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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第十二章『ニューヨークへ!』
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(2)『上を向いて歩こう』

 明日香とマークは教会で式を挙げ、マークの家では友人たちを招いたガーデンパーティーが行われた。そこでは、マークの弟と、妹マーシャとも再会する。


 奏汰には「頑張って!」と言い残し、明日香とマークは新婚旅行に出かけていった。ニューヨークに来る約半年前から共同生活をし、ニューヨークに来てからの数日間までマークの実家で二人と一緒であった。

 数日前に奏汰はアパートへ引っ越し、途端に静かな暮らしとなる。日本では、明日香のペースに多少振り回されたが、いざ離れてしまうと心細い。


 俺、ここで何してるんだろう?

 このままで大丈夫かなぁ……


「おい、カナタ、もっと音楽に集中しろ! 俺のフレーズに応えてないぜ!」


「あ、はい。すみません」


「いいか、俺が、()()弾いてるんだから、()()()()()よ。それと、もうちょっと楽しく! 俺の演奏が、そんなにつまらないのか?」


「いいえ!」


「なら、ちゃんとついてこい!」


 不安にかられていた始めの一週間は、バー『Sidecar(サイドカー)』の片隅で、ドラムとギターに合わせ、消音ベースの弦を(はじ)いていた。


 入り口の横にサイドカー付きバイクの本物サイズのレプリカが飾られている、レトロな外装と内装のこのバーでは、奏汰の入れてもらったバンドが週四日は演奏するが、リーダーである鍵盤奏者ベニー・ホワイトが今は旅行中でしばらく戻らない。


 代わりに、サブリーダーのギタリストがメインを努め、ノリにノッていた。

 三〇代ほどのギタリストは、容赦なく思いをぶつけてくる。

 言葉でも、演奏でも。


 そうだった。

 何のためにここにいるのかと、改めて考え直し、徐々にギタリストの感性に応えようと、それだけを考えるようにした。

 シャツをルーズに着こなすギタリストとは対照的に、ドラマーは本番ではいつもスーツにネクタイというきちんとした格好だ。普段からあまり口を利かないが、曲調によっては、どこにそんなパワーを秘めていたのかと思うほどパワフルだった。


「すごいです! グルーヴ感が気持ち良くて、思い切り()()ました!」


 ステージの合間に、奏汰が興奮してドラマーに伝えるが、途端に人見知りに戻ってしまったのか、そそくさと隅のテーブルに行ってしまう。

 そこでは、若く大人しそうな女性がいた。はにかみながら話しをしている。隣り合っていても、二人の間にはまだ距離があるようだった。


()()()()……ですか?」


「いや、よくわかんないけど、時々来るんだよ。ドラム叩いてる時はワイルドなんだが、あの彼女と話す時は、いつもあんな感じで」


 ギタリストは、そっとしておいてやろう、と奏汰に言った。


 バーでは、頭の禿げかけた、グレーのくせ毛と口髭を生やし、青い瞳は美しい巨漢のマスターが人使いが荒く、奏汰が日本のアルバイトでカクテルを作っていたと知ると、演奏の合間や忙しい時に手伝わせた。

 そのうち、演奏がない日にも呼びつけ、忙しくもない時間にも手伝わせるようになり、自分はカウンターの中でバーボンを飲むか、ギターを鳴らすかしていた。


 奏汰がきちんと分量通りにカクテルを作っていると、「メジャーカップなんか使わないとわかんないのか?」とからかった。マスターは、豪快に注ぐあまりカクテルがグラスからこぼれたり、まだシェイカーに余っていても一向に構わないのだった。


「俺が作る時は、ちゃんと作ります。その方が、お酒も無駄にならないでしょ?」


 言い返せるようになると、マスターは奏汰に任せるようになった。

 ここでは、自分の意見を言わないとだめだと悟った。

 それは、()()()()()、ということでもある。


 覚えていないカクテルのレシピは、スマートフォンで調べ、メモしてカウンターの中に貼付けておくようにした。

 注文されて、わからない時は、マスターに訊いても「適当に作っとけ」としか言わないので、客にどんなカクテルかを訊き、自分の少ない経験でも、なるべくイメージに近いものを作ったつもりだった。幸い、味にこだわる客は、滅多にこの店には来なかったので、()()()()でも文句を言われることはなかった。




