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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第八章『強敵──ライバル──』
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(5)『Everything』

 久しぶりに、平日休暇の取れた潤は、スマートフォンで検索していた。


「おっ、ここなんか、オシャレで良さそうだな。蓮華(れんか)さんを誘ってみるか。この間、蓮華さん、翔とかいう若造に、嫌な目に合ったからな。少し気分転換させてあげないと」


 アパートでは潤の他に、置いて来た漫画や本を、取りに来た奏汰がいた。音響方面の講師として、学校で資料として使えそうな本を見付け、リュックに詰めていたが、ふと顔を上げる。


「誘うのは勝手だけど、彼女は、兄貴の手に追えるような(ひと)じゃないよ」


「俺と彼女の方が、住んでる場所も近いし、最近は、お前よりも、俺の方が会う回数が多いからって、ヤキモチ妬いてるんだろう?」


 ……この思い込み……、どうしたものか。

 奏汰は、呆れていた。


「蓮華は、兄貴なんかには興味ないよ。兄貴よりは、まだ翔の方が可能性ある」


「うん、うん。そーか、そーか」


 潤には、奏汰の声は、聞こえていなかった。




 銀座のレストランでは、潤が、微笑んでいた。


「どうです? なかなかオシャレなところでしょう?」


 彼の向かいに座る蓮華は、にこりともしない。


 いそいそと、潤がメニューを見せる。


「何にしますか?」


 蓮華は不機嫌そうに、そっぽを向いて答えた。


「うどん」

「うどんは、ちょっと、ありませんよ。ここ、一応、フレンチなんで」

「じゃあ、牛丼」

「なるほど、オヤジギャグですか! あはははは、面白い!」


 蓮華は、ちっとも面白くなさそうであったが、奏汰の兄なので、それ以上は、邪険にも出来ないでいる。


 その数日後に、蓮華は、友人と会った。


「どうしたの、蓮ちゃん? なんか、ちょっと疲れてるみたいね。仕事忙しいの?」


 落ち着いた服装と控えめな雰囲気から、堅実な女性と一目で分かる涼子が、少し心配そうな顔になった。


「仕事が忙しいのはいいんだけど、プライベートがねぇ」


「奏汰くんと、何かあったの?」


 蓮華の顔を覗き込みながら、そう尋ねたのは、脚本や物書きの仕事をしている明日香だった。

 赤茶色のストレートへアで、魔性の女と呼ばれている彼女だが、普段の派手な出で立ちと違い、この日は、シックなスーツ姿であった。


 仕事ではアップにしている茶色の緩くかかったウェーブの髪を、今は胸元まで降ろしている蓮華は、バーのマダムのエレガントな雰囲気とは一変して、三人の中で最もカジュアルな服装であり、一番若く見えた。


 仕事の反動か、はたまた、十歳下の恋人がいるせいか、と友人たちは解釈している。


 その蓮華が、溜め息混じりに、語り始めた。


「奏汰くんのお兄さんが引っ越して来て、今、奏汰くんのアパートに住んでるの。奏汰くんは、バンド仲間とシェアハウスに移っちゃって。琳都(りんと)も出てってくれて、そっちに住むことになったのは良かったんだけど……」


 明日香が、瞳を輝かせた。


「今流行りのシェアハウス! いいじゃない! 何か、いろいろドラマが浮かびそう!」


「奏汰くんたちのところは、女人禁制だけどね」


 蓮華は、少し笑ってから、続けた。


「奏汰くんは、昼間は専門学校で教えてるか、友達のサークルで練習してるかで。夜はお店のバイトに来てくれるけど、他でライブに出ることも増えたから、前ほどは、会えなくなってるの。


 ライバルも登場してね、音楽面では、お互いにいい刺激になってるから、それは、喜ばしいことなんだけど……」


 紅茶を一口すする。


「そのライバルの男の子との対戦もあって……なんだか、人を嫌な気持ちにさせることを言う子なのよ。奏汰くんのこともバカにして、頭に来たから、軽~くお灸据えてやったけど、なんだか疲れたわ~」


