(5)男子会&女子会
「もー、やってらんないですよ! 男子会しましょ、男子会!」
優と蓮華が恋人にはなれないと互いに確信した夜から、数日後の休みの日だった。強引に潤に引っ張り出された優は、居酒屋で生ビールを頼み、焼き鳥の盛り合わせを食べながら、潤の話を聞かされていた。
「蓮華さんに、正式に断られたんですよ。『もうあたしを卒業して』って」
潤に気持ちがないなら期待させるのは良くないと忠告した身である優には、少々後ろめたかったが、思い込みの激しい潤が、今後も蓮華に一途でいては潤にとっても良くないことだとは思っていた。
「『あたしも、潤くんのやさしさに甘えさせてもらっていたところもあったわ。ごめんなさい。もうあたしを淋しい女だと思わなくていいから』って。もちろん、僕は、そんなこと言われたくらいじゃ気持ちは変わらないと言って、簡単には引き下がりませんでしたけど、……説得させられました。何を言っても、蓮華さんが折れなくて。あそこまで拒絶されるなんて、僕にはもう一縷の望みもないんですねー!」
あっという間に、一杯目の中ジョッキは空になった。
すぐに二杯目を頼むと、潤は焼き鳥に挟まった葱にも食いつき、熱そうになった。
くどくど語られる愚痴を聞く優には、潤はショックを受けながらも、頭では理解しているように思え、少し安心した。
「もう、蓮華さんに、淡い期待を抱くことも諦めないとならないし、彼女を支えたいと思っても僕じゃダメなんです。あ〜あ!」
ビールをジョッキ半分まで飲み、がっくりうなだれる潤の隣で、優は黙ってジョッキを傾けていたが、話が途切れたと見てから口を開いた。
「僕も、蓮ちゃんには振られてるから」
潤が驚いて顔を上げ、優を見た。
「えっ? そうなんですか!?」
「うん」
潤はしばらく穴の開くほど優を見つめていた。
「信じられないな……! 優さんでもだめなら、僕なんかもっとだめですよね。納得しました!」
「え? 納得したの? 早いね」
「はい! 実のところ、もしかしたら、蓮華さんは優さんがいるから、僕を断ったんだと思ってました」
そう思っていたのなら、普通は自分のことを避けるだろうと優は思ったが、潤の感覚はいまいちよくわからなかった。
「……にしても、信じられないな」
珍しいものを見るように、潤はまじまじと、優を見つめた。
潤の瞳は、少し元気を取り戻している。
「それじゃ、蓮華さんにフラレた者同士、仲良く飲みましょう!」
「あ、ああ、うん」
優は気恥ずかしそうに笑った。
だが、潤にそう言われて、意外にも引っかかるどころか、ありがたいとさえ思えた。
枝豆をつまみながら、潤がペラペラと話し出す。
「それにしても、奏汰なんかが、どうやってあの蓮華さんのハートを射止めたんだか……。蓮華さんは、僕らを振るほど理想が高いんですよ? まったく謎は深まるばかりですね!」
優はおかしくて笑い出した。潤と飲むのが少し楽しく感じられ、救われた気持ちになっていた。
『J moon』上の蓮華の部屋では、共同経営者である新香と、経理を任せている京香とで、同級生三人だけの飲み会が開かれていた。
テーブルの上には、缶ビール、缶チューハイなどが早くも空けられ、冷蔵庫の中から冷えた缶が追加されていく。
「意外だったわ。ずっと、あんたと優さんがくっつくものだと思ってたけど……。近過ぎたのかも知れないね。恋人同士になれた時期があったとしたら、もっと前だったのかなぁ」
エスニックな服装は休みの日も変わらない新香が、片膝を立てて座り、チューハイを片手に、未だ信じられないという表情で、蓮華を見つめている。
蓮華も膝を立て、その上に腕と顎を乗せ、いかの薫製をもぐもぐ食べ、少し考えてから返す。
「でも、多分、知り合った頃はあたしも子供だったし、お互い恋愛には自分たちの理想があったと思うから」
「だったら、お店をやる時だったのかなぁ。もしくは、お店をやって、しばらくしてからとか」
「大人同士の今しか、なかったのかもね……」
京香が、隣の蓮華をいたわるように見つめていると、蓮華の目に涙が溜まっていった。
「ほら、泣かない泣かない! ああ、いや、今日は泣いていい!」
新香のゴーサインに、しくしくと蓮華が泣き始めた。
京香が、蓮華の背をやさしく撫で、そっと尋ねる。
「お店は、優さんとやり辛くない? 大丈夫?」
「うん。大丈夫……。二人で納得したから」
正面で見据えていた新香が、頃合いを見計らってから尋ねた。
「蓮華、ひどいようだけど、あえて訊くよ。奏汰くんを待って再会出来たとしても、元通りの仲に戻れるとは限らないよ。わかってるとは思うけどさ。向こうは向こうの時間が流れてる。私たちはある程度時間の流れはゆっくりだけど、奏汰くんもギターくんも、これからの人でしょう? 私たちとはスピードが違う」
「もちろん、蓮華ちゃんは、そんなことはわかってるんだもんね?」
京香が気遣う。
「優さん手放しちゃって、後悔しない?」
「新香ちゃん、なんてこと訊くの! キープしとけとでも言うの?」
京香が遮るが、蓮華は俯いたまま答えた。
「でも、だめだったんだもん。お互いに」
新香が溜め息を吐く。
「長過ぎたんだね……。あ~あ、早くくっついとけば良かったのに!」
「もう新香ちゃんたら!」
京香が、ちらちら蓮華の様子を見ながらあたふたするが、蓮華の方は泣きながらも静かに薫製をかじり続けている。
新香は、さらに、少し冗談めいた口調で続けた。
「ああ、奏汰くんが戻ってきた時にもう一回考えれば? 優さんとどっちがいいか。今より時間が経てばさ、また考え変わるかもよ? 今はまだ気持ちは奏汰くんにあっても」
「今は、そんなこと考えられないよ」
蓮華が手の甲で涙を拭う。
新香が、にやにや笑い出した。
「帰ってきたら、奏汰くん、変わっちゃってるかもよ? どうすんの? 金髪に染めちゃってサングラスして革ジャン着て『アメリカ帰りでーす! ヘイ、ベイビー、今夜もカワイイね~!』とかってライブでブイブイ言ってたら?」
「そんなチャラくなんか、なんないもん!」
二人のやり取りを見ていた京香は、うっかり笑ってしまった。
「アメリカ人の女の子連れてきたりして」
「う、……歓迎するもん」
「ニューヨークが気に入っちゃって、永住しちゃうかも?」
「……いいんじゃない、別に。そういうところが見つかったんなら、良かったんじゃない?」
「ね? こうなるかも知れないんだからさ、優さん大事にしときなよ」
「なによ、それ!」
いつの間にか、蓮華の涙は止まっていた。新香にいじられるうちに、笑いを誘い出されるようにもなっていった。
泣いたり、笑ったりできる友人の存在は、大人になってもありがたいことに変わりはなかった。




