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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第六章『White Christmas』(番外編)
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(3)『White Christmas』

 世の中は、クリスマスの飾り付けや、イルミネーション、あちこちでは、クリスマス・ソングのBGMがかかっていた。


「明後日のイブだけど……」


 足早に帰ろうとした美砂であったが、松岡に捕まってしまっていた。


「現代フランス料理のレストラン、良かったら、僕と一緒に……」


 その時、美砂のスマートフォンが鳴る。

 奏汰からであるのは、着信音でわかった。


「ちょっと、ごめんね」


 美砂は、奏汰からのメッセージを見ると、顔を上げ、松岡を見る。

 その瞳には、いつもの彼女にはない、ある強い意志のようなものが浮かんでいた。


「ごめんなさい。その日、用事が出来たの」


 松岡が耳を疑い、面白くなさそうに言った。


「またあのミュージシャンの彼氏?」


「うん。忘れ物、思い出したから、じゃ、ここで!」


 奏汰のメールを読んでから、落ち着かない思いにかられた美砂は、オフィスへと走って戻っていった。


 勤めているオフィスのフロアで、エレベーターが止まる。

 息せき切って駆け出した美砂は、残業中の須藤を見つけた。


「あれ? 美砂ちゃん、どうしたの?」

「わ、忘れ物……です!」


 呼吸を乱しながら、美砂は、須藤に近付いていく。


 周りには、まだ残業の社員が、ちらほらいた。


 美砂は、スマートフォンで、『J moon』のHPを見せた。


「イブの日、ここのクリスマス・ソング、聴きに行きたいんです」


 須藤は、周りを見て、誰も、自分たちを見ていないことがわかってから、気遣うように、美砂に言った。


「『J moon』に行っても、もう大丈夫なの?」


「須藤さんが、一緒に行ってくれるなら」


 美砂を見つめてから、微笑して、彼は頷いた。




「来てくれたの!? ありがとう!」


 美砂にとっては、久しぶりの『J moon』だ。

 マダムの蓮華は、懐かしそうに、嬉しそうに、美砂を出迎えた。


 恋愛面ではライバルであったはずの蓮華だが、美砂は、始めの頃と同じ親しみが復活するのを覚えた。


「いろいろと、すみませんでした。本当は、ここに顔を出せる義理じゃないんですけど……」


「そんなことないわよ、全部あたしが悪いんだから。また来てくれただけで、すごく嬉しいわ! 今、奏汰くん、セッティング中だけど、後で話せるから」


 美砂が安堵して蓮華に微笑む横では、須藤が、少し複雑そうに、蓮華を見ていた。


「どうしたの、晃くん? いつもの元気がないわね?」

「はあ、まあ……」


 それは、美砂も感じていた。


 ここへ向かう電車の中でも、なぜか、彼が浮かない様子でいるように、美砂にも思えていた。


 蓮華には見当が付いたらしく、微笑んだ。


「わざわざ、イブに、二人でここへ来たってことは、二人とも……なんでしょ?」


 蓮華が二人にウィンクした。


 ハッと、美砂と須藤が、顔を見合わせた。


 彼を見つめる美砂の頬が、染まっていく。


 須藤が、「あれ?」という顔になった。


 蓮華が微笑みながら、「そういうことだから、自信持って」と、美砂に聞こえるよう、須藤に囁いた。




 『J moon』では、クリスマス・ソングのみを演奏する、奏汰たち従業員も加わったライブがある。ライブ中の三〇分間は、注文を受け付けない代わりに、チャージ代は無料であった。


 一回目のライブは、定番のクリスマス・ソング数曲を、ジャズ風にアレンジしたものだった。

 奏汰は終始エレクトリック・ウッドベースで、タケルはアコースティック・ギター、優がピアノを演奏し、ドラムと女性ボーカルは、外部から呼んでいて、音楽を勉強中の学生だったり、奏汰たちの師匠である橘の弟子だったりと、若手が多かった。


 観客にも受けが良く、好評で、美砂も喜んでいる。

 二回目は、また違う傾向で演奏する、という予告があった。


 来客全員に振る舞われる、クリスマスケーキの一切れずつが、二人のテーブルにも、運ばれてきた。


 須藤は、美砂がまた奏汰に熱が復活してしまうのではないかと、心配するように、ちらちらと、美砂を見ていた。


「私、奏汰くんを、嫌いになんてなれない」


 須藤が、真面目な表情で、美砂を見る。


「だから、ファンになろうと思って。それで、いいんです。それが、私の結論です」


 はにかみながら、美砂は言う。

 何かを言おうとする須藤だが、「これで、すっきりしました」と、美砂が笑った。


「ちょうど、松岡くんに、イブにレストラン誘われていたところで、私、また気が進まないのに、流されてしまっていたかも知れなくて。そんな時に、奏汰くんから、『イブにクリスマス・ライブやるから、須藤さんと一緒においで。二人が来てくれるのを、楽しみに待ってるから』ってメールもらったんです。背中を押された感じがしました。私のこと、心配して、応援してくれてるんだって思えたら、居ても立ってもいられなくなって……」


