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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第十章『疑似恋愛』
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(4)二人の狭間で

 本当に、あんなんで良かったのかな?

 俺を気遣ってるのか?

 それとも、うまく逃げたと思われたかな。


 夜のテーマパークをゆかりと歩いて以来、奏汰は、ゆかりのことが気になっていた。

 彼としては、精一杯、誠意を持って応えたつもりだった。


 ゆかりの態度はこれまでと変わらず、彼にも誰にでも気さくに接し、男だらけの場が華やぐ。

 これまでのように、しょっちゅう、曲のモチーフやフレーズも作って来ていた。


 奏汰とのことがインスピレーションになっていると、奏汰には打ち明けていた。


 年の功か、引き出しの多い彼女の曲には、パワフルなもの、ミディアム・テンポのさわやかなものもあれば、バラードもある。

 アドリブにも、ますますキレがあり、エネルギッシュだと、メンバーも感心する。


 変化があったのは彼女だけでなく、奏汰も曲を作るようになっていた。


 近頃、ゆかりの影響で、少しフレーズが浮かぶようになったものの、それまでは、自分が曲を作るなどとは考えもしなかった。

 指慣らしに、遊びで、なんとなく、それらしく出来ることもあった。


 メンバー内や、ゆかりにも、曲の評判は良い。

 ピアノが彼の指示通りにコードを響かせ、ドラムも曲に合うよう叩くと、既に存在している曲のように、皆の耳に馴染んだ。


「成長してんじゃん、奏汰!」

「ありがとうございます!」

「お前、生意気なだけじゃなかったんだな!」


 ドラマーやピアニストからも、認めるような言葉をかけられると、奏汰は礼を言いながら、はにかんだ。


 ちらっと、ゆかりと目が合う。

 彼女の微笑みが、さらに彼を讃えた。




「陳腐な言葉になっちゃうけど、ゆかりさんは、すごいです。あんないい曲ばかり次々思い付くなんて。演奏もますますカッコいい!」


「あなたのおかげよ。私だけじゃないわ、あなたの曲も、なかなかいい感じよ」


 ライブが終わり、メンバーも帰った後、ホテルの最上階にあるラウンジに移った二人は、それぞれのカクテルを傾け、乾杯した。


「思い過ごしじゃなかった。あなたとは相性がいい気がするわ」

「それは、嬉しいです」

「音楽のことばかりじゃないわ」


 キールの白ワインをシャンパンに変えたカクテル「キール・ロワイヤル」。

 上品な赤い飲み物の中の気泡は、赤いベルベットのワンピースに(ちりば)められた宝石のように、暗がりの中の、わずかな照明を受けて輝く。


 女性的な曲線を描く、縦長のフルート型グラスを傾け、ゆかりが微笑んだ。


「疑似恋愛の相性もね」


 普段はジンライムを好んで飲んでいる奏汰は、ベースのスピリッツをウォッカに変えた、ウォッカライムを頼んでいた。

 ジンよりも、癖がない。なんとなく、そういう気分だったのだ。


 透明な緑がかった酒のロックグラスを置くと、奏汰は笑って、ゆかりを見つめた。


「どうかな。俺はただ、尊敬と敬意を持って、ゆかりさんに接してるだけです」


「『彼女さん』の教育がいいのかしら? どんな人?」


「十年来の、あなたのファンですよ」


「そうなの? 嬉しいわ! ……あ、……ってことは……」


 驚いて、目を見張るゆかりに、奏汰は、照れたように言った。


「そうなんです、俺とは、十歳離れてて……」


「ああ、わかるわ! だから、あなた、一回りも離れている私に対しても、物怖じしなかったのね」


「すみません、態度デカかったですか? 変に遠慮するのも野暮だし、失礼だと思って」


「いいの、いいの! 気兼ねしないでくれた方が、私も嬉しいんだから!」


 笑いながらそう言うと、ゆかりは、懐かしそうな目になった。


「初めはライブに出ていてね、そのうち、ニューヨークのジャズ・ギタリストに呼ばれて。まだ二〇歳そこそこだった。アルバムの半分だけ、レコーディングで共演させてもらってね、あの体験は貴重だったわ。今でも、鮮明に覚えてる」


