓮華は笑いながら、ビールを啜った。


 だからか、と奏汰は納得がいった。

 蓮華の華やかな出で立ちも、表に立つ人物よりも、抑えめになっているのは、バーのママだから。主役は客なのだ。


 ちゃんとわきまえてるんだな。

 奏汰は蓮華に対し、素直に好感を持てた。


 それから、ふと思ったのだった。


 からかったりしないでくれれば……こんな風に、普通に話していれば……。


 奏汰の視線が、髪をアップにした蓮華の、サイドの後れ毛に留まった。




 早く自分のサイレントベースが欲しい奏汰は、バーの仕事の前に入れられるアルバイトを増やしていた。


 女子高生や女子大生とも、仕事の合間に話すことはあったが、どうも話が合わない、と思っていた。


 彼女たちの好きな音楽の話も聞かされたが、自分とは好みが合わなかった。

 学校や友達の愚痴なども聞いていたが、身勝手なものに聞こえた。

 彼女たちが何をしたいのか、好きなことや打ち込んでいることがあるようにも思えない。


 正直、付き合い切れなかったが、そのうち、皆スマートフォンをいじり出すので、始めのうちだけ話に付き合えば良かった。

 周りが静かになってから、奏汰も、録音したバンドの練習をイヤホンで聴いては復習していた。




 その日、バーでは、蓮華が休みを取っていた。


 奏汰は、同業の従業員たちと話していて、居心地の良さを改めて感じていた。


 ハヤトは、優が以前働いていたバーから来たという。ミュージシャン志望というよりは、趣味でアコースティック・ギターを弾く。


 タケルは外見通りミュージシャン志望で、奏汰が今練習に加わっているのと同じくバンドを経験してから、別のところでギターを習っていた。

 ロックが専門だが、時々、店でもジャズのライブに加わる。


 ケントは、小柄な割りには、意外と力強くドラムを叩くらしかった。

 奏より一つ年下だったが、仕事の上では先輩にあたる。


 奏汰の習っている橘の話になった。


「俺も、橘先生から、ギターの師匠紹介してもらったんだぜ」


 タケルが得意気に言った。


「じゃあ、皆、一回は、橘先生に会ってるんだ?」

「そう。最初は、いつも橘先生なんだぜ」

「時々、橘先生も弟子たちとライブやるよ。年に一回くらい」

「その時、タケルと共演出来たらいいなぁ」

「なっ!」


 タケルは人懐っこく、誰とでもすぐに仲良く出来る。


「そう言えば、優さんも習ってたみたいだぜ、橘先生に。ママとも先生を通じて知り合ったらしいよ」


「へえ、そうだったんだ?」


 タケルの話に、奏汰が興味を示した。


「優さん、ごまかすのうまいよな。大人だから」


 タケルが、否定的ではなく言った。


「そうか? ああ、確かに、自分からは自分のことあんまり話さないかな」


 奏汰も思い出す。


「ハヤト、お前、前の店から一緒で、この中では一番付き合い長いだろ? 優さんのこと、特に女性関係とか知らね?」


 タケルに促され、黒髪を束ねた、皆よりも少し年上のハヤトが、口を開く。


「前にいたバーでも、優さん目当ての女性のお客さん、多かったけど、その中に特別な人がいたかどうかまでは……」


「やっぱり、ごまかすの上手いんだな」

「って言うより、女の人とは後腐れのないようにしてるみたいだ」

「どうしたら、そんな芸当が出来るんだ!」


 ハヤトとタケルの話を、奏汰とケントは静かに聞いていた。


「そう言えば、この間、優さん訪ねてきた女の人がいたな。お客さんじゃなくて、あんまり見ない顔で」


「えーっ、どんな人、どんな人?」


 タケルとケントが興味津々になり、奏汰も少し興味があった。


「まだ女子大生だよ。優さん、バーテンダー仲間との研修会でいない日だったから、その子も帰ったけどさ」


