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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第六章『White Christmas』(番外編)
27/72

(2)いつもそばに

 『J moon』のカウンターでは、ひとりで訪れていた須藤が、ブランデーベースのカクテルを飲んでいた。


「えっ、まだ口説いてなかったの?」


 バーのママ蓮華のセリフに、シェイカーに材料を投入していたバーテンダーの優も、意外そうな顔になって、彼を見る。


 カウンター内にいた、アルバイトの奏汰も、思わず彼に言った。


「須藤さんて、見かけによらず、……奥手なんですね」


「俺は、きみらと違って、一般人なんだから!」


 須藤が苦笑いする。


「安心しきられてるみたいな? ……まあ、それも、悪くはないんだけど、どうも、『気のいいお兄さんとかおじさん』にしか、思われてない気がするんだよなぁ。心は開いてくれてそうなんだけど……」


 須藤が、少々がっかりした様子で溜め息を吐くのを見て、奏汰が、じれったそうに言った。


「いきなりキスして、押し倒しちゃえば?」


「おいおい、きみなら、それもサマになるかも知れないけど、今の距離感で、俺がそれやったら、犯罪だよ、犯罪! 一般人の俺には、そんな風に持ち込めるテクニックはないっ!」


 須藤が言い返すと、蓮華が、優を向いた。


「優ちゃんだったら、どうする?」


「僕だったら、そういう場合、相手から言わせるように仕向けるかなぁ」


「……それも、テクニックがいるよな」と、須藤。


「ママだったら?」


 すがるような目で、須藤が、蓮華を見る。


「そうねぇ、あたしだったら、暗示かけておいてから、頃合いを見計らって、一気に口説くわね」


 腕を組んで、蓮華が、にっこり笑う。


「俺も、暗示かけるようなことは言ってるのに、すべて冗談に取られてるんだよー!」


 訴える須藤を、「やっぱりね」という顔で見つめる三人だった。


「だいたい、美砂ちゃんは、きみにまだ未練があるんだよ。だから、俺が、なかなか一歩を踏み出せないんじゃないか」


 須藤が、奏汰を、恨めしそうに見ると、がっくりと肩を落とし、淋しそうに溜め息を吐いた。


「まあまあ、須藤くん、そう落ち込まないで。クリスマス・イブに、ここの従業員も参加するライブがあるから、良かったら、美砂ちゃんとおいでよ」


「そうですよ、美砂ちゃんには、俺からも、須藤さんとおいでってメールしておきますから。それなら、俺がヨリを戻そうとして誘ってるんじゃないってわかるから、変に勘ぐったりしないだろうし」


