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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第八章『強敵──ライバル──』
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(4)『The Cat』バンド結成

 翌日、翔を含めたライブの打ち上げと反省を、シェアハウスで行うことにした奏汰たちは、缶ビールや(さかな)を買って戻った。

 翔も、自分の分を持参して、訪れた。


 レコーダーで録音した他のバンドの曲も、流しながら、飲み会が始まる。


 自分たちの曲になった。

 奏汰のソロに、翔が割り込んだところだった。


「翔、お前も、軽いノリでやったのかも知れないけど、今後はもう、こういうことはするなよ、わかってるとは思うけど」


 雅人が、ライブ直後の時よりは穏やかに、だが、しっかりと釘を刺すよう、翔に言い聞かせる。


 翔は、雅人を見てから、奏汰の方を向いた。


「奏汰、はっきり言って、俺は、お前が気に入らない」


「お、おい、翔、そうじゃないだろ」


 言い切る翔に、後輩キーボード二人は、びくびくと、状況を見守り、雅人が翔を止めるが、奏汰が、それを止めた。


 奏汰の表情には、ある覚悟があった。


「俺も、ちゃんとお前と話をしようと思ってた。わかった。そんなに、俺や彼女のことが気に入らないなら、彼女の分も俺が引き受ける。二人分、俺を殴れ。その代わり、もう彼女に仕返しなんかするなよ」


「おい、奏汰まで、何を言い出すんだよ」


 雅人が手にしていた缶ビールをテーブルに置き、睨み合う二人を、いつでも止めに入る体勢になった。


 翔も、缶ビールを置き、ソファから、立ち上がった。


 奏汰も立ち上がると、間に挟まるようにして、雅人も急いで立ち上がる。


 改めて、奏汰を睨みつけると、翔が口を開いた。


「バカか、お前は! 殴ったりしたら、ギター弾けなくなるだろうが! それに、お前なんかを殴ったところで、俺の気は晴れねえ!」


 奏汰が、肩を竦める。


「仕方ないなぁ。じゃあ、いったいどうしたらいいんだ?」


「お前、全然許してもらおうって態度じゃねえな?」


「わからないから、聞いてるだけだよ」


 翔は、口を(つぐ)んだ。


 二人を見てから、雅人が穏やかに言った。


「翔、お前、奏汰の何が気に入らないんだ? プライベートで何があったかは聞かないでおくけど、奏汰のベースに不満があるのか? 友達だからって肩を持つわけじゃないけど、俺は、退部したベースのヤツより、奏汰の演奏の方が好きだぜ」


 その言葉に、翔の表情が、少しだけ和らいだ。


「……こいつにイラつく理由が、俺もやっとわかった。思ったよりやるな、って認めた時からだ。雅人のドラムとも息が合ってたし、技術も感性も、今まで出会ったヤツの中で、一番かも知れない。


 もしかしたら、俺以上の何かがあるのかも知れない。雅人も、俺より奏汰を取る、そう思ったら……」


「わかったよ、それ以上言わなくても、お前の気持ちは」


 雅人が、穏やかに、翔の肩を叩いた。


 奏汰は、意外な顔で、翔を見つめていた。


「奏汰、翔を許してやってくれないか? お前に、そのう……イジワルしたのも、お前の実力に、今までの自分の地位が、脅かされる気がして、つい……だったんだよ。


 ただ、こいつ、ひねくれてるからさ、素直に、お前と演奏したいって、言えなかったんだ。好きな子を、ついイジメちゃうガキみたいなもんで、だから、許してやってくれ」


「おい、雅人、変なこと言うんじゃねぇよ!」


 怒りながらも、翔の頬が、うっすらと赤くなった。


「それじゃ、彼女がワインぶっかけたのは、もう怒ってないのか?」


「はっ? ワインぶっかけ……?」


 雅人が驚いて、奏汰を見てから、翔を見る。


 睨んでいた翔だったが、溜め息を吐いた。


「それには、もう仕返ししたし、ピシッと返されたし。あのねーちゃんに言われて、俺も、これからやらなきゃならない課題が見えて来た、音楽の方はな。恋愛の方は、……しばらく、保留だが」


 雅人と奏汰の顔は、晴れていった。


「だったら、翔も、一緒に住もうぜ! 俺も、もっと翔のギターと合わせてみたい。だから、菜緒さんさえ許してくれるなら、翔もシェアハウスに来いよ!」


 奏汰から、思わぬ誘いを受け、翔は驚きを隠せないでいた。


「ただし、ここは、女子禁制だからな。女連れ込むのは、ダメだぜ」


 雅人が咳払いしながら、二人を、からかうように見た。




 数日後、翔がシェアハウスにやってきた。


 だが、それと同時に、キーボードの後輩二人が、出て行くと言い出した。バンドも抜ける、と。


 二人は、今まで、翔の自己中心的な振る舞いにも、我慢してきた。

 奏汰とは、うまくやっていけそうに思ったが、翔と住むところまで一緒になるのには、耐えられなかったのだった。


「放っとけ! 二人いなきゃ決められない。そんな意識の低い奴らは、いらない」


 と、翔が言い放つ。


 雅人がなだめ、止めるのも空しく、二人は出て行った。


 奏汰がそれを知ったのは、アルバイトを終え、戻ってきた時であった。


 愕然とした。


 翔本人も、少なからず、ショックを受けているように、黙ったままだった。


「それで、あの二人は……? バンドを抜けて、どうしたんだ?」


 奏汰が、おそるおそる、雅人に尋ねる。


「大学には、他のバンドも結構あって、先輩たちのいるところに行くってさ。イベントとかで、メンバーが足りない時は、助っ人し合うこともあったけど……、うちには、もう助けには来てくれないみたいで。先輩たち同様な」