「それって、ただのお客さんじゃないかなぁ。お客さんで、優さんのファン多いし」

「バカ、絶対彼女だよ!」


 奏汰の意見に、タケルがあからさまに反対した。


「だって、まだ女子大生なんでしょ? 優さん、相手にするかなぁ。『彼女』だとしたら、店にいる日かどうかくらい知ってるだろうし」


「いいんだよ! これで、容疑者がひとり減ったんだから!」


「は? 容疑者? 何の?」


 わけがわかっていない奏汰に、タケルが解説する。


「なんだかんだ言っても、優さんが一番ママと年近いし、一番くっつく可能性大だろ? 所詮、俺たち『バイトの子』なんて、単に可愛がられてるだけだってわかってるけどさ、憧れるのは自由じゃん? その優さんがホシじゃなかったってだけで、まだまだ俺たちにも希望があるじゃないか!」


「お、お前も、ママ狙い?」


 奏汰の言葉尻を、タケルは聞き逃さなかった。


「今、『お前も』って言ったよな? 『も』って? ってことは、()()()か!?」


 奏汰は迂闊だったと、後悔した。


「違うよ! バンドの人達がママを薦めるもんだから……もちろん、その時は、俺が酒の肴にされてただけで、別に真に受けてないし!」


 言い訳がましかったかと、言ってから、また後悔した。


 彼の様子を、じとっと観察していたタケルが、そのうち諦めたように笑った。


「俺、なんとなくわかるんだけど、……お前、多分、ママの好みだ。気に入られてると思うぜ」


「なっ、何言い出すんだよ!」


 動揺する奏汰にかまわず、タケルは続けた。


「ママの場合、俺みたいなセクシーなイケメンより、お前みたいな、まだれてなさそうな、いきがってるコドモっぽいイケメンの方が、好きなんだと思う」


「……なんだか、素直に喜べない」


 眉間に皺を寄せる奏汰だった。


「お前も容疑者の一人だ!」


 ぴたっと、タケルが、人差し指を向けた。


「俺は無実だ!」




 ホテルにある夜景の見えるラウンジでは、明日香と涼子、蓮華が、奥のテーブル席に座る。


 先日とは打って変わって、魔性の女でドラマの脚本家である明日香の機嫌が良くない。

 一杯目から、度数の強いカクテル「ドライマティーニ」を注文する始末だ。


 涼子はお気に入りであるモスコミュールを頼み、蓮華は同じくジンジャーエールを使う、ボストンクーラーを注文した。


 イライラしている様子の明日香は、煙草に火を点けた。


「明日香、どうしたの? 仕事で何か嫌なことでもあったの? 脚本のセリフのことで、また演出家とケンカしたとか?」


 涼子が、気を遣うように尋ねた。


「違うわ。別れてきたのよ」


 そして、煙を吐く。


「はあ、またか……」


 涼子が、がっくりと脱力する。


「だ、誰と? まさか、マークじゃ……?」


 おそるおそる、蓮華が尋ねた。


「五つ年下の日本人」

「まあ! もったいない!」

「ちょっとお~、あんたたちっ!」


 涼子が二人を窘めた。


「私、やっぱり日本人だめだわー。五つしか離れてないのに、あんなに子供だと思わなかったわー」


 と、明日香が投げやりな口調で言う。


「ほらね、年下なんかやめなさいよ」


 と、涼子が蓮華を向く。


「なによ、別にいいでしょ?」


 蓮華が迷惑そうな顔になる。


「良かったー、マーク、切らないでおいて」


「そうなんだ? 彼いい人だもんね。あー、良かった!」


「ちょっと、蓮ちゃん、客商売してるからって、適当な相槌打たないでよっ。ちっとも良くなんかないでしょ? 明日香ったら二股かけてたのよっ!」


 涼子の言うことには構わず、明日香は喋り続けた。


「マークは、私が他の男と遊んでも怒らないの。モテるキミってステキだって。束縛しないでくれるから、私も明るい恋愛楽しめるわけ。やっぱり、マークは私のsteadyね」


