(4)ボサノバ&ヒーローライブ!
奏汰と翔の他に、雅人や琳都がいる時には、四人で、ボサノバに挑戦していた。
琳都は、昔祖父にボサノバのレコードを聴かされ、ジャズオルガンで遊びながら、ボサノバも弾いていたと明かした。
四人の中で、唯一のボサノバ経験者だった。
「大分忘れた」と言いながら、黙々と練習している。
個人練習の後、四人で合わせる。
先に二人で合わせていた奏汰と翔がリードすると、ドラムの雅人も、ジャズオルガンの琳都も、合わせやすく感じたようだった。
なんとなく、それらしく出来ると、「すげぇ! さすが俺たち!」と、奏汰が喜ぶので、雅人も嬉しくなり、琳都も少しだけ笑った。
「ドラムは、8beatで楽だけどさ、ボサノバのパターンって難しいな。アクセントが決め手で。でも、なんか楽しい感じだな!」
と、雅人がメンバーの顔を見回すと、「だよな!」と、奏汰が楽しそうに笑った。
「次、何の曲にする?」と、雅人が切り出す。
「定番『イパネマの娘』は外せないだろ」と、翔。
「『マ・シュケ・ナダ』もカッコいいし!」と、奏汰が、ウキウキとしている。
「僕は、『おいしい水』も好きだな」珍しく、琳都が意見する。
オーソドックスなボサノバと、セルジオ・メンデスの8beatロック調ボサノバや、サンバなどと、チャレンジしてみる。
奏汰と雅人、琳都にも少し笑顔が見られ、翔も満足感を味わっていた。
合わせられるようになると、少し欲が出て来る。
わざとメロディーをくずしてみたり、ボサノバの気怠さを出したいとも思うようになっていく。
ロックをメインに選曲していた時よりも、格好を付けずに演奏出来ると、彼らは実感していた。
アレンジにも頭が向くようになると、曲のエンディングにもこだわり始めた。
雅人や琳都は、特に何も言わなかったが、フェイド・アウトは、奏汰も翔も好きじゃなく、嫌いな方であったし、ありきたりなエンディングも嫌だった。
持っていたCDや音楽データ、ネット動画でも検索し、研究する。
琳都が、「そう言えば……」と、何かを思い出したように、パソコンで検索したある動画を見せた。
蓮華の好きなジャズ・ヴィオラのコンサート風景だった。
「姉がずっと好きだった、ジャズ・ヴィオリストの、香月ゆかり。デビュー当時から今も不動の人気で、ジャズ界で若手をリードしてきたんだって」
香月ゆかりのCDを、蓮華がよく聴いていたことは、奏汰も知っていたが、彼がCDを聴いた時以上に、そのコンサート映像は、パワフルでエネルギッシュであった。
奏汰と翔は衝撃を受け、映像に釘付けになった。
スタジオ・レコーディングでは伝わり切らないライブ感、躍動感。
彼女のアレンジ・センスの引き出しの多さにも、圧倒された。
アルバムの曲であっても、ライブでは、違うエンディングだ。
彼女の合図で、その場で即興的に、エングィングを決めているものもあった。
奏者が互いを信頼し、それぞれの引き出しの中身を持ち寄らなければ、生み出せない音楽だということは、二人にも容易に想像がつく。
「普段のセッションから、『あのパターンで』みたいな感じなんだろうな」
魂を抜かれたかのように、ぼうっと、翔が呟いた。
「あんなカッコいいバンドでライブが出来たら、いいよなぁ~!」
奏汰は、うっとりと映像に見蕩れ、演奏に聴き惚れていた。
二人は、香月ゆかりのステージを探しては、繰り返し見続けた。
奏汰は、蓮華と橘良二に、『なんちゃってペガサス』や、彼のバンド『ワイルド・キャッツ』のボサノバ数曲の録音データを渡した。
橘は、レッスンの場でデータを再生し、笑った。
稚拙だと笑ったのではなく、工夫や努力が伝わったからである。
「今度、このギターのヤツも連れてこいよ」
橘は、翔にも興味持った。
それをきっかけに、思いもかけず、橘のルートから二人に、急遽、臨時の仕事が来た。
奏汰は、さっそく翔を連れ、橘のもとへ急いだが、来た仕事というのは、まったく想定外のものだった。
戦隊ヒーロー物の地方公演バックバンド。
しかも、オリジナル・バンドではない。
関東を中心に活動するオリジナル・バンドが追いつかない分、地方を中心に回っているのだという。
演奏の仕事が出来る! と喜んでいた奏汰も、オリジナル・バンドではないと聞くと、少々拍子抜けした顔になった。
「子供向けの、しかも、そんな無名のコピーバンドなんか……!」
連れて行った翔も、明らかにがっかりする。
「おいおい、演奏の仕事が出来るだけでも、本望だろ? 俺だって、社歌を頼まれて作ったこともあるし、会社で朝体操する時の曲も依頼されたりとかさ。そういうのを経てから、知り合いのバンドがCD出したときにライナーノーツ書いたり、講師とか、そんな仕事ももらえるようになったんだからな。誰がどこで見ていてもいいように、どんな仕事も、一生懸命やれよ」