 美砂は一呼吸置いてから、恥ずかしそうに、須藤を見た。


「イブには、……須藤さんと、会いたくなったんです」


 須藤は、まだ信じられない顔で、彼女を見ていた。




 『J moon』では、最後の演奏であった。


 クリスマス・ライブは、通常のライブよりも、一本分少なく、二本である。

 カップルたちの時間を奪わないため、と女性ボーカルの解説があり、笑いが起こっていた。


 一回目よりもテンポがよく、ロックスタイルのクリスマス・ソングとともに、二回目ライブの幕が開いた。

 奏汰がエレクトリック・ベースを、優がジャズ・オルガンを、タケルがエレキ・ギターを、それと、先程と同じく、外部から来たドラムとボーカルが加わる。


 奏汰がエレクトリック・ウッドベースに、タケルもアコースティックのギターに持ち替えたりしながら、やはりテンポの良いボサノバ・アレンジであったり、ジャズ・アレンジだったりと、ノリの良いナンバーが続く。


 ラストの曲が終わり、アンコールでは、奏汰はエレクトリック・ウッドベースを、タケルがアコースティック・ギター、ドラム、女性ボーカルに加え、珍しく優のエレクトリック・ピアノを聴かせた『White Christmas』だった。

 誰もが知る、しっとりしとした名曲が、ジャズテイストの、洒落た洋楽風バラードとして送られた。


 うっとりと演奏を聴きながら、美砂は、須藤の方を、時々見た。


 それに気が付いていた須藤が、迷った後、テーブルの上の美砂の手に、そうっと、自分の手を重ねた。


 美砂が、嬉しそうな顔になる。


 須藤も、美砂の様子から、ホッとした表情になった。


 曲が終わるまで、二人は、何度か見つめ合い、微笑み合った。




 ライブが終わると、二人は、ベースを片付けている奏汰に、近付いていった。


「今日のライブ、とっても楽しめたよ。ありがとう」

「知らせてくれて、ありがとうね」


 須藤と美砂が、奏汰に微笑む。


 奏汰は、これまでと、どことなく雰囲気の違う二人に気付いたのか、嬉しそうに微笑んでから言った。


「来てくれて、ありがとう! 俺も嬉しかった。またおいでよ、是非二人で」


 奏汰は、からかうようではなく、心から喜んでいるようだ。


 蓮華に挨拶すると、二人は、バーを後にした。




 アンコールの『White Christmas』が気に入った二人は、振り返って、アレンジや演奏、歌がいかに良かったか、などを、楽しそうに話した。


 気が付くと、海の見える公園に差し掛かっていた。


 美砂が、須藤のコートを引っ張った。

 須藤が、足を止める。


「あの、今日は、お付き合いしてくれて、ありがとうございました」


「あ、ああ、いやいや。こちらこそ、誘ってくれて、ありがとう」


 美砂は、俯いたまま、少しの沈黙の後で、言った。


「私、須藤さんのこと……好きなのかも……」


 須藤は、その場に棒立ちになった。


「……って気付いたの、ここ数日なんです。私、鈍いみたいで……」


 一瞬、動きの止まっていた須藤が、なんとか応える。


「……道理で、最近、様子がおかしくなったと思ったら」


 ははは、と笑ってから、須藤は真面目な顔になると、ぎこちなくであったが、美砂を、正面から抱き寄せた。


「ずっと、好きだった」


 須藤の腕の中で、美砂は、瞳を大きく見開いた。


「……本当に?」


「奏汰くんと付き合う前から」


「えっ、そうだったんですか? やだ、私ったら、やっぱり、鈍いんだわ!」


 慌てて須藤の腕から離れ、上気した顔で、美砂は彼を見上げた。


「それなのに、須藤さん、奏汰くんとのことで、私の相談なんか、聞いてくれたんですか? ……私、すごく残酷なことしてたんですね。ごめんなさいっ!」


 須藤は笑い飛ばした。


「いいんだよ。俺も、美砂ちゃんのことが心配だったから。っていうか、それがあったからこそ、とも言えるかな」


「え?」


「か弱そうなのに、意外に芯が強くて、ちゃんと考えてて……彼と付き合ってたからこそ、それがわかって、ますます、美砂ちゃんのことが、好きになってた」


 かあっと、美砂が赤くなった。


 須藤は、「かわいい」や「いい子」という形容はしなかった。

 それが、彼が彼女の内面を見ていた証に、美砂には受け取れた。


「……嬉しい……!」


 美砂は、倒れるように、須藤に抱きついた。


 奏汰には、常に受け身であったため、自分から、男性にそのような行動を取ったことはなかった。


 それだけ、須藤にはそうしたいと思え、そうしたことで、心地良さを得られたとも感じていた。


 須藤も、もう一度、美砂を抱きしめた。


「もう少し、このままでいてもいい?」


 美砂が笑って、頷いた。


「私も、そう思っていたところです」


 美砂が須藤の背に腕を回し、須藤は、その幸せな状況を噛み締めるように、一層強く、彼女を抱きしめた。


「いつもそばにいてくれて……ありがとう」


 須藤の腕の中で、美砂が、掠れた声で告げた。


※『White Christmas』by Irving Berlin


【第六章 あとがき】


クリスマスに間に合わせるよう、慌てて書きました。(^_^;

まあ、ほのぼのと持っていけて、良かったかと。

皆様が、楽しく、素敵なクリスマスを送れますように。(^_^)/


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