 そう気遣う優と奏汰を、須藤が、上目遣いで見る。


「奏汰くんも、出るの?」


「ええ、まあ」


「そうしたら、美砂ちゃん、『やっぱり、奏汰くんがいい!』って、なっちゃわない?」


「えっ? ……いやあ……、ならないと思いますけど?」


 奏汰の言うことを信じる気はない須藤が、大きく溜め息をついた。


「俺さぁ、もともとは、こんな奥手じゃなかったんだよ。高校の時だってモテてたし、大学でも何人か付き合ったし」


 優の作ったウィスキーのカクテルを飲み、須藤は続けた。


「最後に付き合った子が、大学卒業したら地元に戻って、結婚しちゃったんだ。一年後には、一児の母になってたよ」


「もしかして、それを引き摺ってて……?」


 奏汰が、同情するように、静かに尋ねた。


 須藤は、フッと笑った。


「ま、それも多少はあるけど、しばらくは、仕事が楽しくてね。いいなぁと思ってるうちに、他のヤツに取られちゃったりとか。美砂ちゃんもだけど」


 須藤が、「美砂ちゃんもだけど」を強調して言った後、奏汰を見てから視線を反らし、何度目かの大きな溜め息をつく。


「……なんか、今日、珍しく絡んで来ますね?」


 奏汰が、蓮華にこっそり言う。


「それだけ、彼も、奏汰くんを認めてるし、心を開いているからよ。普段は弱みを見せない人だからこそ。お客さん、皆そうよ」


 蓮華は小声で答え、ウィンクすると、須藤に向き直った。


 須藤は、壁に貼られた、クリスマス・ライブのポスターを眺めている。


「イブなんて、カップルばっかりで、余計淋しくなるじゃないか。ああ、今年のイブも、ひとりかも……」


「ひとりじゃないわよ」


 蓮華が、須藤に微笑んだ。

 温かく包み込むような笑みだった。


「いいから、いらっしゃい。ねっ?」


 その微笑みを見ているうちに、彼は、照れ臭そうに、少しだけ微笑んだ。




 通勤中、美砂のところに、同級生からメールが入った。

 同窓会以来、同じく東京で働く女友達だった。


『昨日は、お誘い断ってごめんね。でも、美砂、楽しそうだったから良かった!』


 美砂は、あれっと思って、返事をした。


『楽しそうって? どこかで会った?』


『銀座のカフェで、コーヒー飲んでたでしょう?』


『ああ、あの時ね! 声かけてくれれば良かったのに』


『だって、彼氏と楽しそうに喋ってたから、邪魔したら悪いと思って』


 その文面を見た時、美砂は、目が点になった。


『彼氏?』


『プリン食べてたよね? 格好いい人だね! 同じ会社の人?』


 またも、美砂は、首を傾げた。


『格好いい? あの人が? あの人は、ただの会社の上司だよ』


『ええ~! あんなイケメンが上司なの? うらやましいっ!』


 美砂にはよくわからなかったため、会社の昼休みに、めぐみと食事に出かけたついでに、聞いてみることにした。


「ねえ、めぐちゃん、須藤さんて、イケメンなのかなぁ?」


 めぐみは、驚きのあまり、あんぐりと口を開いた。


「今さら、何言ってんの? イケメンに決まってるじゃないの!」


 めぐみは、サラダを頬張ったまま、話し続けた。


「◯◯さんも、△△さんも、□□さんも、須藤さん目当てなんだから。須藤さんは、誰とでも同じような態度で、気付いてないんだか、うまくあしらってるんだか」


 美砂が意外そうに、目を見開いた。


「そうだったの? ◯◯さんのことは噂で聞いてたけど……そんなに? あの人、そんなにモテてたんだね、知らなかった……」


「須藤さん、仕事はできるし、ノリはいいじゃない? 飲み会では、飲むと絡んで来て面倒くさい課長が、女子社員の方に行かないよう相手しながら、部長の説教くさい話も聞いてくれてて。助かる反面、皆、須藤さんと話したいと思っても、話せないもどかしさもあるけど」


「そうだったの……。私、てっきり、あの人って、三枚目かと」


「美砂ってば、理想高過ぎるんじゃないの!? なんで、あの人が三枚目なのよ? まあ、美砂の元カレーーカナタくんだっけ? 茶髪で顔立ちハッキリしててーーとは、タイプが違うだろうけど、須藤さんもイケメンだよ。松岡くんもイケメンなのに、美砂のこと好きなの周りも知ってるから、今は騒がれてないけど、研修中から目を付けてた子もいたし、須藤派の女子たちからは、美砂が須藤さんと同じシマに決まった時、うらやましがられてたんだよ。もうちょっと有り難みをわかりなよ!」


「そっ、そうだったの? 私って、もしかして、……ものすごく鈍感なのかしら?」


「……そのようだね。……ああ、だけど、待って」


 めぐみが、記憶の糸をたどる。


「思い出した! 須藤さんは、亜矢先輩とも同期で、仲良いよね。『亜矢ちゃん』って、名前で呼んでるし。一時期付き合ってたとか、彼氏のいる亜矢先輩を思い続けてるから、浮いた噂がない……とも聞いたことあるよ。もしかしたら、ただの同期以上のものがあるのかもね、うん」


 めぐみは確信したように頷いていた。


 昼休みが終わり、オフィスに戻った美砂は、パソコンで作業している合間に、須藤と亜矢が資料を見ながら話しているのを、目の当たりにした。


 めぐみに言われてみれば、二人は、以前から仲が良かったと思う。


 亜矢さんには、ちゃんと彼氏がいるって、須藤さんだって知ってたし……ああ、でも、須藤さん本人は、実はどう思ってるのかな? 


