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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第八章『強敵──ライバル──』
32/72

(1)シェアハウス

「はい、蒼井です。……雅人か!? 久しぶりだなぁ!」


 奏汰のスマートフォンの相手は、高校時代のバンド友達だった。

 同窓会には来られなかった雅人と会うのは、高校を卒業して以来だ。

 吉祥寺のレッスンの日は、奏汰はアルバイトが休みであったので、雅人と居酒屋で落ち合った。


「高校卒業してからスマホ壊れちゃって、新しいのに変えたんだけど、バックアップ取ってなかったもんだから、皆とも連絡つかなくてさー」


「それで、同窓会には来なかったのか」


「実家から連絡来て知ってたんだけど、その日は、どうしても行きたいライブがあったからさ。ついこの間、美砂ちゃんに、ばったり会ったから、助かったよ。美砂ちゃんから、お前がまだ音楽やってること聞いて、どうしても連絡取りたくてさ!」


 雅人は、中ジョッキのビールを、ぐいっと一口飲んだ。

 奏汰も、イカ焼きの輪切りをかじってから、ビールを飲む。


「美砂ちゃんから聞いたけど、お前、今ジャズ勉強してるんだってな」


「まあな」


「あと、音楽学校で教えてるんだって? いやあ、お前が『先生』とはな!」


「教えてるのは、PAだよ。たまに、別の授業のアシスタントで、ベースも弾きに行ってるけどな」


「俺の方は、大学のサークルで、軽音部に入っててな、ネットに、ちょこちょこアップしてる曲をちゃんとアレンジし直して、今度、有料で配信しようってことになったんだ」


「すごいじゃないか!」


「ただ、うちの大学じゃ、レコーディングの設備がないんだよ。録音取れるカラオケボックスじゃ狭いし、音響凝れないし。当然、そういう機材も買えないし、買っても扱い方わかんねぇし」


「それで、俺の手が必要になったわけだ?」


「実は、そうなんだ」


「うちの学校にスタジオあるから、予約取ろうか? 機材も、俺がわかるし」


「サンキュー! 助かるぜ! ついでに、もう一つ、頼み事が……」


「ああ、なに?」


「ベースのヤツが、つい最近、退部しちゃったから、奏汰、良かったら、弾いてくれないか?」


「えっ!? いいのか!? ホントに!? そっちの方が嬉しいっ!」


 顔をほころばせる奏汰だったが、ふと気になった。


「だけど、何で、そいつ、これからって時なのに、辞めちゃったんだ?」


「……まあ、ちょっと、その、……いろいろ、込み入っててな……」


 ごにょごにょ言う雅人を、奏汰は不思議そうな顔で見ていたが、あまり問い詰めないでおくことにした。


「俺もレコーディング参加するんだったら、俺のパートだけ先に撮っておいてもいいし、一発撮りの方が良ければ、それでもいいけど、どっちにしろ、ミキサーの方に、もう一人、必要だなぁ。うちの学生にでも、頼むか」


「ああ、ホント、助かるぜ!」


 雅人は、肩の荷が下りたような顔で、喜んでいた。


 レコーディングの前に、奏汰もサークルに顔を出す約束をし、雅人が知らせたネットにアップされている曲を聴きながら、奏汰は、さっそくコードを聴き取っていった。




 『J moon』閉店後、奏汰と琳都が掃除をし、優はグラスを拭いている。

 蓮華がいじるタブレットの音は、スピーカーを通して、聴こえていた。雅人のバンドが、ネット上に流している曲だった。


「二曲目と三曲目、いいわね」


 蓮華が言った。


「ママも、そう思いますか?」


 蓮華の弟である琳都の手前、奏汰は、アルバイトの姿勢を保ったままだった。


「ええ。タイプの違う曲だけど、両方とも、好きな感じだわ。かなり演奏技術もある子たちね。特に、ギターの子、上手じゃない?」


 蓮華が、ロックグラスを傾けてから、続けた。


「ギターって簡単だし、値段も手頃なのからあるから、取りかかり易くて、やる人多いけど、エレキなんか、ただ鳴らしただけでもサマになるもんだから、それで満足しちゃう人も多いのよね。でも、この子は別ね。コードも理解して弾いてるし、三曲目ではアコースティックも弾いてるわよね? この子なの、奏汰くんのお友達って?」


