(4)二人の狭間で
本当に、あんなんで良かったのかな?
俺を気遣ってるのか?
それとも、うまく逃げたと思われたかな。
夜のテーマパークをゆかりと歩いて以来、奏汰は、ゆかりのことが気になっていた。
彼としては、精一杯、誠意を持って応えたつもりだった。
ゆかりの態度はこれまでと変わらず、彼にも誰にでも気さくに接し、男だらけの場が華やぐ。
これまでのように、しょっちゅう、曲のモチーフやフレーズも作って来ていた。
奏汰とのことがインスピレーションになっていると、奏汰には打ち明けていた。
年の功か、引き出しの多い彼女の曲には、パワフルなもの、ミディアム・テンポのさわやかなものもあれば、バラードもある。
アドリブにも、ますますキレがあり、エネルギッシュだと、メンバーも感心する。
変化があったのは彼女だけでなく、奏汰も曲を作るようになっていた。
近頃、ゆかりの影響で、少しフレーズが浮かぶようになったものの、それまでは、自分が曲を作るなどとは考えもしなかった。
指慣らしに、遊びで、なんとなく、それらしく出来ることもあった。
メンバー内や、ゆかりにも、曲の評判は良い。
ピアノが彼の指示通りにコードを響かせ、ドラムも曲に合うよう叩くと、既に存在している曲のように、皆の耳に馴染んだ。
「成長してんじゃん、奏汰!」
「ありがとうございます!」
「お前、生意気なだけじゃなかったんだな!」
ドラマーやピアニストからも、認めるような言葉をかけられると、奏汰は礼を言いながら、はにかんだ。
ちらっと、ゆかりと目が合う。
彼女の微笑みが、さらに彼を讃えた。
「陳腐な言葉になっちゃうけど、ゆかりさんは、すごいです。あんないい曲ばかり次々思い付くなんて。演奏もますますカッコいい!」
「あなたのおかげよ。私だけじゃないわ、あなたの曲も、なかなかいい感じよ」
ライブが終わり、メンバーも帰った後、ホテルの最上階にあるラウンジに移った二人は、それぞれのカクテルを傾け、乾杯した。
「思い過ごしじゃなかった。あなたとは相性がいい気がするわ」
「それは、嬉しいです」
「音楽のことばかりじゃないわ」
キールの白ワインをシャンパンに変えたカクテル「キール・ロワイヤル」。
上品な赤い飲み物の中の気泡は、赤いベルベットのワンピースに鏤められた宝石のように、暗がりの中の、わずかな照明を受けて輝く。
女性的な曲線を描く、縦長のフルート型グラスを傾け、ゆかりが微笑んだ。
「疑似恋愛の相性もね」
普段はジンライムを好んで飲んでいる奏汰は、ベースのスピリッツをウォッカに変えた、ウォッカライムを頼んでいた。
ジンよりも、癖がない。なんとなく、そういう気分だったのだ。
透明な緑がかった酒のロックグラスを置くと、奏汰は笑って、ゆかりを見つめた。
「どうかな。俺はただ、尊敬と敬意を持って、ゆかりさんに接してるだけです」
「『彼女さん』の教育がいいのかしら? どんな人?」
「十年来の、あなたのファンですよ」
「そうなの? 嬉しいわ! ……あ、……ってことは……」
驚いて、目を見張るゆかりに、奏汰は、照れたように言った。
「そうなんです、俺とは、十歳離れてて……」
「ああ、わかるわ! だから、あなた、一回りも離れている私に対しても、物怖じしなかったのね」
「すみません、態度デカかったですか? 変に遠慮するのも野暮だし、失礼だと思って」
「いいの、いいの! 気兼ねしないでくれた方が、私も嬉しいんだから!」
笑いながらそう言うと、ゆかりは、懐かしそうな目になった。
「初めはライブに出ていてね、そのうち、ニューヨークのジャズ・ギタリストに呼ばれて。まだ二〇歳そこそこだった。アルバムの半分だけ、レコーディングで共演させてもらってね、あの体験は貴重だったわ。今でも、鮮明に覚えてる」