 雅人が、肩を落とす。


 翔が、「けっ」と言った。


「どうせ、俺のせいだよ。俺が、うまく周りとやらないからだろ。だけどな、気を遣ってばかりで、やりたい音楽が出来るか? 今の自分の腕に満足して、磨きをかけない、向上心もねぇ奴らといても、腹立つばっかだったし」


「……そうだったのか」


 今、奏汰には、やっと、翔を、少し理解出来た気がした。

 これまで、自分の参加してきたバンドは大人ばかりで、修行中の自分は、なんとか彼らに付いて行くために必死であったが、同年代と対等な世界では、音楽に対する温度差は、起こり得ることだったのだ。


 自分の腕に満足して、磨きをかけない、向上心のない者に、翔が腹を立てていたと知ると、奏汰には共感出来、翔が志すものが高かったと思えたのだった。


 こいつは、周りに理解されなくても、独りで努力して、あそこまでの実力を身に付けてきたんだ。


 そう思うと、奏汰には、翔が純粋過ぎる音楽青年に映り、親近感を覚えた。


「でも、こうなったのも、俺のせいだとしたら、俺が辞めれば、良かったのか」


「そんなこと言うなよ」


 翔にそう答えた雅人は、普段よりも元気のない声で続けた。


「といって、ドラムとギター、ベースだけじゃなぁ……」


 奏汰も、考えこんだ。


「だよな。減衰音(げんすいおん)の楽器だけじゃあ、やりたい表現が出来ないかもだし……」


「なに? 減衰音?」と、雅人が、奏汰に聞き返す。


「ドラムもギターもベースも、一回音を鳴らすと、だんだん音が消えていくだろ? ピアノとか鉄琴、木琴とかも。トランペットやフルートみたいな管楽器や、バイオリンみたいに弓を使う弦楽器は、音が持続する。持続音だけでは、うるさい場合もあるし、減衰音と持続音、両方あると、表現の幅が広がるんだけどなぁ」


 翔は、無言で、奏汰の話に耳を傾けていた。

 雅人は、なんだかわからないが、とても不利な状況にいるという認識に、変わりはなかった。


「ああ、いよいよ、バンドが危機に……!」


 雅人が頭を抱えた。


「だったら、俺が辞めてやるよ。そしたら、あいつら呼び戻せるだろ? あいつらだけじゃなく、先輩たちも」


「おい、翔、ヤケを起こすなよ!」


 翔と雅人が言い合っていると、奏汰が遮った。


「キーボード出来るの、ひとり知ってるよ。ただ、皆で合わせたこともないし、当然、ライブも出たこともないんだけど、なかなか実力はあると思うんだ。もし、良かったら、正式なメンバーが決まるまでの間だけでもどうかって、聞いてみようか?」