 奏汰が日本を出発して一ヶ月半が経とうという頃、翔がニューヨークにやって来た。

 空港で出迎えた奏汰は再会を素直に喜んでいたが、翔の方は喜ぶどころか、奏汰の出で立ちを、奇妙なものでも見るようにじろじろと見回した。


 奏汰は、外したサングラスをTシャツの胸元に引っ掛けた。


「お前、普段から、そんなのしてんのかよ?」


「だって、アメリカ人は皆サングラスしてるよ、紫外線強いから。子供のうちに浴びた分が蓄積されて、大人になって影響出るから気をつけろって言われた」


「って、カッコ付けてたんじゃなくて、そんな理由!? コドモ扱いされてんのかよ!?」


 ニューヨーク市内のアパートに、翔の荷物を置く。

 身の回りの物と楽器関連くらいしかなく、まだ殺風景な部屋だが、窓からのぞく景色は映画で見たような街並みの、いかにも異国だ。


「かっけぇな! それにしても、引っ越し、思ったより早かったんだな」


 翔がベッドに仰向けに寝転びながら、言った。


「ああ、マークさんの実家では犬と猫を飼ってて。犬はまだいいとして、部屋でベース弾いてたら、いつの間にか猫が入ってきて、ベースで爪を研ごうとしたのか、じゃれて引っ掻いてきたからビックリしてさ。あの猫、ドア開けられるんだぜ。おちおち練習してられなかったんだよ。引っ越すまでの間は、『Sidecar』で楽器預かってもらってた」


 奏汰の腕と手の甲には、ベースを守ろうとして出来た引っ搔き傷が数カ所あり、ジーンズの上からでも足を引っ掻かれた跡があり、翔は同情した。


 始めのうちは途方に暮れていた奏汰であったが、ギタリストに叱咤激励され、マスターに()き使われ、退屈する時はなかった。そのうち、ベニーから連絡が来るまであちこち見学して楽しもうと割り切るようになったという。


 翔がニューヨークに着いたとメールを送っても、相変わらず、ベニーからは返事がない。唯一、マスターにはたまに連絡が入り、翔を歓迎する内容と、今はオーストラリアにいて、あと二週間ほどで帰るとわかったところだった。


「戻ってくるのがレコーディング前日!?」


 驚いて青ざめた翔に、マスターは別に同情的な様子もなく、おどけたように肩をすくめた。


「そうなるね!」


「一日で録るってのか!?」


 翔も、始めの頃の奏汰と同じように、二の句が継げないでいた。


「俺がこっちに来た時もそうだったんだ。ベニーがいなくて、代わりにここでベース弾いてろって、わけがわからないうちにこうなってて」


 奏汰が苦笑して打ち明けた。

 バーもライブも夕方からで昼間は時間があったので、映画や博物館などに行ってみた。

 ボサノヴァのコンサートのチケットをスペイン人らしき男から買ったら、全然違うもので騙されたこともあった。


「ニューオリンズにも行ってきたよ。やっぱ、ジャズ発祥の地は見ておきたかったからさ。飛行機で三時間くらい。NYほど都会じゃなくて道路の幅も狭いから、通り沿いに並ぶ店をあちこち覗けて気楽に楽しめたよ。ミシシッピ川のクルーズではジャズも聴けたし、古き良きアメリカって感じで、のんびり出来た。ああ、ミシシッピ川って、すっげぇ広くてさ、あれが川なんてびっくりしたよ!」


 翔は、奏汰のスマートフォンの画像や動画を見せられた。


「ミュージカルも見たよ。本場ブロードウェイってすげぇよな! 英語力なくても楽しめるし! 『アラジン』とか『オズの魔法使い』の魔女の話とか、ディズニー映画が元になった新しいのもあれば、『レ・ミゼラブル』、『オペラ座の怪人』とか定番も! そうそう、俺、ミュージカルに感動したからオーディションを受けようと思ったんだ」


「ちょっと待て。オーディション……って? オケでベース弾くんじゃなくて、歌って踊る方のか!?」


「うん。それで、受けるにはどうしたらいいか劇場にも聞いてみたんだけど、相手にされなくて。チケットのもぎりや清掃のバイトでもいいから、ここで働けないかって粘ったら、『お前はアーティストビザだから副業ダメだろ!』って。どうやら、ベニーのバンド以外の仕事は出来ないみたいで」