蓮華からも、その話は聞いていた。
奏汰は、相槌を打つと、静かに彼女の話に耳を傾けた。
「帰国後、それが話題になって、ジャズや音楽雑誌でも取り上げられて、デビューアルバムも認められた。それから、ずっと、アルバムは売れ、海外のミュージシャンとも共演し、ライブだけじゃなく、コンサートツアーまでするようになって、あっという間に、時は過ぎていったわ。
コンサートホールみたいに、広くて音響も良いところで、普段は体験することのない響きの中で演奏するのも、とても素敵だけど、ライブみたいに、プレイヤー同士とも、お客さんとも、身近なところで演奏するのも、息抜きになるから好きなの。仕事なのに、趣味みたいになっているわ」
ゆかりは微笑むと、まだ気泡が作り出されている、赤いカクテルに口を付ける。
「若い時から、ずっと突っ走って来て、気が付くと、このくらいのトシになっていて。ジャズ界では、そこそこ知られ、人気も出て来ると、周りからの期待もプレッシャーも、迷いも、当然あったわ」
「スランプもあった?」
「当然よ。壁にぶつかることなんて、しょっちゅうだわ」
ゆかりが笑い飛ばす。
「それでも、メンバーがいたから、周りの人たちに支えられて、音楽に支えられてきたから、楽しくやって来られたの」
言葉は少なくとも、奏汰には、彼女の話が染み入るように感じた。
「反面、実績積んでくると、周りが遠慮したり、恋愛面でも、手の届かない人と思われたり。日本人て、そういう気後れするようなところがあるでしょう? 相手がメンバーで年下だと、下手するとパワハラになり兼ねないし。だからか、どんどん孤独を感じるようになって……」
そう言って、困ったように笑ったゆかりは、俯くと、奏汰の肩に頭を寄せた。
大きくカールされた長い髪が、彼の背にこぼれ落ちる。
「あなたは、応えてくれた。私を受け止めてくれた。ありがとう」
「俺の方こそ、俺を認めてくれて、……嬉しいです」
奏汰は、ゆかりの、ベテランならではと、年上の女ならではの孤独に触れると、放っておけない気になり、肩を抱き寄せた。
そのまま、二人は、ラウンジから見える夜景を、眺めていた。
会話はいらなかった。
そんなひとときでも、心地の良さを味わえた。
「奏汰に相手がいるなら、安心したわ。一線を保っていられる。疑似恋愛には、必要よね」
独り言のように呟くと、奏汰を見上げ、改めて言った。
「私は、あなたと彼女との仲を壊す気はないから。あなたと恋人同士になりたいわけでもないわ。だから、私に甘えないでいてくれるのは、助かるの。勝手なことばかり言って、ごめんなさい」
「いいえ。俺も、彼女を裏切りたくはないし、あなたに甘えてもいけないとは、わかってますから」
ゆかりの肩にかかる髪を、背に、やさしく寄せてから、奏汰が肩を抱く。
ふいに、ゆかりが顔を上げた。
「ねえ、奏汰の相手の女って、もしかして、髪長い?」
「えっ? よくわかりましたね」
わけのわかっていない顔の奏汰を見て、ゆかりが、くすくす笑った。
「髪の長い、年上の女が好きなの?」
「えっ!? そ、そういうわけじゃ……、いや、やっぱり、そうなのかな?」
「なんでわかったんだろー?」という顔の奏汰を見て、ゆかりは、ますます笑った。
奏汰にとって、久しぶりに、蓮華と昼間から会える日だった。
「かっ、奏汰くん?」
部屋に入るなり唇をふさぎ、衝動的に押し倒す奏汰に、蓮華はなだめるように言い聞かせた。
「そんなに急がないで」
「……ごめん」
ベッドに座り直した奏汰は、少々自分勝手だったかと反省するように、蓮華を起こしてから、抱きしめた。
蓮華は何も訊かず、奏汰の頭を抱え、前髪からサイドの髪を、手で梳いていく。