 蓮華からも、その話は聞いていた。

 奏汰は、相槌を打つと、静かに彼女の話に耳を傾けた。


「帰国後、それが話題になって、ジャズや音楽雑誌でも取り上げられて、デビューアルバムも認められた。それから、ずっと、アルバムは売れ、海外のミュージシャンとも共演し、ライブだけじゃなく、コンサートツアーまでするようになって、あっという間に、時は過ぎていったわ。


 コンサートホールみたいに、広くて音響も良いところで、普段は体験することのない響きの中で演奏するのも、とても素敵だけど、ライブみたいに、プレイヤー同士とも、お客さんとも、身近なところで演奏するのも、息抜きになるから好きなの。仕事なのに、趣味みたいになっているわ」


 ゆかりは微笑むと、まだ気泡が作り出されている、赤いカクテルに口を付ける。


「若い時から、ずっと突っ走って来て、気が付くと、このくらいのトシになっていて。ジャズ界では、そこそこ知られ、人気も出て来ると、周りからの期待もプレッシャーも、迷いも、当然あったわ」


「スランプもあった?」


「当然よ。壁にぶつかることなんて、しょっちゅうだわ」


 ゆかりが笑い飛ばす。


「それでも、メンバーがいたから、周りの人たちに支えられて、音楽に支えられてきたから、楽しくやって来られたの」


 言葉は少なくとも、奏汰には、彼女の話が染み入るように感じた。


「反面、実績積んでくると、周りが遠慮したり、恋愛面でも、手の届かない人と思われたり。日本人て、そういう気後れするようなところがあるでしょう? 相手がメンバーで年下だと、下手するとパワハラになり兼ねないし。だからか、どんどん孤独を感じるようになって……」


 そう言って、困ったように笑ったゆかりは、俯くと、奏汰の肩に頭を寄せた。


 大きくカールされた長い髪が、彼の背にこぼれ落ちる。


「あなたは、応えてくれた。私を受け止めてくれた。ありがとう」


「俺の方こそ、俺を認めてくれて、……嬉しいです」


 奏汰は、ゆかりの、ベテランならではと、年上の女ならではの孤独に触れると、放っておけない気になり、肩を抱き寄せた。


 そのまま、二人は、ラウンジから見える夜景を、眺めていた。


 会話はいらなかった。

 そんなひとときでも、心地の良さを味わえた。


「奏汰に相手がいるなら、安心したわ。一線を保っていられる。疑似恋愛には、必要よね」


 独り言のように呟くと、奏汰を見上げ、改めて言った。


「私は、あなたと彼女との仲を壊す気はないから。あなたと恋人同士になりたいわけでもないわ。だから、私に甘えないでいてくれるのは、助かるの。勝手なことばかり言って、ごめんなさい」