橘に言われ、奏汰は気持ちを切り替えて「はい!」と返事をするが、翔は、「ありがとうございます」とは言いながらも、がっかり感が抜けない表情だ。
「何で俺が、こんなのやらなきゃなんないんだよ」
「まあまあ、そう言わずに。弾ければいいじゃないか!」
新幹線の中でも、ぶつぶつ言う翔に、奏汰が苦笑する。
地方の知らない町を訪れた二人は、多少の淋しさを覚えていたが、バンドメンバーと顔を合わせ、練習に入ると、奏汰は、「結構、ノれる曲だな! ここを、もっとこう弾いたらカッコいいかな」などと考えながら、弦を弾いていた。
翔は、やってられるかと、まだふてくされていた。
ギターのコードも簡単で、弾き応えがなく、面白くない。
彼の実力では、初見で出来てしまう程度だ。
リハーサルの最中、ボーカリストが、翔を睨んだ。
「おい、ギター、もう少し楽しそうに! 子供向けイベントだからって、ナメんなよ! 精一杯演奏しろ!」
思わず、ムカッと、言い返しそうになるのを、やっとのことで堪えた翔は、渋々返事をした。
ヴォーカリストは、ノリにノっていた奏汰にも、怒鳴り声を浴びせた。
「ベース! お前は、うるさ過ぎ! 冒険し過ぎだ!」
「あ、バレましたか。怒られたらやめようと思って」
肩をすくめる奏汰を、呆れて見たボーカリストだった。
翔も、目を丸くして、奏汰を見る。
「……バカか?」
思わず、呟いていた。
本番は、3ステージある。
カラフルな全身スーツに身を包んだ、戦隊ヒーローたちの短いショーと、主題歌の演奏で1ステージ目が終わると、終始変身しているヒーローたちと、バンドマンたち、子供たちとの握手会が行われた。
子供達が、ヒーローの次に、ボーカリストと握手をしたがっていることは、誰の目にも明らかだ。
バンドの中で、ボーカルは一番人気者であり、行列が出来ていた。
その待ち時間に、奏汰がにこにこと子供たちと話すのが、翔の目に留まった。
家では、奏汰が常ににこやかで愛想が良いかというと、そうでもないことを、翔は知っている。
口を利かず、考え事をしていることも多い。そんな時は、大抵、音楽のことを考えている。
そして、そのように無愛想に見える時でも、頭の中では、楽しいことを考えているようだった。
それを、人に伝えたい時、アルバム『PEGASUS』を見つけた時のように、唐突に瞳は輝き、テンションが上がる。
彼のそんなところは、翔にも共感出来た。
そうなんだ、こいつは、決して、普段から、こんな風に愛想の良いヤツじゃない。
子供好きとも、聞いていない。
『J moon』のアルバイトで、あのねえちゃん——蓮華さんにしつけられて、営業スマイルを身に付けたって聞いた。
普段無愛想なくせに、こんな時に切り替えられるのは、学生の身である自分と違い、社会人だからか?
同時に思い出されたのは、仕事をする時は、素の自分をさらけ出しているばかりではいけないと、よく菜緒に言われていたことだった。
奏汰は仕事として割り切る術が身に付いている分、正直に自分が出てしまう自分の方が、大学卒業後に仕事をしていくには、不利なのかも知れない。
そんなことを考えた翔は、今のままでは、奏汰に負けていると思うと、悔しさがこみ上げてきた。
大いに不本意ではあったが、負ける方がもっと我慢出来なかったので、少しだけ、奏汰を見習ってみることにした。
微妙に笑いを浮かべ、「今日は、ありがとな」と、ぎこちなくだが、子供たちに言ってみた。
子供たちの瞳は、彼の予想に反してキラキラと輝き、翔を、尊敬のまなざしで見つめた。
「お兄ちゃん、カッコいいね!」
「ギター、うまいね!」
そんな声も聞けた。
自分も、昔、戦隊ヒーローにハマり、ごっこ遊びをしていた記憶が甦る。
テレビで見るヒーローを間近で見られ、握手まで出来るとは、子供たちにとっては夢のような出来事なのだろう。
子供たちと握手をしているヒーローショーのアクターたちは、最初から変身した姿で通している。
あんなにひょろひょろだったかぁ?
またしても《《大人の事情》》だろうが、つい意地悪な目で見てしまう。
「翔って、子供には、やさしかったんだな」
ポンと肩をたたかれ、気が付くと、隣には奏汰がいた。
「ま、ガキどもの夢こわしちゃいけねぇか、と思ってさ。あいつら、俺たちが、まさかバイトだなんて、知らねぇだろうし」
そう答えた翔に、奏汰が嬉しそうに笑った。
「大人になったな、翔!」
「はあ!? おめえに言われたくねぇよ!」
※参考CD:
『Cartas do Brasil』by 櫻井哲夫
『BRASIL CONNECTION』No.1・No.2 by 櫻井哲夫
『PEGASUS』by 櫻井哲夫&野呂一生ライブ・アルバム
※タイトル引用楽曲:
『ナヴェガンド・ソジーニョ』by 櫻井哲夫
『イパネマの娘』by アントニオ・カルロス・ジョビン
『マシュ・ケ・ナダ』by ジョルジ・ベン
『おいしい水』by アントニオ・カルロス・ジョビン