蓮華を腕に抱えて横たわる奏汰は、躊躇いがちに、口を開いた。
「あの……、聞いて欲しいことがあるんだけど」
「うん」
話があるに違いないと、わかっているような、蓮華の返事だった。
まだ上気した頬のままの彼女の、口紅の取れた顔が、仕事の時よりもあどけなく、それでいて、艶かしい。
思わず見蕩れていた奏汰は、これから話すことを思うと、口づけたくなるのをこらえた。
「ゆかりさんとのライブが上手くいって、二曲だけ、そのうち一曲は翔も一緒に、今度レコーディングにも参加することになったんだ」
「ええっ! すごいじゃない!」
蓮華が、跳ね上がるように、上体を起こした。
奏汰も起き上がり、ベッドの上に座り、嬉しそうな蓮華を、真面目な表情で見下ろした。
「それで、あの……隠してたら不誠実だと思うから言うんだけど、俺、実は、ゆかりさんと、……音楽作りのための疑似恋愛関係って言ったらいいのかな、今、そんな状態で」
「そうなの?」
蓮華は、まばたきをした。
怒るよりも先に、驚いているようだった。
いくらなんでも怒られるだろうと覚悟していた彼は、その反応には拍子抜けしたが、おずおずと話を続けた。
「ライブが上手くいって、音楽的な波長が合ったっていうか、テンションが高くなってたところ、ダイキリに酔って、つい……」
「ふうん……」
それだけ聞けば、事の始まりも成り行きも、蓮華には見当が付いたようだった。
奏汰は、殴られるのを覚悟して、身体中に力を入れて構え、蓮華の反応を待った。
「奏汰くんは、自分で思ってるよりも、かわいくてカッコ良くて、それでいて、色っぽいんだから。自覚しなさいよ」
指で奏汰の腕をつつき、そう笑った蓮華を、奏汰は、真面目な表情で注意深く見つめていたが、彼女が心の底では怒っていて、彼を許さないようには、どうしても見えなかった。
少しだけ安堵した奏汰は、切り出した時よりも、スムーズに語ることが出来た。
「彼女の音楽が本当に好きで。感覚が似てるみたいで。彼女と疑似恋愛みたいな状態になると、ますます良い音楽を作ってくれてて……、彼女が言うには、インスピレーションになってるんだって。それに、俺も、音楽面で色々ひらめくことも多くて、曲なんか作ったりしてるんだ」
「すごいじゃない! それこそ、あたしの望んだ、理想的な関係だわ!」
蓮華は、自分のことのように、ウキウキとしている。
初めの頃から彼に語っていたように、彼が、大人の女性に認められ、良好な関係を築くことに賛成していたのは、嘘でも冗談でもなかったのだと、奏汰は確信した。
「相乗効果になってるみたいね」
「なんか、ヘンな関係だよな。こんなことって、本当にあるんだなぁ、と思って」
「感性が合えば、有り得ると思うわ」
あまりに蓮華が嬉しそうなのを、安易に安堵した彼は、さらに打ち明けた。
「言い訳に聞こえるかも知れないけど、俺、彼女には、触れてはいるけど、断じて、それだけだから」
「キスはしてるでしょう?」
「うっ、……それは、まあ……」
唐突に踏み込まれ、防御する間もなく、正直にもらしてしまった奏汰を見て、蓮華は、くすっと笑った。
「あの……、怒らないの? 怒って当然なんだよ? いっその事、怒ってくれたら、俺……!」
再び覚悟した奏汰だったが、どう見ても、彼女が怒る様子はなかった。
「そんなことよりも、奏汰くんが作曲してることとか、CDデビューすることが、一番嬉しいっ! おめでとう!」
そう言うと、蓮華は、奏汰の首に抱きつき、奏汰の顔中に口づけを浴びせた。
祝福でもあり、会えなかった間の分を取り戻すかのようであり、また、ゆかりと彼の過ごした時間を取り返そうとするかのようでもある。
蓮華なりに妬いているのかも知れないと、奏汰には思えた。