「いいえ。俺も、彼女を裏切りたくはないし、あなたに甘えてもいけないとは、わかってますから」


 ゆかりの肩にかかる髪を、背に、やさしく寄せてから、奏汰が肩を抱く。


 ふいに、ゆかりが顔を上げた。


「ねえ、奏汰の相手の(ひと)って、もしかして、髪長い?」

「えっ? よくわかりましたね」


 わけのわかっていない顔の奏汰を見て、ゆかりが、くすくす笑った。


「髪の長い、年上の女が好きなの?」

「えっ!? そ、そういうわけじゃ……、いや、やっぱり、そうなのかな?」


 「なんでわかったんだろー?」という顔の奏汰を見て、ゆかりは、ますます笑った。




 奏汰にとって、久しぶりに、蓮華と昼間から会える日だった。


「かっ、奏汰くん?」


 部屋に入るなり唇をふさぎ、衝動的に押し倒す奏汰に、蓮華はなだめるように言い聞かせた。


「そんなに急がないで」


「……ごめん」


 ベッドに座り直した奏汰は、少々自分勝手だったかと反省するように、蓮華を起こしてから、抱きしめた。


 蓮華は何も訊かず、奏汰の頭を抱え、前髪からサイドの髪を、手で()いていく。


 蓮華を腕に抱えて横たわる奏汰は、躊躇(ためら)いがちに、口を開いた。


「あの……、聞いて欲しいことがあるんだけど」


「うん」


 話があるに違いないと、わかっているような、蓮華の返事だった。


 まだ上気した頬のままの彼女の、口紅の取れた顔が、仕事の時よりもあどけなく、それでいて、(なまめ)かしい。


 思わず見蕩れていた奏汰は、これから話すことを思うと、口づけたくなるのをこらえた。


「ゆかりさんとのライブが上手くいって、二曲だけ、そのうち一曲は翔も一緒に、今度レコーディングにも参加することになったんだ」


「ええっ! すごいじゃない!」


 蓮華が、跳ね上がるように、上体を起こした。

 奏汰も起き上がり、ベッドの上に座り、嬉しそうな蓮華を、真面目な表情で見下ろした。


「それで、あの……隠してたら不誠実だと思うから言うんだけど、俺、実は、ゆかりさんと、……音楽作りのための疑似恋愛関係って言ったらいいのかな、今、そんな状態で」


「そうなの?」


 蓮華は、まばたきをした。

 怒るよりも先に、驚いているようだった。


 いくらなんでも怒られるだろうと覚悟していた彼は、その反応には拍子抜けしたが、おずおずと話を続けた。


「ライブが上手くいって、音楽的な波長が合ったっていうか、テンションが高くなってたところ、ダイキリに酔って、つい……」


「ふうん……」


 それだけ聞けば、事の始まりも成り行きも、蓮華には見当が付いたようだった。


 奏汰は、殴られるのを覚悟して、身体中に力を入れて構え、蓮華の反応を待った。


「奏汰くんは、自分で思ってるよりも、かわいくてカッコ良くて、それでいて、色っぽいんだから。自覚しなさいよ」


 指で奏汰の腕をつつき、そう笑った蓮華を、奏汰は、真面目な表情で注意深く見つめていたが、彼女が心の底では怒っていて、彼を許さないようには、どうしても見えなかった。


 少しだけ安堵した奏汰は、切り出した時よりも、スムーズに語ることが出来た。


「彼女の音楽が本当に好きで。感覚が似てるみたいで。彼女と疑似恋愛みたいな状態になると、ますます良い音楽を作ってくれてて……、彼女が言うには、インスピレーションになってるんだって。それに、俺も、音楽面で色々ひらめくことも多くて、曲なんか作ったりしてるんだ」