「どんなお灸の据え方したのよ? 蓮ちゃんが、そこまで怒るなんて珍しいけど、まったく、そんな子まで相手にすることないでしょう? 放っておきなさいよ」


 涼子が、少々呆れた顔になった。


「それ以来、『兄』が心配して、頻繁に会いには来てくれるけど、……なんか疲れるのよねぇ。


 前は、あたしと奏汰くんのことを、認めて欲しかったから、頑張って、仕事の合間を縫ってデートしたけど、……なんか、感覚が、あたしとは、ちょっとズレてるからか、疲れちゃって」


「どうせ、蓮ちゃんのことだから、『兄弟まとめて面倒見てあげるわ』とか言って、二人を手玉に取ってるんでしょう?」


 涼子がからかうように蓮華に言うと、蓮華が、溜め息をついた。


「兄弟まとめて面倒見るのが、こんなに疲れるとは思わなかったわ」


「ホントだったのー?」


 涼子が身を乗り出していると、横から、スマートフォンでメモを取りながら、明日香が真面目な顔で言った。


「そのあたりのことを、良かったら、もう少し詳しく」




「あのね、潤くん、あたしが、今まで、あなたとデートしてたのは、奏汰くんとのことを、認めて欲しかったからなのよ。それは、わかってる?」


 銀座のレストランで、食事を終えた蓮華が、そう切り出した。


「ええ、わかってますよ。僕は、あなたのことは認めてます。ですが、奏汰は、あなたにふさわしくない。(れっき)とした社会人であるあなたには、同じく歴とした社会人である僕の方が、社会的にもまだ近いでしょう?」


 そのように、しれっと応えた潤に、蓮華は、あんぐりと口を開けた。


「仕事に就き、真っ当に働くからこそ、社会人と言えるんです。あいつは、好き勝手なことをやっているだけですから。税金だって、ちゃんと払ってるんだか」


「一応、あたしの店では、アルバイトでも源泉徴収してるから。臨時講師の分も、おそらく税金引かれるはずだけど」


「にしても、僕とは、金額が違うはずです」


「……あなたが何を言いたいのか、なんとなくわかるけど」


「僕は、『キープ』で構いません」


「はっ?」


 意外な言葉に、思わず蓮華の目が丸くなった。


「あなたが、仕事に疲れて、続ける自信がなくなったとか、もしくは、結婚したくなったとか、そんな時に、僕を思い出してくれればいいんです」


 蓮華は、潤の一途な瞳を、改めて見つめた。


「奏汰は、あなたより音楽を取って、いずれ離れて行くかも知れません。僕は、そんな時のための『保険』でいいんです。だから、今すぐだとか、数年後だとか、約束はしなくてもいいんです」




「はあ……! カッコいいじゃない! そんな寛大なこと、なかなか言えるもんじゃないわよ」


 蓮華の話が終わったところで、涼子が感心した。


「思ったより、しっかりしてるじゃないの、『兄』! キュンキュン来ちゃった! 蓮華だって、言われて嬉しかったでしょう?」


「う~ん……かわいいことは、かわいいし、有り難いんだけど……」


「えっ? なにその有り難迷惑的な言い方は?」


 蓮華の反応に、涼子は、眉間にシワを寄せる。


「ねえねえ、『兄』『弟』『ライバルくん』『優さん』で順位付けるとしたら?」


 明日香が、横から蓮華に尋ねた。


「当然、一位は『弟』でしょう。二位は、う~ん……『兄』かしら? 一位とは、かなりの差があっての二位で。『ライバルくん』は三位でもなく最下位。『優ちゃん』は場外」


 明日香は、思い切り意外な顔になった。


「へー、意外! イケメン・ライバルくんよりも、優さんよりも、『兄』が上なんだぁ?」


 蓮華がころころ笑って答えた。


「だって、奏汰くんに似てるから。奏汰くんが六年後、黒髪メガネくんにイメチェンしたら……って想像すると、萌えるじゃない?」


「蓮ちゃん、ふざけてないで、真面目に答えて。私だったら、一位は、絶対、『兄』にするわよ」


 と言う涼子の方を向いた蓮華は、真面目な顔になった。


「そうは言っても、彼だって、まだ三〇前で若いのよ。あんまり期待させて、待たせてもね、いけないと思うの。もっと彼にふさわしい人って、いると思うし。


 それに、奏汰くんは、やりたいことのある子だから、応援したくなるんだけど、『兄』は、どうもねぇ……。『あたしだけを』っていうのは、有り難いんだけど、重たいのよねぇ。他に何かないものかしら? 趣味とか」


