(3)酒の肴(さかな)
数回目のバンド練習が終わり、その日は、メンバーと居酒屋で飲み会となった。奏汰も、『J moon』の仕事が休みだったので、加わった。
「それにしても、奏汰、頑張ったなぁ! エレキからアコースティックのベースは、感じが違うだろ? なのに、随分それっぽい弾き方になってきたじゃないか!」
ベース小畑が、ひげ面の低音で、上機嫌に笑う。
「ありがとうございます!」
メンバーも奏汰も、ビールの大ジョッキを掲げる。
ビールを飲みながら、ギター遠藤が続いた。
「だが、まだ欲を言わせてもらうと、もうちょっと『ねばり』が欲しいっていうか、さわやかすぎる気がするんだ」
「ほら、ジャズだから、時々、もたった方が、それらしくなるわけよ。ベースだから、テンポくずすわけにはいかないんだけどさ、ひとつひとつの音を、大事にするっていうか、充分に保つんだ。まあ、慣れるまで難しいんだがな」
小畑も口添えした。
「俺も、皆さんと一緒に演奏してて、自分だけノリというか、なんか違うなって思ったんですけど、どうしたらいいのか、よくわかんなくて……」
奏汰が、う~ん、と考えるような、難しい顔になった。
「今、女いないだろー?」
サックスの男が、ジョッキを持って、割り込んできた。
「わかります?」
奏汰が上目遣いになる。
「そりゃあ、わかるよ! 上手いんだけど、淡々と弾いてるように聴こえるんだよ。遠藤が言うみたいに、『ねばり』が欲しいかなぁ。ミュージシャンは、いつでも恋をしていた方が、いい音楽が出来るんだぞ」
「はあ、やっぱ、関係あるんですかね?」
「あるって!」
「かといって、同年代とか年下とか、中身『子供』はダメだぞ。一般人でも、音楽に理解のある子ならまだしも、女は、一見ものわかり良さそうでも『私と音楽とどっちが大事?』とか聞いてきたり、こうやって男同士で飲むのも気に入らなくて、束縛したがる子もいるからな。そんな足引っ張るようなのに捕まったら、面倒でしょうがないぞ」
「……どれも覚えがあるな」
メンバーは、そう呟いた奏汰に、さらに集中した。
「お前さー、イケメンなんだから、選べる立場にあるだろ?」
と、サックス。
「ちゃんと見極めろよ」
ドラムも、ぐいっとビールをあおる。
「女を見る目を、もうちょっと養った方がいいな。この業界の女性を、一般女性と同じだと思うなよ」
「そうそう! 肉食系女子多いんだから、気を付けろよ」
奏汰は、圧倒されて、皆を見回した。
「はあ、そうなんですか……。でも、そんなに都合良く、理想的な彼女なんか、見つからないですよ」
「そんなことないだろ?」
「ママはどうだ? お前、気に入られてるみたいだし」
「ああ、確かに、そうだよな!」
奏汰は、思わずビールをこぼしそうになった。
「なっ、何言ってんですか! あの人は、雇い主ですよ? 確かに、き、きれいだし、話し易いし、音楽の相談にも乗ってくれるけど……だけど、男女としてっていうより、同性みたいな感じだし……」
「ああ、ママは、考え方とか、ちょっと男っぽいからな。口調は女性っぽくても、男と話してる気になるくらいだ。気軽に話せるからか、彼女を気に入る男も多いよな」
「◯◯のヤツ、ライブやった後、酒入ると、すぐに女口説くから、勢いでママを口説いたらしいけど……」
サックスの男が、言いかけて、枝豆を手に取る。
「それで、どうしたんだ?」
小畑や、ドラムも、興味本位な顔になり、奏汰も、思わず注目した。
「やんわり断られたらしいぜ。でも、店の客ではあるから、嫌な思いはさせないよう配慮したんじゃないか? だから、◯◯もまだこの店でライブやってるし」
「客とは親密にならないように、してるんだろう」
「若いのに、そこはわきまえてるから、この店もやっていけるんだろう。女主人のプロ意識を感じるよな」
「へー」
奏汰は、メンバーに混じって、感心した。
ポリシーのある雇い人で、本当に良かった、と。
「ああ、でも、元カレっぽいのとか、特別な仲に見えるのが、店に来ることはあるよな?」
