表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第九章『ワイルド・キャッツ』
37/72

(1)『St. Louis Blues(Jimmy Smith ver.)』オーディション

「翔って、口も性格も悪いけど、それを超えるギターの実力がある! 音楽やってる時なら、お前の性格も、そんなに悪くないって錯覚出来るぜ!」


 邪気のない笑顔の奏汰が、翔を見た。


「お前、それ、褒めてるのか? けなしてるのか?」


 奏汰が、あっけらかんとズケズケ言っても、翔は、それほど嫌ではない様子で返す。


 バンド『ワイルド・キャッツ』を結成した、シェアハウスに住む四人の男子は、音楽浸けの日々を送っていた。


 『ワイルド・キャッツ』のレパートリーは、ほぼロック、ジャズ、フュージョンだ。

 練習を重ねるうちレパートリーも増えていき、そろそろバンド・オーディションに参加してみようということになった。


 時期を急いだ理由には、一歳年上で大学四年の琳都(りんと)が卒業し、仕事が始まらない今のうちに、というのが大きかった。


 数ある新人発掘オーディションの中でも、早く結果の出るものを中心に雅人が選び、演奏データを送った。

 同時に、動画サイトにUPもしていく。その作業は、琳都が行っていた。


 奏汰と翔は練習に熱中し、アレンジの意見を出し合っていた。端から見ると口論しているようなこともあったが、ケンカにまで発展することはなかった。


 練習が進むうちに、見えて来たことがあった。


 自分たちの演奏を録音、または録画し、見直している時であった。

 今の、ジャズオルガン、ギター、ベース、ドラムの編成では、メイン楽器を務めるのは翔のギターか、琳都のジャズオルガンだ。


 その琳都本人は、演奏家志望でもなければ、一時的なヘルプだった。


 ジミー・スミスや他のオルガン奏者のように、自分を前面に出すほど、琳都は積極的な性格ではない。


 普段から、クールで淡々としている性質が、演奏にも現れてしまっていた。

 それは、表現者としては、マイナス面となる。


 外見上はクールであっても、演奏には想いを込め、他人に伝える表現力が必要とされる。


 音楽はあくまでも趣味としていた琳都には、それが足りなかった。

 といって、代わりのメンバーが見つからない今、琳都を外すわけにはいかない。


「一回、琳都が全面が出る曲をやってみたら、どうかな?」


 引っ込めるのではなく、そう逆の発想で提案したのは、奏汰だった。


「琳都は、昔からピアノやジャズオルガンで遊んでたみたいだから、その時気に入ってた曲とかを、皆でやってみないか? 翔と俺は、コードがわかれば、すぐ合わせられるんだし」


