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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第九章『ワイルド・キャッツ』
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(4)ボサノバ&ヒーローライブ!

 奏汰と翔の他に、雅人や琳都がいる時には、四人で、ボサノバに挑戦していた。

 琳都は、昔祖父にボサノバのレコードを聴かされ、ジャズオルガンで遊びながら、ボサノバも弾いていたと明かした。

 四人の中で、唯一のボサノバ経験者だった。

 「大分忘れた」と言いながら、黙々と練習している。


 個人練習の後、四人で合わせる。

 先に二人で合わせていた奏汰と翔がリードすると、ドラムの雅人も、ジャズオルガンの琳都も、合わせやすく感じたようだった。


 なんとなく、それらしく出来ると、「すげぇ! さすが俺たち!」と、奏汰が喜ぶので、雅人も嬉しくなり、琳都も少しだけ笑った。


「ドラムは、8beatで楽だけどさ、ボサノバのパターンって難しいな。アクセントが決め手で。でも、なんか楽しい感じだな!」


 と、雅人がメンバーの顔を見回すと、「だよな!」と、奏汰が楽しそうに笑った。


「次、何の曲にする?」と、雅人が切り出す。

「定番『イパネマの娘』は外せないだろ」と、翔。

「『マ・シュケ・ナダ』もカッコいいし!」と、奏汰が、ウキウキとしている。

「僕は、『おいしい水』も好きだな」珍しく、琳都が意見する。


 オーソドックスなボサノバと、セルジオ・メンデスの8beatロック調ボサノバや、サンバなどと、チャレンジしてみる。

 奏汰と雅人、琳都にも少し笑顔が見られ、翔も満足感を味わっていた。


 合わせられるようになると、少し欲が出て来る。

 わざとメロディーをくずしてみたり、ボサノバの気怠さを出したいとも思うようになっていく。

 ロックをメインに選曲していた時よりも、格好を付けずに演奏出来ると、彼らは実感していた。


 アレンジにも頭が向くようになると、曲のエンディングにもこだわり始めた。

 雅人や琳都は、特に何も言わなかったが、フェイド・アウトは、奏汰も翔も好きじゃなく、嫌いな方であったし、ありきたりなエンディングも嫌だった。


 持っていたCDや音楽データ、ネット動画でも検索し、研究する。


 琳都が、「そう言えば……」と、何かを思い出したように、パソコンで検索したある動画を見せた。

 蓮華の好きなジャズ・ヴィオラのコンサート風景だった。


「姉がずっと好きだった、ジャズ・ヴィオリストの、香月かげつゆかり。デビュー当時から今も不動の人気で、ジャズ界で若手をリードしてきたんだって」


 香月ゆかりのCDを、蓮華がよく聴いていたことは、奏汰も知っていたが、彼がCDを聴いた時以上に、そのコンサート映像は、パワフルでエネルギッシュであった。


 奏汰と翔は衝撃を受け、映像に釘付けになった。


 スタジオ・レコーディングでは伝わり切らないライブ感、躍動感。

 彼女のアレンジ・センスの引き出しの多さにも、圧倒された。

 アルバムの曲であっても、ライブでは、違うエンディングだ。

 彼女の合図で、その場で即興的に、エングィングを決めているものもあった。


 奏者が互いを信頼し、それぞれの引き出しの中身を持ち寄らなければ、生み出せない音楽だということは、二人にも容易に想像がつく。


「普段のセッションから、『あのパターンで』みたいな感じなんだろうな」


 魂を抜かれたかのように、ぼうっと、翔が呟いた。


「あんなカッコいいバンドでライブが出来たら、いいよなぁ~!」


 奏汰は、うっとりと映像に見蕩れ、演奏に聴き惚れていた。

 二人は、香月ゆかりのステージを探しては、繰り返し見続けた。




 奏汰は、蓮華と橘良二に、『なんちゃってペガサス』や、彼のバンド『ワイルド・キャッツ』のボサノバ数曲の録音データを渡した。


 橘は、レッスンの場でデータを再生し、笑った。

 稚拙だと笑ったのではなく、工夫や努力が伝わったからである。


「今度、このギターのヤツも連れてこいよ」


 橘は、翔にも興味持った。


 それをきっかけに、思いもかけず、橘のルートから二人に、急遽、臨時の仕事が来た。

 奏汰は、さっそく翔を連れ、橘のもとへ急いだが、来た仕事というのは、まったく想定外のものだった。


 戦隊ヒーロー物の地方公演バックバンド。


 しかも、オリジナル・バンドではない。

 関東を中心に活動するオリジナル・バンドが追いつかない分、地方を中心に回っているのだという。


 演奏の仕事が出来る! と喜んでいた奏汰も、オリジナル・バンドではないと聞くと、少々拍子抜けした顔になった。


「子供向けの、しかも、そんな無名のコピーバンドなんか……!」


 連れて行った翔も、明らかにがっかりする。


「おいおい、演奏の仕事が出来るだけでも、本望だろ? 俺だって、社歌を頼まれて作ったこともあるし、会社で朝体操する時の曲も依頼されたりとかさ。そういうのを経てから、知り合いのバンドがCD出したときにライナーノーツ書いたり、講師とか、そんな仕事ももらえるようになったんだからな。誰がどこで見ていてもいいように、どんな仕事も、一生懸命やれよ」