「そうそう、店で知り合った客とは一線引いてても、外では自由だからな」
奏汰は、顔に出さないよう、驚いた。
「ほ、ほら、やっぱり、ママは外にいるんじゃないですか。俺なんか相手にされないですよ」
「相手がいる、いないは、関係ないだろ?」
「へっ!?」
「彼氏がいたとしても、結婚してるわけじゃないし。結婚してても、浮いた噂のあるヤツもいるし」
「不倫だって、この業界じゃ珍しくないくらいだ」
「道理じゃなくて、感覚だからな」
「たまたま客で居合わせた女性ミュージシャンが、飛び入りで、一、二曲共演しただけで、バンドの一人と深い仲になったとかも、よく聞くぜ」
「ま、まあ、俺もPAの仕事してたから、業界のそういう人の話は耳にしますが……」
奏汰は、目を丸くするばかりだった。
「だからさ、奏汰、頑張ってみろよ!」
どん、とサックスに、奏汰は背を叩かれた。
「蓮華ママなら、音楽には理解あるし、まあ、お前よりは年上だけど、実年齢よりは若く見えるし、精神的にも若いけど、足引っ張るような真似は、するわけないし」
「お前には、ちょうどいい!」
奏汰は、ますます焦った。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! だいたい、俺は、ママに取り入ってデビューしようなんて、考えたくないんですから! そう彼女にも言いましたし!」
「うんうん、そーか、そーか」
まともに話を聞いてなさそうな彼らに、奏汰は、ムキになって続けた。
「この間、吉祥寺の先生紹介してもらった帰りにも、『海見たい』とか言うから、五分くらい海見てから仕事行きましたが、別に色っぽい話も何もなかったし」
「それ、誘ってたんじゃないのかよ?」
「お前、気付かなかったのか?」
「案外、脈あるかも知れないぞ?」
「ははは! まあ、頑張れよ!」
「奏汰が相手にされない方に一〇〇円賭けよう!」
「じゃあ、俺は、付き合っても長続きしない方に一〇〇円! ああ、それじゃ、賭けにならないか!」
メンバーはゲラゲラ笑っている。
途中から、彼は気が付いた。
完全に、肴にされたことに。
早く大人になりたい……
そう思った。
翌日、『J moon』夜の開店前、奏汰が店内を掃除していると、制服を着た優が、いつものように純水の氷を削っていた。丸いものと、細かくクラッシュしたものだった。
ホルター・ネックのワンピースに、髪をいつもと違い、下ろしている蓮華が、シェイカーにクラッシュされた氷を入れてから、振っていた。
それを、カクテルグラスに注ぐ。
「どう?」
味見を頼まれた優が、一口飲む。
「美味しいですよ。いいんじゃないですか?」
いつものように、にこやかに微笑む。
グラスを受け取った蓮華も、味見をする。
つやのあるピンク色の唇が、グラスに触れる。
奏汰は、思わず、手を止めて見つめていた。
彼の視線に気が付いた蓮華が、微笑んだ。
「奏汰くんも、飲んでみて」
「えっ、いいんですか?」
おそるおそる奏汰が、同じグラスに口をつける。
「……これって、……梅酒?」
「そう。梅酒ベースのカクテル作ってみたの」
「ママのオリジナル?」
「そうなの。今日は、特別なお客様が見えるから」
奏汰は、先日のバンドメンバーたちが話していた内容を思い出し、気が付かないうちに、ムッとした顔になっていた。
「へー、男ですか?」
ぶっきらぼうな言い方になってしまい、奏汰自身も少し驚いた。
蓮華は、カウンターの中で、腕を組み、奏汰を面白そうに見ると、あえて強調して言った。
「かも知れないわね」
面白くなさそうな彼に、蓮華は、にっこり笑いかけた。
「ちょっと妬けた?」
「いえ、全然!」
蓮華と、隣の優も、にこにこと奏汰を見る。
「優ちゃんは?」
蓮華は、隣にいる優を見上げた。
優は、普段とは違う類のやさしい視線を、蓮華に向ける。
「いつも妬いてますよ」
「またまたー。いつもお上手なんだから♡」