「そうだな、琳都、ちょっと弾いてみてくれないか?」


 奏汰に続き、雅人が期待を込めた目で、琳都を見た。


 少し考えてから、琳都は、ジャズオルガンに座る。


「『St. Louis Bluesーーセント・ルイス・ブルース』、原曲は、こんな感じ」


 ミディアム・テンポの、グレン・ミラー・オーケストラの演奏で知られる「セント・ルイス・ブルース・マーチ」だった。


 奏汰、雅人も、中学や高校の吹奏楽部が演奏していたり、どこかで聴いたことのある曲だった。


 ブルースであれば、コード進行は決まっているので、Key(調)さえ指定すれば、ギターやベースは、すぐに演奏に移ることが出来る。


 翔は、何も言わず、腕と足を組んだ体勢で、じっと聴いていた。


「それが、ジミー・スミス・バージョンだと、こうなる」


 琳都が弾き出したのは、アップ・テンポで華やかなブルースだった。


 奏汰も雅人も、翔も、目を見張る。


 イントロもなく唐突に始まり、終始アグレッシブな演奏だった。


 足鍵盤はトゥヒール奏法、トゥ&ヒール奏法、ヒール&トゥ奏法などと呼ばれる、つま先とかかとを使い分ける弾き方だ。


 速いフレーズでは、つま先とかかとを交互に使うことが多い。テンポの遅い曲であっても、足でもなめらかなフレーズを弾くためには不可欠な奏法だった。


 じっくりと琳都の演奏を見たことのなかった三人は、ただただ圧倒されていた。


「ジャズの、鍵盤超絶技巧って、こんなだったのか……!」


 琳都の演奏が終わっても、前のめりな姿勢のままになっている翔が、言葉を漏らした。


「超かっけぇ……!」


 隣で、同じく前傾姿勢になっている奏汰もうなずき、雅人は、未だ余韻から抜け出せず、口を利くどころではないようだった。


「まったく別の曲みたいだったよな。どこに原曲出て来た?」


 奏汰が尋ねると、「この部分」と、琳都が弾いてみせる。

 それは、ブルースの間に挟まれた十六小節で、原曲とは、かなりアレンジされたコード進行だった。


 この際、ジミー・スミスをよく聴いてみたいと言い出した奏汰のために、琳都がCD『The Cat』を取り出し、ミニコンボで流した。


 琳都の弾いた『セント・ルイス・ブルース』は、完全耳コピーであったとわかる。


 オルガンと、トランペット、トロンボーン等のホーンセクション、ギター、ベース、ドラム、パーカッションの編成であり、アレンジは、ディジー・ガレスピー・コンボ出身のピアニスト、ラロ・シフリンだった。


 CDのレーベルを読んでから、奏汰たちは、さっそく調べた。


 ジミー・スミスは、ジャズピアノからジャズオルガンに転向し、ハモンドオルガンを普及させた、黒人で、楽譜の読めない奏者だった。

 マイケル・ジャクソンの『Bad』でも弾いている。


 ジャズオルガンには、足で演奏する鍵盤もある。

 主に、左足で鍵盤を弾き、たまに両足のこともあるが、通常、右足は、車のアクセルのようなペダルを踏んでいる。

 強弱をつけるペダルであり、つま先を踏み込むと強く、かかとを下げると弱くなる。


 ジャズオルガンと、電子オルガンと呼ばれる音楽データに合わせて演奏する類の楽器とは、外観は似ていても、別の楽器だった。


 電子オルガンも、一時は、ジャズオルガンと似た奏法で良かった。

 だが、作成された音楽データと演奏出来るよう改良されていくうちに、右足の強弱ペダルは、それまでほど重視されなくなってきた。


 奏汰たちも、ネット動画で、電子オルガンの演奏を見ることもあるが、どんなに上手に弾きこなす奏者も、琳都のような右足使いを感じられなかった。


 ジャズピアノでは、タッチの強弱が重要であるように、ジャズオルガンらしく演奏するには、右ペダルを常に細かく操作し、それが、全体のノリに大きく関わる。


 何度もジミー・スミスを聴くうちに、奏汰も翔も、それを感じ取っていた。

 琳都の演奏は、そのような意味では、申し分なかった。


「昔やってた曲だから、にわか仕込みじゃなく、ちゃんと弾き込んでるし、これまでの曲よりも思い入れが強いのも、ちゃんと伝わってきたよ。なあ、これも、『ワイルド・キャッツ』のレパートリーとして、やってみようぜ!」