といって、良い関係だと言うだけあり、ゆかりとの関係を止めるよう言うわけでもない。
それが、奏汰にはありがたく思えた。
さっそく、蓮華が、奏汰の作った曲を聴きたがり、奏汰は、ゆかりたちと演奏した音源を聴かせた。
「ゆかりさんの曲とは、全然違うのね。真似だったら怒るけど、良かった! 奏汰くんの好きそうな感じね!」
「うん。今までは、作ってみようと思っても、気負っちゃって、なかなか納得出来なかったり、中途半端で終わったりしてたけど、これは、あまり気負わずに出来たんだ。プロの中にいたら、自分なんかまだまだ稚拙な出来でも当たり前だって思ったら、意外にすんなり出来て。
ああ、次の曲なんか、酒飲んでた時に、メンバーに『空を旋回してるようなイメージ』ってお題を与えられて、作ったんだ」
そう言って奏汰が笑い、蓮華も興味深く聴き入った。
「面白いじゃない! ちゃんと、旋回するような感じしてるわよ、カッコいい!」
「スカイダイビングだと、落ちてくから、パイロットが独り乗り用飛行機で、昇っていく感じのつもりで。酔っ払ってたから、指が回り切らなくて、……ほら、このあと!」
指摘した箇所を聴いてから、蓮華も笑った。
「でも、気負ってないから、のびのびしてて、いい演奏だわ。曲も」
「CDには当然入れてもらえないけど、なんか自分の作った曲を、皆で一緒に演奏してもらえるのって、恥ずかしい気もするけど、嬉しい方が上回るものだね」
「ちゃんと、音楽面でも成長しているのね。安心したわ!」
隣に座る蓮華が、奏汰の手に、自分の手を重ねた。
嬉しそうに蓮華を見てから、奏汰は、恥ずかしそうに微笑んだ。
語り合ううちに、ゆかりの孤独感を知ったこと、周りが気後れしたり、若手との恋愛は、下手をするとパワハラになり兼ねない話には、蓮華が大きく頷いた。
「ああ、それ、わかるわ~。興味持った子が若いと、そうよね。あたしだって、奏汰くんに対して、パワハラじゃなかったかしらって、うっすら気になったわ」
蓮華は腹を立てるどころか、ゆかりに共感すらしていた。
「そう。彼女って、蓮華と似てるところもあるんだ」
「あたしは、彼女に比べたら、まだまだよ。あんな素敵な人には、追いつけないわ」
曲は、奏汰と疑似恋愛関係になってからの、ゆかりの新曲に変わった。
「すごくいいじゃない! 恋愛ボケになってないし、さらにパワーアップしてる感じね。彼女のパワーは、衰えることはないのね! 私の見込んだ通り、すごい人なんだわ!」
蓮華は、はしゃいでいた。
好きな音楽に出会った時と同じだと、奏汰は思った。
「こんないい曲、奏汰くんの影響で作ってるなんて。それにしても、あたしがずっと好きだったあのゆかりさんが、奏汰くんのこと見初めるなんてね……」
蓮華は、感心したように奏汰を見上げてから、愛おしさのあふれた、和やかな顔つきになった。
「ベースもだけど、奏汰くん本人の魅力にも気付いたとは。もちろん、奏汰くんが大人の女の人たちに認められるのが、あたしの理想で、すごく嬉しいことでもあるのに……さすがに、ちょっと妬けちゃうわ」
「……妬いてくれるんだ?」
奏汰が、蓮華を強く抱きしめた。
「俺、ヘンかな? ゆかりさんのこと、きれいでかっこ良くて、可愛いとも思うし、尊敬もしてる。彼女の音楽が好きだ。でも、恋愛の真似事はしてても、心から愛してるって思うのは、蓮華なんだ」
愛おしい視線のまま、奏汰が蓮華の唇に近付くと、蓮華が、僅かに顔を背けた。
「ふ~ん。罪悪感なのか、やましさからなのか、はたまたバレたくないからなのか、『愛してる』をやたら連発したり、普段よりやさしくするのも、男の人が浮気してる時のごまかし方に多いのよね」
そう言って、蓮華が意地悪く微笑むと、奏汰の頬に、赤みが差していった。