「ホントか!? 助かったぜ!」


 みるみる雅人に笑顔が戻り、有頂天になっていった。




 さっそく、奏汰は、琳都を連れてきて、紹介した。


水城琳都(みずき りんと)。大学四年で、俺たちの一コ上。大学では、映像関係を専攻してて、就職も、そっち方面に決まってるんだって」


「そうか! 水城さん、よろしくお願いします!」


「ああ、琳都でいいです。敬語も使わなくていいし」


「ありがとうございます!」


 雅人は、琳都に頭を下げた。


「水城って……まさか……?」


 翔の目が、見開かれていく。


「そう。うちのママの弟なんだ」


「なんだと!?」


 奏汰のアルバイト先であるバーのママを差していることは、当然、翔には伝わっていた。

 翔は、奏汰と琳都を見比べる。


「最近、ママのとこで同居してて、他に住むとこ探してたんだ。だから、バンド手伝うついでに、シェアハウスにも移っちゃえばいいかって。その方が、部屋も広いし」


 口数の少ない琳都の代わりに、奏汰が説明していた。


「あのねーちゃんと、同居だと……?」


 翔は、ぶつぶつ言いながら、顔を歪めた。


「方やヒモでマザコン、方やシスコン……あの女の身内ばっかりじゃねぇか!」


 そのように、翔が悪態を吐いても、奏汰も琳都も無反応であったので、雅人は、ホッとしていた。


 奏汰は、あえて、ヒモと呼ばれることで、蓮華に甘え過ぎてはいけないと、自分を戒められるから、構わないと思い直していた。


 琳都には、こっそり、蓮華のことは自分の片想いだ、と取り繕ったが、琳都から、「わかってるから、大丈夫。僕には気を遣わなくていい」と返されて、驚いた。


 メンバーも新しくなった同居生活は、彼らが予想したよりも、淡々と過ぎて行った。


 皆、家を出る時間が違ったため、食事もバラバラに摂り、バラバラに帰って来て、それぞれの部屋で、勝手に練習をしてから寝る、という生活だった。


 それが、かえって気楽で、快適であった。


 全員そろっての練習の時、琳都は、時々発せられる翔の嫌味も、自分の父親よりもマシだし、筋は通っている、と言って、気にしていないようだった。


「キーボードがオルガントーンだけだと、今までとは、アレンジも変えなきゃならねえじゃねえか」


 翔が言った。

 琳都はジャズオルガンを持参していたが、特に主張はしない。


「でも、他のバンドにはない、レトロな雰囲気も出せて、いいかも知れないぜ。ジャズオルガンは、ハードな音色も、ソフトな音色も作れるから、ギターやベースは、エレキも生も、どっちとも合うと思うよ」


 奏汰の思い付きを受けて、翔は、少し考えた。


「だったら、俺、アコギ、使ってみるか」


 アコースティック・ギターを取り出す翔を、奏汰が、わくわくと見る。


「おおっ! いいじゃないか! 俺も、ウッドベース使おうかなぁ!」


「お前、ウッドベース出来んの?」


 翔が目を丸くして、奏汰を見た。

 違う楽器ではあっても、エレキから入った者が、生楽器に取り組むのは難しいことは、充分知っていた。


「消音ウッドベースだから、エレキだけどな。まだ借り物で。今、修行中なんだ」


 奏汰も、ウッドベースを取り出した。


 それまでの曲は、ギターとベースがアコースティックになっただけでも、ぐっと、印象は大人びた。


 アコースティック・バージョンのアレンジも、すんなりと出来上がった。


「今までやってきたのとは違うけど、この路線の曲を入れるのも、いいかもな!」


 雅人も賛成し、翔の作ったバラードを、即興で、アコースティック・バージョンにして演奏してみる。


 これまでにない感覚を、四人は味わった。


「同じ曲か? と思うくらい、全然違ったものになったな」


 演奏後、溜め息を吐き、すぐには、誰も発言出来ないでいたところ、やっと、雅人が感想を言ったのだった。


 誰もが、自分たちの演奏に、うっとりしてしまった、とでも言うように、なんとも言えない感覚に襲われていた。


「ちらっと、フレーズ思い付いた」


 翔が、レコーダーに、ギターを弾いて吹き込む。

 楽譜には書けない、または、書くのが間に合わない場合は、レコーダーに録音しておくのが、手っ取り早い。


「後で、譜面に起こしておくよ」


 珍しく、琳都が発言した。


「え、琳都、楽譜読めるだけじゃなくて、書けるのか?」


 奏汰が尋ねると、琳都が頷いた。


「うちの父親は、音楽やるのは反対してたから、自分の部屋でこっそり、CD耳コピーして、楽譜書いたりして、遊んでた」


「遊びで? はあ~、すげえな!」


 そう言ったのは奏汰だったが、三人とも、琳都の静かだが音楽に対する情熱を、垣間見た気になった。


 そうして出来上がった翔の曲の構成では、ベース・ソロはなかった。


「俺だって、もうちょっと弾きたい」


「ベースのくせに、目立とうとするんじゃねえ!」


「そんな言い方ないだろ。ギターもベースも、見た目は似てるけど、全然違う楽器だろ? そこをはっきり表現すれば、面白いじゃないか」


「だったら、どうやるんだよ?」


「例えば、この間の『割り込み』じゃないけど、ソロのところで、ギターとベースの掛け合いをするとか。他にも……」


 奏汰と翔は、よく言い合いをしていたが、ケンカとは違い、音楽面の話の上であった。


 試行錯誤の上、方向性が決まりつつあった。


 バンドの名前も、新しく変えた。

 そこでも、奏汰と翔が揉めたのだが。


 『ワイルド・キャッツ』


 発案者は、雅人だった。


 山猫、短気な人、そのような意味合いだ。


 粋がってる自分たちには、ぴったりだ、と。


 そして、琳都が加わったことにより、ジャズオルガン奏者ジミー・スミスの名曲『ザ・キャット』を意識していた。


 CDジャケットの、印象的な黒猫が、奏汰も翔も気に入ったので、『ワイルド・キャッツ』は、全員一致の文句なしであった。


参考CD『The Cat』by Jimmy Smith


なんとか、丸くおさまりましたかな。

翔……とんがってるので、書いててハラハラするし、疲れるキャラですが、ハッキリしてるので、セリフは浮かびやすい。

とんでもないこと言い出すので、自分がびっくりしてしまいますが、なんとか雅人やら奏汰が、取り成してくれた。(^^;


とにかく、翔は、音楽面に関しては、頼りになりそうです。

とんがってる部分は、丸くなっていくのか、そのままなのか。


今後もよろしくです。(^_^)

次回、第八章の最終話です。


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