 めぐみの言葉が、思い出される。

『亜矢先輩を思い続けてるから、浮いた噂がない……とも聞いたことあるよ』


 美砂は、これまで気にならなかったことが、急に、気になり始めた。


 夕方、須藤が、外回りついでに、そのまま直帰することになった。


 そのまま帰っちゃうんだ……。


 喪失感のようなものが、美砂の中に起こっていた。


 定時に帰宅した美砂は、普段のように、アパートで、弟と夕食を取る。


「わーい、唐揚げだー!」


 大学一年生の弟は、喜んで、箸をつけた。


「あれっ? これ、味ないよ?」

「えっ、そう?」


 上の空で、美砂は、もくもくと、味のない唐揚げを食べている。


 姉が、大根おろしをすってくれるなり、塩やソース、ケチャップなどをかけて、味を改良してくれることを期待して待っていた弟だったが、どうやら、手を加えてくれそうにないことを見て悟ると、弟は、醤油を取り出し、自分の分にだけかけて、食べることにした。




 それからの美砂は、オフィスで、須藤と話す時も、目を合わせないようにしていたり、挨拶も素っ気なくしてしまったりと、なんだかぎくしゃくしていると、自分でも思った。


 気が付くと、彼を目で追ってしまうことも増えていた。


 須藤の方は、美砂に対し、なんら態度が変わることはない。


 彼を嫌っているわけではないとは、自分でもわかっている。

 彼に対して、もやもやする何かによって、ぎくしゃくとしてしまってはいても、帰りがけに、彼から「メシでも食ってく?」と声をかけられると、「はい!」と、まるで、それを待っていたかのように、嬉しそうに答えている自分にも、驚く。


 だが、二人で歩いているところを、会社のメンバーに見られると、須藤が彼らのことも誘うので、なかなか二人きりで食事とはいかない。


 これまでも、それは普通であったのが、今の美砂には、ひどく残念に思えてしまっていた。


 その日も、偶然会った亜矢と松岡に、須藤が声をかけたため、四人で居酒屋の鍋を囲むこととなった。


 美砂にとっては、複雑な想いだった。


 気が回る亜矢が、春菊を鍋用の小皿に取り、須藤に渡す。


「亜矢さんて、須藤さんの好み、わかってるんですね」

 松岡が感心する。


「須藤くんとは、付き合い長いから」

「僕、最初、亜矢さんと須藤さんが付き合ってるのかと思ってました」


 隣の松岡を横目で見ると、美砂は、わからないように、須藤を観察した。


 須藤は、中ジョッキを、美味そうに傾けてから、言った。


「亜矢ちゃんには、付き合い長い、オトナな彼がいるもんねー?」

 からかうように、肘で隣の亜矢をつつく。


「須藤くんだって、いい人がいるんでしょう?」

「へっ!?」


 驚いた須藤と、美砂が、微笑む亜矢に注目する。


「『最近、須藤くんは、どこかのバーに通っているそうだけど、そこのマダムがまだ若くて、きれいなお姉さまらしくてね。どうも、その人に入れ込んでいるらしい』……って、課長が言ってたわよ」


「ああ、なんだ、『J moon』のことか」


 須藤が、ホッとした。


 松岡が身を乗り出す。


「ああ、僕も知ってます! 連れてってもらったことあるんで。確かに、須藤さん、あそこのママと、すっごい仲良いんですよ。僕は苦手なんですけど」


「へえ、そうだったの?」


 亜矢が面白そうに笑う。


「どうなんです、須藤さん? あのママのこと、好きなんですか? 好きでも、ああいう人って、本気では相手にしてくれないと思いますけど」


 松岡がからかう。

 美砂は、わからないように松岡を睨み、須藤をさっと見た。


「ちょっとお化粧直し」


 にっこり笑って、須藤が席を立つ。


「はいはい、トイレね。いってらっしゃい」


 亜矢が笑った。

「逃げましたね?」松岡も笑う。


 美砂は、なんとも言えない視線を、須藤の背に送った。


※『White Christmas』by Irving Berlin

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