 ごまかすように笑った奏汰を見る翔の目は、見開かれた後で、みるみる呆れていった。


「お前バカか? 完全に方向見失ってるだろ!」


「それくらい感動したんだってば! とにかく、ここは、すごくいい環境だって言いたかったんだよ。だから、レコーディングまで時間を潰すのも悪くないよ」


 奏汰を見ていて、翔の頭には心配が(よぎ)るが、奏汰の心配をしているどころではないと、薄々気が付いていた。ここに着いて早々、電車は遅れ、立て続けに来たと思うと、間隔が空き過ぎていたり、その他にも、奏汰の話から、予定通りに事が運ばないことも想像出来た。日本では当たり前のことが当たり前でなかった。


 だが、ミュージカルやコンサート、ライブは路上も含めて演奏レベルは高く、いつまででも聴いていたくなるほどだという。宣伝カーや突然のゲリラ・パフォーマンスが行われ、商品が配られたり、大物アーティストがサプライズで演奏することもあるというのには、人々を楽しませるエンターテインメントの国だからこそだと実感してしまう。




 その夜、『Sidecar』でのライブ1stステージは、翔は近くの壁に寄りかかり、見物していた。


 奏汰がライブに参加したばかりの頃、中国人ではなく日本人だったとわかると、客の中から「SUKIYAKI SONG!」とリクエストが上がった。

 何のことかわからなかった奏汰も、今ではリクエストに応えられ、邦題『上を向いて歩こう』をベースのソロから始め、メロディーから聴かせるソロへと転じると、「Oh!」「Yeah!」と歓声が上がるようになる。

 以来、店の客にも、カナタ=スキヤキ・ソングと思われていた。


 原曲の4Beatから、奏汰の思い付きでジャズワルツにアレンジする。少しの打ち合わせとリハーサルで、ドラムもギターもすぐにしっとりとした、だが哀愁よりも、どこか可愛らしさのある世界観を造った。観客の中から、溜め息がこぼれる。


 世代的に曲を知らなかった翔は、とても日本人の作った曲とは思えなかった。

 作曲した中村八大(はちだい)はジャズピアニストだっただけあり、曲もバウンス(弾む)していてジャズに馴染みやすい。

 だからこそ、アメリカや世界で親しまれたのだろう。

 日本でも、様々なアーティストがカバーしていた。


 翔は、立っていることも忘れているかのように見入っていた。

 奏汰のソロが日本にいた時よりも気張ることなく自由に動き回り、アメリカ人ミュージシャン達に劣らず、むしろ一体化して、馴染み、主張もしていた。

 奏汰のやりたいことが理解出来る翔には、()()()()()()()()()では笑っていた。


 しっとりで終わるのかと思いきや、ギタリストが合図し、華やかでテンポの良いジャズワルツに変わった。場の雰囲気を察知し、それが求められていると判断したのだ。ギタリストの勘通り、観客の中から拍手が起こった。


 ステージが終わる頃、「お前、すっかりジャズメンだな!」と笑うと、「もう一人のジャパニーズ・ジャズメン、ショウ!」と、奏汰が翔の腕を掴んで挙げた。


「次のステージでは、ショウも演奏するから、お楽しみに!」


 奏汰の呼びかけに応える観客の歓声に、翔は照れたように笑ってみせた。


 リードギターと、コードを刻む翔のギター——二人のギタリストとドラム、ベースの編成で、2ndステージが行われた。

 リハーサル済みとは言え、初めて合わせるメンバーに、気後れせずに入ることが出来たのは、翔にとって最も有り難かった。


 なぜか、日本人とのライブほど緊張しないのは、異国だからか。

 席を立っていたり、手拍子を取ったり、踊ったりと楽しんでいる陽気な客たちと、共演ミュージシャンのアメリカ人ならではのグルーヴ感のせいか、気分が盛り上がり、楽しさが倍増する。

 

 何を演奏しても観客は喜び、奏汰とのデュオも、試しに一曲披露しても反応が良い。


 肩肘張らずでいい。

 そう教えられた気になった。


 少しだけのぞいてみるつもりが、そのまま居着いてしまうことも多い、ジャズの国。

 奏でずにはいられない、自分の音を、音楽を探し、極めずにはいられない。

 この街では、そんな想いが飛び交っている。


 毎回違う曲で意外な展開をはかる奏汰と翔のデュオは「面白い」と、メンバーからも、一部の観客からも、リクエストされるようになった。


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