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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第一章『バイト』
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(3)酒の肴(さかな)

 数回目のバンド練習が終わり、その日は、メンバーと居酒屋で飲み会となった。奏汰も、『J moon』の仕事が休みだったので、加わった。


「それにしても、奏汰、頑張ったなぁ! エレキからアコースティックのベースは、感じが違うだろ? なのに、随分それっぽい弾き方になってきたじゃないか!」


 ベース小畑が、ひげ面の低音で、上機嫌に笑う。


「ありがとうございます!」


 メンバーも奏汰も、ビールの大ジョッキを掲げる。

 ビールを飲みながら、ギター遠藤が続いた。


「だが、まだ欲を言わせてもらうと、もうちょっと『ねばり』が欲しいっていうか、さわやかすぎる気がするんだ」


「ほら、ジャズだから、時々、もたった方が、それらしくなるわけよ。ベースだから、テンポくずすわけにはいかないんだけどさ、ひとつひとつの音を、大事にするっていうか、充分に保つんだ。まあ、慣れるまで難しいんだがな」


 小畑も口添えした。


「俺も、皆さんと一緒に演奏してて、自分だけノリというか、なんか違うなって思ったんですけど、どうしたらいいのか、よくわかんなくて……」


 奏汰が、う~ん、と考えるような、難しい顔になった。


「今、女いないだろー?」


 サックスの男が、ジョッキを持って、割り込んできた。


「わかります?」


 奏汰が上目遣いになる。


「そりゃあ、わかるよ! 上手いんだけど、淡々と弾いてるように聴こえるんだよ。遠藤が言うみたいに、『ねばり』が欲しいかなぁ。ミュージシャンは、いつでも恋をしていた方が、いい音楽が出来るんだぞ」


「はあ、やっぱ、関係あるんですかね?」


「あるって!」


「かといって、同年代とか年下とか、中身『子供』はダメだぞ。一般人でも、音楽に理解のある子ならまだしも、女は、一見ものわかり良さそうでも『私と音楽とどっちが大事?』とか聞いてきたり、こうやって男同士で飲むのも気に入らなくて、束縛したがる子もいるからな。そんな足引っ張るようなのに捕まったら、面倒でしょうがないぞ」


「……どれも覚えがあるな」


 メンバーは、そう呟いた奏汰に、さらに集中した。


「お前さー、イケメンなんだから、選べる立場にあるだろ?」


 と、サックス。


「ちゃんと見極めろよ」


 ドラムも、ぐいっとビールをあおる。


「女を見る目を、もうちょっと養った方がいいな。この業界の女性を、一般女性と同じだと思うなよ」


「そうそう! 肉食系女子多いんだから、気を付けろよ」


 奏汰は、圧倒されて、皆を見回した。


「はあ、そうなんですか……。でも、そんなに都合良く、理想的な彼女なんか、見つからないですよ」


「そんなことないだろ?」


「ママはどうだ? お前、気に入られてるみたいだし」


「ああ、確かに、そうだよな!」


 奏汰は、思わずビールをこぼしそうになった。


「なっ、何言ってんですか! あの人は、雇い主ですよ? 確かに、き、きれいだし、話し易いし、音楽の相談にも乗ってくれるけど……だけど、男女としてっていうより、同性みたいな感じだし……」