「何言ってんのよ。奏汰くんは、まだ若いし、その『兄』が言ってたみたいに、音楽に夢中になって、いずれは、あんたから離れて行っちゃうに決まってるじゃない。


 それよりは、『兄』みたいに、あんただけを見てくれる人の方が、幸せにしてくれるんじゃないの? それに、男の人は、ちょっとくらい不器用な方が、安心じゃない? 浮気されることもないだろうし」


「不器用ってのとは、また違うのよねぇ……」


 それまで、涼子と蓮華の会話を聞いていた明日香が、スマートフォンから顔を上げた。


「『結婚したい女』だったら、『兄』を選ぶんだろうね。ちょっと思い込み激しい嫌いはあるけど、一途だし、可愛気あるし、マトモだし」


「問題は、あたしは結婚したくないし、あたしが好きなのは、『弟』だってことなのよ。それに、あたし、別に、男の人に幸せにしてもらいたいって、思ってないのよ。自分で勝手に、好きなことをやってるからかしら?」


 涼子が、諭すような口調で言った。


「そんな……。もう若い子じゃないんだから、選んでる場合じゃないでしょう? 感覚ズレてるのは、あんたの方よ」


「ええ、もちろん、それは、自覚してるわ。だから、『いい旦那さん』になるだろう『兄』は、あたしには、もったいないと思うのよ」


 そう言った蓮華を、涼子は、さらに諭そうと詰め寄った。


「私は、彼にとって一番でありたいと思ってるし、私にとっても、彼は一番よ。普通、そうでしょう?」


「……てなことを言ってる割りには、涼子、まだ結婚しないのね」


 と言った明日香を、睨むように、涼子が見た。


「なによっ! 彼が、両親と同居っていう条件を変えてくれさえすれば、すぐにでも結婚するわよっ」


「なるほど。彼にとっては、まだ両親が一番なんだね」


「そういうわけじゃないわよっ」


 まだ文句が続きそうな涼子を、明日香は制した。


「なんだか、二人の話を聞いてるうちに浮かんだんだけど、『大輪の花とぬかみそ』っていうのは、どうかしら?」


 蓮華が首を傾げる。「なんの話?」


「なんなのよ、『ぬかみそ』って! どうせ、蓮ちゃんが『大輪の花』で、『ぬかみそ』は私のことなんでしょう? 私が、結婚してもいないうちから、ぬかみそ臭いっていうの!?」


 明日香は、しれっとして、目を吊り上げる涼子と、目を丸くしている蓮華とを見比べた。


「別に、まったくそのまま二人を当てはめたわけじゃないわよ、単にアイデアが浮かんだだけ。今度、雑誌の企画で、『アンバランス』がキーワードのショートショートを考えることになったのよ。充分、参考になったわ!」


「なによ、それ? そんな企画ホントにあるの?」


 涼子が、(いぶか)しむように明日香を見ている。


「お役に立てたなら、嬉しいわ。あたしは、別に『ぬかみそ』でも構わないわよ」


 にこにこと微笑む蓮華を、明日香も涼子も、驚いて見つめた。


「ああ、奏汰くんに、会いたいなぁ」


 蓮華は、窓の外を眺めながら、ぽわ~っとした調子で呟いた。


 呆気に取られていた涼子だが、明日香は、そのうち、くすっと、微笑ましそうに笑った。


「すっかり、恋する女だねぇ」


 その明日香にセリフに、何か言いた気な顔になる涼子であったが、コーヒーと一緒に飲み込んだ。




 待ちに待ったデートで、奏汰の腕に、腕を絡ませる蓮華を、奏汰は嬉しそうに見下ろした。


 カフェでは、奏汰が、PAの講師として通う学校の話と、バンド『ワイルド・キャッツ』の話をしながら、レコーダーの演奏をイヤホンで蓮華に聴かせる。


 瞳を輝かせながら話す奏汰を、眩しそうに、蓮華は見ていた。


 ひとしきり話してから、奏汰が、小さい箱を、蓮華に差し出した。


「今まで、俺がプレゼントしたのって、付き合い始めの頃に、グラス一つだけだったから。皮肉にも、翔に『ヒモ』って言われて、気付いたんだ。ごめんな」


 中身は、イヤリングだった。


「かわいい」


 蓮華が再び奏汰を見上げると、照れながら、奏汰が説明する。


「何か身に付けるものをあげたくて、いろいろ考えたんだ。指輪やブレスレットだと、仕事でカクテル作る時、邪魔になるから、蓮華、いつもしてなかったよな?