「いいえ。あいつは、ドラムなんです。小学生の時から習ってて」


 奏汰は、琳都に微笑みかけた。


「今度、琳都にも紹介するよ」


 琳都は、特に、感心はなさそうだったが、蓮華が嬉しそうに琳都を見ている。


「それで、バンドの話以外でも、その友達から誘われたんですけど……」


 奏汰は、蓮華の様子を伺いながら、遠慮がちに切り出した。




「シェアハウスだと?」


 アパートに帰った奏汰は、先程、店で蓮華たちに話したことを、兄の潤にも話した。


「高校の時の友達の雅人が、バンド仲間とシェアハウスに住んでるんだよ。バンドを辞めたヤツがいて、空きがあるらしいんだ。俺は、そっちに住もうと思って。その方が家賃も安いし、店までは電車になるけど、近いし。だから、兄貴は、このまま、ここに住んでていいぜ」


 潤は、呆気に取られた顔で、奏汰を見ていた。


「それで、蓮華さんの反応は……?」


「ああ、喜んで、賛成してくれたよ」


「なんだと?」


 潤は、眉間に皺を寄せた。

 奏汰は、構わずに話し続けた。


「今は、修行がてら、ベテランのミュージシャンのライブに、ゲストって形で参加させてもらってるけど、そろそろ対等なバンドに入ってもいいんじゃないかって、応援してくれたよ。シェアハウスのことも、もちろん、音楽やるにはいい環境だからって」


 潤は、奏汰の顔を、まじまじと見た。


「お前、それ、本気にしてるのか?」


「え?」


「蓮華さんと会う機会も、減ってしまうんじゃないのか?」


「ああ、そうかも知れないけど、バイトは続けるし、プライベートで会おうと思えば、いつでも会えるし」


「バカか! お前は、それでいいかも知れないが、向こうは、淋しくなるだろうと言ってるんだ」


「蓮華も、気を遣うなって、言ってくれたよ」


「またお前は、言葉通り受け取って。女の人っていうのは、言ってることと、心の中は、違うんだぞ!」


「ああ、俺たち、一応、そういうのも乗り越えてきたから。まあ、兄貴の心配には及ばないよ」


 奏汰は笑った。

 潤は、少々納得がいかない顔をしていたが、やがて、ふっと笑った。


「淋しくなった蓮華さんを、俺がなぐさめることになっても、知らないぞ?」


 奏汰は、顔をしかめた。


「そこまで淋しい想いはさせないけど。兄貴をなぐさめ役に選ぶほど、蓮華は血迷ったりしないよ」


「負け惜しみを言うな」


「負け惜しみって……」


 挑発する潤を、奏汰は、呆れたように見ると、何も言わずに、寝る支度に取りかかった。




「レコーディングとベースをやってくれる、蒼井奏汰だ」


 大学の軽音楽サークルでは、雅人が奏汰を紹介していた。


「よろしくお願いします。奏汰って呼んでくれていいです」


 奏汰が、ぺこっと、頭を下げた。


 そこには、ピアノとキーボード担当という、雅人の後輩が二人だけいた。二人は、一見して大人しそうであり、それぞれ名乗った後は、何も喋らなかった。


 思ったよりも、小ぢんまりとしたサークルに、奏汰には思えた。


「あと一人、ギターのヤツがいるんだけど、もうすぐ来ると思うから」


 雅人がそう言うと、部室は、静まり返った。


「そう言えば、ネットで見たよ。すっげー、良かったぜ! 特に、二曲目の、ちょっとカッコいい感じの曲と、三曲目のバラード! 誰が作ったんだ?」


 奏汰が皆を見回した。雅人の後輩の二人は、そわそわしていた。


「それは、後で紹介しようと思ってた、ギターの翔ってヤツのなんだよ、二曲とも」


「へえ! 同じヤツだったのか! だけど、皆も作ったんだよな? すげえよなぁ! 俺なんか、最近、やっとアドリブ出来るようにはなったけど、自分で曲まで作ったことないもんなぁ」