「ああ、ママは、考え方とか、ちょっと男っぽいからな。口調は女性っぽくても、男と話してる気になるくらいだ。気軽に話せるからか、彼女を気に入る男も多いよな」


「◯◯のヤツ、ライブやった後、酒入ると、すぐに女口説くから、勢いでママを口説いたらしいけど……」


 サックスの男が、言いかけて、枝豆を手に取る。


「それで、どうしたんだ?」


 小畑や、ドラムも、興味本位な顔になり、奏汰も、思わず注目した。


「やんわり断られたらしいぜ。でも、店の客ではあるから、嫌な思いはさせないよう配慮したんじゃないか? だから、◯◯もまだこの店でライブやってるし」


「客とは親密にならないように、してるんだろう」


「若いのに、そこはわきまえてるから、この店もやっていけるんだろう。女主人のプロ意識を感じるよな」


「へー」


 奏汰は、メンバーに混じって、感心した。

 ポリシーのある雇い人で、本当に良かった、と。


「ああ、でも、元カレっぽいのとか、特別な仲に見えるのが、店に来ることはあるよな?」


「そうそう、店で知り合った客とは一線引いてても、外では自由だからな」


 奏汰は、顔に出さないよう、驚いた。


「ほ、ほら、やっぱり、ママは外にいるんじゃないですか。俺なんか相手にされないですよ」


「相手がいる、いないは、関係ないだろ?」


「へっ!?」


「彼氏がいたとしても、結婚してるわけじゃないし。結婚してても、浮いた噂のあるヤツもいるし」


「不倫だって、この業界じゃ珍しくないくらいだ」


「道理じゃなくて、感覚だからな」


「たまたま客で居合わせた女性ミュージシャンが、飛び入りで、一、二曲共演しただけで、バンドの一人と深い仲になったとかも、よく聞くぜ」


「ま、まあ、俺もPAの仕事してたから、業界のそういう人の話は耳にしますが……」


 奏汰は、目を丸くするばかりだった。


「だからさ、奏汰、頑張ってみろよ!」


 どん、とサックスに、奏汰は背を叩かれた。


「蓮華ママなら、音楽には理解あるし、まあ、お前よりは年上だけど、実年齢よりは若く見えるし、精神的にも若いけど、足引っ張るような真似は、するわけないし」


「お前には、ちょうどいい!」


 奏汰は、ますます焦った。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! だいたい、俺は、ママに取り入ってデビューしようなんて、考えたくないんですから! そう彼女にも言いましたし!」