 奏汰が意気込んでそう言うと、全員が納得した。


 そうして、琳都の昔のレパートリーも数曲取り入れ、しばらく練習に励んでいると、また問題が浮かび上がって来た。


 『セント・ルイス・ブルース』は、奏汰と翔の練習は順調だが、テンポの速さに、ドラムの雅人が、なかなか付いて行けないのだった。


 雅人としては、ここまでの速いフレーズは叩いたことがなく、最後までテンポを保つのが難しいと言う。

 ひたすら、雅人は練習に励んだ。


 その横では、相変わらず、どこかあっさりしている琳都の演奏に、「超絶技巧はOKとして、琳都は、もっとネチッこく弾け!」と、翔が注文をつけていた。


 強く、抜くように軽く、スネア・パッドを叩く雅人の側に、奏汰がついていた。


「今の感じ、良かったぜ!」


 奏汰がそう言うと、雅人も微笑んだ。


「少しコツがわかってきた。ジャズって、ノリとアクセントが難しいけど、決まった時は格好良いんだな!」


 雅人は、奏汰と試行錯誤していた。




 プロダクションから、メールが届いた。


 琳都のノートパソコンを、皆で、のぞき込む。


 ミディアム・テンポのジャズ、ジミー・スミス版『セント・ルイス・ブルース』、翔が作曲したバラード計三曲のCD-Rを送っていた。


 メールの批評には、

『ギターとベースは、年齢を超えた表現力がある』と。


 まずは褒められたことで、わくわくしながら読み進めていくと、

『オルガンが、技術はあるが、『セント・ルイス・ブルース』以外は淡々とし過ぎている』

『ドラムが時々スイングし切れていない。三連符と付点音符の違いが、あいまいだ』

 などと鋭い指摘がされていった。


「あああ、ごまかしたとこ、全部バレてる~!」


 雅人が、頭を抱え込んだ。


 最終的には、「今回は、見送らせていただきます」という返答だった。


 その後も、演奏データを送ったところからは、レトロな路線にするには、まだ演奏が若いだとか、四人の演奏に統一感がないだとか酷評されたり、無難な断り文句のみであったりで、オーディションには落ち続けていた。


 それらの批評に共通していた部分は、四人ともが、うすうす感じていたことで、最もな分、文句の言いようもなかったのだった。


 シェアハウスは、静まり返っていた。


「ギター、オルガン、ベース、ドラムだけだと、俺たちには難しかったのかなぁ。このまま、練習は続けるとして、いずれは、琳都の後釜を探すわけだし、サックスとか、ボーカルでもいいから、この際、同時進行で、ちゃんとメンバー探すか? 正式なメンバーが決まるまでは、ゲストでもいいし」