 キーボードの二人は、奏汰の尊敬のまなざしに、少しだけ、笑顔を見せた。

 それをきっかけに、二人が奏汰と、ちらちらと話をし出したのを、雅人は、安心したように見ていた。


 その時、部室の扉が開けられた。


「翔、来たか!」


 雅人の声に、奏汰が振り返った。


 簡素な部室に、一気にインパクトが備わったようだった。


 黒い、ハードな出で立ちの、いかにもロック・ミュージシャンだと言わんばかりの男だった。短髪の黒髪に、大人びた整った顔立ちは、俳優の卵と言われてもおかしくはないほどだ。


 生まれながらの茶髪に、どちらかというと童顔の奏汰とは、タイプの違う男だ。


「ギターの上原翔(かみはら しょう)だ。翔、こっちは、レコーディングとベースを手伝ってくれる奏汰だ。高校の同級生で、俺たちと同い年だ」


「よろしくな」


 そう言った奏汰に、翔は、一瞥をくれるだけだった。


 雅人が、はしゃぐように、翔に言った。


「奏汰がな、翔の曲、二曲とも、気に入ったってさ!」


 奏汰も、瞳を輝かせて、翔を見ている。


「へっ! あんなの、作りたくて作ったわけじゃねーよ。あいつらの曲に合わせて、妥協して作ったチンケな曲だぜ」


 翔は、じろっと、キーボードたちを見下ろした。

 後輩の二人は、おどおどとした態度になり、下を向いた。


「おいおい、なにも、そんな……!」


 雅人が、翔を止めようとすると、奏汰が笑い出した。


「またまたー、謙遜しちゃって! すっげー、いい曲だったじゃないか!」


 翔は目を見開いてから、奏汰を睨んだ。


「あんな曲がいいなんて思うヤツの、気が知れねぇよ!」


 奏汰は、目が点になった。

 キーボードたちは、おろおろし、雅人も、一瞬、固まった。


 だが、奏汰が、また笑い出した。


「ははは、照れるなよー! ミュージシャンは、ひねくれ者が多いからな!」


「照れてねぇよ! バカ!」


「ギター、すっげえ上手いよな! 独学か? 習ったのか? それとも、どこかで修行してきたのか?」


「なんで、お前に、そんなこと話さなくちゃなんねえんだよ?」


「いつから始めたんだ?」


「うっせえ! 言うかよ!」


 音楽のこととなると瞳を輝かせて夢中になる奏汰と、邪険に返す翔を見守りながら、雅人と後輩の二人は、少し希望が見えて来たように、安堵した表情になっていた。


「翔を抑えられるのは、お前だけだ、奏汰! その『鈍感力』で!」


 呟いた雅人の拳は、小さくガッツポーズをするように、握られた。




 帰りがけ、居酒屋に誘われた奏汰は、仕事前であったので、烏龍茶で、雅人に付き合うことにした。


 雅人は、晴れ晴れとした顔で、中ジョッキを、ガブガブと飲んだ。


「良かった、奏汰が昔のままで!」


「どうせ、成長してないよ」


 奏汰が苦笑いをする。


「高校の時も、バンドやってた時、楽しかったよな。お前は、リーダーじゃなかったけど、皆、自然と寄ってきてたし」


「そうだっけ?」


「皆の憧れの美砂ちゃんも、お前のこと見てたし」


「何で、知ってんの?」


 奏汰が、驚いて、雅人を見る。


「最初、俺のこと見てるのかと思ってたんだよ。それで、よく見たら、視線が微妙にズレてて。お前、いつも、俺の近くで弾いてただろ?」


 雅人が笑った。


「その時、仲間うちで、どうやら、美砂ちゃんが、奏汰のことを見てるらしい、って話になって。『あいつには、このことを悟られてはならない!』とか、『隣のクラスに彼女がいながら、美砂ちゃんまでとは許せない!』とか話しててな」