 いきなりノロケ出した明日香に、涼子も蓮華も面食らった。


 が、涼子が体勢を立て直す。


「だったら、ちゃんと結婚しなさいよ。いつまでも『魔性の女』なんかしてないで」


「ってことは、国際結婚になるのよね!? カッコいい!!」


「蓮ちゃんは黙っててっ!」


 涼子が、またしても蓮華を窘める。


「わかってないわねー。結婚なんかしたら、どこからも声かからなくなるじゃないの。それじゃ、恋愛出来ないでしょー?」


「そうなのよねー、それが問題なのよ」


 明日香の言い分に、蓮華も真剣に頷く。


「そんなこと言ってたら、年取っちゃって、余計声なんかかからなくなるわよ。既にもう若くはないんだから」


 呆れながら涼子が言うが、明日香は知らんぷりして、煙草をくわえる。


「まあ、明日香は特定の人がいるからまだいいとして、蓮ちゃんはどうするのよ? 特定の人くらい作んなさいよ。マズいんじゃないの?」


「あたし? う~ん、でも、こう夜の仕事してると、他の人とは時間帯合わなくて、デートもなかなか難しいし……、つまみ食いしてる方が楽しいし。ねっ?」


 小首を傾げて、蓮華は上品に笑った。

 仕草と言っていることが、合っていない。


「……それ、女の発言とは思えないわよ。蓮ちゃんは、感覚的に恋愛するから、私にはよくわかんないけど」


「あら、好きになる時って、みんな感覚でしょ?」


「そうだけど、あなたの場合は、私みたいな一般人とは違うところを感じ取ってるっていうか……。許容範囲広いけど、見るところはちゃんと見てるみたいだし、わかっていないようで、意外とわかってる? みたいに思う時もあるのよねぇ。昔から、そういうところがあったわ。だから、私が心配することなんてないんだろうけど……」


 言いながら、涼子がふと気が付くと、明日香がスマートフォンにメモしている。


 ドラマのネタにでもしようというのかしら? 


 涼子は、ちらっと、そんな目を明日香に向けてから、蓮華に向き直った。


「単刀直入に言うけど、蓮ちゃん、あんた、優さんにしなさい!」


「なによ、勝手に決めないでよー」


 普段、にこやかな蓮華だが、少し面白くなさそうだ。


「付き合いも長くて、お互い性格も良く知ってるでしょう? あんたみたいに何考えてんのかわかんない、ふわふわふわふわしてる人はね、優さんみたいな、年上で包容力のある男の人に、しっかりつかまえておいてもらうのが一番いいのよ」


「ええ? 優ちゃんに包容力? あははは、そう見えるだけよ」


 おかしそうに、蓮華が言った。


「もう、真面目に聞きなさいよ」


 涼子が睨む。


「だけど、優ちゃん、まだ切れてないひとがいるっていうか……」

「えーっ! うそーっ!」


 逸早く遮ったのは、明日香だった。


「優さん、目付けてたのに! 女いたの? あら、でも、うまくいってないなら、逆にチャンスかしら!? 奪えばいいんだから」


 ほー? と不思議そうな顔の蓮華が、明日香を見る。


「明日香は黙っててっ!」


 涼子が、モスコミュールを一口飲んでから、尋ねた。


「蓮ちゃん、それ本当なの?」

「う~ん、確か……。ずっと、こじれてるみたいで」


 蓮華が小さい声で答えた。


「奪えー! 奪うのよー!」

「は?」


 涼子の剣幕に押され、蓮華は、ただただ目を見開いていた。


「そうだわ、私が奪えばいいのよ!」

「明日香ったら、違うでしょ!」


 二人を相手にしていた涼子は、この日、喉がガラガラになった。




※『Rhapsody In Blue』by George Gershwin


【カクテル】

「ドライマティーニ」

 ドライジン、ドライベルモット、オリーブ、レモン


「モスコミュール」

 ウォッカ、ライムジュース、ジンジャーエール、ライム


「ボストンクーラー」

 ホワイトラム、レモンジュース、ジンジャーエール、シロップ


※『Rhapsody In Blue』by George Gershwin


【カクテル】

「ドライマティーニ」:ドライジン、ドライベルモット、オリーブ、レモン

「モスコミュール」:ウォッカ、ライムジュース、ジンジャーエール、ライム

「ボストンクーラー」:ホワイトラム、レモンジュース、ジンジャーエール、

           シロップ


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