 橘に言われ、奏汰は気持ちを切り替えて「はい!」と返事をするが、翔は、「ありがとうございます」とは言いながらも、がっかり感が抜けない表情だ。


「何で俺が、こんなのやらなきゃなんないんだよ」

「まあまあ、そう言わずに。弾ければいいじゃないか!」


 新幹線の中でも、ぶつぶつ言う翔に、奏汰が苦笑する。

 地方の知らない町を訪れた二人は、多少の淋しさを覚えていたが、バンドメンバーと顔を合わせ、練習に入ると、奏汰は、「結構、ノれる曲だな! ここを、もっとこう弾いたらカッコいいかな」などと考えながら、弦を弾いていた。


 翔は、やってられるかと、まだふてくされていた。

 ギターのコードも簡単で、弾き応えがなく、面白くない。

 彼の実力では、初見で出来てしまう程度だ。


 リハーサルの最中、ボーカリストが、翔を睨んだ。


「おい、ギター、もう少し楽しそうに! 子供向けイベントだからって、ナメんなよ! 精一杯演奏しろ!」


 思わず、ムカッと、言い返しそうになるのを、やっとのことで堪えた翔は、渋々返事をした。


 ヴォーカリストは、ノリにノっていた奏汰にも、怒鳴り声を浴びせた。


「ベース! お前は、うるさ過ぎ! 冒険し過ぎだ!」


「あ、バレましたか。怒られたらやめようと思って」


 肩をすくめる奏汰を、呆れて見たボーカリストだった。


 翔も、目を丸くして、奏汰を見る。


「……バカか?」


 思わず、呟いていた。


 本番は、3ステージある。

 カラフルな全身スーツに身を包んだ、戦隊ヒーローたちの短いショーと、主題歌の演奏で1ステージ目が終わると、終始変身しているヒーローたちと、バンドマンたち、子供たちとの握手会が行われた。


 子供達が、ヒーローの次に、ボーカリストと握手をしたがっていることは、誰の目にも明らかだ。


 バンドの中で、ボーカルは一番人気者であり、行列が出来ていた。

 その待ち時間に、奏汰がにこにこと子供たちと話すのが、翔の目に留まった。


 家では、奏汰が常ににこやかで愛想が良いかというと、そうでもないことを、翔は知っている。


 口を利かず、考え事をしていることも多い。そんな時は、大抵、音楽のことを考えている。

 そして、そのように無愛想に見える時でも、頭の中では、楽しいことを考えているようだった。


 それを、人に伝えたい時、アルバム『PEGASUSペガサス』を見つけた時のように、唐突に瞳は輝き、テンションが上がる。


 彼のそんなところは、翔にも共感出来た。


 そうなんだ、こいつは、決して、普段から、こんな風に愛想の良いヤツじゃない。

 子供好きとも、聞いていない。


 『J moon』のアルバイトで、あのねえちゃん——蓮華さんにしつけられて、営業スマイルを身に付けたって聞いた。


 普段無愛想なくせに、こんな時に切り替えられるのは、学生の身である自分と違い、社会人だからか?


 同時に思い出されたのは、仕事をする時は、素の自分をさらけ出しているばかりではいけないと、よく菜緒に言われていたことだった。


 奏汰は仕事として割り切るすべが身に付いている分、正直に自分が出てしまう自分の方が、大学卒業後に仕事をしていくには、不利なのかも知れない。


 そんなことを考えた翔は、今のままでは、奏汰に負けていると思うと、悔しさがこみ上げてきた。

 大いに不本意ではあったが、負ける方がもっと我慢出来なかったので、少しだけ、奏汰を見習ってみることにした。


 微妙に笑いを浮かべ、「今日は、ありがとな」と、ぎこちなくだが、子供たちに言ってみた。


 子供たちの瞳は、彼の予想に反してキラキラと輝き、翔を、尊敬のまなざしで見つめた。


「お兄ちゃん、カッコいいね!」

「ギター、うまいね!」


 そんな声も聞けた。


 自分も、昔、戦隊ヒーローにハマり、ごっこ遊びをしていた記憶が甦る。

 テレビで見るヒーローを間近で見られ、握手まで出来るとは、子供たちにとっては夢のような出来事なのだろう。


 子供たちと握手をしているヒーローショーのアクターたちは、最初から変身した姿で通している。


 あんなにひょろひょろだったかぁ?


 またしても《《大人の事情》》だろうが、つい意地悪な目で見てしまう。


「翔って、子供には、やさしかったんだな」


 ポンと肩をたたかれ、気が付くと、隣には奏汰がいた。


「ま、ガキどもの夢こわしちゃいけねぇか、と思ってさ。あいつら、俺たちが、まさかバイトだなんて、知らねぇだろうし」


 そう答えた翔に、奏汰が嬉しそうに笑った。


「大人になったな、翔!」

「はあ!? おめえに言われたくねぇよ!」


※参考CD:

『Cartas do Brasil』by 櫻井哲夫

『BRASIL CONNECTION』No.1・No.2 by 櫻井哲夫

PEGASUSペガサス』by 櫻井哲夫&野呂一生ライブ・アルバム


※タイトル引用楽曲:

『ナヴェガンド・ソジーニョ』by 櫻井哲夫

『イパネマの娘』by アントニオ・カルロス・ジョビン

『マシュ・ケ・ナダ』by ジョルジ・ベン

『おいしい水』by アントニオ・カルロス・ジョビン


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