「うんうん、そーか、そーか」


 まともに話を聞いてなさそうな彼らに、奏汰は、ムキになって続けた。


「この間、吉祥寺の先生紹介してもらった帰りにも、『海見たい』とか言うから、五分くらい海見てから仕事行きましたが、別に色っぽい話も何もなかったし」


「それ、誘ってたんじゃないのかよ?」

「お前、気付かなかったのか?」

「案外、脈あるかも知れないぞ?」

「ははは! まあ、頑張れよ!」

「奏汰が相手にされない方に一〇〇円賭けよう!」

「じゃあ、俺は、付き合っても長続きしない方に一〇〇円! ああ、それじゃ、賭けにならないか!」


 メンバーはゲラゲラ笑っている。

 途中から、彼は気が付いた。

 完全に、肴にされたことに。


 早く大人になりたい……


 そう思った。




 翌日、『J moon』夜の開店前、奏汰が店内を掃除していると、制服を着た優が、いつものように純水の氷を削っていた。丸いものと、細かくクラッシュしたものだった。


 ホルター・ネックのワンピースに、髪をいつもと違い、下ろしている蓮華が、シェイカーにクラッシュされた氷を入れてから、振っていた。

 それを、カクテルグラスに注ぐ。


「どう?」


 味見を頼まれた優が、一口飲む。


「美味しいですよ。いいんじゃないですか?」


 いつものように、にこやかに微笑む。


 グラスを受け取った蓮華も、味見をする。

 つやのあるピンク色の唇が、グラスに触れる。


 奏汰は、思わず、手を止めて見つめていた。


 彼の視線に気が付いた蓮華が、微笑んだ。


「奏汰くんも、飲んでみて」


「えっ、いいんですか?」


 おそるおそる奏汰が、同じグラスに口をつける。


「……これって、……梅酒?」


「そう。梅酒ベースのカクテル作ってみたの」


「ママのオリジナル?」


「そうなの。今日は、特別なお客様が見えるから」


 奏汰は、先日のバンドメンバーたちが話していた内容を思い出し、気が付かないうちに、ムッとした顔になっていた。


「へー、男ですか?」


 ぶっきらぼうな言い方になってしまい、奏汰自身も少し驚いた。


 蓮華は、カウンターの中で、腕を組み、奏汰を面白そうに見ると、あえて強調して言った。


「かも知れないわね」


 面白くなさそうな彼に、蓮華は、にっこり笑いかけた。


「ちょっと妬けた?」


「いえ、全然!」


 蓮華と、隣の優も、にこにこと奏汰を見る。


「優ちゃんは?」


 蓮華は、隣にいる優を見上げた。


 優は、普段とは違う類のやさしい視線を、蓮華に向ける。


「いつも妬いてますよ」


「またまたー。いつもお上手なんだから♡」


 二人の親密にも見えたやり取りに、びっくりした奏汰は、思わず後ずさった。


 すぐに、蓮華が、けろっとした顔で、向き直る。


「わかったー? 言葉で女の人を気持ち良くさせないと、だめよー。女が気持ちいいのは、なにも『あの時』ばかりじゃないんだからねー」


「はっ!? 何言って……!?」


 呆気に取られている奏汰を尻目に、蓮華は「さーて、仕事、仕事!」と、カウンターの奥へ向かった。


「……優さん、……もしかして、今、俺、からかわれてました?」


 優が、困った顔でくすくす笑った。


「まあ、女性には、お世辞のひとつでも言えるようにならないとな」


「はあ。でも、あの人には、なんか、言いたくないような……」


「そうやって、意地を張ってると、ママは余計張り切るよ」


「……そうかも知れませんね。俺が早く大人にならないと、なんですね?」


「その方が、うまく行くよ、何事も」


 ぽんと、優が奏汰の肩をたたいて、蓮華を振り向く。


「蓮華さんも、あんまりからかうと、逃げられちゃいますよ」


「だーって、あの子、クールぶってるんだもん。くずしてやりたくなるのよねぇ」


 そんな蓮華の声が聞こえた奏汰は、ますます面白くなかった。


 なんで、こんなことまで言われなきゃならないんだ!

 どこが、『気に入られてる』……だ?

 ママと付き合うなんて、冗談じゃない!


 いくら大人の女で、親切だからって、自分は、絶対になびいたりしない! と、奏汰は、心の中で強く思った。




 十数分後、奏汰がカウンターを拭いていると、開店前にもかかわらず、一人の男が入ってきた。


「Hi!」


 長身で、かなり美形の外国人だった。


「いらっしゃいませ……?」


 奏汰が、不思議そうにしていると、


「マーク!」


 蓮華が出て来て、「きゃー、久しぶり!」と、外国人と抱き合った。


「Hey,good to see you!」


 特別な客って……外国人の彼氏!?


 奏汰はショックを受けている自分に、気が付く。


 だが、何かがおかしい、と思う。

 なんとなく、この男と、蓮華の試作していた梅酒ベースのカクテルは、結びつかないのだ。


 すると、後ろから、もう一人やってきた。


「おジャマするよ」


 それは、パッと目に飛び込んでくるような、美人であった。


 ワインレッドのキャミソール・ワンピースはミニ丈、すらりとした太腿が大胆に覗く。


 赤茶系に輝くストレート・へアが、背を覆うほどに長い。


 はっきりとした顔立ちに、しっかりとメイクがされ、ピアス、ネックレス、ブレスレットは、大振りのものだ。


「明日香ちゃん、久しぶり!」


 きゃー! と、蓮華が女と抱き合う。


 明日香も嬉しそうに蓮華と抱き合った後、マークにエスコートされ、カウンターに腰かけた。


 カウンターで、二人が英語で会話している間に、奏汰は制服に着替え、戻ると、さらに二人、カウンターに加わっていた。


 男の方は、カジュアルなチノパンとシャツ、女の方は、髪のサイドを後ろでバレッタでとめた、フレアスリーブの小花模様の長いワンピースに、小振りで控えめなアクセサリーを付けていた。