二人の親密にも見えたやり取りに、びっくりした奏汰は、思わず後ずさった。
すぐに、蓮華が、けろっとした顔で、向き直る。
「わかったー? 言葉で女の人を気持ち良くさせないと、だめよー。女が気持ちいいのは、なにも『あの時』ばかりじゃないんだからねー」
「はっ!? 何言って……!?」
呆気に取られている奏汰を尻目に、蓮華は「さーて、仕事、仕事!」と、カウンターの奥へ向かった。
「……優さん、……もしかして、今、俺、からかわれてました?」
優が、困った顔でくすくす笑った。
「まあ、女性には、お世辞のひとつでも言えるようにならないとな」
「はあ。でも、あの人には、なんか、言いたくないような……」
「そうやって、意地を張ってると、ママは余計張り切るよ」
「……そうかも知れませんね。俺が早く大人にならないと、なんですね?」
「その方が、うまく行くよ、何事も」
ぽんと、優が奏汰の肩をたたいて、蓮華を振り向く。
「蓮華さんも、あんまりからかうと、逃げられちゃいますよ」
「だーって、あの子、クールぶってるんだもん。くずしてやりたくなるのよねぇ」
そんな蓮華の声が聞こえた奏汰は、ますます面白くなかった。
なんで、こんなことまで言われなきゃならないんだ!
どこが、『気に入られてる』……だ?
ママと付き合うなんて、冗談じゃない!
いくら大人の女で、親切だからって、自分は、絶対になびいたりしない! と、奏汰は、心の中で強く思った。
十数分後、奏汰がカウンターを拭いていると、開店前にもかかわらず、一人の男が入ってきた。
「Hi!」
長身で、かなり美形の外国人だった。
「いらっしゃいませ……?」
奏汰が、不思議そうにしていると、
「マーク!」
蓮華が出て来て、「きゃー、久しぶり!」と、外国人と抱き合った。
「Hey,good to see you!」
特別な客って……外国人の彼氏!?
奏汰はショックを受けている自分に、気が付く。
だが、何かがおかしい、と思う。
なんとなく、この男と、蓮華の試作していた梅酒ベースのカクテルは、結びつかないのだ。
すると、後ろから、もう一人やってきた。
「おジャマするよ」
それは、パッと目に飛び込んでくるような、美人であった。
ワインレッドのキャミソール・ワンピースはミニ丈、すらりとした太腿が大胆に覗く。
赤茶系に輝くストレート・へアが、背を覆うほどに長い。
はっきりとした顔立ちに、しっかりとメイクがされ、ピアス、ネックレス、ブレスレットは、大振りのものだ。
「明日香ちゃん、久しぶり!」
きゃー! と、蓮華が女と抱き合う。
明日香も嬉しそうに蓮華と抱き合った後、マークにエスコートされ、カウンターに腰かけた。
カウンターで、二人が英語で会話している間に、奏汰は制服に着替え、戻ると、さらに二人、カウンターに加わっていた。
男の方は、カジュアルなチノパンとシャツ、女の方は、髪のサイドを後ろでバレッタでとめた、フレアスリーブの小花模様の長いワンピースに、小振りで控えめなアクセサリーを付けていた。
一見して、タイプの全く違うカップルであった。
蓮華は、明日香の隣に座り、試作品カクテルを、五人で飲む。
「美味しいじゃない、これ! 梅酒使ったの?」
「そうよ、わかった? 明日香も涼子ちゃんも、梅酒好きでしょう?」
二人とも、蓮華の中学の同級生だった。
蓮華は、この後も仕事だからと、その一杯だけでやめている。
女たちは、きゃっきゃはしゃぎ、もう一杯梅酒のカクテルをおかわりすると、賑やかに話し始めた。男性陣は、それぞれ好きなものを頼み、相槌を打つなりしていた。
明日香は、恋愛ドラマの脚本家で、雑誌にエッセイを連載していたりするという。
話の内容から、外国人好きで、魔性の女とも言われているのは、奏汰には、大きく頷けた。
見るからにフェロモンをまとう明日香と並べば、蓮華の色気など、ささやかなものと言えた。
しかも、マークが、明日香の方の恋人だったと知って、安心もした。
