(2)十年越しの友情
ニューヨークで結婚式を挙げ、そのまま新婚旅行へ旅立っていた明日香とマークは、横浜に戻ると『J moon』を貸し切りにして、結婚祝いをしていた。
蓮華、優も客として混じり、主役のマークと明日香の他には、涼子だけが参加していた。
涼子の方も、同居の条件は見送りとなり、着々と結婚準備へ向かっていると報告した。
「おめでとう! 良かったね、涼子ちゃん!」
蓮華が涼子に乾杯とグラスを合わせた。
「私はともかく、蓮ちゃん、奏汰くんと別れちゃったんだって?」
「うん。でも、円満に別れたから大丈夫。今日はせっかくのお祝いなんだから、縁起でもないことはナシにしようよ。あたしのことは気遣わなくていいから」
蓮華が笑うのを見ていて、涼子は、この場では詳しく聞こうとはしなかった。
明日香が後ろから蓮華の両肩に手を置き、覗き込む。
「奏汰くん、私がニューヨークにいた時は、元気でやってたわよ〜。例のギター青年なら最新情報知ってると思うわ」
「別に教えてもらわなくてもいいわよ。元気でいたなら良かったわ」
皆の目には、蓮華が奏汰のことを引きずっているようには映らなかった。
『レンカとユウは、どうやって出会った?』
マークが優と蓮華の間に入り、肩を組む。
共通のジャズ音楽講師である橘を介して知り合い、「あたしのイメージで」と注文する蓮華に応えたカクテルを優が作った。
ピーチリキュールとオレンジジュースをメインに炭酸やその他で調整したもので、甘口のファジーネーブルを、サッパリとした後口のカクテルに変身させると、蓮華が気に入っていた。
「自分からは絶対に頼まなかったと思うわ。いろんなところで試してみて、優ちゃんのが一番気に入ったの。大人の女ぶってたあたしじゃなくて、素の自分を言い当てられた気がしてね」
微笑む蓮華を見ながら、優も笑った。
「そんなこともあったね」
「それからも、橘先生のライブで共演したり、優ちゃんが修行中の銀座のバーにも、あたしが、おじいちゃんのお供で付いていったりして、なんだかんだ付き合いは続いてて」
「蓮ちゃんの性格は、正直に言って、恋愛相手よりわかりやすくて、付き合いやすかったよ」
「ああ、優ちゃんは、あたしのことは恋愛対象外だったもんね。そのうち、おじいちゃんと話し合って、あたしがお店をやることになった時に、橘先生が優ちゃんとあたしに『二人で店やれば?』って言ったのよね」
「蓮ちゃんのおじいちゃんには釘刺されたけどね、『そんなことはないとは思うが、孫には軽い気持ちで手を出すんじゃないぞ』って。冗談めいてたけど、本心だったと思うよ」
「もう、おじいちゃんたら、そんなこと言ったの?」
困った笑いになる蓮華と並ぶ優を見てから、マークの英語を、明日香が頷きながら通訳した。
「知り合った当時はまだ二〇歳そこそこの、お互いにまだ若くて、蓮華のことは可愛い友達に思ったかも知れないけれど、三〇歳過ぎて大人の女性になった彼女は、また違う印象じゃない? 蓮華にとっても、優さんは大人の男でしょう? 今の二人は相手をどう思うの? って」
蓮華が見上げ、優は和やかな視線でそれを受け止めた。
「もちろん、蓮ちゃんはいい女になったよね」
「優ちゃんのそういうのは、まったく信じられないわ」
と、蓮華は意地悪に笑って返す。
「昔の優ちゃんなら、ちょっといいなと思った時あったのに」
「あったの!?」「やっぱり!?」と、涼子と明日香が身を乗り出した。
優も意外そうに「へー」とだけ言った。
「なにをしても飄々《ひょうひょう》としてて、カッコ付けてないのにカッコいいかも……って思った時があったのよ。でも、そういう時は、大抵彼女がいる時でね。付き合ってる人がいるから魅力的になるのか、魅力的だからモテ期になるのか」