「なにー? お前ら、グルだったのかよ? ひでえな!」


「昔のことだ。まあ、許せ!」


 雅人が笑いながら、砂肝をつまんだ。


「とにかく、お前は、普段、無愛想なくせに、音楽やる時はイキイキしてるんだよな。だから、うちのサークルにも呼んだんだ」


 雅人の声の調子が、少し真面目になったのを受け、奏汰も、真面目な顔になった。


「サークルのメンバー、少なかっただろ? しかも、編成、偏ってるし。おかしいと思っただろ?」


「確かに。ドラムとギターに、ピアノとキーボードって鍵盤が二人っていうのは、珍しいと思ったよ」


「もとは、サックスやトランペットも数人ずついた、華やかなバンドだったんだけどさ、翔が、ちょっと問題のあるヤツで……。サークル仲間のほとんどが、あいつと合わなくて、辞めていったんだ。先日話したベースも、その一人だ」


「……確かに、アクが強そうだったもんな」


「残ったのは、大人しいあの二人だけ。腕は悪くないんだけど、いつも翔に遠慮してるんだ。かといって、翔を辞めさせるわけにはいかないし……。


 あいつが上手いってこともあるけど、ファンも多いんだよ。客のほとんどは、あいつのギターを聴きに来てたり、あいつ目当ての女子だったりで。


 実際、それに嫉妬して、あいつに絡んでいった先輩もいたけど、自滅してた。他にも、人の女取ったり、……っていうか、先輩の彼女だった人が、翔に目移りして……とかな」


 奏汰は、烏龍茶のジョッキを傾けた。


「雅人は、何で、そんなヤツと仲良くしてるんだ?」


「まあ、俺、女いないし」


 雅人が、冗談めかして、明るく笑ってから、真面目に言った。


「あいつは、俺とは、なんだか衝突しなくて。俺が、あいつの格好良さを認めてるからかも。外見的なものだけじゃなくて、ギターの素質も認めてるし、あいつも、俺のドラムとはやりやすいって、言ってくれた。何よりも、俺とあいつは、目指してる音楽が、似てるんだと思う」


 奏汰の瞳が、やさしく雅人に注がれた。


「そういう仲間を見つけられて、雅人が羨ましいよ」


 雅人は、奏汰を見た。


「何言ってるんだよ、奏汰だって、そうだよ! これから、一緒にやっていくんじゃないか! 一応、今は、俺がバンドのリーダーだからな。今いる四人だけじゃ、後輩のあの二人が可哀想だから、出来れば、お前と一緒に盛り上げていきたいんだよ」


 雅人の熱く語る様子を見て、奏汰は、彼の力になりたいと思った。




 マンションの一室では、扉が開く。

 そこに立つ翔を、女が出迎えた。


「今日も、帰って来ないかと思ってたわ」


 長いウェーブの髪を耳にかけ、女がそう言うのも構わず、翔は、ずかずかと部屋へ入って行く。


「七時には帰るって言ってたじゃない。もう九時よ」


「うるせえな。先約が長引いたんだよ。それでも、帰ってきてやっただろ?」


「……また女のところに行ってたのね」


 うつむく女に、翔は、まったく悪びれもせずに、言い放った。


「ああ、そうだよ。他に行くとこあるかよ。嫌なら、出て行ったっていいんだぜ? 俺を待ってる女は、何も、お前だけじゃないんだからな」


 俯いた女は、ラグに座り込むと、しくしくと泣き出した。


「なんで、そんなひどいこと言うの? この一週間、私が、どんな想いで、あなたを待ってたと思うの? メールも返事くれないし、電話しても、ずっと留守電になってるし……」


 ソファに、無遠慮に座ってから、面倒臭そうに、翔が口を開いた。


「けっ、年上なら、多少、物わかりがいいと思ったのに、これじゃあ、ガキと変わんねぇな!」


 女は、ソファの翔を、涙目で見上げた。


「しょうがねぇなぁ!」


「あっ……!」


 翔は、女を、ソファに押し倒した。


「どうして欲しいんだか、言ってみな」


 意地の悪い瞳で女を見下ろし、甘い声でささやく。

 女の瞳は、脅えから、甘美な輝きへと、移り変わっていった。


ワルそうなのが出てきました。(^^;

『Dragon Sword Saga』にはいない、スケコマシ? 

その上、ダグト並の、ひねくれようですかね。

奏汰は太刀打ち出来るのか? 


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