「すごいじゃない! それこそ、あたしの望んだ、理想的な関係だわ!」


 蓮華は、自分のことのように、ウキウキとしている。

 初めの頃から彼に語っていたように、彼が、大人の女性に認められ、良好な関係を築くことに賛成していたのは、嘘でも冗談でもなかったのだと、奏汰は確信した。


「相乗効果になってるみたいね」


「なんか、ヘンな関係だよな。こんなことって、本当にあるんだなぁ、と思って」


「感性が合えば、有り得ると思うわ」


 あまりに蓮華が嬉しそうなのを、安易に安堵した彼は、さらに打ち明けた。


「言い訳に聞こえるかも知れないけど、俺、彼女には、触れてはいるけど、断じて、それだけだから」


「キスはしてるでしょう?」


「うっ、……それは、まあ……」


 唐突に踏み込まれ、防御する間もなく、正直にもらしてしまった奏汰を見て、蓮華は、くすっと笑った。


「あの……、怒らないの? 怒って当然なんだよ? いっその事、怒ってくれたら、俺……!」


 再び覚悟した奏汰だったが、どう見ても、彼女が怒る様子はなかった。


「そんなことよりも、奏汰くんが作曲してることとか、CDデビューすることが、一番嬉しいっ! おめでとう!」


 そう言うと、蓮華は、奏汰の首に抱きつき、奏汰の顔中に口づけを浴びせた。


 祝福でもあり、会えなかった間の分を取り戻すかのようであり、また、ゆかりと彼の過ごした時間を取り返そうとするかのようでもある。


 蓮華なりに妬いているのかも知れないと、奏汰には思えた。

 といって、良い関係だと言うだけあり、ゆかりとの関係を止めるよう言うわけでもない。

 それが、奏汰にはありがたく思えた。


 さっそく、蓮華が、奏汰の作った曲を聴きたがり、奏汰は、ゆかりたちと演奏した音源を聴かせた。


「ゆかりさんの曲とは、全然違うのね。真似だったら怒るけど、良かった! 奏汰くんの好きそうな感じね!」


「うん。今までは、作ってみようと思っても、気負っちゃって、なかなか納得出来なかったり、中途半端で終わったりしてたけど、これは、あまり気負わずに出来たんだ。プロの中にいたら、自分なんかまだまだ稚拙な出来でも当たり前だって思ったら、意外にすんなり出来て。


 ああ、次の曲なんか、酒飲んでた時に、メンバーに『空を旋回してるようなイメージ』ってお題を与えられて、作ったんだ」


 そう言って奏汰が笑い、蓮華も興味深く聴き入った。


「面白いじゃない! ちゃんと、旋回するような感じしてるわよ、カッコいい!」


「スカイダイビングだと、落ちてくから、パイロットが独り乗り用飛行機で、昇っていく感じのつもりで。酔っ払ってたから、指が回り切らなくて、……ほら、このあと!」


 指摘した箇所を聴いてから、蓮華も笑った。


「でも、気負ってないから、のびのびしてて、いい演奏だわ。曲も」


「CDには当然入れてもらえないけど、なんか自分の作った曲を、皆で一緒に演奏してもらえるのって、恥ずかしい気もするけど、嬉しい方が上回るものだね」


「ちゃんと、音楽面でも成長しているのね。安心したわ!」


 隣に座る蓮華が、奏汰の手に、自分の手を重ねた。

 嬉しそうに蓮華を見てから、奏汰は、恥ずかしそうに微笑んだ。


 語り合ううちに、ゆかりの孤独感を知ったこと、周りが気後れしたり、若手との恋愛は、下手をするとパワハラになり兼ねない話には、蓮華が大きく頷いた。


「ああ、それ、わかるわ~。興味持った子が若いと、そうよね。あたしだって、奏汰くんに対して、パワハラじゃなかったかしらって、うっすら気になったわ」


 蓮華は腹を立てるどころか、ゆかりに共感すらしていた。


「そう。彼女って、蓮華と似てるところもあるんだ」


「あたしは、彼女に比べたら、まだまだよ。あんな素敵な人には、追いつけないわ」 


 曲は、奏汰と疑似恋愛関係になってからの、ゆかりの新曲に変わった。


「すごくいいじゃない! 恋愛ボケになってないし、さらにパワーアップしてる感じね。彼女のパワーは、衰えることはないのね! 私の見込んだ通り、すごい人なんだわ!」


 蓮華は、はしゃいでいた。

 好きな音楽に出会った時と同じだと、奏汰は思った。


「こんないい曲、奏汰くんの影響で作ってるなんて。それにしても、あたしがずっと好きだったあのゆかりさんが、奏汰くんのこと見初めるなんてね……」


 蓮華は、感心したように奏汰を見上げてから、愛おしさのあふれた、和やかな顔つきになった。


「ベースもだけど、奏汰くん本人の魅力にも気付いたとは。もちろん、奏汰くんが大人の女の人たちに認められるのが、あたしの理想で、すごく嬉しいことでもあるのに……さすがに、ちょっと妬けちゃうわ」


「……妬いてくれるんだ?」


 奏汰が、蓮華を強く抱きしめた。


「俺、ヘンかな? ゆかりさんのこと、きれいでかっこ良くて、可愛いとも思うし、尊敬もしてる。彼女の音楽が好きだ。でも、恋愛の真似事はしてても、心から愛してるって思うのは、蓮華なんだ」


 愛おしい視線のまま、奏汰が蓮華の唇に近付くと、蓮華が、僅かに顔を背けた。


「ふ~ん。罪悪感なのか、やましさからなのか、はたまたバレたくないからなのか、『愛してる』をやたら連発したり、普段よりやさしくするのも、男の人が浮気してる時のごまかし方に多いのよね」