 それに、蓮華に夢見てる客もいるだろうから、あんまり男の存在をアピールしない方がいいかとも思って。イヤリングなら無難だし、サイズも関係ないから」


 奏汰は、一旦口を(つぐ)み、言おうか言うまいか考えてから、打ち明けることにした。


「正直言うと、どんなのがいいか、よくわからなかったから、学生の女の子二人に相談したんだ。男の好みと、女の好みも違うと思うし」


 その時のことを、回想する。


『へー、彼女に贈り物ですか? 先生、やさしいんですね』

『大丈夫ですよ、クラスの皆には、言いませんから』


 そして、蓮華の顔色を伺い、早口になった。


「言うまでもないけど、その子たちとは、何でもないよ。二人とも、真面目ないい子で、他の生徒とは違って、話も通じる子たちだから。他の女の子に相談したのは悪かったけど、変なものは、あげたくなかったから……」


 奏汰が気にするほど、蓮華の方は、そんなことは気にも留めていないように、笑っていた。


「ううん、いいのよ。ありがとう。今付けてみる」


 先に付けていた自分のイヤリングを外してから、蓮華は、もらったイヤリングに付け替える。


 奏汰は、あえて、仕事用ではなく、普段使い用のものを選んでいた。

 そこにも、『蓮華に夢を見ている客』を気遣う彼の想いが、現れている。


 イヤリングを付け終わった蓮華を、奏汰は、愛おしそうに見ていた。


「似合うよ」


 蓮華は、嬉しそうに笑った。


「ありがとう。今日は、ずっと、これ付けてる」




 日もすっかり落ちた頃、奏汰と蓮華は、手をつなぎ、見つめ合う。

 言葉に出さずとも、二人の想いは同じであった。


 スパークリングワインを買った二人は、ホテルの一室で、一杯だけ飲んだ。

 残りの使い道は、蓮華が提案した。


「もしかして、そういう目的で買ったの?」


「ちょっと、やってみたかったの。シャンパンじゃ高額だから、怖じ気付いちゃうと思って」


 ボトルを受け取ると、奏汰は、蓮華のガウンの上から、ワインをかけた。


「きゃっ、シュワシュワする!」


 きゃっきゃっ笑う蓮華を、奏汰が、やさしくベッドに倒した。


 首筋にかかるウェーブの髪と、耳元で揺れるプレゼントのイヤリングが、さらに彼女の首もとを(なまめ)かしく飾る。


「すごくきれいだよ」


 耳の周りから首筋、ガウンを下げ、鎖骨へと唇を這わせ、黄色がかった透明な炭酸水を吸い取ると、彼女の反応に導かれた唇が、背を、ゆっくりと撫でていく。


「ごめん」


 いくらもしないうちに、ベッドの上で、奏汰が恥ずかしそうに言った。


「久しぶりだし、スパークリングワインなんか使ったからかな」


「でも、すごく良かったよ」


 隣では、蓮華が、にっこり笑う。


 じっと蓮華を見つめた奏汰が、彼女の手を取ると、何を思ったか、ぱくっと、口にくわえた。


 彼の瞳が、蓮華の表情を観察しながら、ゆっくりと指を舐め、あるいは、軽く口づける。


「指も感じるの?」にっと、奏汰が笑う。


「もう、奏汰くんたら!」


 幸せな二人の時は、甘く過ぎていった。


「こうして、別々のところに帰るのも、新鮮よね」


「泊まろうにも、ベッドが、ワインで濡れちゃったからなぁ。普通のホテルなら、大迷惑だよな」


 照れながら、奏汰は蓮華に答えた。


 二人は、『J moon』の前まで来ると、立ち止まった。


 上り電車の最終時刻が近付く。

 奏汰がシェアハウスに引っ越す前に比べると、早い別れが、二人を訪れた。


「……じゃあ、また」


 奏汰が、名残惜しそうに、蓮華を見る。


 彼を見上げる蓮華の頬を、ポロッと、涙が伝っていった。

 それには、奏汰だけでなく、蓮華自身も驚いている。戸惑いながら、蓮華が指で、止めるように拭う。