 一見して、タイプの全く違うカップルであった。


 蓮華は、明日香の隣に座り、試作品カクテルを、五人で飲む。


「美味しいじゃない、これ! 梅酒使ったの?」


「そうよ、わかった? 明日香も涼子ちゃんも、梅酒好きでしょう?」


 二人とも、蓮華の中学の同級生だった。


 蓮華は、この後も仕事だからと、その一杯だけでやめている。

 女たちは、きゃっきゃはしゃぎ、もう一杯梅酒のカクテルをおかわりすると、賑やかに話し始めた。男性陣は、それぞれ好きなものを頼み、相槌を打つなりしていた。


 明日香は、恋愛ドラマの脚本家で、雑誌にエッセイを連載していたりするという。 

 話の内容から、外国人好きで、魔性の女とも言われているのは、奏汰には、大きく頷けた。


 見るからにフェロモンをまとう明日香と並べば、蓮華の色気など、ささやかなものと言えた。


 しかも、マークが、明日香の方の恋人だったと知って、安心もした。


 もう一組の、一般人と思われる涼子のカップルは、それぞれの家の条件が合わず、なかなか結婚まで辿り着けないのだという。


 奏汰が、ミックスナッツを運んだ。


「あら、さっきの子ね」


 明日香が、切れ長の瞳を、いたずらっぽく、蓮華に向けた。


「へー、今度は、こういう趣味になったんだ?」


「うん」


 蓮華も、にこにこと答える。


 何の話だ? と、奏汰が不審な目を向ける。


「いいなぁ、私も、今度は年下にしようかなぁ!」


 明日香が、小悪魔のような微笑みで、奏汰を見上げた。


 たじろぐ奏汰だが、明日香の隣にいるマークは、惚れ惚れと彼女を見ている。

 彼女がどれだけモテるのかを楽しんでいるとか、彼女の恋愛は、仕事の参考になるのだから構わないとも、日本語、英語混じりで話していた。


「だからって、明日香ちゃん、いい加減にしなさいよ」


 涼子がたしなめる。


「あら、取材・研究熱心だと言ってもらいたいわね」

「よく言う! それにかこつけて、男の人騙してるんでしょう?」

「大丈夫よ、純情な一般人を騙したりはしてないんだから」


 ころころ笑う明日香に、涼子は呆れ、蓮華は笑っていた。


「ねえねえ、そこの僕、いくつなの?」


 明日香は、美しい微笑みで、奏汰に尋ねる。

 多少、引きながら、奏汰は答えた。


「二一です」

「やだ、若ーい! かわいいっ!」

「は、はあ……」


 奏汰は、どう反応していいか、わからなかった。


 その間、涼子は、「お久しぶり」と、カウンターの中の優と話している。

 ちらっと、それを見た明日香が、蓮華に言った。


「蓮華、この子と優さん、両天秤にかけてるんでしょー?」

「やっだー、わかっちゃったー?」


 蓮華がノリで答える横で、奏汰は、一層たじろぐ。


 涼子の呆れた声が聞こえてくる。


「ちょっと、優さん、蓮ちゃんたら、また年下に入れ込んでるの? 相変わらず、フラフラして。あなたが付いていながら、なんで、いつもそうなの? ちゃんとしっかりつなぎ止めておいてよ」


 涼子の言葉が、冗談なのか、本気なのか、奏汰にはわからなかったが、彼女が冗談を言う人ではない気がしたので、優の反応を気にして見た。


「そんな、私ひとりでは、とてもとても責任持てませんよ」


 優は、さすがに焦ったのか、顔の前で手を振って、否定してみせた。


「でも、奏汰くんと二人で、ということなら」


「は!? 優さん、何を……!?」


 奏汰が、慌てる。


「あっ、それいいかも!」


 蓮華が、ぽんと手を打った。


「ちょっと、ママまで、何を言ってんです!?」


「タイプ違う二人と付き合うと、飽きなくていいわよ」


 明日香と蓮は盛り上がり、マークも、わけがわかっているのか、いないのか、楽しそうであり、優も楽しそうに笑うが、何を考えているのかはわからない。


「あー、なんか、頭痛くなってきたわ」


 涼子の疲れた様子に、奏汰も共感した。


「全部冗談だからね、いちいち真に受けなくていいよ」


 さすがに可哀想に思ったのか、優が、奏汰に笑いかけた。


「……早く大人になることにします……」


 奏汰は、力なく言った。


なんとなく、『Dragon Sword Saga』のキャラに近いものが……。(^^;

というか、こちらが原形だったのを思い出しました。

名前は、画数とかも見て、決め直しましたが。(^^;;


奏汰は、外見的にはケインみたいだったのか。(・・;

ケインの性格も、原作では、これに近かったです。そんなにイケメン、イケメン言われてませんが。


蓮華は、ラン・ファとマリスの間くらい? 

おかしいな? 蓮華の方が、ラン・ファよりももっと年上な設定ですが、中世風ファンタジーの場合は、実年齢よりも大人びている……ということで。(^∇^;


優は、外伝3『トリック・オア・スイート』のユウとほぼ同じ人ですが、こちらの方が頭の中がどこかおかしいです。

立場的には、そばで見守るヴァルドリューズに近い??


多分、共通するキャラは、それくらい。


ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!

まだまだ探りながら書いてる状態ですが、第二章も、よろしくお願いします! 


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