蓮華は苦笑した。
「僕は、最初から蓮ちゃんのことは可愛いと思ったし、気が合いそうだと思ったけど、三回目にお店に来てくれた時は彼氏連れだったから」
すかさず、涼子が尋ねる。
「それは、どの程度の興味だったの? 付き合いたいくらい?」
「当時は、ただ面白い子だなぁって」
「優さんは、大人の恋愛から始まってるから、普通の学生らしい恋愛してこなかったんじゃない? だから、可愛くて若い子見てもピンと来なかったんじゃないの? 不幸ねぇ〜!」
明日香が笑った。
「ああ、なんだかすごくもったいなかった気がしてきたよ!」
優がそう言うと、明日香もマークも笑った。
「蓮華は優さんに対して、最初はどう思ったの?」
涼子が尋ねる。
「なんかモテそうだから、無自覚タラシには気を付けようと思った」
「タラシじゃないよ」
優が否定してから続ける。
「映画のようなセリフを言うヤツは信用ならないとか言ってて、蓮ちゃんは一筋縄ではいかないだろうなって思ってたのに、年下のストレートな言葉は意外とすんなり入ってたよね?」
「計算されてない言葉は、嬉しかったかなぁ」
蓮華が笑うのと、微笑む優とを静かに見守っていた明日香は、祝賀パーティーの終了後、従業員と片付けている優を呼び止めた。
「もう、バーテンダーも私のパーティーの招待客である時間も終わりよね?」
優は、聞き返すように明日香を見た。
「私は、蓮華の友人としては、蓮華が奏汰くんにまだ未練があればそれでいいと思うし、全然知らない人との新しい出会いがあったなら喜んであげたいと思ってる。だけど、あなたに恩義がある身からすれば、あなたにも幸せになってもらいたいと思ってるのよ」
「それは、ありがとう」
「なんとなくだけど、私の勘繰り過ぎかも知れないけど、優さんは、この人と続けたいというより、続かなくてもいいと思って恋愛してきたんじゃない? もしくは、続きそうにない人を選んでた? そこは、私も一時期遊んでたから、あえてそういう人を選んでたところはあるからわかる気がするんだけど。蓮華のことは、ずっと大事にしていたかったから、かえって手が出せなかった?」
明日香の瞳が、正面から優を見据えた。
「十年を越えたら、いい加減、友情に変化は出て来ないものかしら?」
小さく溜め息を吐いてから、優が答えた。
「明日香さんの言う通り、勘繰り過ぎだし、蓮ちゃんのことに対しては幻想だよ」
「今のは、《《素のあなたが喋っている》》と受け取っていいのね?」
明日香はゆっくりと、一言ずつ刻むように問いかけてから、満足そうに笑った。
「幻想かどうか、試してみればいいじゃない? もう二人ともいい大人なんだし、奏汰くんだって大人よ。彼はミュージシャンの道を突き進んで、わざわざあなたに蓮華を頼んで行ったんだから、義理立てすることないのよ」
少し考えて、優はぽつんと言った。
「……幻想かどうかを試す、ね……。きっかけ……なのかなぁ、そういうのは」
「長かったからこそ、今さらきっかけが掴めない?」
「ずっと友達でいたいって、思ってきたんだし」
「だったら、きっかけになりそうなことがあった時に、取っ払ってみたら? 《《ここに掛けてる錠を》》」
と、明日香は優の左胸をノックする動作をしてみせ、美しく微笑んだ。
「《《そこを外す》》には、いつもは絶対にしないようなことをしてみるのもいいかもよ?」
明日香は、これまでになく真面目な表情になった。
「じゃないと、あなたは、《《そこから先に進めない》》わ。それは、あなたにとっても不幸だし、蓮華にとっても不幸なことなのよ。どっちに転んでもね」
【カクテル】
「ファジーネーブル」
ピーチリキュール、オレンジジュース。