もう一組の、一般人と思われる涼子のカップルは、それぞれの家の条件が合わず、なかなか結婚まで辿り着けないのだという。
奏汰が、ミックスナッツを運んだ。
「あら、さっきの子ね」
明日香が、切れ長の瞳を、いたずらっぽく、蓮華に向けた。
「へー、今度は、こういう趣味になったんだ?」
「うん」
蓮華も、にこにこと答える。
何の話だ? と、奏汰が不審な目を向ける。
「いいなぁ、私も、今度は年下にしようかなぁ!」
明日香が、小悪魔のような微笑みで、奏汰を見上げた。
たじろぐ奏汰だが、明日香の隣にいるマークは、惚れ惚れと彼女を見ている。
彼女がどれだけモテるのかを楽しんでいるとか、彼女の恋愛は、仕事の参考になるのだから構わないとも、日本語、英語混じりで話していた。
「だからって、明日香ちゃん、いい加減にしなさいよ」
涼子がたしなめる。
「あら、取材・研究熱心だと言ってもらいたいわね」
「よく言う! それにかこつけて、男の人騙してるんでしょう?」
「大丈夫よ、純情な一般人を騙したりはしてないんだから」
ころころ笑う明日香に、涼子は呆れ、蓮華は笑っていた。
「ねえねえ、そこの僕、いくつなの?」
明日香は、美しい微笑みで、奏汰に尋ねる。
多少、引きながら、奏汰は答えた。
「二一です」
「やだ、若ーい! かわいいっ!」
「は、はあ……」
奏汰は、どう反応していいか、わからなかった。
その間、涼子は、「お久しぶり」と、カウンターの中の優と話している。
ちらっと、それを見た明日香が、蓮華に言った。
「蓮華、この子と優さん、両天秤にかけてるんでしょー?」
「やっだー、わかっちゃったー?」
蓮華がノリで答える横で、奏汰は、一層たじろぐ。
涼子の呆れた声が聞こえてくる。
「ちょっと、優さん、蓮ちゃんたら、また年下に入れ込んでるの? 相変わらず、フラフラして。あなたが付いていながら、なんで、いつもそうなの? ちゃんとしっかりつなぎ止めておいてよ」
涼子の言葉が、冗談なのか、本気なのか、奏汰にはわからなかったが、彼女が冗談を言う人ではない気がしたので、優の反応を気にして見た。
「そんな、私ひとりでは、とてもとても責任持てませんよ」
優は、さすがに焦ったのか、顔の前で手を振って、否定してみせた。
「でも、奏汰くんと二人で、ということなら」
「は!? 優さん、何を……!?」
奏汰が、慌てる。
「あっ、それいいかも!」
蓮華が、ぽんと手を打った。
「ちょっと、ママまで、何を言ってんです!?」
「タイプ違う二人と付き合うと、飽きなくていいわよ」
明日香と蓮は盛り上がり、マークも、わけがわかっているのか、いないのか、楽しそうであり、優も楽しそうに笑うが、何を考えているのかはわからない。
「あー、なんか、頭痛くなってきたわ」
涼子の疲れた様子に、奏汰も共感した。
「全部冗談だからね、いちいち真に受けなくていいよ」
さすがに可哀想に思ったのか、優が、奏汰に笑いかけた。
「……早く大人になることにします……」
奏汰は、力なく言った。
なんとなく、『Dragon Sword Saga』のキャラに近いものが……。(^^;
というか、こちらが原形だったのを思い出しました。
名前は、画数とかも見て、決め直しましたが。(^^;;
奏汰は、外見的にはケインみたいだったのか。(・・;
ケインの性格も、原作では、これに近かったです。そんなにイケメン、イケメン言われてませんが。
蓮華は、ラン・ファとマリスの間くらい?
おかしいな? 蓮華の方が、ラン・ファよりももっと年上な設定ですが、中世風ファンタジーの場合は、実年齢よりも大人びている……ということで。(^∇^;
優は、外伝3『トリック・オア・スイート』のユウとほぼ同じ人ですが、こちらの方が頭の中がどこかおかしいです。
立場的には、そばで見守るヴァルドリューズに近い??
多分、共通するキャラは、それくらい。
ここまで読んで下さった方、ありがとうございました!
まだまだ探りながら書いてる状態ですが、第二章も、よろしくお願いします!