やっぱり、怒ってたのかも知れないと思うと、ゆかりとのことを打ち明けた時の、真面目な顔に戻った。
「でも、ホント、勝手な言い訳かも知れないけど、……俺としては、浮気してるつもりはないんだ」
「は?」
蓮華の目が、丸くなった。
蓮華に怒られることは覚悟していても、謝ったり、ゆかりとの関係を断ち切るとも、そんなことを言うつもりは、彼にはなかった。
自分でも不思議なほど、彼は、堂々としてしまっていた。
「相手を好きで、自分のものにしたいと思ったら浮気だろうけど、俺も彼女も、恋人同士になりたいわけじゃない。疑似恋愛は、あくまでも音楽の一部だとか、余韻のうちだとか、そんな感じで」
「はあ……」
奏汰の言いたいことを、頭の中で理解しようと努めているように、蓮華は、呆気に取られた顔で、彼をただ見つめていた。
「彼女にも、俺には本命がいることは話してあるし。誰とまでは言ってないけど」
蓮華が慌てた。
「いやん、奏汰くんたら! そんなこと言ったの? ゆかりさんが気を悪くしちゃうじゃないの!」
「……ヘンな心配するんだね」
奏汰は苦笑してから、真面目な表情に戻った。
蓮華も、少し真面目な姿勢になり、奏汰を見据えた。
「今のところ、奏汰くんも彼女も、疑似恋愛だって割り切ってるのね?」
「ああ、彼女も、自分にとって一番大事なのは、音楽だって言ってたから、俺にそういう人がいる方が、疑似恋愛を保っていられるって」
「奏汰くんが、単なる慰み者じゃないなら、安心したわ」
ほっとして言う蓮華に、奏汰が苦笑した。
「こんなヘンな感情っていうか関係、理解してくれるの、蓮華だけだと思うから。ホントに、ありがたいよ」
少し考えてから、蓮華は、奏汰を見上げた。
「でも、あたし、……思ったより、……妬いてるかも。頭では、わかったつもりだけど」
「蓮華!」
ぎゅっと、奏汰は、蓮華を抱きしめた。
「これだけは、わかって欲しい。俺もゆかりさんも、お互いに『好きだ』とは言ってないんだ。『男女』という以前に、根底が『音楽』だからだと思う。それぞれの表現とかが気に入ってて、その延長上で疑似恋愛になってるだけだから、『好きだ』って言わないんだと思う。
俺、蓮華のことは、一人の人として好きだ。それは、こんなヘンな状況になってる今でも、変わらない」
奏汰の腕が、さらに強く抱きしめるが、蓮華の身体は、まだ完全に彼に預けられてはいなかった。
強い抵抗ではなくとも、拒まれているのが、彼には伝わった。
「ああ、わかったわ! 彼女と一線越えないようにガマンして、溜まってたから、今日は、あんなに、がっついてたの?」
怒るような言い方でなく、さらっと、蓮華が言った。
奏汰は慌てた。
唐突に恥ずかしくなり、顔全体を赤らめ、安易だった行動を、呪いたくもなった。
「違うよ、そんなんじゃないよ! 蓮華を好きな気持ちが、抑えられなかっただけだよ!」
「どうだか」
蓮華が、意地悪く笑った。
「本当だって! どうしたら、機嫌直してくれる?」
「う~ん、そうねぇ……」
蓮華の表情を気にしながら、奏汰は、彼女手の甲に口づけ、手首、腕へと、徐々に上っていく。
蓮華は、ツンと横を向いた。
まるで、「そんなんじゃ、あたしの気持ちは動かないわ」と言われているようで、必死になった奏汰が、さらに丁寧に、彼女に触れていく。突っ走ることなく、根気よく。
まったく拒んでいるようではなくなったように感じられてから、唇に、熱く口付けた。
「これは、蓮華だけにしてる」
熱を帯びた視線で彼女を見つめ、再び、熱く口づける。
蓮華の唇の端から溜め息がもれ、うっとりとした手つきで、奏汰の首に、巻き付けられていった。
「とりあえず、今日のところは、許してあげる」