「蓮華……?」


「あたし、奏汰くんと、離れるの、……いやみたい」


 その言葉に、頬を染めた奏汰が、蓮華を見下ろし、やさしく言った。


「蓮華が、別々に帰ろうって言ったんだよ」


「……でも、やっぱり、……今日は、離れたくないの」


 今日の蓮華は、特に感動してくれていた、と奏汰は思い出す。

 それは、ワインのせいではない。これまで以上に、幸せな、あたたかい想いが広がって行ったのだと、彼女は話していた。


 その時も、蓮華の瞳からは、珍しく、次々と、涙がこぼれ落ちていた。


 BGMでかかっていた、ダイナミックにアレンジされたピアノの連弾『Everything』が、妙に、二人の気持ちにマッチしていたのを、覚えている。


 そして、今、目の前の蓮華を、改めて見下ろす。

 今日、彼女が涙を見せたのは、これで二度目だ。


「あたし、男の子の前で、泣いたことなんかないのに……」


 途切れることのない涙を、俯きながら、静かに拭い続ける蓮華の仕草を見ているうちに、抑え切れない想いが、こみ上げてきた奏汰は、蓮華の肩をつかむと、唇を重ねていた。


 見開かれた蓮華の瞳が、徐々に閉じられていく。


 やさしく、強く。

 求め合い、応え合う。


 止め()なく湧き出す愛おしさを、これ以上現せないくらいに、奏汰は、夢中で口づけていた。


「うわっ!」


 その声に、我に返ると、兄の潤と、優が並んで立っていた。

 潤がうろたえて、声を上げたらしかった。


「あ、兄貴、優さん……!」


 奏汰は、どう取り繕っていいかわからず、ただ二人を見ているしかなかった。


「やあ。潤くんとね、そこのコンビニで、偶然会って」


 優は、いつもの笑顔だが、少々照れているようだ。


「おっ、お前っ、場所もわきまえずに……! しかも、泣いて嫌がってる蓮華さんに、無理矢理ーー!」


「まあまあ、潤くん、今日のところは、帰ろうよ」


 文句を言い続ける潤を引っぱり、優は、「どうぞ、おかまいなく」とでも言うように、奏汰に目配せした。


 二人の姿が完全に消えるのも待ち遠しいほど、奏汰は、すぐにでも、蓮華との口づけを再開したかったが、見られたことで、幾分、頭が冷静になった。


 コンビニも近い、このような路上では、やはり、人目が気になる。

 そんなところは、根っからのナイーブな日本人なんだなと思うと、苦笑してしまう。


 蓮華は、マダムの時とは雰囲気が違い、一見したくらいでは本人とわからないが、店の近くでは、軽率な行動だったと、奏汰は反省した。


「やっぱり、今日は、泊まっていこうか?」


 恥ずかしそうに、そう言う奏汰に、目の端を指で拭いながら、蓮華が笑った。


「さっき、ホテル代出してくれたから、今度は、あたしが出すわ」


「ううっ、やっぱり、俺って、ヒモだよな……」


「そんなことないの。離れたくないって言ったの、あたしなんだから」


 蓮華は微笑んで、奏汰と手をつないだ。


「奏汰くんと一緒にいられて、嬉しい」


 きらきらと輝く蓮華の笑顔は、子供のように、素直だった。営業中に見せる、美しい大人の笑顔とは、相反している。


 どちらの笑顔も、奏汰は好きだった。


 だが、彼にしか見せない、愛にあふれた素直な笑顔は、格別だった。


※引用楽曲:『Everything』by MISIA(作曲:松本俊明)

参考CD:サウンドストリーム

Duo for Professional(ピアノ連弾)

Arrange by 神内俊之


やっぱり、翔に壁ドンされたの、嫌だったんでしょうかね、蓮華。(^^;

奏汰の久々デートは、盛り上がったようです。

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