 そう言って、蓮華が意地悪く微笑むと、奏汰の頬に、赤みが差していった。


 やっぱり、怒ってたのかも知れないと思うと、ゆかりとのことを打ち明けた時の、真面目な顔に戻った。


「でも、ホント、勝手な言い訳かも知れないけど、……俺としては、浮気してるつもりはないんだ」


「は?」


 蓮華の目が、丸くなった。


 蓮華に怒られることは覚悟していても、謝ったり、ゆかりとの関係を断ち切るとも、そんなことを言うつもりは、彼にはなかった。


 自分でも不思議なほど、彼は、堂々としてしまっていた。


「相手を好きで、自分のものにしたいと思ったら浮気だろうけど、俺も彼女も、恋人同士になりたいわけじゃない。疑似恋愛は、あくまでも音楽の一部だとか、余韻のうちだとか、そんな感じで」


「はあ……」


 奏汰の言いたいことを、頭の中で理解しようと努めているように、蓮華は、呆気に取られた顔で、彼をただ見つめていた。


「彼女にも、俺には本命がいることは話してあるし。誰とまでは言ってないけど」


 蓮華が慌てた。


「いやん、奏汰くんたら! そんなこと言ったの? ゆかりさんが気を悪くしちゃうじゃないの!」


「……ヘンな心配するんだね」


 奏汰は苦笑してから、真面目な表情に戻った。

 蓮華も、少し真面目な姿勢になり、奏汰を見据えた。


「今のところ、奏汰くんも彼女も、疑似恋愛だって割り切ってるのね?」


「ああ、彼女も、自分にとって一番大事なのは、音楽だって言ってたから、俺にそういう人がいる方が、疑似恋愛を保っていられるって」


「奏汰くんが、単なる慰み者じゃないなら、安心したわ」


 ほっとして言う蓮華に、奏汰が苦笑した。


「こんなヘンな感情っていうか関係、理解してくれるの、蓮華だけだと思うから。ホントに、ありがたいよ」


 少し考えてから、蓮華は、奏汰を見上げた。


「でも、あたし、……思ったより、……妬いてるかも。頭では、わかったつもりだけど」


「蓮華!」


 ぎゅっと、奏汰は、蓮華を抱きしめた。


「これだけは、わかって欲しい。俺もゆかりさんも、お互いに『好きだ』とは言ってないんだ。『男女』という以前に、根底が『音楽』だからだと思う。それぞれの表現とかが気に入ってて、その延長上で疑似恋愛になってるだけだから、『好きだ』って言わないんだと思う。


 俺、蓮華のことは、一人の人として好きだ。それは、こんなヘンな状況になってる今でも、変わらない」


 奏汰の腕が、さらに強く抱きしめるが、蓮華の身体は、まだ完全に彼に預けられてはいなかった。

 強い抵抗ではなくとも、拒まれているのが、彼には伝わった。


「ああ、わかったわ! 彼女と一線越えないようにガマンして、溜まってたから、今日は、あんなに、がっついてたの?」


 怒るような言い方でなく、さらっと、蓮華が言った。


 奏汰は慌てた。

 唐突に恥ずかしくなり、顔全体を赤らめ、安易だった行動を、呪いたくもなった。


「違うよ、そんなんじゃないよ! 蓮華を好きな気持ちが、抑えられなかっただけだよ!」


「どうだか」


 蓮華が、意地悪く笑った。


「本当だって! どうしたら、機嫌直してくれる?」


「う~ん、そうねぇ……」


 蓮華の表情を気にしながら、奏汰は、彼女手の甲に口づけ、手首、腕へと、徐々に上っていく。


 蓮華は、ツンと横を向いた。

 まるで、「そんなんじゃ、あたしの気持ちは動かないわ」と言われているようで、必死になった奏汰が、さらに丁寧に、彼女に触れていく。突っ走ることなく、根気よく。


 まったく拒んでいるようではなくなったように感じられてから、唇に、熱く口付けた。


「これは、蓮華だけにしてる」


 熱を帯びた視線で彼女を見つめ、再び、熱く口づける。


 蓮華の唇の端から溜め息がもれ、うっとりとした手つきで、奏汰の首に、巻き付けられていった。


「とりあえず、今日のところは、許してあげる」


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