 皆の顔を見回しながら、雅人が、明るい声で言い出した。「だが、それには、翔との相性が……それ次第だと思うけど」と、付け加える。


「このままじゃラチが開かねえもんな。仕方ねえ、俺も、なるべく気を遣って、我慢してやるよ」


 翔が、ふっと笑って、悪態を吐く。

 雅人も奏汰も、ホッとしたように笑った。


「そうとなったら、俺、募集かけてみるよ!」


 雅人がさっそくスマートフォンを出し、大学や、外の知り合いにも、SNSを使って呼びかけた。


 琳都の作成したチラシも、雅人の大学の掲示板に貼り、学校のホームページにも書き込む。




 雅人のところに、参加希望の返信が、いくつか集まる。

 有頂天になった雅人は、部室の掃除を始めていた。奏汰も手伝う。


 雅人の呼びかけたオーディションに集まったのは、ほとんどが同じ大学の学生だった。

 それぞれが、カラオケCDだったり、伴奏者を連れて来たりして、自分のパートを披露する。


 部室の中央には、机を並べて座る、雅人、翔、奏汰、琳都がいた。

 オーディションの様子をおさめるカメラも、部室の奥に設置されている。


 まずは、ボーカル志望の女子たちであった。

 三人ほどの候補者から、ひとりずつ歌う。


「はい、ありがとう。結果は、後で知らせるから」


 どの候補者にも、にこやかに雅人が言い、ボーカル志望者全員のオーディションは無事に終わった。


「三人とも、音程が定まってなかったように思えたんだけど」


 口火を切ったのは、奏汰だった。


「二番の子は、声も良いし、パンチがあって、悪くなかったんだけど、高音になると、首締められてるみたいに、声が詰まるよな……。それが、どうしても気になる」


 奏汰に続き、「だよな」と、翔もうなずく。雅人も残念そうに賛同した。


 次に、ソロ楽器のオーディションの時間となる。


 サックス、クラリネットなど木管楽器を始め、ソロ楽器を持参してくる者が五人の予定だ。


 一人目の演奏が終わり、雅人が、ボーカル志望の女子に向けたのと似た笑顔で、結果は後ほど連絡する旨を伝える。


 二人目の演奏曲目を聞き、雅人と奏汰は「おっ!」と、嬉しそうな顔になった。二人が高校の時にバンドで演奏した曲だったからだ。


 懐かしそうにほころばせた二人の顔は、演奏を聴くうちに、光を失っていった。


 演奏が終わった直後、ガツン! と、机の足を蹴った音が響いた。


 演奏者は驚き、雅人と奏汰も、びっくりして翔を見た。


「ワリイな。足が長いもんで」


 机を元の位置に直すでもない翔は、腕を組み、椅子の背にもたれかかったまま、上目遣いになっていた。


 演奏者は、すごすごと部屋を出て行った。


 次の候補者の演奏を聴くうちに、翔が不機嫌になっていく。

 それが顔に表れているため、怖くなったクラリネット演奏者は、緊張して、ますます固くなり、ピッ! と奇妙な音を発した。


「この下手クソ! チューニングん時からずっと、ピッチ、ズレてんぞ! ちゃんと基礎もやれ!」


「ひいーっ!」


 立ち上がり、今にも暴れそうな翔を、奏汰と雅人とで、取り押さえた。


「後で連絡するから、とりあえず、今は逃げて!」


 雅人が苦笑いして早口で告げ、(おび)えていたクラリネット奏者は、逃げるようにして出て行った。


「次!」椅子にかけ直した翔が、ふてくされた顔で、机に肘を付く。


 現れたのは、帽子を目深に被り、着ているものからブーツまでを、ウエスタンにまとめた一年生だった。

 スパイを連想させる、黒い専用の収納ケースには、十種類以上のハーモニカがあった。


「おっ?」と翔も奏汰、雅人も見入る。


 一年生にしては、貫禄の備わった奏者は、Key 毎に並んでいる中から、一つを取り出す。


 ウエスタンにハーモニカ、いかにも、カントリー・ミュージックなどアメリカ系の音楽にハマッていそうだ。

 こいつなら、やってくれるかも知れない!


 『ワイルド・キャッツ』メンバーは、密かに期待の目で見守っていた。


 マイナスワンCD(ソロの部分を抜いた演奏カラオケ)をかけ、青年はブルース・ハープを口に当てた。

 その姿格好は、様になっていた。


 一通り、演奏が終わる。


「おい」


 冷めた目で、翔が口を開く。


「ブルース・ハープであれば、デタラメ吹いてもカッコいいとでも思ってんのか? せっかくのハープが、宝の持ち腐れじゃねえか!」


 翔が一括すると、また奏汰と雅人が押さえ、ハーモニカの一年生は、慌てて立ち去る。


「もっと、良く元の音楽を聴け!」


 廊下にも、そんな翔の声が聞こえていた。


 すべてのオーディションが、終わった。


 誰も、メンバーの目に留まる者はいなかった。


「せっかく、人集めたのにー」


「しょうがねえだろ? あんな下手なヤツらと組んでも、レベル下がるばっかりだぜ!」


 ぶうぶう言う雅人に、翔は「けっ!」と言った。


「確かに、他のバンドに入ってないだけあって、……っていうか、入れてもらえないだけあって……って感じだったな」


 ずっと沈黙を保っていた琳都も、さすがにコメントした。


「ああ。だよな……」奏汰も、しんみりと同調した。


「そうだ! 奏汰んとこの学校の生徒には、いないのかよ?」雅人が、手を打つ。


「ああ、あいつら、ちょっと腕良くても、時間にルーズだったり、すごい天然だったりでな……。多分、翔と合わない……いや、翔どころか、皆と合わないかも。人間的には大丈夫なヤツでも、センスが合わなかったりとか」


「まったく! 残ってるのは、意識の低い奴らってワケかよ」


 翔は、足を投げ出して座り、大きく溜め息を吐いた。


 正式メンバーに相応しい奏者は、なかなか見付からず、しばらくは四人のままとなった。


 完全なジャズでは雅人が付いて来れず、派手な曲では、琳都のクールさが歯止めをかけていたが、琳都の仕事が始まり、完全にメンバーから抜ける時までは、このまま四人で頑張ってみることにしたのだった。


※引用楽曲:アルバム『The Cat』より『St. Louis Blues』

by W.C.Handey

Arrange by Lalo Schifrin


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